注意!
今回は猫要素ゼロです。
それでも良いって人はゆっくりしていってね
「わたしの……わたし達のライブに来てもらえる?」
その言葉は唐突に放たれた。
その日は久し振りに友希那を家に呼んでゆっくりと雑談をして居た。持ち掛けたのは友希那だが、バンドの方は大丈夫なのだろうか? 本人に聞いてみるとそろそろ重大なライブがあるらしい。
何故家に来たかと聞くと、息抜きだそうだ。
それはそうかと思い、特に気にせず会話をしているとその言葉が発せられた。
「ライブって……確か前に言ってたあの?」
「そうよ。『FUTURE WORLD FES』……去年も出場したわ」
FUTURE WORLD FESって、確か選ばれたバンドしか演奏出来ないとか言われてるあの?
しかし、俺がそんな所に行っても大丈夫なのだろうか? 俺は音楽は聞くが知識が全くない。それこそ、最近友希那のバンドの曲をちょくちょく聞くようになっただけだ。どれが凄いとか、どれがいいとかは全く持って理解出来ない。そもそもチケットを持っていない。
「もしそのライブに行くとして、チケットはどうするんだ?」
「それは安心して、わたしのお父さんと一緒に来てもらうから」
「あぁ、分かっ……え?」
お父さん? 友希那のお父さん? マジで言ってんの? 気まずい雰囲気しかないよ? だって行方不明の娘を家に置いてたんだぜ? 殺される。
だが、友希那は大丈夫よ。とだけ言ってライブの練習があるからと、帰っていった。
「大丈夫って言ってもなぁ……こっちが気まずいんだよ」
しかし、友希那にとっても重大なライブだと言っていたから、見に行かない訳にもいかない。
しょうがなくここは腹を括って行くしかない。
とは言えライブの日が分からないと元も子もないのでネットで検索を掛ける。
「えーっと、FUTURE WORLD FES開催日っと……ん? 今一瞬チケットの価格がエグいサイトがあった様な……」
いや、気のせいだろう。
俺は再度画面をスクロールしようとしたが、すぐ下になにか書いてある。
それは、ライブチケットの値段だったがどっかの転売ヤーが売っているのだろう、俺なら絶対に手を出さない金額が書いてあった。
マジで言ってんのかよ。
そして目的の開催日を確認すると、これまた凄い事が書かれてあった。
「来週じゃねぇかよ」
****
その数日後、また友希那から連絡が入った。
今、新曲の良い案が浮かばなくてバンドメンバーで考えているらしい。取り敢えず、家に来て欲しいとの事で場所を教えてもらって行くことにした。
移動中……
俺は辺りを見回して湊と書かれた表札を見つける。
「お? ここが友希那の家か……なんか緊張するな」
実を言えば女子の家に入るのはこれが初めて。
そもそも女子との付き合いがあまりなかったため、行く機会がなかったのである。
俺は、家のインターホンを押して数秒待つ。
少しすると、家のドアが開き友希那が出て来た。
「いらっしゃい。さぁ、上がって」
「お、おう」
友希那が促す様に上がってしまったが大丈夫だろうか? というか階段を上る時に下から誰かの視線がやばかった。殺気ではなかったので警戒する様な事ではないだろう……恐らく。
「それで、新曲って言ってもなぁ……友希那はどんな曲がいいんだ?」
「そうね……それが上手く纏まらないの。逆に考えれば考える程纏まらないの」
成る程、それで俺に相談して来たと。
「俺に相談すんのは間違えだな」
「っ! どうして?」
「率直に言えば、俺は友希那のバンドを知らない。曲は聞くがどんなバンドで、どんなライブをするのかも分からない。それならいっそ蘭にでも話してみるといい」
「そ、それでも冬夜の意見を聞いて……「聞いてどうする?」……」
「悪いが、この件には俺は首を突っ込めない。悩むなら悩むで好きにしとけ」
俺はドアノブに手を掛け、廊下に出て階段を降りて家から出ようとした。
その時。
「君は、娘を傷つけるのかい?」
「……貴方は?」
「わたしは友希那の父親だ。済まないが先程の話を聞かせて貰った。……あれはどういう事だい?」
