「あ?ヒーロー殺し?」
「そ」
職業体験三日目の朝、事務所に来た垣根にホークスが告げる。二日目は一日目と同様、ホークスの尻拭いをさせられて終わった。いい加減面倒になってきたと感じていた垣根だったが、朝からいきなりヒーロー殺しの名前を出され、流石の垣根もいささか面食らう。
「今日の夕方、飛行機で羽田に向かう。んで、そのまま電車で保須に向かい、ヒーロー殺しを探索する予定なんだけど、どう?来る?」
「いきなり何言ってんだアンタ」
「いやー、俺もどうしようか迷ってたんだけどね。ここ二日間の垣根君の頑張り見てたら連れてってもいいかなーと思って」
「…この街はどうすんだ?」
「それは俺の相棒達に任せるさ。大丈夫、彼ら十分強いから。心配はいらない」
垣根は黙ってホークスを見つめる。笑ってはいるがどうやら冗談で言ってるわけではないらしい。
「保須にまたヒーロー殺しが出るっつう確証はあんのか?出なかったらただの無駄足じゃねえか」
「100%じゃないけど、再び保須に出現する可能性は高いと思うよ。データ通りなら奴はまだ保須でヒーロー狩りをするはず。噂じゃエンデヴァーも動くって話だ」
「エンデヴァー?ああ、No.2か」
「そうそう。これは行ってみる価値ありかなーって思ってさ」
ホークスが垣根に説明する。一体どこからエンデヴァーが動くなどという情報を仕入れているのかも気になるところではあるが、垣根は今回は違う事を尋ねた。
「分からねえな。エンデヴァーが動くなら奴に任せればいいだろ。なんでわざわざこんな遠いとこからアンタが出張る必要がある?」
「まぁ確かにそうかもね。強いて言うなら、興味かな」
「は?」
「数々のヒーローを葬ってきたヒーロー殺しステイン。その面を一回拝んでみたくてね」
「…何だそりゃ」
呆れたようにつぶやく垣根。だがホークスはそのまま続ける。
「まぁ半分冗談だけどさ。ヒーロー殺しのやっていることは看過されるべきモノではない。そろそろ仕留めないと他のヒーロー達に示しがつかない。今後のヒーロー社会のために重い腰を上げたってわけ」
「……」
「ただ、ヒーロー殺しを捕まえに行く仕事だ。言うまでもなく危険は伴う。最悪、命を落とすかも知れない。まぁそうさせないために全力は尽くすけども。だから強制は出来ない。選ぶのは垣根君だ。俺とヒーロー殺しを追うか、相棒達とこの街に残るか。どっちがいい?」
そう言ってホークスは垣根に選択肢を提示する。この街で相棒達の手伝いをするか、あるいはホークスに付いていってヒーロー殺しを追うか。垣根が選んだのは――――――――――――――。
◆
電車に揺られながら垣根とホークスは保須に向かっていた。30分程前に羽田に到着し、そこから電車に乗り換えて今に至る。垣根は結局、ヒーロー殺しを追うことを選んだ。垣根自身、ヒーロー殺しには少し興味があった。彼が一体どんな矜恃を持ってヒーロー狩りをしているのか。同じ悪党同士、彼の為す『悪』について見定めたい気持ちがあったのだろう。そんな訳で、ここ東京までホークスと共にやってきたのだ。垣根は電車の席に座りながらスマホをいじっていたがふと電車が止まり、横に座っていたホークスに肘でつつかれ、
「着いたよ垣根君」
目的の駅に到着したことを知らされる。それを聞いた垣根はそのまま立ち上がり、ホークスと共に電車を降りる。
「さてと。じゃあまずは――――――」
ホークスが何か言おうとした瞬間、
ドゴォォォォォン!!!
突然爆音が鳴り響く。二人が音のした方角を見ると、建物の間から放たれる炎の赤い輝きとそれに伴う煙が立ち昇っていた。きっと何かあったのだろう。それを見たホークスは、
「あらら。いきなりおでましかな?垣根君、行くよ」
垣根にそう言うと背中の翼を広げ、闇夜に飛び立った。垣根も背中から純白の翼を出し、ホークスを追うように飛び立つ。二人は煙が立ち上っている場所の上空に着くと、眼下を眺める。地上では周囲のモノを破壊しながら暴れ回っている化け物達が数多くいる。プロヒーロー達が応戦しているが全く歯が立っていない。
「あれは確か、脳無とかいう奴か」
「え?それって飛行機の中で垣根君が話してた奴のこと?」
垣根のつぶやきに反応したホークスが尋ねる。羽田に向かう飛行機の中でホークスはUSJ襲撃時の様子を垣根から聞いていたのだ。ホークスからの問いに頷いて答える垣根。
「なるほど。なら下の連中だけじゃキツいかな。こっからは俺も参戦する。垣根君は逃げ遅れた人のフォローお願いね」
そう言うとホークスは両手に羽で出来た剣を握り、暴れている脳無達目掛けて一気に急降下していった。
(結局ここでも雑用かよ。あの野郎…)
垣根は内心で文句を垂れるもホークスの言うとおりに避難している人々のフォローに回った。あちこちに飛び回り、避難を誘導していると、突如女性の悲鳴が耳に入る。垣根が空からそこへ向かうと、怯えたまま身動きできずにいる一人の女子高生と、その女子高生の前に立ちはだかる一体の脳無を視認した。
「あ?脳無だと?まさかあの野郎、逃がしたのか?」
垣根が呟いていると、その脳無が女子高生目掛けて走り出し、その拳を振るわんとする。そして拳が女子高生に振り下ろされようとしたその時、
グサッッ!
