たくまくん in 聖杯戦争 作:上野上
本繋がりというだけで書き起こした一発ネタです。
「…思ったより綺麗な街ですねぇ」
琢磨逸郎は小高い丘から見下ろす新都を眺めながらそう呟く。未遠川を挟んで遠くに見える高層ビル群から放つ人工の光は、夜空に負けず劣らずの華やかさを纏っている。対照的に琢磨の現在地である深山町は古い民家が建ち並び対照的に暗さが目立つ。しかしそれも“趣き”だと悪い気はしなかった。
仕事がひと段落した琢磨は現在小旅行を楽しんでいた。上司から勧められた旅行先としてこの“冬木市”へと足を運んだ。際立つ観光地はあまり無いが、郷土史や建造物の古さは琢磨の琴線に触れとても有意義な旅を過ごしていた。
「この暗さでは流石に本は読めませんか…」
彼は手に持つウィリアム・バトラー・イェイツの詩集に目を落とす。今宵は空の明るい月夜であるが流石に本を読むには明るさが足りない。電灯の下に行けば読めるだろうが、なんだか不粋に思えた為諦めることにした。
(こうやって穏やかに過ごすのはいつぶりですかね?)
休暇を取るためにここ最近は多忙な時期が続いていたために、静かな時間の流れは懐かしくさえ感じる。
(…僕はちゃんと“人間”として生きているでしょうか)
この夜がそうさせたのか、ふとそんな湿っぽい感傷に襲われる。誤魔化すように眼鏡のツルを押し上げると大きくため息を吐いた。
かつて巨大企業スマートブレインの幹部“ラッキークローバー”の一員として活躍した面影は最早残っていない。壮絶なベルト争奪戦、オルフェノクとしての生存競争の末に戦いから逃げた琢磨は“人間”して余生を過ごす事を決めたのだった。
その為の努力は惜しまなかったつもりだ。過去を捨て去る事は叶わなくとも決して怠惰に落ちず、生来の生真面目さも相まって自他共に認める真人間として過ごしてきた筈であった。…しかしそんな彼が不安に駆られる理由は他にもあった。
ザァ…ザラザラ……
「ッ…‼︎」
慌てて己の手を見つめると夜風に煽られ灰が舞っているのを認める。そんな灰まみれの手を僅かに握り込む。決してただ手が汚れている訳では無い。…これは琢磨逸郎の寿命が近づきつつある証拠である。上級オルフェノクとして常人ならざる力を誇る琢磨だが“オルフェノクが故の宿命”が常に付きまとっている。
(…随分灰化も速くなってきましたね。僕は…後どれだけ生きられるのでしょうか?)
短命、それは全てのオルフェノクに課せられた定めである。急激な肉体変化に細胞が保たない事が原因であるが、この事が発覚したのはごく最近であり琢磨自身も知る由もなかった。オルフェノクの力を使わなければある程度の延命も可能な様だが元よりオルフェノクとして力を振るい続けた彼にとっては焼け石に水程度でしかなく、結果として灰化が進行しているのだった。
灰化はオルフェノク共通の最期であり、後には何も残らない。
幾ら心を入れ替え誠実な日を送っているかれであっても例外では無い。
“お前はオルフェノクだ”という事実は影の様に付き纏い離れない。
人として生きようとも最後はこの灰の様に跡形もなく崩れ去る事実にやるせなさを感じていた。
「死にたくないな…嫌だなぁ…」
情けない声が漏れる。涙を堪える様に顔は固まり、唇が震える。一度“死”を経験している彼は、常人以上に“生”に執着を持っている。更にラッキークローバーとしての戦いの中でその想いは次第に強くなっていった。かつて“不死”を手に入れる間近まで迫った事もあった。だが“人間”を捨てきれなかった故に逆にオルフェノクとしての自分を捨て去った。天国に行けるなど微塵も思ってはいないが、それでも死は琢磨の魂に絶対的恐怖としてこびり付いている。
「はぁ…、こんな時は美味しいものでも食べるに限りますかね……」
繁華街に向けトボトボと歩き始める。最近はこんな感傷に浸る事が増えてきている。後悔なき様生きているつもりだが、どれだけ気張った所で明確に迫り来る
……そのせいか前から走ってくる人物に気づく事が出来なかった。
「…はぁ、はぁ、…クソがぁ‼︎何なんだよあの青いサーヴァントは!何でこの僕が無様に逃げなくちゃいけないんだ‼︎……痛い⁉︎」
「うわっ‼︎な、なな何ですか急に⁉︎」
素っ頓狂な声とともに盛大な尻餅をついてしまう琢磨。手に持っていた詩集も放り投げてしまった。視線を向ければ同じように無様な尻餅をついた青年が前にいた。痛そうに眉間にシワを寄せるが琢磨を視界に捉えた瞬間、その顔は更に険しくなり声を荒げて罵倒を飛ばす。
「どこ見て歩いてるんだよお前!…僕の服が汚れちゃったじゃないか‼︎」
癖のある青い髪を振り乱し、本来整っているであろう顔を歪ませ血走った双眸で琢磨を睨みつけその胸ぐらを掴む。思わず触れた手は彼を灰で汚してしまったようだった。
「す、すいません……」
あまりの気迫に反射的に謝罪してしまう。青年はチッ、と舌打ちするとぞんざいに琢磨の襟元を離し立ち上がる。
「お前みたいな雑魚に構ってやる時間なんてないんだよ!…桜のやつがもっとマシになサーヴァントを呼び出してりゃこんな事にはならなかったのによ!…クソ‼︎」
青年はそう言い残すと暗闇の中へと走り去っていくのだった。
「……一体何だったんでしょう?」
突然の出来事に脳がフリーズする琢磨だったが、すぐさま立ち上がる。服についた土埃を払いながらため息をついた。
「…ああいう輩はどこにでもいるんですねぇ。せっかくの旅行も台無しです。……さて、僕は何処に本を投げてしまったのでしょうか?」
辺りをキョロキョロと見渡すと、暗いアスファルトに転がる分厚い書籍を見つける。
「……ありましたね、装丁が傷ついていないと良いのですが……あれ、……何ですかこの本?」
明らかに自分の持っていた本とは違う。どこか禍々しさの漂うソレを拾い上げる。慌てて背後を振り向くが青年の姿は既に見せなかった。
「ちょっと……、もういませんか」
取り違えになったのであろう。気が滅入っているのに面倒ごとが増えてしまった。琢磨は拾い上げた本におもむろに目を通す。
「名前も書かれていませんし、何より読めませんね。紛失物として届けるにしても詳細不明では警察も困るでしょうか」
八つ当たりに近い罵声を浴びせられた琢磨からすれば、この本を届けてやる気分には到底ならない。せめて元の場所に放置しておく程度だが、この本自体には罪はない故に決めあぐねいていた。
「ご飯を食べた後で考えましょう」
こうして琢磨は新都へと足を進めるのだった。
しかしその背後に立つ何者かに気付くことは無かった。