十九話
午前4時。薄暗い部屋の中でテレビを付けながら、一人の老人が椅子に座っていた。テレビでは昨日に起きたUSJ事件のことを報道している。USJ事件は全国のテレビで報道され、ちょっとした騒ぎになった。敵の襲撃を受けた雄英は生徒達の安全を考え、今日は休校日にしたようである。そしてテレビの報道を聞きながらその老人、グラントリノは手元の手紙を読む。それはある教え子がグラントリノ宛に書いた手紙である。一通り読み終えるとグラントリノはその手紙を静かにテーブルの上に置きながら呟いた。
「俊典が認めた少年か…」
◆
ガラガラッと音を立てて保健室の扉が開く。ベッドに横たわった相澤がその方向を見ると、そこにはオールマイトの姿があった。
「やぁ、相澤君。身体の方はどうだい?」
「ボロボロですよ」
全身包帯でぐるぐる巻きの相澤がオールマイトの問いに答える。
「しばらく教壇に立つのは無理そうか…」
「いや、それは立ちます」
「!?し、しかし…」
「仕事ですから」
相澤の返答に驚くオールマイト。すると今度は相澤がオールマイトに尋ねる。
「で、何の用です?」
「何の用って、そりゃあ君のお見舞いだよ」
「何か用があって来たんでしょう?じゃなきゃわざわざこんな所に来ないでしょう」
「…君の中の私に対する評価はどうなってるんだ」
オールマイトは若干戸惑い気味に言いつつも、話を続ける。
「まぁ用がないわけでもない。実は先ほど先日の事件に関する会議が終わってね。そこで話し合ったことを君にも教えておこうと思って来たのさ」
「…わざわざどうも。」
そう言ってオールマイトは会議の内容を話し始めた。相澤も特に口を挟まず、黙ってそれを聞く。
「なるほど。死柄木ってヤツは見た目は大人で中身は子供、つまり幼稚な大人って訳ですか」
「そういうことになる」
「確かにヤツと相対したときに何か変な感じはしましたが、そういうことだったとは」
「……」
相澤が考え込んでいると、オールマイトが黙ってこちらを見ていることに気づく。そして突然オールマイトが頭を下げて相澤に謝罪した。
「相澤君、本当にすまなかった!私が予定通りあの訓練に同行していれば君がそんな重傷を負うことは無かった」
「何ですかいきなり。別にあなたのせいじゃ無いですよ。全ては私の未熟さ故に起きたことです」
相澤は頭を下げるオールマイトを見て、オールマイトがここに来た理由を察する。オールマイトはあの襲撃で相澤が重傷を負ったことに責任を感じていたのだ。だからこうして謝りに来た。
「それにあなたがあの化け物を倒してくれたんでしょう?ならそれでチャラってことで」
相澤がオールマイトに気を遣ってかそのように提言する。しかし、
「いや、確かにトドメを刺したのは私だがそれ以外はほとんど何もしていない。あの脳無を追い詰めた人物は他にいる」
オールマイトはゆっくり首を振りながら、相澤の言葉を否定した。思わず目を丸くする相澤。
「…あなた以外があの敵を?一体誰が?」
脳無の恐ろしさについて相澤はよく知っている。相澤の怪我はほとんど脳無によってもたらされたものだ。すべてをねじ伏せるあの圧倒的なパワー。それを直に体感している相澤はあの敵をどうにか出来る人物はオールマイトしか思い浮かばなかった。オールマイトでないなら一体誰が?と相澤が考えていると、
「垣根少年さ」
「!?」
オールマイトが短く答える。予想外の名前に思わず驚いた相澤。最低でもプロヒーローの名前を予想していたのでまさか自分の生徒の名前が出てくるとは思わなかったのだ。垣根の優秀さについては相澤はもちろん把握していた。入試の実技や体力テストの時は直に垣根のポテンシャルを確認できたし、戦闘訓練の様子もビデオで見た。その実力はクラスの中でも頭抜けていると言っても良いだろう。だが、プロヒーローである自分でさえ歯が立たなかった敵を一生徒が追い詰めたなんてことは、いくら垣根が優秀であってもにわかには信じられなかった。
「…本当ですか?」
「信じられないという顔だね。無理もない。私も逆の立場だったらきっと同じような反応をしていただろう。だが事実だ」
「……」
「私でさえ苦戦を強いられていた敵を、彼は涼しい顔して追い詰めていった。戦闘と呼ぶにはあまりにも一方的な展開。正直、背筋が寒くなったよ。あの力、あの才能…このまま行くと彼はとんでもないヒーローになる。いや、現時点でも彼に勝てるプロが何人いるか…」
「あなたがそこまで言うとは…」
「それぐらい彼はすごい才能を秘めているってことさ。だが同時に私は垣根少年に対してある危機感も覚えた」
「危機感?」
