「急に切りかかってくるなんてひどいじゃない。何なのあなた」
蛙吹と麗日もまた、敵と対峙していた。相手はマスクを着けた謎の女。いきなり切り掛かられ、麗日はかすり傷を負ってしまった。すると女の敵が口を開く。
「トガです!二人ともカァイイねぇ。麗日さんと蛙吹さん」
「名前バレとる・・・」
「体育祭かしら・・・何にせよ、情報は割れてるってことね。不利よ」
「血が少ないとダメです。普段は切り口からチウチウと吸い出しちゃうのですが・・・この機械は刺すだけでチウチウするそうで、お仕事が大変捗るとの事でした。刺すね」
(来た・・・・・!!)
トガと名乗る敵が二人に攻撃を仕掛けようとした瞬間、蛙吹が麗日の体に舌を巻き付けると思いっきり遠くまで飛ばした。
「お茶子ちゃん!施設へ走って!戦闘許可は敵を倒せじゃなくて身を守れって事よ!相澤先生はそういう人よ」
「梅雨ちゃんも!」
「もちろん私も――――――――――――」
蛙吹もこの場から離脱しようとしたが、その前にトガが蛙吹に切り掛かった。ギリギリで身を躱そうとするも躱しきれず、舌に傷を負ってしまう蛙吹。
「ケロォ・・・」
「梅雨ちゃん・・・梅雨ちゃん・・・・梅雨ちゃん!カァイイ呼び方!私もそう呼ぶね」
「やめて。そう呼んで欲しいのはお友達になりたい人だけなの」
するとトガは今度はチューブのようなものを蛙吹に投げつけると、チューブは蛙吹の髪ごと後ろの木に刺さり、蛙吹の身動きを封じた。
「じゃあ私もお友達ね!やったぁ!」
トガはぴょんぴょん跳びはねながら嬉しそうに蛙吹に近づいていく。
「血ィ出てるねぇお友達の梅雨ちゃん。カァイイねぇ・・・血って私大好きだよ」
「離れて!」
トガが蛙吹に楽しげに語りかけていると後ろから麗日が叫びながら駆け寄る。トガが振り向きざまにナイフで切りつけるも麗日は体を反らすことでそれを躱した。
(ナイフ相手は片足軸回転で相手の直線上から消え・・・手首と首根っこをおもっくそ引き!押す!)
麗日はトガの攻撃を躱すと同時にその力を利用してトガを地面に組み伏せた。
(職場体験で教わった近接格闘術、ガンヘッド・マーシャル・アーツ!!)
「凄いわ・・・!お茶子ちゃん」
「梅雨ちゃん!ベロで手を拘束、出来る?痛い?」
「ベロは少し待って・・・」
動きを封じられたトガだが体は地に伏したまま、顔だけを麗日の方を向けて不気味に笑いながら呟く。
「お茶子ちゃん、あなたも素敵。私と同じ匂いがする。好きな人がいますね?」
「!?」
「そしてその人みたくなりたいって思ってますよね?分かるんです。乙女だもん」
(何・・・この人・・・!)
