英雄戦姫WWX二次創作「ブリテンのベーゴマ事情」   作:シベリア!

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『走れ! つくね君』なるパワーワードに触発され、英雄戦姫WWXの二次創作を描いてみました。
寛大な心で見て頂けると幸いです。



英雄戦姫WWX二次創作「走れ! つくね君」

 

ある日のジパング。

江戸の町に大勢の人が集まっていた。

 

「いやぁ、急な開催だってのに意外と集まったなぁ」

 

信長が双眼鏡を片手に感慨深そうにため息をつく。

 

「それだけ皆がオリンピックを楽しみにしていたって事じゃないかな」

 

俺もまた、少しだけ感動で涙が出そうになっていた。

オリンピック前の選考会でこれだ、本番までにどれ程の涙を流すのだろうかと、今から心配になってしまう。

 

今日はオリンピックマラソンのジパング代表選手を決める選考会だ。

パッと見て、数百人くらいは集まっているように見える。

 

「やっぱ出場制限はかけるべきだったかな?」

 

「良いじゃないか、こうやって皆でわいわいがやがやと走るのがジパング流って事で」

 

「ははっ、それもそうかもな」

 

ここまでこぎつけるまで、色々と苦労はあった。

その色々については長くなるので割愛するが、とにかく色々あった。

 

そして……

 

「たいちょー! 警備の皆から連絡があったよ、全部大丈夫だって!」

 

警備主任の武蔵坊弁慶が手をぶんぶんとふりながらやって来た。

彼女もまた、この選考会を……いや、オリンピック成功のために多大な苦労を買って出てくれた人の1人だ。

 

「気温、時間帯、コース……全部本番と同じように調整した選考会だ。

 この大会で好成績を残した人なら、きっと本番でも活躍してくれるだろうな」

 

「いや……まぁ、マラソンと競歩の本番は蝦夷地になりそうなんだがな……」

 

「へ? それは本当なのか!?」

 

「まあ、色々あってな、色々……」

 

「大丈夫なのか、予算とか……」

 

一応、ジパング王としてこの国の予算については頭に叩き込んである。

急にマラソンと競歩の会場だけ別の場所となれば、相当な負担が出る事ぐらい分かっている。

 

「予算は是清がどうにかする……って政宗が言ってたぜ」

 

「コレキヨ?」

 

「知らねぇのか? 奥州の金庫番だよ、達磨って呼ばれてる奴、銭感情がスゲェ美味い。」

 まあ、何かとあるとすぐ引退させてくれって言い出すのが玉に瑕だけどな」

 

「そんな人いたっけな……」

 

「まあ、その内実装されんだろ。 それよりレース……じゃなかった、選考会が始まるぜ。

 チハヤは誰に賭けてるんだ?」

 

「賭けって……俺は誰にも賭けてないよ」

 

「はーいっ! 弁慶はもちろん義経に賭けてるよ! お給料3ヶ月分っ!」

 

なお、弁慶のお給料とは義経からのおこづかい(1ヶ月金貨2枚)である。

つまり給料3ヶ月分とは、金貨6枚……多いのか少ないのか分からないのは、俺がずっと国家予算とにらめっこしているせいだろうか。

いずれにせよ、おこづかいは基本全額武器の購入に使う彼女にとって、3ヶ月分を賭けるというのは相当な決意……いや、信頼だろう。

 

「義経か……うん、あいつは結構掛け金が集まってるぜ、あいつ足早いからな」

 

具体的には速度85くらい早い。

古代英雄……というか、常人の3倍の脚力をもつ某古代ギリシアカラテの使い手を除けばトップクラスの脚力である。

なお、その人は当然のようにマラソン……どころか、全競技出勤である。

 

「はぁ……まだ仕事が残っているというのにな……」

 

……それはそうとして、当の義経は非常にやる気が全然無い様子であった。

 

ジパングの良心枠として、彼女の政務は日々山積みだ。

正直な所、マラソン大会に出ている時間があったら仕事をしていたいというのが彼女の本音だろう。

 

個人的には、基本仕事の虫である彼女こそ、オリンピックという非日常を楽しんでほしいとは思うのだが。

 

「弁慶、出走の時間まであんまりないぞ、そろそろ持ち場に戻らないと拙いんじゃないか」

 

