「うはぁ~…セレブだとは思ってたけどまさかこれほどとは…!」
上鳴が八百万の家を見上げながら呟く。豪邸とはこのような家のことを言うのだろう。あまりの大きさにただただ圧倒される上鳴達。今から目の前の家で勉強会を行うのだが、全然実感がわかない。とりあえずインターホンを押すと、そこから八百万の声が聞こえる。
「皆さんお待ちしておりました!どうぞ中へ!」
八百万が嬉しそうに言うと、突然門が開かれた。
「どこの貴族だよ」
これには流石の垣根も少し驚いたようだ。それは皆も同様でポカーンとしながら八百万の家の中に入っていく。そして皆は大きな長方形のテーブルのある部屋に通された。天井にはシャンデリアが備え付けてあり、暖炉のようなものも設置してある。壁には大きな肖像画が掛かっており、そこはまるで漫画に出てくるお金持ちの人が住んでいるような部屋だった。圧倒的場違い感を感じながら、上鳴達は長テーブルに腰掛ける。
「なんか場違いすぎて緊張してきた…」
「俺も…」
尾白と瀬呂がソワソワしていると、八百万が台の上に紅茶とティーカップを載せて運んできた。
「なにか?」
「「「ううん何でも」」」
幸せそうに部屋に入ってくる八百万の姿を見て、さっきまで緊張していたのが嘘のようにホッコリしている上鳴達。八百万が一人一人のティーカップに紅茶を注ぎ、全員に渡す。皆が一息吐くと早速勉強会が始まった。基本は八百万が授業のように前で上鳴達に解説し、上鳴達はそれを聞きながら問題を解いていくという流れだ。もしどこか分からない部分があったら八百万か垣根に尋ねる。八百万が解説している間は基本的に垣根が教えて回ることになる。しかし、
「はぁ?さっきとほぼ一緒の問題じゃねえか。何が分からねえんだよ?」
「…」
「こんなもんbに決まってんだろ。逆にどうやったらb以外の答えが出てくんだ?」
「…」
「いや解き方っつってもな。普通に計算すりゃ出るだろ」
「…」
「お前、こんなのも解けねえでよく雄英受かったな」
「…」
「なぁ、お前って個性使わなくてもアホになんのか?お前の思考回路が俺には全く分からねえ。ある意味すげーなお前。」
「…」
「「「……」」」
勉強会開始時の活気に満ちあふれた雰囲気とは一転、部屋には重苦しく、どんよりとした空気が漂う。流石に垣根もこのただならぬ雰囲気に気付き、上鳴達に尋ねる。
「何だお前ら。どっか具合でも悪いのか?」
「「「お前のせいだろ!!!」」」
上鳴達が一斉に垣根に対して叫び、いささか面食らう垣根。
「は、はぁ?何で俺のせいなんだよ?」
「お前は一々disらないと俺らに教えられないのか!?」
「このペースでdisられ続けたら勉強以前に俺らの身が持たねえよ!」
「なんか、あんまり悪意がない分、より傷つくよね…」
「もうちょっと平和的にお願いしたいなぁ…」
「そーだそーだ!!もっと優しく教えろコノーーー!!」
垣根の辛辣な教え方に対して、不満を爆発させる上鳴達。垣根自身としては上鳴達を傷つけたりする意図は全く無かっただけに一層困惑する。
「いや、別にdisってねえだろ。ただ事実を言っただけで…」
「それが傷つくって言ってんだろ!!」
上鳴達が必死に心の叫びを訴えていたが、垣根には全く意味が分からなかった。そこで、
「ま、まあまあ皆さん落ち着いて。それよりそろそろお昼の時間ですので昼食を持って参りますわ」
八百万が場を諫め、昼休憩を取る。相変わらず見たことも無い豪華すぎる食事が運ばれきて、皆のテンションは再び上がり、先ほどまでの鬱屈とした雰囲気は見事に吹き飛んだ。そして八百万家の豪華な食事を堪能した後、再び勉強会を再開する。だが今度は皆、分からないことがあったら八百万に聞くようにし、垣根には聞こうとしなかった。
(結局俺は除け者かよ。意味が分からねぇ)
自分が避けられていることに未だに納得していない様子の垣根は、席を立ち、用を足しに部屋を出る。それが済み、トイレから出ると垣根の目にある部屋が目にとまった。特別目立っていた部屋というわけでは無かったが、何となく気になって入ってみると、その部屋は巨大な書斎であることに気付いた。
(すげぇな。こりゃまるで図書館だ)
何列もある本棚を見上げながら垣根は驚いた様子を見せる。それぞれの本棚にはぎっしりと本が詰められていて、あらゆる分野に関する書物が揃っている。垣根は何冊か手に取り、目を通していると、、
「ああ、こんな所にいらしたのですか」
「ん?」
八百万の声がし、振り返る垣根。