どういう事……か。言ったまんまなんだけどな。まぁ、俺の意思に気づくかどうかは友希那次第だとしてこの人は少なくとも気付いてるって事か。
俺は友希那の父親さんに招かれ、リビングに向かいソファーに向き合う様に座った。
「それで? 話を聞かせてもらおうか」
「聞かせてもらおうって……そのままですよ。俺はこの件には首を突っ込まない」
「違う、わたしが聞きたいのはどうして君がそこまでしてくれているのか聞きたいんだ」
なんだよ……結局見抜かれてんのかよ。
「俺は、友希那の事を全く知らない。そして、友希那が所属するバンドの事も知らない。おまけに音楽の知識もろくにない。そんな奴があそこまで真剣に取り組んでる人にどうこう言えた立場じゃないんですよ」
どうせ俺は、何も出来ない。
首を突っ込こむような真似をすれば友希那が苦しむだけだ。それならいっその事蘭に聞いた方が効率がいい。
「それに、友希那自身の成長を妨げてしまう」
「友希那自身の成長?」
「なに知らない振りしてんですか。 知ってるくせに……まぁいいですよ。 俺は、友希那に関わり過ぎた。 それ故に仲間を頼らずこうして俺に相談して来た。 勿論、仲間と相談を一切していない訳ではない筈ですが、第一に俺に相談を持ち掛けるのはダメだと言う事です。 あいつは……友希那は周りの仲間と共に成長すべき人間です。 俺なんかを頼っても何も成長しない。ただ暗闇を彷徨うだけですよ……だから俺は今回は関わってはいけない。それだけですよ」
時計をみるとだいぶ時間が経ってしまっていた。俺は立ち上がり友希那の父親に礼をする。
「それと、友希那の父親さん」
「……なんだい?」
「アイツに、無理に考えるのは止めといた方がいいって……しっかり今と向き合えって伝えといて下さい。あ、俺が言ったって言わないで下さいよ」
そういうと、友希那の父親さんは分かったと言ってくれた。優しい人だ。
****
玄関が閉まり、娘の客は出て行った。
彼はわたしの娘を保護してくれた感謝すべき人間だ。だから、彼が悪役になる必要はない。
「聞いていたんだろ? 友希那」
「……」
洗面所付近の壁に体育座りになり、膝に顔を埋めている娘の姿があった。
娘もまた、彼が心配なのだろう。
早くくっ付いて欲しいものだ。
「わたしは……冬夜の迷惑なのかしら」
「そんな事はないさ。彼は友希那の事を考えてああ言ったんだよ」
わたしは娘に今日は早く寝る様に言ってわたしも寝る用意を始めた。
『アイツに、無理に考えるのは止めといた方がいいって……しっかり今と向き合えって伝えといて下さい。あ、俺が言ったって言わないで下さいよ』
「やはり、彼は優しいよ。友希那」
****
それから数日が経ち、ライブ当日となった。
俺は、今迎えに来てくれた友希那の父親さんと車に乗って移動している。
「……」
「……」
二人の間に会話はなく、ただ演奏を待ち望んでいた。未だ会場に到着している訳でもないのに胸が高鳴る。これが高揚感。これが期待。
「……冬夜くん」
「はい」
友希那の父親さんの声色がいつもと違う様に感じられた。それもそうだろう。今から娘のライブを見に行くのだ。それなりの決意を必要とするだろう。
しかし、予想と反して友希那の父親さんは自分の過去を話してくれた。フェスで理不尽を受けてしまってバンドを解散してしまった事、友希那が歌に取り憑かれてしまった理由。全てを。
「どうだい? 余りにも馬鹿馬鹿しい話だろう?」
「いえ、そんな……むしろ感謝しかないですよ」
「感謝?」
「はい、もし貴方がバンドをやっていなければ友希那は歌を歌っていなかったかもしれない。バンドを組んで今日を迎えられなかったかもしれない。それに、今の友希那は『歌わなきゃいけない』んじゃないんです。友希那は今、『歌いたい』から今日、あのステージに立つんです」
今、この瞬間の出来事に意味がない訳がない。ただ俺達はそれを認識していないのだ。
人は不思議な生物だ。
それ故に感動させる事が出来る。
そう考えていると車の速度が落ちた。
会場に着いた様だ。
「……」
友希那の父親さんは前に進もうとはしない、過去に少し捕われているのだろう。
仕方ない。ここは人肌脱ぎますかね。