「ああ、本当だ、もうこんな時間……それじゃあたいちょー、また後でね。

 通信石は持ち歩いてるから、何かあったら教えてね」

 

「ああ、頑張って来てくれ」

 

弁慶が名残惜しそうに手を振って、マラソンコースの警備に戻っていく。

弁慶と一緒にいられないのは少し残念だが、警備はどうしても必要だ。

マラソン代表の選考会にはジパング全土から多くの若者達が集っているのだから。

 

「若いって良いよな、夢があるって良いよな、

 若さと勢いだけでツッ走って来た頃を思い出すぜ。

 人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなりってな」

 

「一度生を得て、滅せぬ者のあるべきか……だったか?」

 

「そうそう、タケルの奴とか、何十年……

 じゃねえな、何百年生きてるんだって奴もいるけどよ」

 

「世界を作ったカミサマだって死ぬ時は死ぬものさ」

 

ジャンヌ・ダルク曰く『カミサマは言いました、そんな盛り上がる場面でジャンヌ未実装とは何事かと』だそうだ。

カミサマなんて、案外そういうものなのかもしれない。

 

「そうそう。 だから……だから、まあ、この世に生まれた意味とか、

 最近は考えるようになってな……

 ああそうだ、若いで思い出したけど、お前って何歳なんだ?」

 

「……そういえば、何歳なんだろう? 案外生後数年かも」

 

後で母さん(?)に聞いてみようか。

 

「USAじゃ未成年とのXXXは厳しい目で見られるってよ。

 コロンブスはスキャンダルで失脚するかもな」

 

そんな馬鹿話を信長としていると、不意にざわ……ざわ……というどよめきの空気が周囲に広がっているのに気がついた。

 

「信長、何か様子がおかしくないか」

 

「プレジデンテのスキャンダル記事でもバラ撒かれたか?」

 

「冗談言ってる場合じゃ……ば、ばあいじゃあ……」

 

……それが視界に入った瞬間、俺は絶句した。

 

「うげ、なんだアイツ……!?」

 

信長も絶句した。

お互いの顔を見合わせて、お互いの頬をつねり合い、自分達が見ているものが夢幻の類で無い事を確かめ合った。

残念ながらと言うべきか、アレ現実であるようだ。

 

「スタートラインに着ぐるみがいる……」

 

「しかも何の着ぐるみか全然分からねえ……てか本当になんだアレ?

 丸っこくて、茶色っぽくて、手足が生えて、目と口があって、頭に棒……何だアレ!?」

 

「全然分からん」

 

「おいどうするチハヤ、一旦止めて職務質問するか?」

 

「いやもうスタートまで時間が……」

 

そう言いながら懐中時計を取り出そうとした瞬間……パァンッ!! と空砲の音が鳴り響き、スタートラインに並んだ参加者達(約一名の着ぐるみも含む)が一斉に走り始めてしまった。

 

「げっ、始まっちまったぞ!」

 

「ルールブックに着ぐるみを着てはいけないとは書いてないけど……」

 

「常識で考えろよ! 着ぐるみでマラソンする奴なんている訳ねーだろ!

 てかアレ放熱とか水分とかどうしてんだよ!? 下手すりゃ中身死ぬぞ!

 畜生、最近アスリートファーストとか何とか言って人権団体が暴れてるってのに!」

 

慌てふためく俺や信長を尻目に、謎の着ぐるみマンは物凄い速さで先頭集団をブッちぎり、独走状態で駆け去っていく。

 

「速ぁっ!? 着ぐるみ速ぁっ!?」

 

「まるで100m走じゃないか、あんなペースで42.195kmなんて保つのか!?」

 

「行っけえええぇぇぇーーーっ!! つくねくううぅぅーーんっ!!」

 

……なんて事を言っている俺と信長のすぐ隣で、大きな声で謎の着ぐるみマンの応援をしている見知った顔がいるのに気がついた。

 

「おい龍馬」

 

「頑張れぇーーーっ! つぅ! くぅ! ねぇ! くううぅぅーーんんっ!!」

 

「龍馬、ちょっと聞きたい事が……」

 

「そっこだああぁぁーーっ!! ブッちぎれぇぇーーっ!!」

 