「好きな人と同じになりたいよねぇ。当然だよね。同じものを身につけちゃったりしちゃうよね。でもだんだん満足できなくなっちゃうよね。その人そのものになりたくなっちゃうよね。しょうがないよね~。あなたの好みはどんな人?私はボロボロで血の香りがする人大好きです。だから最後はいっつも切り刻むの。ねぇお茶子ちゃん、楽しいね。恋バナ楽しいねぇ!」
「・・・・・!」
圧倒的不利な状況にもかかわらず、悦に浸りながら語りかけてくるトガに対して言い様もない不気味さを覚える麗日。すると突然、左太ももにチクッとした痛みが走る。
「ッ!?」
「お茶子ちゃん!?」
「チウチウ・・・チウチウチウチウ・・・」
注射器のようなもので麗日の太ももから血液を採取していくトガ。何とかしようと麗日動こうとしたとき、後ろから自分の名を呼ぶ声がした。
「麗日!?」
「障子ちゃん!?皆!」
声のした方へ二人が振り返ると、そこにはボロボロの緑谷を背負った障子の姿と同じく誰かを背負った轟、そして爆豪・常闇の姿があった。だが麗日が後ろに気を取られた一瞬でトガは麗日の組伏せから抜けだし、
「人が増えたので殺されるのは嫌だから・・・バイバイ」
と呟いてどこかへ行ってしまった。
「何だ?今の女」
「敵よ。クレイジーよ」
「麗日さん、怪我を!?」
「大丈夫。全然歩けるし・・・って言うかデク君の方が!?」
「立ち止まってる場合か!早く行こう!」
「とりあえず無事で良かった・・・はっ!そうだ!一緒に来て!僕ら今垣根君を探してるんだ。敵の目的が垣根君だから僕らが守らないと!」
「分かった!私たちも手伝うよデク君!ね?梅雨ちゃん」
「勿論よ。お友達のピンチだもの。私も協力するわ」
「ありがとう二人とも!」
「しかし垣根は一体どこにいるんだ?垣根と八百万は4番スタート。コースを戻れば出くわすと思ったんだが・・・」
「なぜか麗日達と先に出会ってしまった」
「と、とにかくもう一度この辺を探して―――――――――――――――――」
「おい黙れクソデク」
突然爆豪が緑谷の話を遮る。皆が爆豪の方を見ると、爆豪は何やら耳をそばだてている様子だった。些かの静寂の後、爆豪がぼそりと呟いた。
「この音は・・・・砲撃音か?」
「音?」
轟が爆豪の言葉に反応し、同じく耳を澄ます。緑谷達もそれに倣って耳を澄ますと、かすかにドォン!ドォン!という鈍い音が聞こえてきた。
「本当だ!確かに何か音がする!」
「爆豪の言うとおり、砲撃音に似ているな」
「砲撃・・・・・はっ!もしかして八百万さんかも!」
「八百万?・・・あぁなるほど。確かにアイツは大砲を作れるな」
「うん!もしかしたら今敵と交戦中なのかも。だとしたら・・・・」
「そこに垣根もいる可能性が高い」
轟が緑谷の言葉を引き継ぐと緑谷は力強く頷いた。
「決まりね。とりあえずこの音をたどっていきましょう」
「うん!急ごう皆!」
「何でテメェが仕切ってんだクソデク殺すぞ!」
緑谷達は垣根と接触するために再び走り始めた。
◆
「うおおおおおおお!!やべぇってこれ!?死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!!生きるぅぅぅぅぅ!」
荼毘とトゥワイスは森の中を激走していた。二人の後ろからは全長十メートルの生物兵器が木々をなぎ倒しながらぐんぐん迫ってくる。巨大な翅をはためかせながら二人を叩き潰さんとばかりに迫ってくるカブトムシの姿は最早恐怖そのものだ。荼毘は走りながら炎を噴射してカブトムシを牽制するも全く効いている様子は無い。カブトムシは砲身を二人に向けると砲撃態勢を整える。
ドォォォォン!!
ドォォォォン!!
派手な音と共に砲撃が放たれ、近くの木々が木っ端微塵に吹き飛ばされる。荼毘達が直撃を免れたと識別するや否や更なる砲撃に移行する二機のカブトムシ。
ドォォォォン!!
ドォォォォン!!
ドォォォォン!!
ドォォォォン!!
ドォォォォン!!
ドォォォォン!!
