たくまくん in 聖杯戦争 作:上野上
聖杯戦争
そう呼ばれる魔術師同士の殺し合いは永くからこの冬木の地において秘密裏に執り行われていた。“聖杯”という最上級の神秘を奪い合う骨肉の争いは、“英霊”と呼ばれる過去の英傑達を巻き込みながら己が願いを叶える為、苛烈化の一途を辿っていた。
“サーヴァント”と呼ばれる神秘の具現は、聖杯が万能の願望器である事を証明している。目の前のバイザーを付けた美女も、不服そうな顔をした魔槍の使い手もその名を人類史に名を刻まれた“英雄”なのだとライダーは告げた。
「到底、信じられませんね…。しかし、あなた方が僕の知る“力”のあり方とは異なるのだと言うことは理解出来ました」
琢磨は地面に突っ伏しながらそう言った。もはや座っている事すらできぬ程消耗している彼にとって体裁など気にしていられなかった。
「ええ、そして貴方が取れる選択肢は二つしかありません。聖杯戦争の存在を知ってしまった以上消されるか、勝ち取るか、です」
ライダーの言葉からは情というものが感じ取れない。ただ冷徹に突き付けられた言葉に琢磨は冷や汗を垂らす。
「待ってください!僕はただ間違えて本を拾っただけですよ⁉︎……なのにどうしてこんな…」
琢磨が拾った本、“義臣の書”と呼ばれるこの本は“サーヴァント”を従える上での契約書のような物だという。元来の“令呪での契約”とは異なる劣化品ではあるが、サーヴァントを現世に留める楔としては十分に活用できる。
ライダーのマスターは魔術師としては半人前以下の実力だったらしく、この変則契約によってなんとか此度の戦いに参加したという。
「監査役曰く、テメェを殺すのに理由なんざそれで十分だとよ。……だが面白えこと考えるじゃねーか、ライダー?こんなボロ雑巾同然の奴に乗り換えて勝算なんざあるってのかよ?」
「…私はただ少しでも野望に近づける道を選ぶだけです」
ライダーはランサーの挑発じみた口調にも淡々と答える。その返答にランサーは少しだけ眉を潜めた。
「ほぅ?…“野望”ときたか、テメェとの戦いからはギラついた欲望なんざ見えなかったが……まあいい、俺も
ニィッと白い歯を見せると、ランサーは琢磨を見つめてそう言った。一見人懐こいスマイルとは裏腹にその双眸は獲物に狙いを研ぎ澄ます狩人そのものであった。
「ひっ…!?で、でも僕はもう人間として穏やかに過ごすと決めたんだ!もう過ちを犯す事は許されないんです‼︎」
オルフェノクとして生きた過去を取り消す事は出来ない。だが人間として生きる意味を取り戻す事は可能だろう。残された時間を他の事に使える程琢磨の寿命に余裕はないのだ。
「“聖杯”であれば貴方の願いを叶える事も可能でしょう。蝕まれたその肉体も元通り、望むならば過去そのものを取り消す事も可能です」
ライダーのその言葉はまさに暗雲に差し込む一条の光の様であった。既に燃え尽きた筈の心臓が一つ跳ねた様な気がした。
「そ、それは……本当なんですか⁉︎」
聖杯というものはそんな埒外の力を持っているのか。琢磨の中で久しく忘れていた何かが脇立つのを感じた。
「ハッ、良い食いつきだ!欲望に素直な事は願いを叶える上で重要な
願うならば争い奪え、戦争という名に相応しき欲得の坩堝への招待状が琢磨の手に魔書として収まっていた。
「…ですがそれでは最早“獣”の喰い合い、蠱毒と言っても差し支えない。僕には…」
欲望のままに争う。
それは自らが悔いたオルフェノクへの回帰に他ならない。自らの追い求める理想が這い出た筈の奈落の泥の先にある時、再び飛び込む覚悟があるだろうか?
