生ける王女のためのパヴァーヌ   作:天馬要

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#2「呪われし者どもを罰し」

 気が付くと、暗い闇の中にいた。

 右も左も、上も下もない、黒一色の世界。水面に揺蕩う木の葉のように、ただそこに一人きりで浮かんでいた。闇だけが広がる永遠の空間で膝を抱える。

 

(死後の世界だとしたら、()()()()

 

 そんな吞気な感想を抱くと、頭の上からふわりと羽根が一枚、舞い落ちてきた。それは光だった。

 暗闇の中、仄かに光る羽根に手を伸ばす。

 すると羽根は、瞬く間に変化し──背に一対の銀翼を生やしたホワイトライオンの姿になる。妙な既視感を覚え、それを手繰り寄せていくと……思い出した。

 自筆の作品に登場させた神の武器、その名も神器(じんぎ)魔杖(まじょう)シャルル】の存在を。そして『HUNTER×HUNTER』という作品のエピソードを──

 

(……このまま大人しく、死んでやるもんか)

 

 曖昧になった生と死の境界。残された「死」の力、すなわち死後に強まる念という概念の可能性にすべてを賭けて“(シャルル)”に呼びかけた。

 

夢か現か幻か(ユメウツツ)──来て、シャルル!」

 

 右手を高々と上げて叫ぶと、手の甲に五芒星を中心にルーン文字と幾何学模様で構成された魔法陣が浮かび上がる。それは魂を目印にこちら側に対象を呼び寄せる聖痕(スティグマ―タ)。聖痕は異界と繋がる扉の役目を果たす。

 聖痕から飛び出た光は『魔法の杖』へと形態を変える。優しい光を浴びて、ある種の懐かしさを感じながら、シャルルに手を伸ばした。

 

反魂星(ハンゴンボシ)

 

 結果、蘇生の術は大成功だった。

 シルバ=ゾルディックによって抉じ開けられた胸骨が塞がっていき、流し過ぎた血を補うべく、骨髄が血液を作り出し、再び生命活動が始められる。

 ──こうして、彼女は蘇ったのだ。

 

 神辺小瑠璃(かんべこるり)は転生者だ。しかしながら、自分が死んだという記憶がないため「転生した」としても、いまいち現実味が湧かないというのが正直な感想であった。

 現に「神辺小瑠璃」として生まれてくる前の記憶もおぼろげで「振り袖の柄や会場は覚えてないけど、成人式は挙げたはず」というレベル。

 それでも、例外的に『HUNTER×HUNTER』に関する記憶を思い出すことができたのは、彼女が筋金入りのアニメオタクだったからという理由に他ならない。

 

 1999年 1月4日

 クカンユ王国 最東端の港町

 海に面しているだけあり、主な産業は漁業である。派手なリゾート地でこそないものの、訪れた人間を穏やかな気持ちにさせてくれる街であった。

 港町は、クカンユ王国でも有数の名家の出自であるライアン=アディーヌ伯爵が治める領地であった。

 

 地形形成営力によって風雨と海水が低丘陵地帯の地表の土壌を侵食し、削り出された白亜の岩肌が一際目を引く。高さ120メートルに達する「白い崖」と呼ばれる断崖は、昔から他国からの侵略に対する防壁の役割を果たしていた。

 そんな断崖絶壁の上に建つ──ロマネスク様式で建築された豪邸。ボックスウッドの生け垣に囲われた邸宅で、今宵も年若い女性の悲鳴が響く。

 

「──いやああああああ! 旦那様! おやめください!」

 

 ベルベットの絨毯が敷かれた一室は、霜で満ちていた。眼鏡をかけたハウスメイドが両目いっぱいに涙を溜めて懇願するも、目の前にいる主人公は反応を示さない。

 がくがくと震えるだけだった両の脚。両手は握り拳に固められて動かすことができない。自由に使えるのは目と口のみ。

 踝から足首へ、膝から大腿部へ。臀部から腰へ、胸から首へ。突如として出現した水の蛇が、彼女の身体を伝って凍らせていったのである。氷像と化した身体がシャンデリアに照らされて煌めいた。

 チロチロと細長い舌が頬を擽り、精神を追い詰められていく。

 

「いやあッ」

 

 文字通り、血管が凍る思いを味わいながら、留学生の山田百合──ユリ=ヤマダは刻々と迫る死に恐怖していた。パキン、パキン……零れ落ちた涙すら氷結され、氷が張られる範囲が徐々に広がっていく。

 ライアンは、その様子をワイングラスを傾けながら実に愉快そうに眺めていた。赤ワインもそこそこに、ソファーに腰掛けてアンティーク風の電話で誰かとお喋りを始める。よほど親しい仲なのか、口角を上げて会話を楽しんでいる。

 

「……ええ、そうなんです。実はコレクションが増えまして。ジャポネーズの女子大生です。ええ、是非いらしてください。今度またお見せいたしますとも。ええ、楽しみにしております。ツェリードニヒ王子」

 

 電話の相手も、その誘いに快く応じたその瞬間──ボッ! 