激しい砲撃が荼毘達を襲う。木々や地面が次々と吹き飛ばされていく。間一髪の所で直撃を免れている二人だがこのままでは時間の問題だ。
「おい荼毘!これマジやばいって!!マジ死ぬぞコレ!!まだ着かねぇのかよ!?」
「もう少しだ。黙って走れ」
荼毘はトゥワイスをたしなめながら無線を繋ぐ。
〈ミスター、アレの準備は?〉
〈準備完了だ。いつでもいいぞ〉
〈そうか。もうすぐそっちに着く。俺が合図したら仕掛けろ〉
〈了解〉
荼毘は無線を切ると後ろを振り返る。二機のカブトムシの背後には空を飛びながら愉快そうにこちらを見下ろしている垣根の姿。垣根自身はまだ何もしていない。
「ガキが・・・舐めやがって」
「オイオイ、ケツ振って逃げ回ることしかできねぇのかお前ら。あんまり俺をガッカリさせんなよ」
垣根は荼毘達を挑発するように言葉を発する。荼毘は走りながら空中にいる垣根目掛けて炎を噴射するも、カブトムシが垣根の前に割って入り代わりに攻撃を受ける。
「チッ!」
「おーおー惜しい惜しい。もうちょっとだったな」
ニヤリと笑いながら相手を挑発する垣根。そしてカブトムシたちによる砲撃は激しさを増していき、遂に二人の真後ろに直撃する。
「どわあああああああ!!!」
「くっ・・・・・・・・!!」
爆発による衝撃を受けた荼毘とトゥワイスの体は前方へ飛ばされ、開けた場所に叩きつけられた。
「いってぇぇぇ。気持ちいぃぃぃぃぃぃ」
「ッ!どうにか着いたか・・・・」
ダメージは受けたが何とか立ち上がる荼毘達。二人がもう逃げる素振りを見せなくなったので垣根もゆっくりと地上に着地する。
「何だ?鬼ごっこはもう終わりか?」
「・・・ああ。終わりだよお前は。ノコノコとついて来やがって、バカが」
「ほぉ~そうかよ。で?何を見せてくれるんだ?わざわざお前らに乗ってやったんだ、あんま退屈させんじゃねぇぞ」
「安心しろ、そんな暇はねぇよ」
そう言いながら荼毘はゆっくりと右手を挙げ、指をパチンと鳴らした。
(さあ、何が来る?)
垣根が周囲に気を張っていると、キィィィィン!という甲高い音が聞こえ始めた。その直後、垣根は異変に気付く。
(なんだ、この音!?頭が・・・・・!!)
垣根は突然自身の頭に手を当て、顔を歪ませる。
(演算が上手く出来ねぇ・・・!!)
謎の音で演算を阻害されたことにより垣根の背中の翼が消失し、二機のカブトムシもドロリと崩れ落ちてしまった。
「ほぉ、マジで効いてやがる。アイツが言ってたことは本当だったみたいだな」
「な、に・・・・・・?」
「気になるか?まぁすぐに会えるさ。だから今はおとなしく捕まっとけ」
「誰が・・・・!」
垣根は素早く距離を取り、考えを巡らせる。
(どういうことだ?能力について知ってる奴が敵側にいるってことか?だとしたらなぜ?なぜ俺以外の学園都市の人間がこの世界にいる?・・・・いや、落ち着け。まずは目の前の敵に集中しろ。とりあえず、理屈は知らねぇがこの音のせいで演算に集中出来ないのは確かだ。まずはこの音の出元を探す。どこだ?どこから出てる?)
