「……」
垣根は現在、病院を退院し、ある目的地へ向かって歩いていた。グラントリノとかいう老人と共に。ここで言う目的地とはグラントリノが住んでいる家であるが、それは同時にグラントリノの息子である垣根も住んでいる家であるという。つまり彼らは今、我が家に帰宅している最中なのである。
「はぁ…」
垣根はため息を吐きながらグラントリノの後ろを歩き続けた。
◆
「身体の方は何も異常はありません。無事退院できますよ」
「そうですか。ありがとうございます、先生」
診察室でグラントリノと医師が話していた。垣根が目覚めたと知った医師が垣根の身体に何か問題がないかを検査し、その結果を保護者であるグラントリノに伝えていたのだ。ちゃんと退院できると知ったグラントリノはひとまず安堵に胸をなで下ろす。
「ただ、一つだけお伝えしたいことがあります。」
「?」
無事に退院できると知って安心していたグラントリノだが、医師の言葉にまだ続きがあると知った彼は再び耳を傾ける。
「帝督さんは記憶が混濁しているようなのです。」
「記憶が混乱!?」
グラントリノは医師の思わぬ一言に思わず驚きの声を上げた。
「どういうことですか!?先生!」
「先ほど身体の検査を終えた後、記憶の方にも何か問題がないか確認するためにいくつか帝督さんに質問させていただいたんですが・・・いまいちこちらの情報とは違うことばかりお答えしていました。それとグラントリノさんのことや通っている学校などについて聞いても全く身に覚えがないとのことでした」
「!?」
医師の口から出た言葉に、思わず言葉を失うグラントリノ。
「…俺のことを忘れちまってるって言うんですか?」
「ええ、そのようでした」
思えば今日病室で会った時、いつもと様子が違うと薄々思ってはいたが、事故のせいだろうということで自分の中で結論づけていた。しかしまさか記憶がおかしくなっていたからだったとは思いもしなかった。
「自分の名前はしっかり覚えていましたけどね。それ以外はほとんど噛み合いませんでした。年齢も18歳だと勘違いされていましたし」
「…」
「何か不可解なことを仰っていましたね…えーと、ガクエン…トシ?だとか私にはよく分からない言葉を仰っていたんですが、グラントリノさんは何か心当たりはありますか?」
「?いえ、まったく」
ガクエントシ?聞いたこともない言葉だ。何かと間違えているのだろうか。グラントリノはしばらく考え込んだが、全く見当が付かなかった。
「先生、あいつの記憶は元に戻るんでしょうか?」
グラントリノは心配そうに医師に尋ねる。もし記憶が元に戻らないままだったらどうすれば良いのかとグラントリノの内心は穏やかではなかった。しかし医師はそんなグラントリノの心配を吹き飛ばすようにこう言った。
「それについては心配いらないと思いますよ。こう言った記憶の混乱は事故に遭われた方によく見られるケースです。恐らく昨日なんらかの事故に遭い、その影響で一時的に記憶が混乱しているだけだと思います。また普通の暮らしに戻れば自然と記憶は戻っていくケースが多いです」
「そうですか。良かった…」
医師の言葉に再び胸をなで下ろすグラントリノ。一生治らない症状ではないだけまだマシと言えよう。とにかく退院は問題なく出来るのだ。家に帰って色々あいつに教えてやればいい。グラントリノはそう考えていた。
「一応、グラントリノさんのことや帝督さんについての基本的な情報はこちらから伝えてありますので。後のことはご自宅に帰ってからグラントリノさんの方から伝えてあげた方が良いかと思います」
「はい。そうします。先生、色々ありがとうございました」
「いえいえ。お大事になさってください。」
グラントリノが再び医師に感謝の言葉を述べると医師は穏やかな笑顔を浮かべ返事を返した。そしてグラントリノは垣根を連れて病院を後にすることとなった。
◆
垣根はグラントリノの後ろを歩きながら病院での出来事を反芻していた。身体検査の後、医師から記憶が正常かどうかチェックすると言われいくつか質問をされた。最初は垣根自身についての質問をされ、垣根もそれに答えていったのだがその答えのほとんどがデータの情報と違うと言われた。合っているのは名前くらいだという。まず年齢。垣根は18歳だと答えたが、医師は戸籍上のデータを見ると15歳だと言う。また、通っている学校についても聞かれたため、学校には通っていないと答えると医師は困ったような顔をし、××中学校という学校に聞き覚えは?と聞かれた。垣根が「ない」と答えると、この学校は今俺が通っている学校の名前だと医師は告げた。他にも今までの経歴について聞かれたため、暗部の情報や自分の能力以外のことは一通り答えた。しかし話していくごとに医師はますます困惑していった様子だった。学園都市の名前を出してもガクエントシ?と首をかしげるだけ。これらのことから垣根は最初「ここは学園都市の外部のどこか」だと思った。しかし外部と言っても日本語が通じているためまず日本国内であることには間違いない。更に学園都市の外部の人間とはいえ、日本に住んでいて学園都市の名前を聞いたことがないのはありえない。とするとここが学園都市の外部だという線はなくなる。ここで垣根が導き出したもう一つの可能性。それは
”ここが現実世界ではない、バーチャルな世界である”
ということだ。いわゆる仮想現実(VR)というやつだ。これなら色々説明が付く。学園都市ではない全く新しい世界を設定し、垣根はその中に放り込まれた。年齢や生い立ちについてもVR内で新たに設定され直したのだろう。なぜそんなことをしたのか、また、垣根自身がその設定を共有できていなかった理由は不明ではあるが。いずれにせよ、この仮説が一番しっくりくることは確かだ。学園都市の科学力ならVRを創り出すことなど造作もないだろう。
(恐らく昨日の戦いの後、科学者の連中に回収された俺は何かの目的の為にこの世界に送り込まれた。アレイスターの指示によるものかもしれねえ。しかし奴ら、この期に及んで何を企んでやがる・・・?まぁいいか、あんなゴミ野郎どもの考えなんざ知りたくもねえ。それよりも俺があいつらに利用されてるっつう事実の方が大事だ。とりあえずこの件に関わってるやつ全員皆殺しパーティー決定だ)
垣根は考えを巡らせながらも自分のことを利用している科学者に対して殺意を露わにする。
(つっても、こっから出れねえ以上はどうしようもないんだがな)
科学者を殺すと言ってもここから出られなければ何も始まらない。まずはこの世界から出る方法を探さなければならないと垣根は考えた。
(俺を何かの目的の為にここに送り込んだなら何か達成すべき目標があるはずだ。それが達成された時、恐らく俺はここから出られる。だが何だ?何をすればいい?)
垣根はこの世界から出るために何をすべきかいろいろ考えを巡らす。だが
(だめだ、分からねえ。手がかりがなさ過ぎる…)
一向に思いつく気配はなかった。
(それにここがVR世界だって確定したわけじゃねえ。チッ、めんどくせーな)
垣根が現状についてあれこれ思案していると、前を歩いていたグラントリノが足を止める。そして、
「着いたぞ。ここがお前と俺の家だ。」
グラントリノは垣根に対しそう言った。
ていとくん、あれこれ考えてますけど、ただ異世界転生しちゃっただけなんですけどもねw