「あぁ~あっと・・・書類終わりぃ・・さぁて飯食ってシャワー浴びて寝るか」
2時間ちょい程度で書類の山も片付き、俺はチェアの背もたれを倒して伸びをする。全身義肢の為にそう言った疲労とは無縁だが、どうにも肩などはまだ生身な為凝っているような気がする。まぁそれも、一晩寝ればどうにかなるだろうが・・・。
ギシリとチェアから立ち上がり、そういえば昼間救出した人形・・・あの娘はどうしてるか気になり、携帯端末を通話モードにて立ち上げて、医療班に連絡を取る。
「こちらデッドマン。昼間救出した娘はどうなってる?」
【あ、デッドマン。丁度良かった。あの娘、入浴とか着替えも済んだんだけど・・・】
「おう、トラブルか?」
【それが精神的に弱ってるからか、やっと自分が救出されたって理解した途端に怯えちゃって・・・ご飯も、口に入れた途端に戻しちゃってるんです】
「ふーむ、精神的なショックから食べ物を受け付けないのかね?まぁ良い。一度そっちに行って様子を見よう」
【お願いしますね?医療知識がインストールされてるのはあなたと複数名だけなんですからね】
「分かってるさ。だから他の出払ってる奴等に代わって今日は俺がここにいるだろ?しばらくはいるしな」
【ふふふ、じゃあお願いしますね?待ってますからね?デッドマン】
「ああ、今行くさ。デッドマンアウト」
くすくすと何が楽しいのか、上品に笑っている画面越しのスプリングフィールドに軽く手を振り通話モードを終え、司令室に来る前に、廊下にあるトニーのロッカーからパクっておいた風船ガムを口に含み咀嚼する。ここの基地の、一部の戦術人形達は何故か俺が喫煙してると取り上げようとしてくる為、今はめっきり喫煙する事も減った。どうしても我慢ならん時などは見逃してもらっているが、まぁ仕方ない事だな。女性の方が多い職場だしな。
くちゃくちゃとガムを咀嚼し、ストロベリーフレーバーの甘い香りと甘酸っぱい味を楽しみつつ、ぷぅと口内の息をガムに吹き込み風船にして膨らませる。
「おー、デッドマン。それコンドームか?」
「馬鹿言えコンドーム息で膨らませて歩いてるなんて只の変態だろうが。お前らと一緒にするなー?」
「お前こそ馬鹿言ってんじゃねぇよ!欲望を開放しろよ!」
「その結果痛い目を見るのは火を見るより明らかだから遠慮しておく」
「お前、ディーノ指揮官と同じくらい人形ちゃん達に慕われてんじゃん!羨ましいぞ!」
「自分の勤務態度を見直すべきだな。後は有事の際俺が先頭立つから単に頼りがいのある盾として信頼してるだけだろ」
「あほー!むっつりー!」
「おめぇら本当に元気だよな・・・俺はむっつりじゃなくて今は、記憶の手掛かり探すのに忙しいからそういうことを考えてないだけだ」
移動中、すれ違うスタッフの一団と軽く談笑しながら目的地を目指すが、男の連中は良くこうやって俺を揶揄ってくる。全く、お前らに惚れてる娘もいるのを知ってるんだがなぁ?もうちっと周りを見るべきだなー。こいつら。
「んじゃあな。さっさと歯ぁ磨いて糞して寝ろ」
「うるせぇ!むっつり!」
「おっぱい万歳!」
「尻が見てぇ!」
「・・・後ろから来た人形達が冷ややかな目で見てんぞ。俺は知らねぇからな」
後ろからわいわいと賑やかな様子で来た戦術人形の一団がスタッフ達を冷ややかな目で見つめて場が膠着し始めたが、こんな事はココでは日常茶飯事だ。俺はスルーして医療施設・・・基、医療室へと歩を進めた。
「あんた達またそんな馬鹿なことしてるの!?」
「や、俺達は・・・」
「言い訳無用よ!明日起きたら指揮官に言いつけてやるから覚悟しなさいよ!?」
「わーちゃん許して!」
「五月蠅い!変態!」
