あのやり取りから一週間が経った。
今でも地獄のようなあの部活に俺は所属している。
例えば買い出しという名のパシリ、買って来いと命令されるのは毎回間食だ。
しかも俺の自腹で行けと言う。
何のために部費が出ていると思っているのか、というか自分のものくらい自分で払えよと思う。
例えば賭け麻雀、これまでの一週間で五回、内二回は賭け金3000円、残りの三回は賭け金1000円で、いずれも俺は敗北している。
合計で9000円の出費、清澄高校の合格祝いに親から貰った二万円の半分はもう消えてしまった。
例えば脅迫、1回職員室に万が一の可能性を考えて退部届を貰いに行った事があるのだが、なぜか部長に先回りされていた。
その時の部長の言葉は今でも思い出せる。
「・・・須賀君、何をしているの?まさか・・・・
その時は情けないことに凍りついてしまった。目を閉じて、開く。その行為を意識的に行ってしまう程に、俺は目の前の女子生徒に恐怖していた。
思い出すほどに身が凍る。
「京ちゃん、どうかしたの?顔色悪いよ?」
隣を歩いていた咲に声をかけられる。
「別に何ともないぞ?てかどんくさい咲に言われたくないって。」
「せっかく心配したのにその返しはないよー・・・。」
上っ面だけでもいつも通りに返事を返す。
咲にだけは心配させたくはない。男のつまらない意地かも知れないが、このことだけは譲れない。
思い返せば咲とは中学校からの縁だ。おっちょこちょいで泣き虫で、更に言うなら本を読むしか趣味がない。
だからこそこいつを巻き込みたくない。あんな危険な雀荘のような部活に連れていけるかってんだ。
「また放課後は用事あるの?」
「ああ、だから今日も先に帰ってろよ。」
「あ、・・・うん。」
放課後、俺は麻雀部・・・ではなく屋上にいた。
原因は俺の机の中に合った置手紙だ。
《放課後、屋上に来てください。麻雀部について話があります。
原村 和 片岡 優希》
少なくとも告白とかそんな青春を謳歌出来るようなイベントではない事くらいは誰でもわかるだろう。
というかそもそもこの二人と部長を合わせた三人はグルではなかったのかと俺は考える。なぜならこの二人も俺をこき使っているからだ。
それに、初めに賭け麻雀の賭け金を設定したのは原村和でもある。しかもあの言いぐさはまるでいつもやっているような口調だった。
それを彼女、いや彼女らは否定するのであろうか?
・・・いいや、そもそも彼女らは本当に部長のグルなのか?
そういえば彼女らも高校一年、つまり俺が麻雀部に行ったときは部長と会ってまだ2日目のはずだ。それであそこまで親しいというのも少し妙な話だ。
・・つまり、今判断するには情報があまりにも少なすぎる。
やはり、今あの二人から話を聞くしかないと考え、俺は二人を待つことにした。
そして、原村がやってきたのはその10分後くらいのことだった。
「片岡はどうしたんだ?」
まだこいつらは信用出来ない。
こいつらに俺の弱みを握られたら、部長の所までその情報が伝わってしまう可能性も十二分に存在している。
全く、容姿だけなら美少女と評価できるのになぁ。中身がいまいち分からないせいで、一切原村のことを意識するとかはない。
もし普通に合ってたら多分俺は原村に告って玉砕してしまうだろう。玉砕しちゃうのかよ俺。
「部長の気を引いてもらっています。」
「そうか。」
ここまでの少ない会話から推測できるのは、原村と片岡は部長とつるんでいる訳ではない、ということだ。
まあこれには原村の話を全面信用したらと言う前提条件が存在するのだが。
「では、優希が部長を止められる時間も少ないので、手短に用件を説明させてもらいます。」
「おう。」
やはり、創造はしていたが、深刻な空気に包まれる。
ホント、いつから俺はこんなキャラになったんだよ。中学の時は、高校生になったら彼女作って青春するぞー!って燃えてたはずがなぁ・・・。
「私も実は部長に脅されています。それは優希も同じです。」
あー、そうくるかぁー・・・。
まあ言葉の真意は分からんが。
例えば、実はこの行動の意味は、俺の警戒を原村と片岡に限り緩めさせて俺の弱みが浮き彫りになるのを待つとかな・・・。
そうすれば部長は完全な俺の弱みを握ることが出来る。つまりそれは俺の高校生活終了を意味するだろう。
今部長が俺をコントロールしている鎖は、所詮立場的優位を利用しているに過ぎない。
まだ俺は部長のそれに勝てるのだ。
しかし本当に部長が俺の弱みを握れば、俺は多分どう頑張っても部長に勝てなくなるだろう。
「因みにどう脅迫されているんだ?」
「殆ど須賀君とは変わりません。生徒議長のことを持ち出されて、そのままパワハラ紛いなことをされています。」
「そうか・・・。」
本当にそうなのかは分からない。
だが、原村和の表情はとてつもなく曇って見える。さながら楽園から追放されたアダムとイブの顔の表情を観察したらこう見えるだろうという表情だ。
しかし、その諦めの態度とは裏腹に何か、燃えるような希望のようなものを灯しているのも確かな気がした。
・・・まさかこの原村和という少女、絶望しきった表情は仮面で、その実はこの状況を根こそぎひっくり返そうとしているのではないのか。
更に言うなら、実はもう既にその計画は練り終えているとかか?
・・・一度、こいつを信じても良いのかもしれない。
それに、このままじゃ俺もジリ貧だしな。
「なにか、この状況をひっくり返すための計画でもあるのか?」
悩んでいても仕方ない、ここは聞くしかないだろう。
そう思い、原村の返答を待つ。
「・・・はい。とっておきのが一つ。」
「じゃあ話は早い、つまり俺はその計画に協力すればいいんだな?」
「その通りです。二人では成功する確率低かったので、優希と相談して、今日須賀君に話そうと思ったんです。」
まだ完全に警戒を許したわけではない。だけれども、一端くらいは、こいつを信じようと思う。
そう考えていると、原村が俺のズボンのポケットに紙切れのような物を入れた。
「それは私の携帯のメールアドレスです。後で適当にメールしてください。」
「あ、ああ・・・。」
「では、私はもう部室に行きます。須賀君は10分後くらいに来てください。」
まあ妥当だろう。もし俺と原村が一緒に部室に行ったらきっと、あの勘のいい部長は勘付いてしまうだろう。
屋上の扉が重く閉まる音が空気に響く。
その途端、周囲に飛散していた重苦しい空気がふっと軽くなるのを感じた。
「はあぁぁぁぁぁ・・・」
思わずため息を吐いてしまう。やはりあんな思考をするのは俺のキャラではない、と思う。
もっと俺は青春を謳歌したいんだ。彼女も作って、麻雀ももっと強くなって、高校生活を満喫したいんだ。
ふと、少し向こうに見える山々を見る。
「よく見ると、ここからの景色、綺麗だな・・・。」
俺は屋上の柵まで近寄って下を見た。
桜が舞い落ちる中、沢山の生徒がその中を友人や恋人と共に歩んでいる。
・・・俺もあの中に加わりたいもんだな・・・。
その為には、一刻も早くこの問題を解決しなければならない。
俺はそう自分を引き締めて、部室に行くために屋上のドアを思い切り開けた。