「なぁ荼毘、なんでこの音聞いた途端アイツ個性使えなくなっちまったんだ?」
「さあな。んなもんあの女に聞け。それよりトゥワイス、俺のコピーを作っとけ。念のためだ」
「オーケーだ!やだね!」
荼毘が垣根に向かって歩を進める。垣根が歯ぎしりしながら後退していると、突如思わぬ声が聞こえた。
「垣根君!!!」
「!?」
振り返ると少し離れた場所に緑谷を始めとする生徒達がいることに気付く垣根。荼毘達も緑谷の声に反応しそちらを見た。
「あれは・・・・・」
「オイオイオイオイ!知ってるぜこのガキ共!誰だ!?」
緑谷を背負った障子達が垣根の下へ駆け寄ろうとするも、
「来るんじゃねぇ!!」
「「「!?」」」
垣根の怒鳴り声を聞き、思わず立ち止まる。
「友達は巻き込めないってか?ハッ、泣けるねぇ。だがいい判断だ」
「黙っとけクソボケ」
スッっと右手をかざし、荼毘が垣根に向けて炎を噴射しようとする。炎を喰らったら今の彼では一巻の終わり。荼毘の攻撃に神経を集中させる垣根だったが、不意に自身の背後に何かが降り立つのを察知した。
「ごきげんよう、垣根帝督」
「!?」
背後の男は反応が遅れた垣根の隙を突き、彼の肩にそっと手を触れる。すると垣根の体が一瞬にして消えてしまった。
「「「なっ・・・・・・・!?」」」
緑谷達が驚いた様子で仮面の男を見る。男の掌にはビー玉のようなものが握られており、垣根は恐らくそれに変えられてしまったのだ。
「回収完了だ」
「よし、撤退だ。他の奴らにも知らせろ」
「了解」
そして仮面の男は荼毘の言うとおり、他の敵達に連絡した。
〈開闢行動隊、目標回収達成だ。短い間だったがこれにて幕引き!予定通り五分以内に回収地点へ向かえ!〉
無線で他の敵達に連絡し終えると仮面の男はこの場を去ろうとするも、巨大な氷塊が甲高い音を立てながらが彼に襲いかかる。
「おっと・・・」
「させねぇ!!」
「舐めてんじゃねぇぞ三下がァ!!!」
氷塊を避けた仮面の男の下に続けて爆豪が爆破しながら迫る。しかし下から青白い炎が噴射され、爆豪の行く手を阻んだ。
「クソが・・・・!」
「ミスター、先に行け。コイツらは俺達が足止めする」
「頼んだよ」
仮面の男は木を使って飛びながら去ってしまった。
「ダメだ!逃げられる!かっちゃん!」
「うっせェな!分かってんだよクソが!」
この中で唯一空を飛べる爆豪が最大火力で飛べば仮面の男に追いつける。しかし荼毘も爆豪の機動力を警戒してか執拗に炎で爆豪を狙い、その暇を与えない。
「こんの・・・!」
「行かせねぇよ爆豪勝己」
爆豪が荼毘に手を焼いている一方で轟はトゥワイスと対峙していた。
「死柄木の殺せリストにあった顔だ!その地味ボロ君とお前!なかったけどな!」
「くっ!」
「熱ッ!?」
轟の氷結攻撃をメジャーのような武器を使って防いでいくトゥワイス。
「やるな!楽勝だぜ!かかってこいよ!いい加減にしろって!」
「何なんだコイツ・・・」
轟はトゥワイスの奇っ怪な言動に困惑しながらも緑谷達に伝える。
「俺達でコイツらを引きつける!お前らはあの仮面を追え!」
「・・・うん!皆、行こう!」
緑谷達はこの場を後にしようと森に入ろうとしたとき、青白い炎が彼らを襲う。そして驚くことに、木の陰から荼毘が姿を現した。
「行かせねぇって言ったろ?卵共」
「なんでここに!?爆豪が相手してるはずじゃ・・・・」
「あっちで爆豪君と戦ってるはずの人と同じ人がここにもいるってことは・・・」
「分身系の個性かしらね」
荼毘の分身と思われるモノが緑谷達の前に立ちはだかった。
「垣根帝督を確実に捕らえるためにトゥワイスに作らせたが、作っといて良かったな」
横目で緑谷達の方を見ながら呟く荼毘。これで緑谷達は皆、完全に先に進めなくなってしまった。皆何とか突破しようと試みるも、足止めに徹した敵の牙城は崩せなかった。そして戦闘開始から五分後、突如黒いワープゲートと共に黒霧が姿を現した。
「合図から五分経ちました。行きますよ荼毘」
「ああ」
黒霧が発生させたワープゲートの中に荼毘とトゥワイスが入っていく。
「待てえええええええ!」
「待てやコラァァァァァ!!」
緑谷と爆豪は絶叫しながら荼毘達に迫るも、その姿は完全にこの場から消えてしまった。
「ああああああああああああ!!!」
緑谷の絶叫は虚しく虚空にこだまする。
緑谷達はこの日、ヒーローを目指す者として敵達に完全敗北した。
今年はコレで最後ですかね。
皆さん良いお年を!