 

「!?」

 

 目の前で電話線に火が着き、それが導火線のように伝って電話機に燃え移り、最終的にはボンと火花を散らして爆発する。当然ながら通話も強制遮断された。

 ライアンは目を剥きながらソファーから立ち上がった。

 

「な、なんだ!?」

 

 電気機器の故障による火事、などではない。気が動転しかけているところに、停電というさらなる追い討ちが。数回の明滅の後、室内の灯りが消え、辺りは暗闇に飲まれる。

 人間の視細胞には錐体と桿体の2種類があり、明るい場所では錐体が。暗い場所では桿体が働くように出来ている。

 光源を奪われ、強制的に明所から暗所へと環境を変化された結果、ライアンは暗順応によって周りの様子が全く見えない状態に陥った。暗順応は桿体が完全に機能するまで30分以上かかる。そう、彼は王手を掛けられたのだ。

 

「こんばんは旦那様。月が綺麗な夜ですね」

 

 タイミングよく、雲間から月が顔を覗かせたことで第三者の存在が明らかになる。

 カツン、とブーツを鳴らして現れたのは、風呂敷包みを背負った小柄な少女であった。オブジェのアクアウォールが鏡となって姿を映し出す。

 白地に桃色の小花がアクセントになった振り袖。筒状のスカートは赤色の袴。膝丈ほどの長さで和洋折衷な装いで華やかさと愛らしさを演出している。

 

「なんなんだ、お前は!?」

 

 大正時代の女学生を思わせる和風ロリィタファッションの珍妙な侵入者は、スカートの裾を摘まんでルーティンとなったカーテシーのご挨拶を優雅にして見せた。

 

「名乗るほどの者ではありませんわ。私はただの通りすがりですから」

 

 侵入経路も正体も不明な人物に、ライアンが取った行動は、ソファーのクッションの下に隠しておいた拳銃を向けるという愚かな行為だった。

 

「……住居不法侵入だ。よってこれは正当防衛になる──!」

 

 言うが否や、トリガーを引き絞って出鱈目に連射する。ベレッタ・モデル92から放たれた9×19㎜パラベラム弾は全部で15発。いずれも肩、腹部、胸を正確に狙って飛んでくる。弾丸の射撃線から予想するに、銃の腕も悪くないのだろう。

 

 オーラをメイスに纏わせて強化し、風車みたく高速回転させることで盾を作って応手。危なげなく弾き飛ばし、跳弾した銃弾は彼の真横を通り過ぎて本棚に風穴を開けた。その反動か、仕掛けられた本棚の絡繰りが作動。機械音を立てて横にスライドし──……

 

 隠し部屋の存在が明らかにされた。その奥には数十体もの女の子が恐怖に染まった表情のまま氷漬けにされて保管されていたのである。よく見ると、どの女性も十代後半から二十代前半程度の年齢層だと伺える。よくもまあこれだけ集めたものだ。

 

「わぁ、これはこれは。略取・誘拐罪。監禁罪も含まれるんでしょうか? 懲役何年になるんでしょうねぇ」

「くッ」

「そんな歪んだ性癖の持ち主だから、43歳になっても結婚できないんですよ」

「黙れ!」

 

 弾倉の用意を怠り、次弾を供給する手段が無いライアンは怒り狂いながらベレッタを投げつける。シャルルをラケットのように一振りし、テニスボールでも打ち返すように拳銃を弾き返した。

 

「ぐあッ!?」

 

 見事に額にクリーンヒット。ライアンは後ろに仰け反って背中から床に倒れる。気絶したのか、メイドに巻き付いていた水の蛇もパシャンッとシャボン玉が割れるように消滅する。

 一応顔を覗き込んで怪我の具合を確認したが、打撲痕が赤く痕を残しているだけで、あとは無傷だった。

 

「…………」

(もういいよね)

 

 呆れ返って、棒のように突っ立ってしまう小瑠璃。

 ここまで雑魚だと、逆に何していいのか思いつかないのである。

 

(“発”までできる念能力者なのに、“周”はできてなかったし。ま、いっか。さっさと通報しよう。……と、その前に)

 

 氷像にされかけているメイドに近寄り、シャルルの先端に火を灯す。トーチみたくそれを彼女の頭上に掲げてやると、温かな光が呪氷をたちどころに溶かしていく。

 

「お怪我はありませんか? もう大丈夫ですからね」

 

 ユリには、少女が救世主のように思えた。

 はい、と頷きかけた時、地獄の底から響くような呪詛が小瑠璃の背後から掛けられる。

 

「……ガキが……舐めるんじゃねぇぞ!」

「!」

 

 ──ガシャーン! 