龍馬は全力で叫びまくってるせいか、全然こっちに気づく気配が無い。

 

「……こっち向け寝小便たれ」

 

信長がTHE・悪人ズラで龍馬の耳元に囁いた。

 

「ぴゃああぁぁーーっ!!」

 

直後、龍馬が瞬間湯沸かし器の如く沸騰し、耳まで真っ赤にしながら叫び声をあげた。

 

「勘弁してよ、そういうのはとっくの昔に卒業……ありゃ、信ちゃんにお兄さんじゃない。

 どうしたのこんな所で?」

 

「てめぇの方こそ何やってんだよ。 お前のトコは公式スポンサーに入って無かっただろ」

 

「いやぁ、色々画策してたんだけどね、逆張りし過ぎて出遅れちゃったと言うか、

 今まさに巻き返しの最中と言うか……」

 

「そもそも、つくね君って何の事なんだ?」

 

「走れ! つくね君だよ」

 

聞きなれない単語に、俺も信長も首を傾げる。

 

「おいチハヤ、なんとなく嫌な予感がするんだが……」

 

「奇遇だな、俺もだ……だけど聞かない訳にもいかないだろ……」

 

俺と信長は互いに顔を見合わせて、呼吸を落ち着くのを待ってから次の質問に移る。

 

「まさかとは思うが……

 先頭を走ってる珍妙な着ぐるみがそのつくね君じゃあるまいな?」

 

「いやぁ、元々はランツクネヒトの知名度向上キャンペーンをと思って、

 マスコットキャラクターを作ったんだよ。

 ちょっと見切り発車で着ぐるみを発注してたら断られちゃって、

 慌てて注文をキャンセルしようとしたんだけど、

 連絡を入れた時点で完成してたものだから、扱いに困ってね。

 しかもオリンピック利権にも思いっきり乗り遅れるしで踏んだり蹴ったり」

 

「……で?」

 

「一石二鳥、起死回生の作戦があちらです」

 

龍馬がピッと会場に設置された大きな映写幕を指差した。

コースの各所に用意された撮影石からの画像が、あそこの映写幕に投影され、スタート後のマラソンの様子がわかるようになっている。

 

先頭を独走状態で走る人影は……つくね君だ。

 

「やべぇ、このままじゃ本気でジパング代表がつくねになっちまう……」

 

信長が蒼褪めた表情で頭を抱えた。

 

開会式で入場行進をするつくね君……夏の蝦夷地を爆走するつくね君……表彰台で金メダルを噛むつくね君……想像するだけで俺も頭が痛くなってきた。

 

「お前選考会にあんなの走らせんなよっ!

 いや、あんな事してどうするつもりなんだ!?」

 

「た、確かに……オリンピックのマラソンでつくねの着ぐるみを走らせる事で、

 龍馬の得になりそうな事が思いつかない……」

 

「いやいや、アレはつくね君の着ぐるみに手を加えた、

 言うなればバージョン2とも言うべきものだったり」

 

「ば、ばーじょん2……?」

 

何か猛烈に嫌な予感がしてきた。

 

ざわめく会場、見た目はアレでも一応トップなので写さざるを得ないとばかりにドアップになるつくね君。

 

皆の注目を集める中、つくね君が……キャスト・オフ! とばかりに脱皮した。

 

現れたのはつくね君の中身……ではなく、これでもかとばかりに敷き詰められた広告表示であった。

 

「そしてこれがV2つくね君のさらなる進化形!

 言うなればスプリームヴァージョンッ!!」

 

どーん! と胸を張る龍馬、混乱し、困惑する会場。

そしてつくね君は走る速度を少しも緩めず……

 

「朝の一杯はKMEYAMAコーヒー! 100%ジパング産のロブスタ種コーヒー!

 ピリッと強烈に目が覚めます~!」

 

……缶コーヒーを片手に龍馬の会社の商品を宣伝していた。

 

「何考えてんだてめえええぇぇぇーーーっ!!

