たくまくん in 聖杯戦争   作:上野上

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二話


たくまくんと赤い槍

「……少し飲みすぎましたかね?」

 

熱くなった頬を夜風が撫ぜる。千鳥足とまではいかないが上体をフラフラさせながら琢磨逸郎は夜道を進んでいた。端的に言えば酒酔いである。オルフェノクの代謝能力をもってしても処理しきれないアルコールを摂取したのは決して自棄酒が原因ではない。

 

「コペンハーゲンの店主…一体何者なんですか?……僕の倍は飲んでいたというのにケロリとしていました。…うう、キモチワルイ」

 

全ては立ち寄った居酒屋“コペンハーゲン”が原因であった。ウワバミすら役不足の底無しの酒豪であった女店主に見つけられたのか運の尽きであった。

 

女性と酒を飲める事に気を良くした琢磨も悪いのだが、いかんせん相手が悪かった。バイトの少年が止めに来るまでの間、杯が乾くことはなかった。

 

「…暫くはお酒は控えましょう。何にしてもやはり酒にまつわる女性はロクな奴がいません」

 

脳裏にカクテル着火ウーマンの元同僚が映り、背筋が冷える。琢磨の数多くのトラウマの一つが呼び起こされてしまった。メガネの山を押して深呼吸、震える指先は決して寒さのせいでは無いようだ。

 

(…嫌がらせにこの本を置いて来れば良かったですかね)

 

大きな洋書を抱えたまま近くに交番はあっただろうか、いっそ放置してやろうかなどと頭の片隅で考えていた琢磨だったが、ふと違和感を覚え辺りを見渡す。

 

 

「さっきから人っ子1人見かけませんね…」

 

繁華街とは言わないが人通りの多い道を通っていた筈だ。しかし琢磨が冷静になって観察したところで気配さえ感じない。音の無い薄気味悪い雰囲気だけが漂う。近くの街灯の明滅の音さえハッキリと聞こえるほどだった。

 

 

 

「よぉ…」

 

 

 

 

その男の声は想像以上に近くから聞こえた。

 

「……?」

 

琢磨が抱いた第一印象、そこには青い影が立っていた。風に棚引く一重に纏められた後髪は、鋭い眼光と相まって狼を彷彿とさせる。身体のラインが浮き出る様な全身を覆うタイトなボディスーツから覗く発達した筋肉の四肢は明らかにアスリートとは異なる発達の仕方であった。

 

しかし明らかに浮いた衣装であるにも関わらず、それよりも注視する事柄があった。明かりの少ない夜にあってもソレは怪しげに紅く煌めいていた。

 

「あ………」

 

決して感嘆を吐いた訳では無い。野生を宿した鋭い双眸から伸びた紅く鋭い刃が琢磨の目いっぱいに広がっているからだ。まるで縫い付けられた様に不可思議な力で地面に縫い付けられた様に動けない琢磨に男は槍をゆっくりと引き絞る。

 

(動け!動いてくれ!!)

 

数秒先の未来は容易に予想出来た。相手が何者かなど些末な問題であり、この状況を抜け出す事に注力する。そこまでに至る時間は刹那、されどゆっくりと経過する時間の中を琢磨は、走馬灯だと頭の片端で理解した。重い身体を奮い立たせ全力の回避を試みる。

 

「……あばよ」

 

妖しく色めく槍が放たれる。重厚な鉄板さえ容易な穿つであろう必殺の一撃がそこにはあった。

 

 

「があああっだ!!」

 

 

振り絞る喚き声と頬をかすめ通る魔槍。強引な回避で琢磨はバランスを崩しながらアスファルトを転がる。追撃を恐れてすぐさま体勢を立て直す琢磨だったが蒼い男はその場で固まる様に動かない。

 

まるで信じられないものを見たという風な顔付きの後、めんどくさそうに溜息を付いた。

 

「情けねぇ…いくらツマラねぇ仕事とはいえ、今の一撃を外しちまうとは……ただの口封じと聞いていたんだが…おたく、何者だ?」

 

 

くるりと槍を構え直すと男は鋭い双眸に僅かに口角を上げる。決して好意的な笑顔ではない。既に深く落した重心は第二射の準備が完了している事がそれを示している。

 

 

「あ、貴方は!?……一体…何者……何ですか?」

 

 

「質問してるのはコッチなんだが…まぁ良い。俺が答えられるのは次の一撃でお前は死ぬって事だけだ。一度は俺の一閃を避けたんだ、誇って良いぜ………あの世でだがなァァ!!!」

 

神速と形容するに値する槍は的確に琢磨の胸に突き立てられる。生み出された衝撃波は容易に体を浮き上がらせ、後方へと吹き飛ばす。コンクリート塀に叩きつけられ、土煙と崩れる瓦礫の音が夜空に溶けてゆく。

 

 

即死だ。紛うことなき事実を確認する為、ランサーは歩み寄る。忌々しいマスターから押し付けられた()()()に苛立ちを覚えながらも回収すべき()()を探す。

 

