気がつけば魔法使いである。   作:さとうさん

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気がつけば夢の中である。

 力を溜めるように杖を構える。

「火球よ!」

 短い詠唱と共に対象、ウサギに角が生えた生物目がけて振りぬく。

 すると杖の先から巨大な火の球が飛び出す。

 それはウサギもどきに命中し、一瞬強く燃える。

 しかし、炎はすぐに消え、ウサギもどきがいた場所には何も残っていない。

「また、か……」

 その結果に、私は思わず言葉を零す。

「何で……何で私は、こいつをまともに育てなかったのか……!」

 生い茂る木々の合間から見える空へ、私は叫ばずにはいられなかった。

 

 

 オンラインゲーム、それが私の唯一と言っていい趣味であった。

 多くの人がインターネットによって繋がって形成されるロールプレイングゲーム、その中の一タイトルを、私は大学生の時分からやっていた。

 なんとなく周囲に合わせての進学。それまでこれと言った趣味もなく、あまり社交的でもない、もちろんのこと友達も少ない、しかし時間だけはある。そして、何かを始めたい、と思えるほどには浮かれていた。

 そんなわけで、私は数少ない友人から勧められたオンラインゲームを始めたのだ。

 それまでゲームは嗜む程度で、パソコンは家族共有の物でたまにネットサーフィンをする程度。進学祝いに買ってもらった、無駄に性能がいいらしいパソコンも、まったく使っていなかった。

 そんな、ほとんど知識のない私にとって、ゲームのサイトにアカウント登録するのも一苦労であった。何せ、メールアドレスすら持っておらず、それを取得するためにはかなりの個人情報の提示を要求されるのである。

 インターネットについてまったく理解がなかった私にとってその要求は、到底呑めるものではなかった。

 結局、そのゲームを勧めてきた友人を家に招き、何から何までやってもらう始末であった。

 そうして始めたオンラインゲームであったが、様々な壁に当たることとなった。

 インターネットの常識も分からなければ、パソコンも初心者である。チャットは遅いし、なまじ家庭用ゲームをやったことがあるだけに、オンラインゲーム独特のシステムも理解できずにいた。

 セーブはどこでするの、そんな台詞を吐く私の面倒を一から見てくれた友人には、とても感謝している。多分、友人がいなければすぐにでも辞めていたことだろう。いやむしろ、始めることもできなかった。

 前途多難な船出ではあったが、画面の中で動く自分のキャラクター、友人を通じて知り合った顔すら知らない人たちとの交流、そこから更に広がる関係、上がっていくレベル、難敵の討伐、レアなアイテムの取得、かっこいい武器やかわいい防具、いろいろな要素が合わさり、私はそのゲームにのめりこんでいった。

 半年もやれば、理解も進みチャットも早くなった。

 一年やれば、そこそこのレベルになった。

 数年経ってば、ゲームの中でもトップレベルの装備を身に纏っていた。

 しかし、そのころには就職活動で忙しくなり、ゲームをやる時間も減っていった。

 一時期はゲームが原因で進級も危ぶまれたのだが、大学の先輩からの有難い説教を受け、そして補助までしてもらって、なんとか規定の単位を取得した、ということもあった。まぁ、その先輩もゲームで知り合ったのだが。

 無事の進級、熱心な活動によって就職も決まり、久し振りにログインしようとパソコンの電源を入れ、慣れ親しんだアイコンをクリックしたところで、私は凄まじい眠気に襲われ、意識を手放した。

 

 

