たくまくん in 聖杯戦争   作:上野上

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さんわ


たくまくんとサーヴァント

重く、鈍い衝突音が辺りに響き渡る。紛争地域に迷い込んだと錯覚するほどの戦闘音が絶え間無く響こうとも、この夜の町で気付く者は少ない。魔術により隠蔽され、秘匿された世界で戦う戦士たちがいた。

 

 

(なぜだ……何故だ!何故()()()()()()()⁉︎)

 

 

琢磨は心の中でそう吐露する。センチピートオルフェノクに変身した彼の肉体は常人のそれを遥かに上回る。スピードファイターとしてその走力は時速200㎞にも及び、また全身のトゲからは激痛をもたらす毒を注入することができる。人としての臨界を死をもって超越した者であり、その中でも琢磨逸郎は実力者として生きてきた。

 

…だが、そんな彼の猛攻を持ってして押し切れない者がいた。夜を駆ける蒼き狩人は琢磨の最も得意とするレンジで技を避け続けている。

 

 

「ハッ!口数が少なくなってきやがった。……テメェ、相当焦っているな?」

 

「……くそ!」

 

 

琢磨の腕に力が籠る。彼の得物であるトゲ付きの鞭は20mの射程範囲を持つ。オルフェノクの剛腕から放たれる一撃は人体を切り裂いて余りある威力だ。…だが、当たらない。隙のないムチの結界を貼ろうとも、鮮やかに回避するランサーの姿に剛を煮やしていた。長物を携えてなお当たることのない機動力に琢磨の心は、ジワジワと恐怖に犯され始めていた。

 

 

「舐めるな!!」

 

 

ついに振り抜いたムチが槍を捕らえる。素早く絡み付いたムチがトゲによって頑強に固定される。張り詰めたムチ。得物を奪い取る絶好のチャンスに琢磨の笑みが溢れる。

 

 

「ナニィ!?…………なんてなァ!!!」

 

 

その言葉が琢磨に届くよりも速くランサーが突進する。慌ててムチで守ろうとするが絡み付いたムチは外れず、無防備な姿を晒してしまう。

 

「オラァァ!!!」

 

真紅の魔槍は魔力を帯びて、目標目掛けて打ち出される。音も空気も置き去りにする槍兵の真骨頂たる刺突が放たれた。

 

「ぐぅううああああ!!!!」

 

吹き飛ぶ様に後方に転がる琢磨。ボールの様に弾み打ちつけられたが、ランサーは歯を噛み締め、舌打ちをする。

 

 

「今の技を持って仕留められぬか。……()()()()()()()()は褒めてやるぜ。灰色の怪人」

 

 

無様に這いつくばり息を荒げ胸を押さえる琢磨。頑強なオルフェノクのボディに一筋の切り傷が刻まれていた。いくら強固な肉体といえど魔力により概念強化された神秘の一撃を防ぎ切る事は難しい。

 

 

「……困惑してる様だな。テメェは確かにサーヴァントに勝るとも劣らない身体能力を有している。…だがな、兵法ってもんがからっきしなんだよ。己より強い者と戦ったことが無いな?…または逃げるばかりだったか。英霊(おれたち)が雑魚の数で成り上がったと思ってんのか?数多の強者との死闘、己より強き者を討ち取ってこそ【英雄】と呼ばれるんだ!」

 

圧倒的戦闘経験値の差。常在戦場であったランサーに対して、裏切り者や戦う気のない者を相手にしてきた琢磨とでは練度に開きがあった。単純なパワー勝負ならば五分以上で渡り合える身体能力を有しながらも琢磨は劣勢に立たされている。緩急のある攻め、フェイント、ブラフなど戦闘中に細やかに配置された罠が彼を苦しめていた。

 

 

(僕はまた…強者に踏みにじられるのか……?)