 公式スポンサー共に文句言われんのはこっちなんだぞっ!!」

 

「いやぁ、選手が走りながら独り言を言ってるだけだからイケルって」

 

「いける訳ねーだろっ!!」

 

「信長、今度は何かを取り出しているぞ。 Yシャツと何か機械を……」

 

「見てください~、蒸気で汚れを落とします~。

 どんな汚れも一発! KAMEYAMAの全国各支店で取り扱い中です~」

 

……やっぱり龍馬の会社の宣伝広告だった。

 

「チハヤ、誰だか知らねぇがあの馬鹿止めるぞ」

 

「止めるってどうやって!?」

 

「大丈夫だっ!

 ニール・ホランは執行猶予付きの禁錮1年と罰金3000ユーロの判決ですんだ!」

 

「物理的に止める気か!? いや全然大丈夫じゃない、競技はもう進んでいるんだぞ!」

 

短距離用の小型通信石を取り出し、警備の弁慶に指示を出そうとした信長を慌てて止める。

そんな事をすれば競技会自体が中止になりかねなかった。

 

「いや、心配しなくても本戦にまでこれをやる気はないよ。

 レースの序盤だけトップに立てれば良いから、

 ペース配分とか殆ど考えずに走ってるし、そのうち失速するでしょ」

 

「マラソン競技中に宣伝するなって話なんだよ」

 

「選手の独り言です」

 

「通じるかこの野郎っ!!」

 

「まあでも……」

 

「でも? でもって何だ?」

 

俺も信長もさらにさらに強烈な嫌な予感に襲われた。

 

「CMをするのは良いが……別に、1位を取ってしまっても構わんのだろう?

 て、バイトの娘が言ってたな~」

 

「何考えてんだそいつ!?」

 

「勝てたら特別ボーナス出すよって答えておいたから安心だね!」

 

「一つも安心する要素がねぇよっ!!」

 

そろそろ信長がツッコミ疲れで倒れそうだ。

いい加減に何か実効的な対策を考えなくては……

 

俺達の心配をよそに、つくね君は少しもペースダウンする様子が無く、まるで四次元ポケットでも持っているかのように次々と新製品を出し、紹介していくつくね君に、会場の空気は困惑から笑いに変わりつつあった。

 

「そうだ……」

 

そんな時、一つ妙案を思いついた。

俺はさっき信長を取り押さえた時に掴んだ小型通信石に声をかける。

 

「弁慶! もうすぐ君が警備をしている所に義経達のグループが来る筈だ!」

 

「た、たいちょー!? そ、それはそうだけど……

 さっき変な恰好の人が凄い速さで走って行って……」

 

「その変な恰好のに関係ある事なんだ。

 今から言う事を、義経のグループが近づいてきた時にやってほしい」

 

俺は龍馬に聞こえないように小声になり、弁慶にさっき思いついた対応策を伝授する。

 

……

 

…………

 

………………

 

「何だったんだろう、さっきのは……?」

 

一方その頃、源義経を含む先頭集団は、順当にマラソンコースを走っていた。

 

スタート直後にまるで弾丸のような速度で謎の物体が駆け抜けていき、一部選手達に動揺は走ったものの、流石はマラソンのプロフェッショナル達である、あんなペースで体力が保つ筈も無いとすぐに思い直し、普段通りのペースに戻っていった。

 

謎物体は既に視界から消え、遥か遠く……先程の光景がまるで夢か幻だったかのように感じてしまう。

 

そんなある意味不穏で、ある意味平穏な空気の中で……

 

「よ……義経ええぇぇーーっ!! 頑張れええぇぇーーっ!!」

 

義経を慕う少女、武蔵坊弁慶の大きな大きな声援が選手たちに届いた。

 

「……弁慶?」

 

とくんっと、義経の心臓が大きく脈打った。

彼女はずっと無理のないペースを維持しながら走っており、心臓が暴れるような事はしていない。

 

「頑張れええぇぇーーっ!! 負けないでええぇぇーーっ!!」

 

弁慶の声援が続く。

負けないで……何に負けないでと言いたいのかは、義経にはすぐに分かった。

 

「全く……駄目じゃないか、警備担当が一選手に肩入れをしちゃあ……」

 

ふぅっとため息をつく。

しかし、先程から義経の口元は緩みっぱなしだ。

 

「別に、誰がマラソンの代表になっても興味は無いし、

 ボクがやるのはガラじゃないし、適当に流そうと思ってたんだけど……」

 

……義経の速度が上がる。

 

「弁慶にあそこまで言われたんじゃ……」

 

……義経の速度がさらに上がる。

 

「……本気を出さざるを得ない!」

 

義経の速度がついに戦闘時と同等になった。

その速度は常人の2倍……いや、10倍を超える。

 

義経が走る。

義経が走る。

義経が走る。

 

先程の謎の着ぐるみマンと同様に先頭集団をぶっちぎり、獲物を狙うハヤブサの如き速度で走り続ける。

 

そして……

 

「キャバレーKMEYAMAお江戸支店! 間もなくグランドオープンです~!