「お手洗いから全然戻ってきませんので心配しましたのよ?」
「あぁ悪いな。勝手に入っちまって」
そう言いながら垣根は手元の本を本棚に戻す。
「いえ、それは全然構いませんけれど…どうしてこんな所に?」
「トイレから出たらちょうど目に入ってな。気になって入っちまった」
「ああ、そうでしたか」
八百万が得心のいった表情を見せると、垣根は八百万に尋ねる。
「ここにある本、全部読んだのか?」
「いえ。全部ではないですけれど、7割方は読みましたわ」
「マジか。すげぇな」
「私の個性は『創造』。対象の分子構造まで正確に把握していなければその物体を創り出すことが出来ません。ですからあらゆる物質についての知識を蓄えておかなければなりません。そのために日々これらの本を読んでいるのです」
「ほぉー、なるほどな」
「ですが…」
急に伏し目がちになった八百万。垣根が怪訝そうに八百万のことを見つめている中、八百万が言葉を続ける。
「垣根さんは本当にすごいですわね。入試成績も一位で体育祭の順位もトップ。常に冷静で咄嗟の判断力にも優れています。一方で私は雄英の推薦入学者でありながら、ヒーローとしての実技において特筆すべき結果を何も残せていません。体育祭では騎馬戦は轟さんの指示下についただけ。本戦では常闇さんに為す術なく敗退しました。同じ推薦入学者でも轟さんとは大違いですわ」
「……」
「それに戦闘訓練では垣根さんに直接打ち負かされてしまいましたね。同じ系統の個性を持つ者同士だというのにこうも差が出るなんて…」
垣根は黙って八百万を見つめる。主に原因は体育祭なのだろうが、自分の実力に自信が持てなくなってしまったのだろう。おまけに『推薦入学者』という肩書きが彼女にとってプレッシャーになっているのも起因している。気丈に振る舞ってはいたが、ずっと悩んでいたのだろうと垣根は推測する。
「ふむ。要は挫折ってヤツだな」
「えっ?…ええ、そうですわね」
「その様子から察するに、挫折を味わったのは初めてだな?」
「…ええ、それも当たりですわ。流石ですわね垣根さん。何でもお見通しというわけですか」
「アホか。今のお前を見てれば、んなもん誰だって分かるわ」
「……」
「でも良かったじゃねぇか。誰だってどこかで経験するもんなんだからよ。だったら早めに済ましちまった方がいい」
「誰だってって…そういう垣根さんは挫折なさったことがありますの?」
「…あぁ、あるぜ」
「えっ!?」
垣根の答えに思わず目を丸くする八百万。何でも完璧にこなしているように見える垣根に挫折の経験があるとは思わなかったからだ。
「いや、アレは挫折なんて言葉で片づけられるようなモンじゃねえ。今でもはっきり覚えている。俺の全てを叩き潰された、あの瞬間を」
「垣根さん…?」
どこか遠くを見るような、それでいて強い憎悪の念を目の奥に宿した垣根を見て心配そうに垣根に呼びかける八百万。すると垣根も我に返り、再び八百万の方を向く。
「まぁ俺の事はどうでもいい。要するに落ち込んでも仕方ねえってことだ」
「はぁ…」
「いいか?物質を生み出す個性ってのは無限の可能性を秘めている。何でも創れるってことは何でもアリってのとほぼ同義だからな。つまり、その
「最、強…」
「ああ。特に弱点もねぇだろ?。唯一あるとすれば馬鹿には扱えねえってことぐらいだろ。生み出す物質について正確に理解してなきゃいけねえからな。その点、お前は中々賢いし知識もある。だから、そんなに悲観しなくてもいいとは思うがな」
「賢いって…あなたに言われても嫌味にしか聞こえませんわ。私、座学には人一倍自信がありましたのよ?それなのにその座学でさえも垣根さんに遅れを取るなんて、ショックでしたわ」
「ああ、まぁ俺に勝てないことは気にすんな。頭で俺に勝てるヤツなんざこの世界にいねえからよ。お前は十分賢いと思うぜ」
「…何だか、素直に喜んで良いのかよく分かりませんけれど…でもありがとうございます垣根さん!垣根さんの励ましのおかげで少し元気が出ましたわ!」
「……やっぱり挫折ってのは人をおかしくしちまうらしい。いつ俺がお前を励ましたって?」
「ではそういうことにしておきますわ」
八百万がクスッと笑いながら呟く。
「それでは私は皆さんの元へ戻りますが、垣根さんはどうなさいます?このままここに居られますか?」
「ここにいてもいいのか?」
「勿論いいですとも。好きなだけ本をお読みになってくれていいですよ」
「そうか。じゃあ好意に甘えさせてもらうとするか。どうせ俺が戻ってもアイツら俺には聞きに来ねぇしな」
