夜空に浮かんでいた垣根はゆっくりと路地裏に着地する。
「垣根…!お前、何で…?」
轟が驚きの表情を浮かべながら垣根に尋ねる。
「まぁ色々あってな。ヒーロー殺しとやらを追ってこの街に来たんだが、緑谷のLINEに気付いてここまで来たってとこだ」
垣根が自分がここにいる訳を手短に説明し、更に目の前の敵らしき人物に目を向けながら轟に尋ねる。
「で?コイツがヒーロー殺しってやつか?」
「ああ、そうだ」
「おぉ~、マジでビンゴじゃねぇか」
目の前の人物がヒーロー殺しだと判明し、楽しそうな表情を浮かべる垣根。すると、
「…チッ、またガキの新手か。今日は厄日だな」
忌々しそうに呟くステイン。一方垣根はあたりを見渡しながら状況確認を始める。
「戦闘可能なのは俺と轟だけみたいだな」
「ああ。他の三人は奴の個性によって動けねぇ。アイツの個性は…」
「血液の経口摂取によって他人の動きを封じる個性だ」
轟の言葉の続きを飯田が引き継ぎながら二人の下へ歩いて行く。
「飯田!解けたか。意外と大したことない個性だな」
「轟君も緑谷君も関係ないことで、申し訳ない…だからもう…二人にこれ以上血を流させる訳にはいかない!」
決意に満ちた様子でそう宣言する飯田。
「身体の自由を奪う個性か。テレビの特番ってのも馬鹿には出来ねぇな。マジで合ってやがる」
飯田の言葉を聞いた垣根は、テレビでやっていたヒーロー殺しの特番について思い出し、感心したように呟く。すると飯田が復活したのを見たステインが憎しげに言う。
「感化され取り繕おうとも無駄だ。人間の本質はそうやすやすとは変わらない。お前は私欲を優先させる偽物にしかならない!ヒーローを歪ませる社会の癌だ。誰かが正さねばならないんだ!」
「時代錯誤の原理主義だ。飯田、人殺しの理屈に耳貸すな」
「いや、奴の言うとおりさ。僕にヒーローを名乗る資格は無い。それでも…折れるわけにはいかない。俺が折れればインゲニウムは死んでしまう!」
静かな闘志を胸に宿し、堂々と言い放つ飯田。
(俺が仕留めてもいいが…)
垣根が飯田を見て何やら考えていると、
「論外!」
ステインは吐き捨てるようにそう言うと再び攻撃を仕掛ける。それをいち早く察知した轟は炎で牽制。ステインを近づけさせない。更に氷攻撃を食らわせようとする轟だったが、自前の刀で次々と氷を砕いていくステイン。
「個性よりも本体の戦闘能力の方が厄介なパターンだなコイツ。この機動力と俊敏性に身体の自由を奪う個性が合わさりゃ、確かに厄介そうだ」
垣根はステインの能力を冷静に分析すると、今度は轟と飯田の方を向いて尋ねる。
「で?お前らはどうするつもりだったんだ?」
「どうするっつっても、プロが来るまで粘るしかねえだろ。俺の攻撃は躱されてるが牽制にはなる。このまま奴に攻撃し続けて凌ぐ!」
「ああも動かれていては僕のレシプロも狙いが定まらない…何とか奴の動きが止まれば…」
「なら、動きを止めちまえばいい」
「「!!」」
垣根の言葉に驚きの様子を見せる二人。
「んなことが出来りゃとっくにやってる。アイツに攻撃が当たらないんじゃ捕縛も出来ねぇだろ」
「相手は人殺しのプロだぞ?お前の一辺倒な攻撃だけじゃそりゃ当たらねぇよ」
「…」
「何か考えがあるのかい?」
「別にやることは単純だ。俺が奴の動きを一瞬止める。その隙に轟の氷でアイツの身体を凍らせ、んでもってフィニッシュはお前だ飯田」
垣根が離れたところにいる少年の方をチラッと見ながら作戦を説明する。
「動きを止めるって、そんなこと出来んのか?」
「楽勝だな。とにかくお前はその後の事に集中しろ。凍らせるタイミングミスんじゃねえぞ。最後はテメェが決めろ飯田。殺す気で仕留めろ」
「…ああ!了解した!」
飯田が力強く返事をし、それを確認した垣根は
「交代だ轟。こっからは俺の番だ」
今までずっとステインに攻撃を浴びせていた轟と代わり、前に出る。そして背中の六枚の翼を一斉にはためかせた。
轟ッ!
烈風がステインを襲う。高い跳躍によって躱すステインだったが、垣根はさらに翼をはためかせ追撃を行なう。
ビュン!