 

 

オルフェノク(かいぶつ)として生きた時でさえ、その因果から抜け出すことは出来なかった。トラウマを植え付けたデルタ、悠々と技をいなしベルトを奪い取ったカイザ、着実に力をつけ最終的に手をつけられなくなったファイズ、最強最悪にして琢磨をオモチャにしていたドラゴンオルフェノク…数々の敗北の記憶が脳裏を駆け巡る。

 

 

「あ、あ、ああああああァァアアアアア!!!!!!!」

 

 

「どうした?もはや本当に化物になるつもりかぁ?」

 

 

慟哭は夜空の彼方まで。悔しさが籠る拳は硬く握り込まれ血が溢れ出す。高く掲げられ振り抜かれた一撃は地面を砕く。

 

 

「……僕はっ、生きるんだ!最後まで、人間として‼︎…もう二度と曲げない!逃げない!」

 

琢磨は立ち上がる。もう逃げない、あの頃に戻るわけにはいかない。全身から放たれる闘志が風の様に放たれる。

 

 

「…いいねぇ!諦めない不器用さは人間だけに与えられた特権だ。それが己を貫く為ならば人は不可能を可能とする事もあるだろう。……名乗れよ怪人、俺を超えて人間と証明して見せろ!!」

 

 

「…琢磨……逸郎……………ただの琢磨逸郎だ!!!!」

 

 

払われるムチは先程よりも精度が格段に上がっていた。先程まで捉えもしなかった琢磨の攻撃は徐々にランサーの肉体に擦り始める。

 

瓦礫を持ち上げランサーに投げ付ける。回避する先をうねり上げたムチが挟撃する。槍で捌こうとムチに接触した瞬間、流し込まれたオルフェノクエネルギーが至近距離で爆発する。

 

 

 

「…チッ!小賢しい技を使う様になったじゃねえか。いいぞ、もっと俺を楽しませろ!!」

 

 

ランサーのテンションが上昇する。耳まで裂ける様な笑みと鋭い眼光を琢磨に叩きつける。ランサーの攻撃速度も上昇する。ムチの網を潜り抜け放たれる刺突の雨を琢磨は紙一重で避けてゆく。距離を取ろうとすれば一瞬のうちに彼を貫くだろう。

 

 

「大人しく去ってくれれば良いものをッ…!」

 

「ハハハハハッ!こんな掘り出し物を簡単に手放すかよ‼︎殺し合いを楽しもうぜ!!それこそが俺のッ…………!?」

 

 

 

ランサーは急に距離を取る。その顔は怪訝なものであった。その表情に琢磨は追撃を躊躇う。

 

 

「……チッ!どうやらタイムアップの様だ。俺の雇い主は早急に貴様の首を持ち帰れとご要望だ。悪りぃな、マスターに従うのは俺たちの宿命だ」

 

そう言うとランサーはまるで四足獣の様に低く、低く構えをとった。クラウチングスタートに似た体勢で槍が構えられた。

 

 

「貴様からすればこの技は反則そのものかも知れねぇ。だがな、この技が俺という存在証明でもある。サーヴァントでもない奴に撃つとは思いもしなかったが……せめてもの手向けとして我が絶対の秘技を受け取るがいい!!」

 

今までにない魔力の収束は魔力を知覚出来ない琢磨においても異様な気迫として伝わる。鋭い双眸は狩りを決めた獣そのものだ。大技が来るのは必至、決死の覚悟をもって向かい打たねば致命の一撃となるのは容易に予想できた。

 

(どうする?……防ぎ切れるか?全力で回避する方が……ガッ!?)