相澤がオールマイトの言葉を聞き返し、オールマイトはそれに頷きながら続ける。
「ああ。躊躇がなさ過ぎるんだよ、彼。脳無を破壊することに一切の迷いが無かった。普通の子ならば相手の命を奪ってしまうような行為には無意識的に心の中でセーブが掛かるモノだ。例え相手が敵だとしても。だが彼には恐らくそれが無い。もし私が割って入らなければ、恐らく彼は脳無を殺していただろう。そして脳無を攻撃しているときのあの冷徹な目。とても15歳の子供のする目ではない。私はね相澤君、もし彼が敵側に堕ちたらという危惧を抱えているんだ」
「…!?」
「彼のあの力と残虐さは敵側からしたら魅力的なモノに映ったのではないだろうか。だからもし何者かの手によって垣根少年が誑かされ、敵側の思想に染まってしまったとしたら…その先はあまり考えたくないね」
オールマイトが静かにそう呟く。相澤も黙ってそれを聞いていた。一瞬の沈黙の後、オールマイトが再び口を開く。
「まぁそれは何も垣根少年に限った話では無い。どの生徒にもその可能性はある。多感な時期だからね、周囲に悪い大人がいればその影響を受けてしまうかもしれない。だからこそ、我々教師陣は生徒達が道を踏み外さぬよう、精一杯フォローして行こう!って話さ。そう、これを言いに来たんだ!」
「…えらく回りくどかった気がしますが、まぁ心に留めておきます」
「それは良かった。来た甲斐があったよ。それじゃあそろそろ私は失礼する。お大事にね」
そう言ってオールマイトは保健室を後にした。
◆
臨時休校で学校が休みだった日の翌日、垣根はいつも通り学校に登校した。教室に入ると、昨日のニュースのことで盛り上がっていた。どこのニュースでもUSJ事件を大きく扱っており、その折に生徒達の姿もテレビに映ったこともあってか、クラスのほとんどの生徒がその話をしていた。そんな中、
「今日のHR誰がやるんだろ?」
「そうね。相澤先生は怪我で入院中のはずだし…」
芦戸と蛙吹が話していると、
「おはよう」
「「「相澤先生復帰早ええええ!!」」」
皆の予想を裏切り、包帯を全身に巻いている相澤がドアから入ってくる。どう見ても動ける状態じゃ無いのにそれでもHRに来る相澤のプロ意識に驚く生徒一同。そんな生徒達の心配を他所に相澤はいつも通り教壇に立つと、いつものように話し始めた。
「俺の安否はどうでもいい。何よりまだ戦いは終わってねぇ」
相澤の言葉に身を固くする生徒達。まさかまた敵が!?などと心配している生徒もいる中、相澤が一言。
「雄英体育祭が迫ってる」
「「「クソ学校っぽいの来たああああ!!!」」」
クラス中が歓喜に沸く。しかしその後、敵に襲撃された直後にそんなことやって大丈夫なのかという質問が出た。これに対し相澤は、逆に開催することで雄英の警備体制は盤石だと世間に示すためだと答え、警備も例年の5倍にする旨を伝えた。それに何より、雄英の体育祭は日本のビッグイベントの一つ。国民の注目度がすごく高い。更に全国のトップヒーローもスカウト目的で見に来る。将来プロヒーローを目指している生徒達にとっては絶好のアピールの場になるわけだ。いずれにせよ、敵の襲撃如きで中止していい催しじゃないというのが雄英の考えらしい。相澤は気合いに満ちた様子の生徒達を見渡しながら、
「年に一回、計三回だけのチャンス。ヒーロー志すなら絶対に外せないイベントだ。その気があるなら準備は怠るな!」
「「「はい!」」」
最後にそう言ってHRを終える。午前の授業が終わり、昼休みになっても教室では体育祭の話題で持ちきりだった。特に麗日なんかはいつものキャラが崩れるほど張り切っていた。
「…テンション高すぎだろコイツら」
「君は違うのか?ヒーローになるために在籍しているのだから燃えるのは当然だろう!?」
「別に。大して興味ねぇな」
垣根がつまらなそうに答えるのを聞いた緑谷はふと思った。
(そういえば垣根君や麗日さんには聞いてなかったな…)
「麗日さんと垣根君はどうしてプロヒーローになろうとしてるの?」
いつもの4人で食堂に向かっている最中、緑谷が二人に尋ねる。
「え~っと、それは…」
突然緑谷に質問され、一瞬驚いた様子だったがその後遠慮がちに答える麗日。
「お…お金!?お金欲しいからヒーローに?」
「究極的に言えば…」
思わず聞き返してしまう緑谷に恥ずかしそうな感じで答える麗日。何でも、麗日の実家は建設会社を営んでるらしいが、あまり上手くいってないらしい。そこで麗日は将来自分がヒーローになり、たくさんお金を稼ぐことで両親に楽させてやりたいと思ってヒーローを目指したのだという。麗日の家族愛に緑谷と飯田が感心していると、