「……テメェは勘違いをしている。ヒトなんざどう取り繕ったって畜生に他ならない。己が欲望を理性で研ぎ上げ、獲物を喰らう獣だ。……だがな、己が欲望を貫いたその結果が他者を救済するならばどんな形であれソイツは“英雄”と呼ばれるのさ。テメェは、その腹に抱えた欲望で誰かを救ってやる事も出来るんじゃねーか?」
「それは…」
自己の救済のみを考え続けた琢磨には思いもしない言葉であった。矮小で虐げられ続けた自分が誰かを救う。そんな突飛な考えは何故か琢磨の心に深く刺さった。
オルフェノクとしての転生は人格に重大な変化を与える。どれだけ善人であろうと、そのあり方は次第に膿み腐っていく。もしオルフェノクの存在自体を抹消出来れば、人は、世界は、もっと幸せになれるかも知れない。
「怪物がヒトに憧れるなんざ見飽きたお伽話より面白いだろ?それぐらいの渇望を抱いてもらわねぇと殺し合いにも張り合いが無え‼︎」
霊長の頂点である英霊ランサーの言葉は琢磨の心を揺さぶるには十分だった。
なんだかおかしくなって、琢磨は笑いが堪えられなくなった。
「ハハハハハ‼︎化物だった僕に、“人生”を取り戻すだけに飽き足らず、誰かを救う“ヒーロー”になれと⁉︎馬鹿も休み休み言って下さッ……ハハハハハ‼︎」
こんなに心の底から笑えたのはいつぶりだろうか。ただ分かっているのはまだまだ自分自身捨てたものでは無いということだ。出所不明の活力が身体中を巡っているのを感じた。
「人をおだてるのが得意ですね、ランサー。そこらの商店でバイトでもすれば良い客引きになれますよ?」
「水差すんじゃねぇよ、ライダー。だが奴も乗り気になったらしい。単純な殺し合いならば、何もかも失った者の気迫はたしかに時代の王すら屠るだろう。…だがな、俺は矜恃を掲げ自らの誇りの為に剣を持つ者を好む。それこそが唯一のヒトと獣の境界線だと俺は思うね。アイツの目は今誰よりも人間だよ」
「随分肩を持ちますね、好きなんですか?こういうの」
「半端が嫌いなだけだ。……“
そう言って槍先をライダーに突き立てる。バイザーを付けた彼女の表情は全く分からないが、僅かに口角が上を向いた気がした。
しかし、ライダーは踵を返し琢磨へと向き直る。琢磨もライダーの面持ちに笑うのをやめ向き合う。
「タクマ、貴方に聖杯に賭ける願いがあるのならば、この私、ライダーが手を貸しましょう。もちろん私の願いを手伝ってもらいますが…奇跡を掴む覚悟があるならば……本を前に」
「僕は、覚悟を決めました。ライダー、貴女と共にこの聖杯戦争を勝ち抜く事をここに誓いましょう!」
琢磨は魔書を胸元に掲げる。ライダーは表紙に手をかざすと淡い光の渦が2人を囲んだ。
「本来ならば私の力で強力な令呪契約は干渉できませんが…変則故の脆弱さを突くことでマスター権限を変更させます」
淡々と説明するライダーとは裏腹にその力の渦は大きくなっていく。琢磨は膨れ上がる魔力が2人を巻き込み全てを吹き飛ばすのではないかと不安に駆られた。
「だ、大丈夫なんですか⁉︎コレ?」
「…安心しな、少なくともテメェは最低限マスターとしての適正を持ってることは分かったんだ。…魔力絞り取られて死ぬのが先かもしれねぇがな?」
「ま、待ってくださ、うおおおおおおおお⁉︎⁉︎」
瞬間、錆び付いた蛇口を捻るが如く、何かが肉体を解き放たれ、ライダーと強く繋がれた様な感覚に陥る。それは走馬灯の様に、琢磨の身体の中に濁流の様な駆け巡る。全身が裂けるような激痛が駆け巡る。
だが光の渦は次第に掻き消え、ライダーのしゅういに淡い光に包まれていた。
「…マスター変更完了、既存の契約に貴方とのパスを挟み込みました。…我が身は汝の下で運命を切り開く剣となりましょう」
「ほぉ、流石にステータスも上昇したか。存外、並の術師より才能あるんじゃねーか?」
ライダーから放たれる充溢した魔力にランサーは口角を吊り上げる。マスターの力量により使い魔であるサーヴァントの能力値は変化するが、今のライダーを見る限り、琢磨の潜在能力はかなり高いと感じ取れたのだった。
…しかし、
「がッッ、ん、…だぐば、ゼ、ぱ……ガクッ」
「あれま、…もうちょっとシャキッとしないもんかねぇ」
ランサーは泡を拭いて卒倒した琢磨を見て溜息を一つ、そして再びライダーへと向き直る。
「あばよ、ライダー。次の会合は決死の覚悟でかかって来い。お前たちの力、存分に味合わせてくれや!」
そうして背を向けたランサー。次会う時、それはどちらか一方のみが生き残る決戦の時。強者との戦いを望む彼にとって、次の会合はなによりも待ち遠しいものとなっていた。
だが、
「待ちなさい」
「あ?まだなんかあんのかよ?」
「この
「…なんだ?テメェ一人で運べるだろうが」
「
わざとらしく小首を傾げるライダーにランサーは眉を潜める。ライダーはランサーの知られたくない事に勘付いていることを理解した。
「…チッ!目敏い女だ。コレをやるからさっきのは忘れろ」
そう言ってランサーはガラスの小瓶を投げ渡した。中には美しい琥珀色の霊薬が輝いていた。
「…ありがとうございます。貴方もなかなか面白い立場の様ですね」
「俺はただ任務を全うするだけだ。奴の事は気に食わねえが契約がある以上従ってやるさ。…じゃあな」
そう言ってランサーは夜空へと跳び立ち、ビル群を駆けながら闇へと消えて行ったのだった。
(監督役が噛んでいる以上、真っ当な聖杯戦争はもはや行われていないと考えるのが妥当でしょう。だとすれば聖杯自体も……いえ、考えすぎですね)
ライダーは考えを打ち切り、琢磨を担ぎ上げると、彼女もまた夜明け前の空に消えていくのだった。