 オープン記念キャンペーンとして~……」

 

……つくね君の背中を捕らえた。

 

「……と、ペースを落とし過ぎましたか~。

 それじゃあちょっとだけ本気を出しますよ~!」

 

しかし、つくね君(の中の人)も歴戦の勇士である。

背後から肉薄しつつある義経の存在にいち早く気づき、トップを奪還されまいと速度を上げる。

 

「かなり速い、何者だ……だけどっ!!」

 

義経が気合を入れ直す。

弁慶が見ているのだ、弁慶が声援を送っているのだ、勝ってくれと願っているのだ。

義経は絶対に負けられない。

 

「特別ボーナス! 特別ボーナス! 特別ボーナスゥッ!!」

 

一方、つくね君の中の人にとっても絶対に負けられない戦いである。

受け取った前金は全額食事代になり、中の人の胃袋に収まっている。

正規のお給料は300年先まで前借りして食費に消えたため、ここでボーナスをもらえないと本気で餓死しかねない状況なのである。

 

とんでもないスピードで駆け抜ける義経とつくね君……既に2人は短距離走かと見間違える程のペースになっており、完全に2人だけ違う世界で勝負しているかのようである。

 

「君、なかなかやるね! 一体どこの所属だい!?」

 

「円た……じゃなかった、僕アルバイトオオオォォォーーーッ!!!」

 

酷い誤魔化し方である。

 

義経が走る。

つくね君が走る。

義経が一歩前に出る。

つくね君が2歩先に出る。

 

抜いては抜かされ、離せば追いつき、意地と意地の張り合いのようなデッドヒートがいつまでもいつまでも続いていく。

 

……そんな時である。

 

「きゃあっ! ひったくりよっ! 誰か捕まえてぇっ!!」

 

つくね君(の中の人)の耳にそんな悲痛な叫び声が聞こえて来た。

視界の端で、ハンドバックを片手に路地裏に消えていく2人組の怪しい男達が見えた。

 

義経は……見えていない、聞こえていない、完全に勝負に集中していた。

 

目の前の戦に集中し始めると別の事が目に入らなくなるのは、ジパングの英雄・源義経の弱点である。

彼女はその悪癖故、平家との戦いの折にたった5艘の船で追撃を始めたり、熊野水軍と勝手に同盟を結んだりして、姉頼朝との仲を拗れさせる原因を作っている。

 

そして沿道に集まる観衆は残らずこのデッドヒートに注目しており、誰もひったくりを追おうとしていなかった。

 

「(気づいているのは私だけですか~……)」

 

つくね君(の中の人)が頭を高速回転させていく。

 

「(円卓の騎士……特別ボーナス……騎士……前金はもう使っちゃった……騎士……

 依頼放棄したら違約金を取られる……騎士……お腹空いた……騎士……

 目立つ事をしたらガウェイン様に大目玉……騎士……下手したら懲戒免職……)」

 

頭の中で2つの価値観がぶつかり合っていた。

1つは保身と目先の金銭。

もう1つは……騎士らしい生き方をしたいという、彼女の願いだ。

 

彼女は……最後の決断をする時、ほんの一瞬だけアーサーの顔を思い浮かべた。

 

「ああもうっ!! 本当に裏切り難い主君ですよ、あの人はっ!!」

 

つくね君が跳んだ! 直角に曲がり斜め上に跳んだ!