 感じたのは空腹であった。

 それによって急速に意識が浮かび上がる。

 久し振りにゲームをしようとパソコンをつけたところで眠気に襲われたことは覚えているが、それ以降がまったく記憶にない。

 あそこまで急に眠くなったのは初めてである。不思議な感覚だった。

 そこまで考えて、ふと自分が青空を見ていることに気づく。

 部屋にいたはずなのになぜ外に、そう思って仰向けの体勢から上半身を起こし、辺りを見回す。

 見覚えのない風景、人工物はなく一面の草原と少し奥には木々が生い茂る森。

 訳が分からず、とりあえず頬をつねろうとして、自分の着ている物が家にいるときの正装、ジャージではないことに気づく。

「へ……?」

 我ながら間抜けな声がでた。

 首を巡らせ確認すると、黒い布地に金の刺繍が施され、ところどころ金属のような物がついた服を着ていた。

 手には綺麗な細工が施され、見るからに高そうな宝石がはめ込まれた指輪、ゆったりとした袖から覗く腕には、これまた指輪と対になっていると思われる造形の腕輪がはまっている。

 それら全てに見覚えがあった。

 すぐに立ち上がって全身を確認する。

 上着はとても長く膝下まで覆っており、ズボンも上着と同じ仕立てのものを履いている。

 何かの紋様のような金の刺繍は、靴にまで及んでいる。

 間違い無く、それは私が意識を手放す前に機動しようとしていたゲーム、その中で操る自分のキャラクターである『魔法使い』の装備であった。

 

 

 夢か。

 そう結論を出す。

 夢なら仕方ない。私にもそういう、ゲームのキャラクターになりたいという願望があったということだろう。

 相変わらず空腹を訴える腹に手をやり、夢とはこんなものなのかと思う。

 夢というものは覚えていないだけで、結構普通に腹も減れば、それなりに明確に思考しているのかもしれない。風や匂いを感じることもあるのかもしれない。何せ夢である。覚えてないということは、なんでもありなのだ。

 そうとなれば、夢にまで見た、否、夢に見ている、私が操作し画面の中で様々なモンスターを狩って、レベルもカンスト、装備もトップクラス、ただひたすらにロマンを追いかけステータスは特化型、我が愛しの魔法使いになれたのだ。

 やってみたいことがある。

 それはもちろん、魔法を使いたい。

 そう思って、周囲を探すとすぐ足元に目当ての物が転がっていた。

 杖である。

 先端から細かい細工が施され、頂点には大きく真っ赤な石があしらわれたその杖は、入手が極めて困難で、それに見合う性能を持った、魔法職にとって垂涎の一品だ。

 画面越しのイメージそのままのそれを手に持ち……

 はて、魔法とはどうやって行使するのだろうか。

 ゲームの中では、使いたい魔法を指定すれば詠唱バーが出てきて、満タンになれば魔法が放たれる。

 しかし、夢の中ではどうすればいいのかまったく分からない。

「詠唱か……?」

 それらしき文言を、ゲーム内の特定のクエストで見聞きした記憶はある。

 しかし、それを全て覚えているかと言われれば、全く覚えてない。

 ゲームの中での魔法の設定を思い出そうとするが、それすらほとんど覚えていない。

 しかし、詠唱があることは確かだ。

 毎回、迫り来るモンスターを前に、たまりが遅い詠唱バーにやきもきしていたのだから。

 初級の魔法は確か……

「火球」

 そう私の口が動き、声が空気を揺らした瞬間、手に持っていた杖の先端から火が出た。

 それはすぐに轟々と燃え盛る炎となる。

 私はその炎を見て、ただただ感動していた。

 初めての魔法である。夢の中ではあるが、魔法である。感無量だ。ずっと見ていたい。

 しかし、その思いを裏切るかのように、杖の先端から出いていた炎は突然消えた。

 そして、はたと気づく。

 『火球』という魔法は、決してただ火を出すだけの魔法ではない。

 歴とした『攻撃魔法』である。

 さて、どうしたらその魔法を杖から放つことができるのだろうか。

 ゲームの中の動きを真似てみよう、そう思って今度は杖をあたかも刀を抜こうとする侍のように構え……

「火ぁ」

 勢いよく振りぬく!

「球!」

 目論見は大当たりであった。

 勢いよく放たれた火の球は、一直線に飛んで行く。

 そして、その先には森があった。

 ……あれ、それってやばくないですか?

 燃え盛る森を幻視する。

 ああ、夢なら覚めてくれ。って、夢か。夢だしいいのか?