あちゃー、わーちゃん迄聞きつけて説経か。あいつ等今日は寝れねぇな。まぁご褒美だろうし黙っておこう。わーちゃん、潔癖症だからなぁ・・。
背後から聞こえる怒鳴り声や悲鳴を無視して俺は更に奥へ進んで行った。ガムは途中で吐き出してゴミ箱に包み紙と一緒に捨てた。ずっとは噛んでいたくはないからな。
「うえぇぇ・・・・」
「大丈夫、此処にはあなたを傷つけるヒトなんていませんから。落ち着いて・・・」
「ご、ごめんなさい・・・ホワイトローズは卑しい雌おぶぇぇ・・・」
医療室のドアを開けた瞬間、蹲り床に向かって吐瀉物をぶちまけ過ぎて、胃液しか出なくなったあの娘の背中を優しく撫でながら、語り掛ける様に喋り掛けているスプリングフィールドとあの子の背中を見つけ歩み寄り、近くの救急ボックスから生理食塩水のボトルと医療用グローブを取り出す。
「フラッシュバックか?」
「ええ、多分」
スプリングフィールドに声を掛け、ちらりと彼女を見れば、涙を流しながら舌を突き出して餌付き続けている。生理食塩水のキャップを開け、ボトルを床に置き、彼女を正面から見える様に、色々と胸糞の悪い物の形跡が見える吐瀉物を意図的に彼女から見えない様に俺の方へと手を使って顔を固定してやる。
目を見開いて恐怖に引き攣った顔、舌を突き出して吐き出したりないのか俺の顔を見て一瞬治まるも、また顔色を青くして吐こうとしたので、医療用グローブを填めた手で口を無理矢理開き口内と喉を診察する。
胃液で口内とが荒れ、喉が出血を起こしてる。無理くり吐かない様にするしかないな。これ以上は彼女の弱り切った体に毒だ。
「名前は?」
「卑しい雌豚・・うっぷ・・ホワイトローズです・・・ご主人うえぇ・・・」
「違う。お前自身の戦術人形としての名前だ。その名前はもう必要ない」
ポタポタと唾液交じりの胃液を口の端から垂れ流しながら自己紹介する彼女に奴隷娼婦としての名前はもういらない。お前は戦術人形だろうと伝え、彼女の遠い日のメモリーから呼び覚ませるべく声を掛け続ける。
「HK417・・・HK417です・・・」
涙を流しつつ、幾分か落ち着きだした彼女に更に声を掛ける。
「思い出せ。お前は戦術人形だ。過去の事は忘れろとは言わない。俺がお前を戦場に連れて行ってやる。また戦えるようにしてやる。だから今は自分の本分を思い出せ」
酷な様だが、自身の存在意義を無理矢理剥ぎ取られた戦術人形は違法解体によって精神的なダメージが残り易いと聞く。故に思い出させてやる。自分の本分を。
・・・本当ならこんな娘達に戦わせなければならない俺達人間が不甲斐ない話なのに。こんな方法でしか今は、彼女を助けられない。
メモリーから引き摺り出した記憶で目に見えて安定化し始め、吐き気が治まった彼女の口元を医療用のガーゼで丁寧に拭ってやり、廃棄ボックスの中にガーゼをぶち込む。
「自己肯定させて安定化させたのですか?」
「正直賭けだったが、メモリーが消去されてたらアウトだった・・・メカニック達はなんて?」
「ハード面、ソフト面からの記憶の消去が出来なかったそうです」
「だからスプリングフィールドと俺に頼ったわけか。ワンオフの戦術人形か・・・AR小隊達の様な・・・」
喉の痛みに気づいたのか喉を頻りに撫でる彼女に生理食塩水のボトルを手渡し、救急ボックスから抗生剤入りのトローチを取り出し、追加で手渡す。
「まずいだろうがゆっくり飲め。そして喉が潤ったと思ったらこのトローチを舐めるんだ。自分のペースでいい。ゆっくりあせるな」
「・・・お食事を持ってきましょうか?デッドマン。あなたまだ食べてなかったですよね?」
「俺の事は良い。経過を見ないとな・・・俺は一食くらい抜いても大丈夫だ。見ての通り栄養の必要な細胞が少ないのでな。サイボーグな物で」