六枚の白い翼が脳無の身体に突き刺さり、ノーバウンドで吹っ飛ばされながら後方のビルに激突した。そして女子高生の前に降り立った垣根はその子の安否を確認する。
「怪我は?」
「えっ…あ、はい、大丈夫です」
何が起きたのか分からない様子で困惑気味に垣根の問いに答えると、
「そうか。ならとっととここから去れ。邪魔だ」
「え…」
「聞こえなかったか?失せろっつったんだが」
「は、はい!」
しばらく呆けた様子でいた女の子だったが垣根の叱責で我に返ると急いで立ち去っていった。それを確認した垣根は再び脳無に目を向ける。脳無は既に起き上がっていて先ほど垣根が与えた傷も癒えている。どうやらUSJの時と同じく、回復の個性持ちらしい。そしてUSJの脳無とは違い、腕は4本ある。そして体勢を整えると垣根に向かって走り出す脳無。
「面倒くせえな。また回復持ちか。悪ぃが今回は遊んでる暇はねぇ。とっとと死ね」
そう呟くと垣根は足下から未元物質で作り上げた槍の大群を一斉に放出する。突然出てきた大量の槍を脳無は躱すことが出来ず、もろに直撃し、再び後方のビルに叩きつけられる。脳無の身体には無数の槍が後方のビルごと貫いており、動くことすら出来ない。何とか脱出しようともがいている脳無だったが、剥き出しになっている脳みそに白い翼が突き立てられると、脳無は完全に動きを停止した。
「さて、面倒くせぇが次行くか。つか今どこにいんだ俺」
脳無が動かなくなったのを確認すると、次の場所へ向かおうとする垣根。その前に現在位置をスマホで調べようとポケットからスマホを取り出すと、LINEの通知が一件来ていることに気付く。緑谷がA組全員が所属しているグループに何やら投稿したらしい。垣根は何気なくその投稿内容を見ると
「あ?何だコレ」
思わず眉をひそめる。グループラインに投稿されていたのは位置情報だった。一瞬意味が分からなかった垣根だが、その地図をよくよく見ると、それは今垣根がいる場所のすぐ近くであることに気付く。しばらく何やら考えていた垣根だが、やがてスマホを片手に飛び立った。
◆
東京都保須市。街が突如現れた脳無達によって混乱の渦にある中、ある路地裏でもう一つの戦いが行われていた。場にいるのは五人。そのうちの三人は地に伏していて、残りの二人は戦闘を繰り広げていた。二人の内の一人、轟焦凍は氷と炎を交互に繰り出し、目の前の敵、ヒーロー殺し・ステインに攻撃する。だが、ステインは建物の壁や轟の氷を足場にし、縦横無尽に動き回ることで轟の攻撃を全て躱していた。
「右から!!」
地に伏している内の一人である緑谷が轟に向かって叫ぶ。それを聞いた轟はすぐさま自身の右斜め前に炎を噴射するも、これを躱される。その後も氷と炎でステイン目掛けて放つが一向に当たる気配が無い。もう今日何度目かも分からない炎の噴射をまたしても躱され、
(んでこれを避けられんだよ!?)
思わず歯噛みする轟。ステインは轟の氷攻撃を躱しつつ、轟との距離をどんどん詰めていく。
「氷と炎…言われたことは無いか?個性にかまけ、挙動が大雑把だと!」
轟の弱点を指摘しながら走るステイン。そしてもう後数秒で轟との距離がゼロになるという所まで来たその時、
「!?」
まるで何かを避けるように咄嗟に後ろに飛ぶステイン。その直後、今さっきまでステインがいた場所に、
ズガァァァァン!!
と派手な音を立てながらコンクリートに何かが炸裂した。その衝撃で煙が宙に舞う。全員が注視すると、そこには白い羽のようなモノが十枚ほどコンクリートの地面にヒビを入れながら突き刺さっていた。この場にいる全員今何が起きたのか分からず、情報を整理しようとしていた時、突然空から声が聞こえる。
「よう。随分盛り上がってるじゃねえか。俺も交ぜろよ」
皆が空を見上げると、真っ白に輝く満月を背にしながら、純白の翼を展開して宙に浮かんでいる垣根がこちらを見下ろしていた。