 

 

……しかし、

 

 

全身に力が入ったのも束の間、たくまのからだ琢磨の身体が膝から崩れ落ちたのだった。

 

全身が鉛の様に重くなり、末端の感覚が鈍くなる。

 

理解出来ないと見つめた己の手は灰に塗れた()()の手へと戻っていたのだった。

 

 

「こんなッ…ところ……で…」

 

 

「……締まらねえ最後だ。邪魔さえ入らなければもっと戦えたかもな…………ハッ!四肢は動かずともその瞳から戦士の熱は消えてねぇみたいだな。ならば俺に全力を出させた事、誇って散れ!」

 

ランサーの疾走は今まで最も速い。その勢いを殺さぬまま大地を蹴り上げ空高く舞う。

 

 

空を染める紅いオーラ、魔力を帯びて今放たれんとする魔槍は皮肉にもファイズのクリムゾンスマッシュを彷彿とさせた。

 

 

(こんな事では他のオルフェノクと同じ最後じゃないか!……くそ‼︎)

 

刺し穿つ(ゲイ)……!」

 

 

ランサーのしなやかで長い腕に力が籠る。走馬灯の様にゆっくり進む時の中で琢磨はランサーの姿を睨みつけることしか叶わなかった。

 

 

 

 

 

「させませんよ」

 

 

突如、琢磨の視界に影が刺す。それが何なのかを理解するよりも早くランサーが叫び声を上げた。

 

 

「ライダァアアアア!!!貴様何のつもりだ!!」

 

今打ち出されんとする魔槍が動きを止める。時間が静止したと思える程ランサーの身体は動かなくなった。ランサーの身体に鎖が巻きつく。重力が反転した様に空中を引き摺り回され、地面に叩きつけられる。

 

 

「不意をつけてよかったです。さすがの貴方も対策なしに魔眼囚われてはなす術もないでしょう?」

 

「ら、、らいだー、、?」 

 

 

そこには彼の知る【ライダー】とはかけ離れた長身の美女が立っていた。さらりと伸びた手足、同等に長く艶やかな髪、すぐさまバイザーで目を隠したとはいえ絶世の美人である事を認識した。

 

 

 

「……困惑しているところ申し訳ありませんが琢磨逸郎、一つ質問を」

 

「えっ、あ、ハイ」

 

余りに唐突な状況に上擦った声を出してしまう。もはや指一本動かせないボロボロのの身体、いつ死んでもおかしくない状況の琢磨に何を問うというのか。

 

 

「ライダー!テメエらの後始末を押し付けられた俺に随分な態度じゃねーか!いいのかぁ?()()()2()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

しかし目の前の女性はランサーの怒号をどこ吹く風と無視し問いかける。

 

 

「……琢磨逸郎、貴方はまだ生きていたいですか?それともここで死にますか?」

 

 

その瞳はバイザーで見えず、真意はわからない。しかし琢磨は息も絶え絶えに捻り出す。己の思いを曝け出した。

 

「…人間として死にたい。灰として跡形も無く消えるなんて嫌だ‼︎」

 

それは数多の同胞が等しく迎えた末路。オルフェノクを否定する様に後には何も残らない。誰かに弔われる事もなく、誰かの心の中に留まる わけでもない、ただ空に溶けていく“終わり”が心の底から恐ろしかった。

 

「………」

 

ライダーは僅かに微笑むとランサーの方向に振り返る。

 

 

「ランサー、ここは休戦としませんか?」

 

「そんな死に体を庇って何のつもりだ。同情で絆されたか?」

 

ランサーが立ち上がる。しかし先程までのキレが見えず、どこか緩慢だ。

 

 

 

「…ランサー、貴方の目的は()()()()()()でしょう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ならばその任務を無かったことにしてしまえばいい。」

 

 

 

「ああ?一体何が言い………テメェ、まさか!!」

 

 

 

ランサーの顔は驚愕に染まる。理解出来ないと頬を引きつらせた。

 

 

 

「ええ、今よりこの私、ライダーのマスターは琢磨逸郎と定めます」

 

 

「はああああああ!?」

 

ランサーの素っ頓狂な驚きの声と、

 

 

 

「……………え?」

 

1人状況の飲み込めない男の声が、

 

 

冬木の夜に木霊するのだった。

 

 

 

 

 

 


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