 

「……なっ!?」

 

瞬間、義経の目が丸くなる。

既にひったくりの二人組路地裏へと姿を消しており、つくね君が向かった……いや、追いかけた先に何があるのかは分からない。

つくね君は全くの理解不能のタイミングで、全くの理解不能の方向に猛ダッシュを始めたのだ。

 

「(すぐに捕まえて、すぐにコースに戻れば依頼放棄にはならない筈……

 たぶんならない! たぶん!)」

 

つくね君(の中の人)はそんな一抹の希望を胸に全速力で路地裏に入り、駆け抜ける。

 

「(一番直近の汗の臭い……この道は右! その次の十字路は左に曲がってる!)」

 

着ぐるみの中からというのに、その驚異的な嗅覚で怪しい男達の臭いを感知し、猟犬のような……いや、それ以上の速度でひったくり犯を猛追する。

 

いずれにせよ、そこから先は早かった。

 

「ひいぃっ!! 何だあれは!?」

 

「お、追って来るぞ! 逃げろぉっ!!」

 

2人組のひったくり犯は必死になって右に左に曲がりながら逃げるも、つくね君は着ぐるみらしく無表情で猛追してきた。

 

「怖ぇっ! なんだよこれ!」

 

「フライングフォークッ!!」

 

直後、つくね君の中の人がいつも持ち歩いているMYフォークが手裏剣のように2人組に向かって飛ぶ。

依頼者が依頼放棄と判断するよりも早く2人組を無力化し、コースに戻らなければならない……つくね君の中の人は物凄く必死だった。

 

ザクザクザクッ! と怪しい2人組にフォークが刺さる。

 

「痛えぇっ!!」

 

「くっそぉ! こうなりゃ2手に分かれろ! 別々に逃げるんだ!」

 

とはいえ、流石にフォークを数本投げた程度では無力化はできていない。

それどころか、ひったくり犯はこのままでは危険だと判断し、バラバラの道に逃げ始めてしまった。

 

「拙っ……」

 

つくね君(の中の人)が最悪の想像をしてしまう……片方は問題無く捕まえられる、しかしもう片方は逃がしてしまうかもしれない、仮に捕まえられたとしても、時間がかかり過ぎてコースに復帰できなくなると。

 

「……なるほど、ようやく状況が飲み込めたよ」

 

だがしかし、その最悪の想像は現実にはならなかった。

どっちを追うべきかと一瞬固まったつくね君の背後から、まるで鷹やハヤブサの如き速さで疾走する1人の少女が……源義経が援軍に駆けつけたのだ。

 

「たあぁぁっ!!」

 

直後、義経の全体重を傾けたニーキックが悪漢の片方に直撃し、意識を刈り取る。

 

「スチームアイロンパンチッ!!」

 

つくね君もその機を逃すまいと、すぐさまもう片方の顔面に重く硬い金属の塊を叩きつけて昏倒させた。

 

ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ、と2人の大きく肩で息をする音だけが聞こえてくる。。

2人組のひったくり犯は見事に意識を失い無力化し、さっき奪われたらしいハンドバックも無傷のままだ。

 

「君、ランスロットじゃないか?」

 

義経が大きく息を吐き、心臓を落ち着かせながらそう尋ねる。

 

「ち、チガイマスヨ~……」

 

ちょっと上ずった声でつくね君(の中の人)は否定した。

 

「そうですかありがとうアロンダイトすごいですね」

 

「それほどでもない」

 

それを聞いたら、義経は何だか可笑しくなり、ちょっと笑った。

 

「後はこのバックを警備の誰かに渡して、元の持ち主を探してもらえばこの件は解決かな」

 

「そうですね~、早くコースに戻らないと、失格になってしまいますね~」

 

義経はつくね君からそう言われて、そういえばマラソン協議中だったと思い出した。

義経はまたふっと笑い……

 

「1位は貰った!!」

 

ハンドバック片手に全速力で駆け戻った。

 

つくね君も負けじと戻り……戻る前に、肌寒い空気を全身に感じた。

 

「う~ん……くすねてきたアイスソードの調整が上手くいってないんでしょうか~?