 

「………がはっ!?」

 

 

「……おいおい、こりゃ一体全体どういうこった?」

 

 

崩れる瓦礫の中から転げ出した人間の姿に思わずランサーの頬は引きつる。数多の勇士をその槍で屠ってきた彼にとって必中決殺の一撃を受けてなお立ち上がる姿は異様そのものであった。

 

 

「もう一度問おう。…テメェ、一体何者だ?」

 

 

「……人間…です。人間以外の…なんだって言うんですか」

 

 

堪えながら答える琢磨の顔を観察しながらランサーは再び槍を構え直す。今までの2本とは違う。魔力を乗せた正真正銘の本気の一撃だ。流石に宝具を使うつもりは無いが、それでもここまで引き出させた眼前の男を称賛する。…そして三度に渡り魔槍を振るわせた事は彼のプライドを僅かに揺るがせた。

 

 

「ライダーの件で、テメェを始末する仕事を押し付けてきやがった時は辟易としたもんだが……俺の槍を避けるならまだしも正面から受けて生き残る男に出会えたのは幸運ってもんだ。……どうせ頑丈だけが取り柄って訳でもないんだろ?構えな、男なら最後まで足掻いて見せろ!」

 

 

ランサーにとっていま目の前の男が何者なのかは最早問題ではなかった。強者との命の削り合いこそが彼の存在理由だ。他愛もなければ殺すだけ、だが魔槍避けたその結果を裏付ける何かがあると確信していた。

 

 

「……ライダー、だって?」

 

 

「あん?」

 

しかし突如として青ざめた琢磨の姿にランサーは眉を潜めた。琢磨は頭を抱えてブツブツと何かを呟いている。

 

「……まさか僕を………でもスマートブレインは………だがベルトは?………分からない………でもそれは…………」

 

 

「おい…いきなりどうした」

 

 

豹変した琢磨に問いかけるが返答は無い。不可思議に思いながらも戦う意志が無いのであればその首を撥ねるだけのこと。常人には不可避の魔槍はいつでも放てる準備が出来ている。

 

 

その時、地面が爆ぜた。

 

 

「ヘッ!やっと抗う気になったってか?しかし一端に魔術が使えるとはねぇ……いや、()()()なら可能か」

 

捲れ上がるアスファルトと舞い上がる土煙が両者を立ち塞ぐ。そして煙の奥に見える影がムクリと立ち上がるのをランサーは認めた。逃げる事なく立ち向かうことを選び、おこがましくも勝つつもりであるらしい。並々ならぬ殺気は先程までの気弱さからはかけ離れていた。

 

 

「いいねぇ!その闘気殺気!常人が出せるもんじゃねぇな。刃を尖らせる様な感情の奔流、そのぶつかり合い!俺が聖杯に求め願ったものだ!」

 

ランサーの高笑いが響く。高揚感に身を沈める快楽は歯茎が見える程頬を吊り上げ、充血した鋭い双眸が煙の奥を睨みつける。

 

だが客観的に見てランサーに敗北はあり得ない。現代魔術では到底再現不可能の奇跡、神秘の塊というべきサーヴァントの肉体を傷付けることは不可能に近い。現代の神秘などではかすり傷さえ付けることが叶わない。

 

 

「……ひとつだけ答えてください。貴方は何の為に戦うのですか」

 

(聖杯に掛ける思い……そんな物一つだ!)

 

 

ランサーの願い。この聖杯戦争にかけた宿願は単純明快だ。

 

「強者との闘い!支配も統治も興味ねぇ!ただ身を焦がす様な死闘こそが俺を満たす‼︎我が神速の御体、無双の絶技、真紅の魔槍を持って最強を示す‼︎その為に俺はこの刹那を生き、その刹那に死ぬのだ!」

 

「まるで怪物ですね…ならば心置きなく力を振るいましょう。…………………変身!」

 

 

 

土煙が晴れ、両者の姿が露わになる。月光の下に映し出された姿にランサーは思わず息を飲む。

 

生者とは思えない灰色躯体は鎧を見に纏っている様にその視線を察することができない。シルエットは人型だが全身を覆うムカデの様な蛇腹と荊棘の様なトゲが禍禍しい仇たちを際立たせていた。

 

 

「ハッ!!なにが怪物だ!テメェの見てくれのほうがよっぽど化物じみてやがる。灰色の怪人、この場に()()は誰もいない。ならば一切の道徳も躊躇も無く殺し合いに興じようじゃねーか!」

 

「僕は人間です。この決意は決して曲げない。だからこの変身が最後であり、この一戦で貴方を倒す!」

 

「人間ねぇ……テメェがそこにこだわる理由なんざ知らねぇし興味もねぇが、誇りをもって戦う以上全力で掛かって来な!!」

 

 

霊長の頂点に立った英雄と人から外れた怪人の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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