俺は友希那の父親さんの背中を思い切り叩く。
「っ!」
「ほれ、なに突っ立ってんだよ。あんたが叶えられなかった夢を、あんたの娘が自分の意思でステージに立って歌うんだぞ。あんたがそんなにくよくよしててどうすんだ。娘を信じないでどうすんだよ」
「……そうだな。行くか」
そうそうその勢い……って敬語使うの忘れてたけどまぁいいか。
俺は友希那の父さんに続いて会場に入って行った。
****
そしていよいよ、Roseliaの演奏が始まろうとしていた。
友希那達の衣装はこれまでとまた違い、青い薔薇……それに近しい物を感じさせている。
それを感じているのは俺だけじゃない。会場中のみんなも、そして俺の隣に立つ友希那の父さんも。
そしてドラムの子がスティックを三回程合わせる。
そして、演奏が始まった。
その演奏を聞いた途端、頭が真っ白になった。
その演奏以外の雑音は一切入ってこない。
まるで自分だけの世界。
狂いのないギター、息の合ったベース、しっかりとリズムを刻むドラム、流れる様に鍵盤を押すキーボード、そして……眩い程輝いているボーカル。
一人一人が、一人一人を輝かせ、より光を強くする。
「やっと……そこに辿り着けたんだな」
不意に友希那の父親さんが言った。
あぁ、そうだ。
友希那達は辿り着いたんだ。自分達だけの演奏に、何者にも縛られず、鳥籠の中に捕らえられず……何処までも羽ばたく鳥の様に。
「行け、友希那。もっと高く……頂点に狂い咲け!」
会場中が湧き上がり、いつの間にか演奏は終わっていた。
しかし、体の火照りはまだ冷めない。
周りがどんどんいなくなっていく中、俺と友希那の父さんだけがただ呆然と立っていた。
「わたしは友希那の所に行くが……君はどうする?」
「……今は良いですかね。でも一応ついて行きますよ。じゃないと帰れないですし」
とはいえ、部屋ではなくステージ側に友希那達がいたのでそちら側に行く事にした。
****
友希那の父親さんが、友希那とその幼馴染さんと三人で笑顔で話し合っていた。
その時の顔はまるで霧が晴れた様に綺麗な笑顔だった。
「全く……妬けるねぇ」
俺も久し振りにアレに手を出して見るかな。
しばらくすると、友希那の父親さんが話を終えた様でこちらに向かってきた。
今思えば友希那の父親さんってめっちゃダンディーだよな。今更だけど。
「冬夜くん……」
「なんですか?」
その瞬間、俺は手を引かれ友希那の前へと引っ張り出された。
「なっ!」
「君と友希那の話はまだ終わってないだろ?」
はぁ……完全にはめられた。
しかし、もう逃げられない。
今はスタッフさんとガールズバンドのメンツに囲まれているから。おいお前らニヤニヤすんな。
「………」
「その……なんだ、改めてファンになっちまったよ。友希那。それこそ、オタクになれる程にな」
「ふっ、何よそれ」
「良いだろ? ……やっと辿り着いたんだな」
「えぇ、けれどこれからよ」
その友希那の目はとても真剣で、とても嬉しそうだった。
そして、以前の癖で頭を撫でてしまった。が、もう良いだろうヤケクソだ。
「っ!///」
「よく頑張ったな、友希那。お前なら……お前らなら、もっと高みへいける筈だ」
「冬夜……」
「あの時は済まなかった、アレしか思い浮かばなかったんだ」
そう言って頭を下げると、何やら柔らかい感触が……あれ? 俺抱きしめられてね?
「もう、大丈夫。だから見届けて。わたし達の『選択』を……」
「あぁ、それならお安い御用さ」
こいつらなら何処までも高く飛べる筈だ。
たとえ挫けそうになっても一人じゃないんだから。
だから空高く飛べ、そしてその選択の先にある頂点を見せてくれよ。
「それなら……任せてちょうだい」
その笑顔は、今まで見てきた友希那の表情よりも、猫の時の可愛い寝顔よりもとても美しい笑顔だった。
これからも彼女達の脚は止まらないだろう。
だから俺も、君たちも彼女達の未来を見守っていこうではないか。
長文のお付き合いありがとうございます
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