 見た目よりもタフな男だ。意識を取り戻したライアンは絨毯に転がったベレッタを、銃底でインテリアとして飾られていたアクアウォールを破壊。天井から流れ落ちる滝は書斎を水浸しにする。

 

(しまった)

 

 相手は恐らく操作系。対象は水。つまり水使いだ。アクアウォールから水脈を手に入れたところで、ライアンは切り札を切ったのだ。

 古来より、蛇は竜とも言われてきた。それはつまり……

 

「まぁこうなるよね」

 

 細長い身体は鱗に覆われ、爬虫類を連想させる。鬣や髭などの体毛は神々しく、鋭利な3本の爪を有する複数の手足。頭には一対の角がそそり立つ。水によって形作られた東洋龍が見下ろしていた。

 

「……なるほどね。評価を改めましょう。貴方、とっても面白そう」

 

 水龍は長い尻尾を撓らせ、鞭のように打ち据えようとする。が、その攻撃はあと一歩及ばず。

 バースデーキャンドルの火を吹き消すかのように小瑠璃が炎に息を吹きかけると、炎の中からピンク色と水色に発光する蝶々が現れ、乱舞する。次の瞬間、群れを成して四方八方から水龍に襲いかかったのだ。

 

胡蝶之舞(ユメミドリ)

 

 舞い踊る蝶は、一匹一匹が手榴弾に匹敵する火力を保持している。優に100を超える軍勢が水龍に特攻したことで、みるみるうちにボディーが蒸発された東洋龍は姿を維持できずに崩れて水に沈む。しかし、すぐに新たな水龍が水面から頭をもたげた。今度は3つの頭部を持っている。

「増えましたね」と、シャルルは淡々と実況する。

 

「面倒くさいな……。やっぱり一気に決めないとダメか」

(そう、この部屋に満ちる水全部を気化させるくらいの)

 

 それほどの決定打でなければ、このいたちごっこは終わらないだろう。そう結論付けた小瑠璃は、シャルルから火柱を作り、突撃した。

 

「見たところ炎を操る術を持っているようだが──相性が悪いんじゃないのかね?」

「はあああ!」

 

 火柱を刃にして斬撃を繰り出したところを、見計らっていたかのように多頭の水龍が顎門を開きつつ、素早い動きで体をくねらせると、鋭い牙で小瑠璃の脇腹に噛み付いた。

 

「がはッ……」

「コルリ様!」

 

 カウンターの形を取られ、そのまま水龍の頭部ごと壁に叩きつけられる。大質量のパンチを全身に受け、肺を圧迫された小瑠璃は血反吐を吐き、めり込んだ壁から水面に落ちた。ライアンは、自分の攻撃が小娘の肋骨を骨折させた手応えに、邪悪な笑みを浮かべる。

 

「あ……! ああ!」

 

 眼鏡のメイド──ユリは水飛沫を上げて小瑠璃に駆け寄る。掛ける言葉が見つからず、金魚のように口をパクパクさせていた。

 

「通りすがりなんだったら、見て見ぬふりをしていれば良かったのだ」

 

 ライアンは外道らしい理論を振りかざす。

 

「わ、私のせいで……!」

「はぁ……? あなたのせいなんかじゃない。悪いのは向こうでしょ」

「で、でも」

「……まあ、私もあんまり道草食ってられないし……そろそろ決めさせてもらうけど」

 

 そう呟き、小瑠璃は、膝と背中に両腕を滑り込ませ、眼鏡っ娘メイドを横抱きにすると机の上に飛び移った。隠し部屋を背にして。

 排水されることなくアクアウォールから水がいくらでも供給され続けるため、浸水しているのだ。増水による水位の上昇を危惧して高さのある家具を足場にしたかったのである。

 

(それに、氷漬けにされた他の人たちを巻き込むわけにはいかないし)

「私から離れないでくださいね」

 

 見たことのない光景に口を開けたままのメイドに、小瑠璃は一言忠告してから、シャルルを高々と天に突き上げ──最終通告をした。

 

「数々の許し難い所業、目に余りました。重ね続けた罪と悪事、今此処で焼き払いましょう」

 

 シャルルにオーラを流し込むと、灯る光が揺らめき……火柱は一層光度と火力を増して光の剣へと至る。

 目を焼きそうなほどの輝きを脅威と認識したライアンは、水龍を盾にする。しかし、すぐに驚愕に目を見開いた。光に照らし出されただけの水龍の身体から水蒸気の白煙を立ち昇らせているではないか。

 

(触れずとも蒸発させているのか!)