「デッドマン、そういう冗談はやめてくださいとあれほど言ったでしょう?」
「わ、悪かった。俺が悪かったから怒るのはやめてくれ・・・」
後ろからのぞき込む様に彼女の様子を俺とな児く見守っているスプリングフィールドの言葉に振り向きつつ、返事を返し、彼女の綺麗な緑色の瞳を見つめる。いや、別にエプロンで強調された彼女の豊かな胸がぽよんと、震えたのを見て気まずくなって顔を見たとかそういう事ではなくてだな・・・。
ずいっと、跪いている俺に顔を寄せてぷんすか怒りだしたスプリングフィールドに慌てて謝罪しつつ、クリーンボックスの中に納まっていた吐瀉物処理セットを使って吐瀉物を処理していく。さっさと終えて消毒すらした頃に、彼女は生理食塩水を飲み終え、トローチを舐めていた。
「落ち着いたか?」
「はい・・」
「飯は食えそうか?」
「・・・フルフル」
首を横に振って拒否を示す彼女にそうかとだけ返し、戸棚に収まった注射器を取り出す。
「ひとまず、体自体が弱っていることにはどうしようもない。生体パーツが多い部類らしい君は・・・だから即応処置だが、今晩は栄養剤の注射と水分補給で様子を見る。俺も本職じゃないもんでな許してくれ」
「いえ、ありがとうございます・・・」
彼女の細い小さな左手を取り、一思いに注射器を刺して中身を注入する。ハイカロリーな流動液剤だ。経口摂取じゃなくても血中で後々消化されて吸収されるタイプの注射だ。
「痛かったか?」
「ううん、ただ、媚薬を刺された時の事を思い出してちょっと怖く思っちゃったなって」
「・・・配慮が足りなかったなすまん」
ペタンと床に座り込み涙も引っ込んだ様子の彼女がゆっくりと立ち上がろうとして、すとんと腰を再度床に落としたのを見て、グローブを廃棄ボックスに投げ入れてから横抱きにして抱え上げる。ブルンとかなり大きな胸が治療着と言う薄着のせいで、勢いよく震える瞬間をじかに見てしまい思わず横を見る。
「・・・」
「あ、ありがとう・・」
何故か冷ややかな目をしたスプリングフィールドが俺の事を睨む様にして見ていた。待ってくれ。不可抗力だ。抱え上げた娘は恥ずかしいのか顔を赤らめて小さく礼を言ってくれた。するとスプリングフィールドからの威圧が更に増した。俺が一体何をしたと言うんだ。
彼女が寝かされていたであろう医療用ベッドに彼女の体を横たえ、薄手のタオルケットを掛けてやり、俺はそのまま離れようとして――――
「行かないで・・・」
俺の左義肢をキュッと握ってきたHK417の言葉と不安そうな表情に思わず立ち止まる。
仕方ないか・・・。
「スプリングフィールド。明日の朝にまた・・」
「ええ、分かりましたよ。シッカリ見張ってあげて様子を見てあげてくださいね?デッドマン」
「ああ、無論だ」
微笑を携えたスプリングフィールドが、豊かな美しい茶髪を左右にゆらゆらと振りながら
医療室を出て行き、俺はベッドの傍らにあったパイプ椅子を二個取り出して座り込む。一個だと俺の体重のせいで壊れるんだよな。
「あなた、お名前はなんていうの?」
「デッドマンだ」
「なぁにそれ?皮肉?」
ようやくくすくすと笑いだした彼女の額と髪を撫でながら俺は、答えた。
「いや、これしか・・・覚えてないんだ。自分の名前だったものが」
「本当に?」
「ああ・・」
俺達は下らない、どうでも良いような会話をしながら時間を潰し、彼女がうとうとし出すまで俺は絶えず彼女に話しかける様にして、彼女が眠るまで辛い事を思い出さないように努めた。
同僚としては信頼されてるデッドマン。尚、ほんへ同様EDとするも、女性への興味は本へよりは多少ある。