 もう少し放出される魔力量を抑えて……」

 

熱中症対策にと仕込んだアイスソードを再調整しようと、つくね君は背中に手を伸ばし……アイスソードに手が届かない事に気がついた。

 

「あ、あれ……調整できない……」

 

どうにか位置を調節して手が届かないかと四苦八苦し、その辺にある塀や樹木に背中にこすり付け始める。

こんな事になるのなら背中側ではなくお腹側にアイスソードを仕込んでおくべきだったかと後悔するが、最早後の祭りである。

 

「あ、あれ、何かどんどん寒く……つ、冷たいっ! いや痛い!」

 

着ぐるみの中の温度が……いや、周囲の気温がどんどん下がり、つくね君を中心に霜ができ始めた。

真夏の太陽が照り付けているというのに、つくね君の中身だけ氷河期かと思う程に冷えつつあった。

慌てて誰かに助けを呼ぼうにも、義経は既に視界から消えており、今近くにいるのは気絶したひったくり犯以外にはいなかった。

 

「こ、これは本当に洒落にならな……ひゃあぁあ!」

 

ここまでのデッドヒートでたっぷりと汗を含んだつくね君の着ぐるみが凍りだした。

背中から順にカチコチと凍り、手足が凍り、頭が凍り、ついにつくね君は全身が氷に覆われ……

 

「……緊急脱出ぅっ!!」

 

……る、直前に中の人が魔法剣アロンダイトを振るい、つくね君の腹を掻っ捌いて無理矢理脱出を果たした。

 

「ぜぇ、ぜぇ……あ、危なかったです~、もう少しでカチンコチンになるところでした~」

 

中の人……円卓の騎士ランスロットが、ノーブラ、パンツ一枚のほぼ真っ裸でぶっ倒れる。

流石に色々と無理をしすぎたとちょっと反省し……

 

「あ……依頼……」

 

全身カチンコチンニ凍り付いた上、お腹の辺りが派手に切り裂かれているつくね君の無残な姿が目に入り、ランスロットは自分が置かれている状況を思い出した。

円卓の騎士がパンイチ姿で街をうろついていたなんて話が上司のガウェインの耳に入ったりすれば、良くて減給、悪ければ懲戒免職である。

 

ランスロットはこれからどう誤魔化すかを必死に考え、考え、考え抜いた結果……

 

「良し、逃げちゃいましょ~」

 

……そういう事になった。

 

……

 

…………

 

………………

 

衝撃のつくね君事件からしばらく経ったある日の事。

 

「円卓の騎士ランスロット、お召しにより参上いたしました~」

 

ランスロットはアーサーの執務室に呼び出されていた。

正直、つくね君の一件がバレたのではと心配していた。

気絶していたひったくり犯から服を拝借したため、パンイチ姿は誰にも見られなかったし、くすねたアイスソードは回収して元の置き場所にこっそり戻していおいたが、それでもどこから情報が洩れるか分かったものではない。

 

そんな彼女であったが、机に向かうアーサーの表情は怒りは感じられず、そっと胸を撫でおろした。

 

「アーサー様~、今日はどんなご用件でしょうか~?」

 

安心して用事を聞けると、ランスロットはニコニコ顔でそう尋ねる。

 

「ランスロット、私はちゃ~んと分かっていますよ」

 

「……え?」

 

やっぱりつくね君の中身の件がバレたのではと、ランスロットは再度身構える。

実際の所彼女は、龍馬からの依頼放棄の違約金も、着ぐるみを壊した事への損害賠償もしっかりと踏み倒している。

今はほとぼりが冷めるまでしばらくブリタニアにいる作戦である。

 

戦々恐々とするランスロットの目の前で、アーサーはジパングの新聞をパッと広げる。

そこには『つくね君大手柄、連続ひったくり犯を見事御用に』とでかでかと表記されていた。

 

「え……これって……?」

 

正直ランスロットは、マラソン代表の選考会で無駄にふざけた格好で参加するわ、派手に宣伝活動をするわ、挙句の果てに途中でコースから外れてそのまま帰ってこなかったわで、ぼろくそに書かれているのだと思っていた。

しかし、紙面はむしろ愛嬌のあるキャラクターへの反響や、かなり大量の前科のあるひったくり犯を捕まえた事への賞賛の言葉の方が多かった。

 

「あ、いや……こ、これはその……」

 

ランスロットはどうすれば良いか分からなくなる。

 

まさか自分だとは言えない。

言えないが、満面の笑みを浮かべるアーサーは、とっくの昔にこれがランスロットの変装だと気づいている様子だ。

ランスロットは気恥ずかしさで顔を赤くしていた。

 

そして……

 