「そ、そんな馬鹿な……」

 

 衝撃的事実を受け入れられないまま、恐怖を振り払うように歯を食いしばって多頭竜を嗾けた。命じられた水龍は身を焼かれながらも小瑠璃に体当たりを食らえんと迫る。

 

「灰燼に帰せ! 迦楼羅之業火(カルラエン)!」

 

 振り下ろされた終の太刀は、多頭の水龍を真っ二つに叩き斬ると同時に消滅させ、ライアンと残った水すべてを邸宅の屋根ごと吹っ飛ばした。伯爵家の邸宅は、館の半分を瓦礫に変え、半壊した惨めな姿を海風に晒す。その後、ライアンは顔も衣服も煤だらけになって漁船の網に引っかかっていたところを発見され、警察に身柄を確保された。

 

「あ、あの……助けていただき、ありがとうございました。私、ユリ=ヤマダと申します」

「コルリ=カンベです。礼には及びませんよ。あの、実は私、急いでまして──」

 

 超高火力。故に圧倒的熱量。オーバーキル気味に変態伯爵を下した小瑠璃は、物言わぬ氷像に変えられた他の人々を全員解放すると、通報を受けた地元の警察官が駆けつける前に去ってしまわれた。曰く「急ぎの用事がある」そうだ。

 急ぎの用事、それは──

 

 1999年 1月7日

 ザバン市 ツバシ町 2-5-10

 

 ジャポンからクカンユ王国への飛行船ではハイジャックが勃発。立ち寄った港町では連続婦女暴行事件の現行犯。ドーレ港行きの船に乗れば、遭遇してしまった海賊一味と。

 以上3つの制圧戦にていずれも勝利を納めた小瑠璃が、二択クイズを経て辿り着いた一本杉。そこでは2メートルを超えるヒグマ3頭に襲われていたナビゲーターの凶狸狐(キリコ)一家(奥様・息子さん・娘さん)を救出し、ヒグマを炎で追い払って撃退に成功。

 数々の偶発的試練を乗り越え、小瑠璃はハンター試験会場に通じるエレベーターで下降している。出来立ての焼肉定食に舌鼓を打ちながら、シャルルに話しかける。

 

「ハンター試験って、会場に行くまでも大変なんだね……1万人に一人だなんて言われるのも頷けるよ」

「(これほど大変だったのはコルリ様だけだと思いますが)……そうですね」

 

 同行者がいないため、人目を気にせずに相棒と話せるのが小瑠璃は嬉しかった。ハンター試験を通してメイン4人と仲良くなりたいのが正直なところだが、如何せんコミュ障なので信頼関係を築く自信がない。

 

「コルリ様なら大丈夫です。心配ありません」

「そうかなぁ……でも私、前世から人付き合い下手だし」

 

 そう言いつつ、小食の彼女は余った焼肉と白米で握り飯を二個作り、食料を風呂敷包みにしまう。

 

「ホントは野菜も欲しいけど、ま、いっか」

「コルリ様はクラピカ様を好いておられるのでしょう?」

 

 何の脈絡もなく展開された話題。言い当てられた小瑠璃は、ガタン、と椅子から派手に転がり落ちた。

 

「……ま、まあ……前世は液晶画面どいてって散々言っておりましたが……」

「(何故当然敬語に)」

 クラピカは女子人気に支えられていると、小瑠璃はつくづく思う。

 

「……まあ、こうしてせっかく異世界転生できたんだから、想いは遂げたいなとは……思ってるけどさ」

(こればっかりは、私の頑張りどころ+奇跡でも起きなきゃ成就しないだろうなあ。そもそも『HUNTER×HUNTER』ってラブコメじゃないし)

 

「………………でも、やっぱり好きだから頑張りたい」

 

 クラピカだけでなく、「HUNTER×HUNTER」という作品が好きなのだ。

 死後に強まる念の作用で、蘇る事を選んだ。第287期ハンター試験を受ける事を決めた。人を助け、悪を打ち倒す行動を起こしたのも、自分がそうしたかったから。

 

「好きだから、頑張れると思うんだよね」

「……そうですね」

 

 もうその顔には、負の感情は一切なく。ただ冒険に心躍らせる無邪気な少女がいた。

 

「ッしゃー! 行くぞ!」

 

 改めて風呂敷包みとシャルルを背負い、胸の前で両の拳を握り締める。

 地下100階に到着し、エレベーターの扉が左右に開かれると同時に、けたたましく鳴り響いたベルの音に心臓が縮こまる。

 

「ただ今をもって受付時間を終了いたします」

 

「…………え?」

 

(まさかこれは、間に合わなかったパターン!?)

 どうなる小瑠璃。

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