作者の知識不足につき科学技術・専門用語の誤用等あるかと思いますが地上から温かく見守って下さい。
地底の朝
午前6時20分。シェルター内にけたたましいベルの音が鳴り響く。
地面から響く音は、寝る時は優しく全身を受け入れてくれたベッドが意地悪に身体を揺らしているようだ。
『武蔵野中央シェルターの皆様、おはようございます。今日も文明文化の維持発展に努めましょう』
6時30分。武蔵野中央第1シェルターD4区画内に代り映えのしないアナウンスが響く。
LED照明が太陽の照度とされる1万ルクスで明滅を繰り返し、否が応でも夢から醒める。
文明人は、太陽暦というもので時間の流れを数えていたらしい。一日の周期は日の出、日の入りで昼と夜を区別し、地底人の間で『悪魔の瞬き』と称されるこれに似た光を浴びて気持ちのよい朝を迎えていたという。なんと剛健な魂なのだろう。そんな生活、私には無理だ。間違いなく地底で布団に潜り込んで、現実逃避したくなるだろう。現に今がそうだから。
「タネちゃんタネちゃん。そろそろ起きないと『魔眼』が発動するよ」
バロールの魔眼。怠惰な地底人を核へと突き落とす地底最悪の兵器。3分も経たないうちに、昼白色の明滅を繰り返す照明が徐々に鮮やかな血の色へと変わり、甲高いブザー音とともに明滅を繰り返す。聞いた話では、晴天のビーチでバカンスを楽しむ夢が、次の瞬間には地底で一番親しい人が臓物を引きずってこちらへ助けを求める悪夢に変わったとされる非人道兵器だ。
それだけは嫌だ。私は飛び起きて、二段ベッドの上から飛び降りる。出入口付近に設置されたコンソール機器をタッチすると、アナウンスは遮断され、ぐずったように瞬きを繰り返していた照明は大人しくなる。
「タネちゃんは毎朝忙しないね」
タネちゃんとは私のことだ。
実際の名前ではなく、新世紀人に選ばれた姉の名前から考えられた愛称だ。
『種』という漢字をそのまま読んで『タネ』。地殻を突き破り、何重にも積みあがった雪の層を抜け出して蒼天の空を仰ぐ一つの種子という願いが込められている。
地底人は文明人や新世紀人に名付けられない限りは自分の名前を持つことはない。
名前のない地底人はマイナンバーコード(私の場合は【J13-203・たつのこ0077】。そこから文字って『ろろな』なんて愛称も案にあったけれどあまりにも可愛すぎるという理由で却下した)か親兄弟の名前から愛称を決める。
私の両親もその子供たちも植物に関連した字が名前に使われていたこと。
種は土の下から芽を出すという点から地底人にぴったりだということで『タネ』という愛称がつけられた。
「こんなの拷問だよ桃ちゃん。地底人にだって文明人みたいに好きな時間に起きて、だらだらと1日を浪費する権利があると思うんだ」
呆れ顔の彼女はルームメイトの桃ちゃん。文明人である彼女の母親が桃ちゃんの可愛らしさが桃みたいだからと名付けたれっきとした地底人の『上坂桃子』ちゃん。
地上で生まれて地底に移住した人を文明人と呼ぶ。
対して地底で生まれ地底育ちの人を地底人と呼ぶ。食用に養殖された生物は『地中○○』と呼ばれる。地上で高級とされた牛や鰻の価値は地底でもさほど変わらず、地中牛や地中鰻は特別な日にしか提供されない。
「そのために地底人は文明人になることを目指してるし、自由な時間の使い方を学ぶために休日があるんでしょう。ぐずぐずしてないで、早く着替えてご飯食べないと今度こそ遅刻するよ。連帯責任なんだから、勘弁してよね」
冷え切った桃ちゃんの視線に可能な限り、めいっぱいの朝のパワーで「はい」と答えるしかなかった。
「ご飯、何がいい?」
「フレンチ。ジャムはママレードで、ココアにシナモン入れてね」
桃ちゃんは「はーい」と気の抜けた返事とともにパッケージドミールを解凍する。
制服に袖を通す。この大きな襟のセーラー服と呼ばれる制服は余所のシェルターでも珍しいらしく、姉が通うはずだった学校の制服ということもあってなんとなく気に入っていた。
フレンチの朝食は一切れのバゲット、シリアルにヨーグルト。少量のペーストサラダにフードサプリメント。
ジャムと飲み物はレンジのディスプレイでボタンを押すとサーバーから抽出される。少し歩けば食堂もあるのだが、提供される食事にさほど変わりはない。
「桃ちゃんいつもありがとー。助かるよ」
「この調子だと、タネちゃんは文明人の生活にはほど遠いね」
まったくもって桃ちゃんの言う通りだ。
今頃新世紀人である姉は長い長い眠りの最中だ。
かつて地上に住んでいた人たちは、一体どんな夢を見るのだろうか。