「知りませんでした! ランスロットがそんなに着ぐるみが好きだったなんて!」

 

……そして良い話で終わりそうな所で斜め上にカッ飛ぶのがいつものアーサーである。

 

「あの、別に好きという訳では……」

 

「今度着ぐるみキャラのトライアスロン大会をするのですわ。

 ブリタニアから誰かを出そうかと迷っていたんですけれど、

 ランスロットならきっと適任です」

 

何か全力で変な方向にカッ飛びそうな予感がして、ランスロットはさっきの何倍も何十倍も警戒心を強めて身構える。

 

「丁度倉庫の奥から素敵な着ぐるみが出てきたのです。

 それを着てトライアスロンに出てくれませんか?」

 

勘弁してくださいと喉まで出かかった。

しかし、アーサーに逆らった事が上司のガウェインに知られればそれはそれで面倒である。

従って、何かしら理由をつけて辞退するのが最善である。

 

「アーサー様、実は親戚のお爺ちゃんが先日亡くなりまして~、今度お葬式が……」

 

とりあえずランスロットは架空の親戚を殺して危難を逃れようとした。

なお、彼女のでまかせによって死んだことにされている架空の親戚の数は、既に100人を超えているが、アーサーは未だに気づく様子が無いのはご愛敬である。

 

「もちろん、壮行会では沢山お料理を準備いたしますわ!」

 

「着ぐるみ大好きです~! トライアスロン、頑張っちゃいますね~!」

 

……そういう事になった。

彼女とて人の子、空腹には勝てないのである。

 

……

 

…………

 

………………

 

「勘弁してください」

 

……だがしかし、世の中はそんなに甘くなかった。

彼女の目の前にはまるで実写版鉄人28号のような鉄塊がドスンッ! と異様な存在感と共に鎮座していた。

 

「プリタニアの甲冑職人が作り上げた総鉄製の着ぐるみよ、ランスロット」

 

「頑丈さを追求し過ぎて総重量120kg、各部関節は15度しか動かんが、

 まあお前ならどうにかするだろう」

 

ガウェインとガラハドがまるで死刑執行人の如くランスロットの両肩を取り押さえ、逃走を阻止している。

 

「あ、あのぉ~……他のキャラクターは随分と軽くて動きやすそうな見た目で……」

 

「当然だろう、今回はガチキャラ大集合だからな」

 

「分かってると思うけど、アーサー様の顔に泥を塗るような事をしたら懲戒免職だから、

 覚えておきなさいね」

 

意訳・負けたら解雇、卑怯殺法を使っても解雇である。

 

「さ、流石にこれで勝つのはちょっと無理と言うか~。不可能だと思うのですけど~!!」

 

「何言っているの、アーサー様が不可能な事をお命じになる訳が無いじゃない。

 無理というのは嘘つきの言葉なのよ」

 

「それでも駄目ならお前が反逆者のコミーだったという事だ、

 次の円卓の騎士は上手くやってくれるだろう。

 ああ念のために言っておくが、

 私は先日誰かさんにアイスソードを勝手に持ち出された事を怒ってはいないぞ。

 全然怒っていない、ああ怒っていないとも」

 

「私もこの間のベーゴマ騒動の事、全然怒っていませんわよ」

 

「それ絶対怒ってるじゃないですか~! やだぁ~!

 あ、ちょっと待って、人間の関節はそっちには曲がらな……あいたたたたたっ!!」

 

ガウェインとガラハドがランスロットの身体を無理矢理黄金の鉄の塊でできた着ぐるみに押し込んでいく。

 

「あ、駄目! ひぎぃっ! 私コミーじゃないですよ~!

 ぼ、ボールスさ~ん、パラメデスさ~ん! 助けてぇ~!!」

 

ランスロットはぎゅむぎゅむと押し込まれながら、近くにいた親友……ボールスとパラメデスに涙目になりながら助けを求める。

 

「ハローワークからランちゃんに合いそうな求人、持ってきといたよ」

 

「さらばランスロット……貴女に貸した金は退職金から天引きしておく……」

 

しかし、この2人は基本薄情であった。

 

「き……き……着ぐるみなんて大嫌いですうううぅぅぅ~~~っ!!」

 

そんなランスロットの悲痛な叫び声が木霊した。

 

 

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