「緑谷少年がいた!ご飯一緒に食べよ」
突然オールマイトが現れ、緑谷を連れてどこかへ行ってしまった。そんなこんなで3人で食堂に行くことになり、券売機の前で並んでいると、
「垣根君はなぜヒーローを志しているんだい?」
飯田がふと思い出したかのように垣根に尋ねる。
「あ、私も気になる!」
麗日も身を乗り出して聞いてくる。黙り込む垣根。元の世界に戻り一方通行を殺すためだ、と言うのが本音だが当然そんなことを言えるはずもない。何と答えようか考えたが、どうしても良い答えが浮かんでこないので、
「さあな。理由は特にねぇ」
正直に答える垣根。垣根の思わぬ答えに驚く二人。
「特に無いと言うことは、理由なしにヒーローを目指しているということかい?」
「そうだ。お前らみたいに誰かに憧れてるわけでも、何か欲しいものがあるわけでもねえ。強いて理由を挙げるなら、何となくだな」
「驚いたな…」
飯田が意外そうに垣根を見る。垣根の優秀については飯田もよく知っている。だからこそ飯田は、きっと垣根には何か目標があり、その目標を達成するために人一倍努力してきたのだろうと勝手に思い込んでいた。すると、
「じゃあ、これから何か見つけられると良いね!ヒーローになりたい理由!」
「……」
麗日が笑顔で垣根に声をかける。
(ジジイと同じ事言ってやがる)
麗日の言葉は垣根にグラントリノを想起させ、思わずフッと笑う。
「?どうしたの?ていと君?」
「…何でもねえよ。そうだな、何か見つかるといいな」
「うん!」
またもや笑顔で頷く麗日。その後、いつものように食事をとり、昼休みが終わると午後の授業が始まった。緑谷も午後の授業が始まる前には教室に戻ってきた。そして授業が終わり、A組生徒達が下校しようとした時、
「な、ななな何事だぁ!?」
「何だよ出れねぇじゃん!何しに来たんだよ!」
麗日と峰田が教室の前の光景を見て声を上げる。扉の前で他の科と思われる生徒達がA組のクラス前に集まり、皆が教室の中を覗いていた。思わず面食らうA組生徒達だったが、
「敵情視察だろザコ」
爆豪が吐き捨てるように言い、たむろしている生徒達の前に行くと
「敵の襲撃を耐え抜いたヤツらだもんな、体育祭の前に見ときたいんだろ。そんなことしたって意味ねぇから。どけモブ共!」
「知らない人のこととりあえずモブって言うの止めなよ!」
相変わらずの爆豪に対し、後ろからツッコミを入れる飯田。すると、
「噂のA組、どんなもんかと見に来たが随分と偉そうだよなぁ。ヒーロー科に在籍するヤツは皆こんななのかい?」
「あァ?」
生徒の群れを後ろからかき分けて一人の生徒が前に出る。青い髪の毛で眠そうな顔をした少年だった。
「こういうの見ると幻滅するなぁ。普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったって奴結構いるんだ」
「…」
「そんな俺らにも学校側はチャンスを残してくれてる。体育祭のリザルトによっちゃヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ」
「「「!?」」」
「敵情視察?少なくとも俺はいくらヒーロー科とはいえ、調子に乗ってっと足下ゴッソリ掬っちゃうぞっつー宣戦布告しにきたつもり」
(((この人も大胆不敵だぁ!!)))
爆豪と謎の生徒が黙ってにらみ合う。すると、
「おうおう!隣のB組のモンだけどよぉ!敵と戦ったっつうから話聞こうと思ったんだがエラく調子づいちゃってんなぁオイ!!」
(また不敵な人来た!!)
B組の生徒だというガラの悪そうな少年まで割り込んできた。爆豪に対して何か喚いていたが、それを無視して爆豪は帰ろうとする。
「待てこら爆豪。おめーのせいでヘイト集まりまくってんじゃねーか!どうしてくれんだ!」
切島は慌てて帰ろうとする爆豪を呼び止める。
「関係ねェよ」
「あぁ?」
「上に上がりゃ関係ねェ」
切島にそう言い残して爆豪は教室を後にした。その言葉を聞いたA組の生徒達は静かに闘志を燃やす。そして、
「邪魔だ。そこどけ」
今度は垣根が前に出て青い髪の生徒に言い放つ。
「…っ!?」
垣根と目を合わせた青髪の生徒は気圧されたのか、素直に道を空けた。垣根は緑谷達の方へ振り返り、
「帰るぞ」
一言そう言うと教室から出て行った。緑谷達も急いでその後を追った。こうして敵襲撃開けの初めての学校は終わった。
その後二週間、皆各自でトレーニングをして、日本最大の催しである雄英体育祭に向けて準備を進めていた。
そして二週間後、ついに体育祭当日。いよいよ祭典の幕が開く。