白い翼の一振りによって、いくつもの白い礫がステイン目掛けて迫っていく。
「チッ!今度はお前か。しつこい奴らめ!」
「まぁそう言うなって。俺とも遊ぼうぜ」
ステインは悪態をつきながらも垣根の攻撃を躱していく。そのたびに地面や建物の壁が削り取られ、辺りにはコンクリートの破片が次々に散乱していった。
「フン、遊び、か。ヒーローの戦いとは常に弱きを助け、導くためにあるもの。それを遊びなどと揶揄する貴様はヒーロー失格だ。俺が裁いてやる!」
「悪党のテメェが偉そうにヒーロー語りしてんじゃねぇよ。それこそ論外ってやつだ」
「黙れ!お前も社会の供物にしてやる!」
ステインは地面を力強く蹴り上げ、一気に垣根との距離を詰めていく。迫り来る六枚の翼を全てくぐり抜け、瞬く間に垣根の目の前まで到達すると、一気に垣根に斬り掛かった。
◆
「なっ…!」
ステインは思わず驚きの声を漏らす。垣根に斬り掛かるために足を踏み込もうとした瞬間、突如自身の身体がピタッと止まる。いや、身体が動かないというよりは身体の一部、ステインの足が動かなくなってしまった。急いで足下に視線を向けるステイン。すると、
カチカチカチッ!
両足が凍り付いていることに気付くステイン。
(馬鹿な!?氷!?後ろにいる氷と炎使いの動きはちゃんと捉えていた!アイツは確かに個性を使っていなかった!なのに、なぜ…!?なんで氷が…)
「つーかまえた」
「!?」
ステインが動揺している中、垣根の涼しげな声が聞こえ、再び向き直る。
「ったく、ちょこちょこ動き回りやがって。ゴキブリかテメェは」
「貴様ッ…!何をした!?」
「フッ…さぁてな」
ステインに問われた垣根だが、その質問には答えない。
(ただ無駄に翼パタパタさせてたわけじゃねぇんだよ。タネは撒いといた)
垣根の余裕そうな表情に顔を歪めるステイン。ここからでは刀を振るってもギリギリ垣根には届かない。そこで、
ヒュン!
左手で素早く短刀を抜き去り、ほぼノーモーションで垣根に投げつけたステイン。しかし、
「おっと!」
垣根に届く前に彼の白い翼が短刀を撃ち落とした。
「危ねぇやつだな。こりゃとっとと氷漬けにしちまわねぇとなぁ」
垣根がそこまで言うと、
ピキピキピキピキッッッ!!
地面が凍り付く音が聞こえ、急いで地面を見るステインだったがその時にはすでに自分の足下に氷結が到着し、みるみるステインの身体に氷結が登っていく。
「しまっ!?」
身体がどんどん氷で覆われていき、ついには顔から下の部分全てが凍り付いてしまったステイン。
「貴様…!!まさか最初からこれが狙いで…!わざと俺を近づけさせたのか!?」
「さぁな。そんな事よりテメェは他にもっと心配することがあんだろ?」
「!?」
「これから自分がどうなっちまうか、とかな」
垣根の言葉の直後、彼の後ろから、
ブォォォォォォン!!
大きなエンジン音が聞こえる。ステインが視線を送ると、足のエンジンにエネルギーを溜めながらクラウチングスタートの姿勢を取っている飯田の姿があった。そして、
「レシプロバースト!!!」
爆速でスタートを切り、氷漬けにされているステインに迫る。そして飯田がスタートを切った直後、ステインの斜め前にいた垣根がボソッと呟く。
「あ、そうそう。親切心で教えてやるが、後方注意だぜ」
(後方…?まさか!?)
垣根の言葉にあることが頭をよぎる。ステインの後方にいるのは動けなくなった緑谷一人。だが緑谷に対してはステインの個性は効きにくい。緑谷が動けなくなった時間を考えれば、今頃また動けるようになっていてもおかしくはない。と、ここまでステインが考えた時、飯田は既にステインの目の前にたどり着き、十分すぎるスピードを乗せた右足をステインの鳩尾にたたき込む。
「ご、は……っ!!!」
あまりの蹴りの重さに意識が飛びかけるステイン。ステインの身体を覆っている氷が蹴りの衝撃によって砕かれ、ステイン自身も後方へ吹っ飛ばされる。更に、ステインが吹っ飛ばされている最中、
「SMASH!!!」
と叫び声と共にステインの背中に緑谷の拳がたたき込まれる。
「ぐ、は……っ!!!」
今度は背中に衝撃が走り、白目を剥くステイン。飯田の攻撃によって、逆に緑谷の方へ吹っ飛ばされる形になったため、その推進力分のダメージが上乗せされる。緑谷の攻撃を受け、空中で海老反りする形になったステイン。これで終わりかと思われたが、ステインはぼやける視界の中で飯田が再度加速し、自身の下へ再接近してくる光景を捕らえた。
「ヒーロー殺しィィィィィィィィィ!!!」
ヒーロー殺しの名前を叫びながら飯田は、空中にいるステインに今度は自身の左足を思いっきりたたき込む。これももろに喰らったステインは今度こそ後ろに吹っ飛ばされ、ビルに激突した。それでもまだステインは立ち上がろうとしていたが、すかさず炎を浴びせて追撃する轟。それを受けたステインは力尽きるように地面に倒れた。
飯田の攻撃って、当たり所悪かったら死ぬと思うんですけど。