「フフッ、ではごゆっくり」
垣根の言葉に笑いながら八百万は書斎を後にした。それから垣根は色々な本を物色し始めた。本当に様々な分野の本が所蔵されていて改めて驚いた垣根だが、ふと足を止める。垣根の目の前の本棚に様々な武器についての本がずらりと並んでいた。どうやらこのエリアには武器に関する本を集めてあるらしい。垣根がいくつかの本を手に取ってみる。垣根も戦う際には武器を創り出すことがあるので、このような本は割と役に立ったりするのだ。斧や槍や剣などの書物に目を通していく垣根。だが、ふと本棚のある場所に目がとまる。
「火薬、か…」
そこには火薬を使った武器の本がたくさん並んでいた。
(俺の
それらの本を手に取り眺めながらそう思う垣根。未元物質といえど、創り出せないモノはあるのだ。なぜ火薬が作れないのかは垣根にも分からない。未元物質とは垣根にとっても、まだまだ謎だらけの物質なのである。垣根が他の本にも目を通していくと、ある本が垣根の興味を引く。それは一昔前の武器について詳しく書かれた本で、今では使われていない技術や製造方法がいくつも載っていた。しばらく黙って読み進めていく垣根。すると、
(なるほど。この技術を応用すれば未元物質でも砲撃武器が作れるかもな)
思わぬ収穫に垣根は笑みをこぼしていた。
◆
期末試験前最後の週末が終わり、いよいよ期末試験が始まった。期末試験は3日間に渡る筆記試験と一回の演習試験に分かれており、最初は筆記試験を受けることになる。顔色一つ変えずに解いていく者もいれば、暗い表情で解いていく者もいる。そしてついに最後の科目の試験時間が終わると、試験官の相澤が終了の合図をする。
「全員手を止めろ!各列の一番後ろ、答案を集めて持って来い」
相澤の指示通り、各列の一番後ろの生徒達が答案を回収して行く。
「ありがとー!ヤオモモーーー!!」
「とりあえず全部埋めたぜ!」
まだ回収し終わっていないというのに、上鳴と芦戸が喜びの声を上げ、勉強を教えてくれた八百万に感謝する。他の生徒達も筆記が終わってホッとした様子だった。こうして3日間の筆記試験は終了したが、間を置かずに演習試験の日がやってきた。場所は実技試験会場中央広場。そこではコスチュームを着たA組の生徒達と雄英の教師陣が相対していた。するとおもむろに相澤が話し始める。
「それじゃあ演習試験を始めていく。この試験でももちろん赤点はある。林間合宿に行きたきゃみっともねぇヘマはするなよ。諸君なら事前に情報を仕入れて何するか薄々分かってると思うが…」
「入試みてぇなロボ無双だろ!?」
「花火!カレー!肝試し!」
上鳴と芦戸がテンション高めで叫ぶ。もう合格を確信している様子だった。他の生徒達もこの二人ほどではないが、演習試験を楽観視している生徒は多かった。しかし、
「残念!諸事情があって今回から内容を変更しちゃうのさ!」
相澤が首に巻いているマフラーのような武器の中から校長が顔を出しながら生徒達に告げる。
「これからは対人戦闘・活動を見据えた、より実戦に近い教えを重視するのさ!」
試験内容の変更を告げられ、驚きを隠せない生徒達。上鳴と芦戸に至ってはリアクションが取れないほど固まってしまっていた。そして相澤が説明を続ける。
「というわけで諸君らはこれから二人一組でここにいる教師一人と戦闘を行ってもらう!」
「先生方と!?」
相澤の言葉を聞いた麗日が驚きの声を上げる。麗日だけでなく、他の生徒達も驚愕の色を露わにしていた。いきなりプロヒーローである先生達と戦えと言われたのだ。当然のリアクションである。
「なお、ペアの組と対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度、諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから発表していくぞ」
前置きを終えた相澤は早速対戦カードを発表する。
「まずは轟と八百万がチームで、俺とだ」
「「!?」」
ニヤリと不気味に笑いながら轟と八百万の方を見る相澤。そして更に次のカードを告げる。
「そして垣根と爆豪がチーム」
「「!?」」
「で、相手は…」
相澤がそこまで言うと、突然上空から巨体が降りてくる。そしてその巨体がゆっくりと立ち上がりながら相澤の言葉を引き継いだ。
「私が…する!」
「オールマイトが!?」
「……」
「協力して勝ちに来いよお二人さん!」
No.1ヒーローが二人の前に立ちはだかった。