 そんなことを思っていると、青々と茂る木々の一本に見事着弾する火の球。

 そして一瞬で木を覆う炎。

 さすが初級でもいい火力だ。

 あまりの威力に現実逃避していると、不思議なことが起こった。

 最初に着弾した木が燃え尽きると、他に火の手が見えないのだ。

「ああ、単体魔法だからか」

 そう、『火球』はゲーム内で単体のモンスターにダメージを与える魔法なのである。

 それが適用されたのだろうと、ほっと一息吐く。

 まったく、自分の夢だというのに予想外のことが起こるとは。

 

 さて、安心すると先ほどにも増してお腹が空いた。

 魔法を使った影響もあるのだろうか。なんとなくだが、エネルギーを使ったような、そんな気がする。

 食べ物、食べ物。空腹を意識すると、頭の中が腹を満たすことだけを考えるようになる。

 しかし、当たり一面草原。動く物なし。

 どうするか、一瞬考えてすぐに結論を出す。

 先ほど放火未遂をやらかした森に入ろう。

 夢なのだから、願望に従って食い物の一つや二つ、木からぶら下がっていることだろう。

 そう考え、森へと足を向ける。

 近寄ると、木々も鮮明に見えてくるが、それらしき物は見当たらない。

 その代わりに、燃え尽きた木を窺うようにしている、一匹の獣を発見する。

 その獣は、ウサギのような身体に長い毛を纏って、角を生やしていた。

 どう見てもモンスターである。敵である。エネミーである。やばいである。

 パニックになる頭を必死で整理し、打開策を練る。

 ここは私の脳内妄想世界であるところのドリームなのだから、あれはゲーム最初に出てくる雑魚モンスターである。

 簡単に倒せる相手だ。

 だから焦ることはないと自分に言い聞かせ、ウサギもどきを見据える。

 あちらも、こちらを警戒するようにじっと見つめてくる。

 見つめ合っていると、次第にあのウサギがおいしそうに見えてきた。

 真ん丸おめめに、丸々太った胴体、焼けば食えるか?

 たしか、あいつを倒すと、料理の材料である何かの肉をドロップしたはずである。ゲーム内では、料理を使用するとステータスが一時的に上昇するのだが、今の私ならば腹も満たされることだろう。

 そんなことを考えていると、ウサギもどきは身の危険を察知したのか、私に背を向けて逃げようとする。

「待て、食料!」

 思わず、杖を構えて『火球』を放つ。

 それは忠実に目標に着弾し、骨すら残さず燃やし尽くす。

 その結果を見てはっとする。

 やってしまった。

 燃やし尽くしたら、食べられないではないか!

 しかし、それ以上に問題なのは、私にこれ以上低火力の魔法がないことである。

 つまり、ウサギもどき程度のモンスターからは食料を得られないということだ。

 そう考えると、空腹が更に酷いものになる。

 これがロマンの代償か。

 私のキャラクター、魔法使いはゲーム内でトップクラスの火力を誇る職である。

 その分、体力が低い、打たれ弱い、詠唱が必要である、などのデメリットもあが、そういった弱点は、自由に振れるステータスポイントで補うことができる。

 事実、ゲーム内では大多数の魔法使いがそうしていた。

 しかし私のキャラクターは、ポイントの全てを火力に関係するステータスにつぎ込んだ、超火力特化、いわゆるロマン型なのだ。

 あらゆる敵に、どの職よりも大きなダメージを与える、そのためだけに育てたキャラクター。

 それが、こんなところで仇になろうとは……

 

 それから、森の中に入れば果物でもあるのではないかと思い足を踏み入れたものの、一行にそれらしき物は見つからず、その代わりにウサギもどきに何度も出くわした。

 そのたび、『火球』を小声で放ってみたり、他の魔法をつかったりといろいろ試したのだが、その全てが徒労に終わった。

 疲れ果てた私は、木の根に腰を下ろし休憩をとることにした。

 まったく、私の夢だというのに気が利かない。

 まぁ、現実の私も気が利くほうではないので、仕方ないのか。

 しかし、どうしたものか。

 夢なのだから、空腹でも死にはしないだろうが、折角の魔法使いである。腹を満たしてもっと堪能したい。

 そんなことをつらつら考えていると、人の声が聞こえてきた。

「誰か! 誰か助けてください!」

 女性、もしくは子供の甲高い声である。

 つまり、イベントである。それもしごく使い古された、お決まりとも言えるイベントの香りがする。

 私にはこんな願望まであったのかと、半ば自分に呆れつつもその声の方向へと駆ける。

 そこには、やはりと言うべきか、私の想像通りの光景が広がっていた。

 ウサギもどきの群れを前に、座りこみつつ必死に助けを呼ぶ少女。そう、少女だ。もっと言うならば美少女である。短いながらもきれいな金髪と青い瞳、真っ白の肌、まるで西洋の人形のような造形の顔。

 自分では、大人の女性が好みだと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。

 粗末な片手剣を手に持ち、必死でウサギもどきを威嚇している少女を見て、あれが自分の好みなのかと首を傾げていたが、すぐにそんなことを悩んでいる場合ではないことに気づき、少女を助けるために動く。

 いくら集まろうとも、所詮ウサギもどきである。私の敵ではない。

 少女を守るようにウサギもどきの前へと躍り出ると、杖を構えて短く詠唱する。

「大火炎」

 そこそこ範囲は広いが、火力は火球並、初級の範囲魔法である。

 とはいっても、火球で跡形もなくなるウサギもどきが相手なのだ、十分だろう。

 杖から放たれた炎が目標に当たると、渦を巻くように広がっていき、すぐに周囲のウサギもどき諸共焼き尽くした。

 狩残しはないか周囲を確認したが、どうやら集まっていたウサギもどきは先ほどの『大火炎』だけで全て倒したらしい。

 原形を保っているものもおらず、少々残念に思いながら、件の少女に視線を向ける。

 少女は剣は下ろしていたが、それでもこちらを警戒するように見ていた。

「あー、大丈夫、ですか?」

 美少女のきつい視線を受けて、思わず上ずった声が出てしまった。

 仕方ないじゃないか、異性と接点のある人生ではなかったのだ。

「はい。助けていただき、ありがとうございます」

 少女も、情けない声を出す私を見てか、多少警戒を解いたようで、頭を下げてくる。

「いやいや、無事で何より」

 気の利いた台詞の一つでも出てくればいいのだが、生憎と夢の中ですら気の利かない私である。少女の胡乱な者を見るような視線が痛い。

 というか、目の前の美少女、左肩押さえてるし、無事じゃない!? 血が出てる!!

「け、怪我してるのですか!?」

「え、あ、はい。ちょっと角が当たってしまって」

 私の剣幕に押され、少女が半歩下がったが、それどころではない。

 すぐに杖を構える。

「えーっと、ああ! 癒しの風よ!」

 あまり使わないので、すっかり忘れていた回復の魔法を少女にかける。

 私のやっていたゲームでは、他職のスキルもいくつか使い回すことができるのだ。といっても、どれも初級のばかりでそこまで使えるものはない。この回復魔法にしても、回復専門の職業である聖者が最初から覚えているものである。回復力も高くなく、レベルが上がるにつれてもっと有用なスキルが取得でき、使う者がほとんどいなくなるような代物である。

 しかし、『魔法』の威力を極限まで追求した我が魔法使いが使えば、回復量も結構なものだ。

「え……」

 少女が驚きの声を上げ、肩を押さえていた手をどけると、そこには簡易な鎧が裂けた跡はあるものの、覗く肌は傷一つなかった。

 驚愕の視線が心地よい!

 しかし、そんな思いとは裏腹に急激に私の身体から力が抜けていく。

 とうとう立っていられなくなり、地面に膝をつく。

「え! だ、大丈夫ですか!?」

 慌てて寄ってくる少女に、私は助けを求めるように手を伸ばす。

「お腹、減った……」

 なんとも締まらない出会いになってしまった。

 

 

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