「…ノー?っつーことはお前、雄英を受けんてことか?」
「ああ」
グラントリノの言葉に、垣根は否定すること無く答えた。グラントリノにとって、垣根の返答は予想外のものだった。いきなりヒーローだの個性だの言われて困惑しているだろうし、垣根が決断を下すのにはまだ時間が掛かるだろうと思っていた。しかし垣根は考える素振りさえ見せずに答えを出した。さらにその返答の内容は、なんと拒否。これにはグラントリノも面を食らってしまった。
「…するってーと、他のヒーロー科を受けるってことか?」
「いやそれも違ぇ。つーかヒーロー科は受けねぇ」
「!?」
垣根の口から衝撃の言葉が出る。ヒーロー科は受験しない、つまりそれはヒーローにはならない、と言う意味である。これは、11年間垣根を育ててきたグラントリノを驚かすのには十分だった。
「お前…ヒーローになりたいんじゃなかったのか…?」
「はぁ?なんでそうなる」
「だってお前さん、ガキの頃ずっと俊典に憧れとっただろ」
「俊典?」
「あぁ、そうか。覚えてないんだったな。オールマイトっつうヒーローがおってな、そいつの本名のことだ。お前はガキの頃ずっと『オールマイトみたいになりたい!!』って言っておったぞ。あいつの台詞を真似したりもしてたしな。あいつがテレビに出てる時はテレビにかじりつくように見ていたわい」
「なん…だと…!?」
グラントリノの口から衝撃的な垣根の過去が明かされた。なんだその黒歴史は!?と垣根は自身の過去の言動に戦慄する。想像するだけでも身の毛がよだつほど悍ましいことだった。
「お前なんかいっつも『私が来た!!』とか言ってはしゃいでおった。さらには…」
「忘れろ…」
「ん?」
「忘れろ。今すぐ忘れろ。そんな過去は無かった。いいな?」
「何をそんなに必死になってんだお前」
なぜか昔の思い出を忘れようとさせてくる垣根に対し、若干困惑気味のグラントリノだったが、なんとか話を続ける。
「で、お前、ヒーロー科に行かねえってことは普通の高校に進学するってのか?」
「それはまだ決めてねえ。ただヒーロー科だけはねぇ」
「じゃあお前の選択肢は二つだ。一つは高校や大学に進学し、そのまま社会人として働く。もう一つは中卒で働く。ヒーロー科に行かないってんならこのどっちかだ」
「…」
「仮にどちらかの道に進んだとして、その先にお前のやりたいことはあるのか?」
グラントリノは静かに垣根に問う。確かにどっちの道に転んでもそれは垣根の望む形ではない。このまま高校・大学に進学し、呑気に学生ライフを謳歌する気になんてなれないし、かといって働く気もない。垣根の望みは一刻も早くこの世界から抜け出すこと。これは単なる直感だが、どちらの道に行ってもこの世界から抜け出す方法は見つからないだろうと垣根は感じていた。だが、それとヒーローを目指すことは別だ。
(俺が、よりによってこの俺がヒーローだぁ?ハッ、冗談にしても笑えねぇよ、笑えねぇぜ。こんなクソッたれの外道がヒーローになんて成れるわけねえだろ)
学園都市の暗部組織『スクール』のリーダーであった垣根帝督。垣根は学園都市の「闇」を見続け、触れ続けてきた。自身の持つ強大な力を振るい、人をたくさん殺めてきた。気づいた頃には既に彼の身体は闇の中にどっぷりと沈み込んでいた。そんなどうしようもなく、根っからの悪党であるこの自分が、誰もが憧れ夢見る存在、「ヒーロー」という名の光の象徴になどなれるわけがない。むしろ「敵」の方がまだしっくりくる。
「どうしてそこまでヒーローを拒む?危険の伴う仕事ではあるが、給料も安定してるし、テレビとかにも出れるし、人からはチヤホヤされるしで良いことも多いぞ?」
「んなことはどうでもいい。俺には…ヒーローなんてのになれる資格はねえんだよ。」
「資格?何を言ってんだお前は。そんなものは必要ない。いや、プロヒーローになるためにはいくつか資格がいるか…。だが、ヒーローを目指すために必要な資格なんてものはない。必要なものはヒーローになりたいという強い意志だけだ」
「別にヒーローになりたいとも思わねえよ」
「今はなくとも、いずれそう思うようになるかもしれんぞ」
「あ?」
「例えば雄英なんかには全国から優秀な生徒が集まる。そして皆が立派なヒーローになりたいという強い気持ちを持っておる。そういった仲間達と3年間共に過ごしていくうちにお前の中にもヒーローになりたいという気持ちや理由が生まれるかもしれん。今は無くともな。俺は1年間だけ雄英で教えていた時期がある。だからこれは雄英経験者として言うが、雄英で時を過ごすことは決して無駄にはならないと俺は自信を持って言える。たとえ将来ヒーローにならなくともその経験は必ずどこかで役に立つはずだ」
「…」
垣根はグラントリノを静かに見つめると、ある疑問を口にした。
「…分からねえな。なぜそんなに俺にヒーローを勧める?別に俺が何になろうがあんたには関係ねえだろ」
そう言った途端、グラントリノの顔には寂しそうな表情が浮かぶ。そしてどこか寂しげに笑いながら静かに口を開いた。
「そうだな…確かにお前が何になろうと俺にはあまり関係ないかもしれん。俺は別にお前にヒーローになることを強制するつもりはない。何か他にやりたいことがあるならそれをやってほしいと思っとる。だから…これは俺の夢なのかもしれん。」
「夢?」
「お前がヒーローに夢中になっていた頃から俺が抱いていた夢。いつかお前が立派なヒーローになった姿を見てみたいという俺の夢だ」
「…」
グラントリノは穏やかにそう口にする。垣根は何も言わずにグラントリノを見つめる。
「すまんな。なんか湿っぽくなってしまったな。まぁまだ明日まで時間はある。ゆっくり考えろ」
そう言ってグラントリノは話を終わらせた。
◆
グラントリノとの話し合いの後、垣根は自分の部屋まで案内された。その後グラントリノは自分の部屋に帰っていった。きっと昼寝でもしているのだろう。垣根は部屋の中で立ったまま静かに目をつぶる。学園都市の能力開発によって獲得した「
ファサッ!!
垣根の背中から三対6枚の純白の翼が出現した。
(演算は問題なく出来る。能力についても学園都市にいたときとなんら変わりねぇ。つまりこの世界でも俺の能力は使えるってことだな)
垣根は自分の能力が何ら問題なく使えると分かると、演算を止め能力を解除し、そしてゆっくり目を開けた。部屋を見渡してみるが、特に何の変哲も無い普通の部屋だということが分かった。そして全身を映し出せる鏡があることに気付き、鏡の前に立ってみる。見たところ、顔も身体も学園都市時代と何ら変わりは無い。だがなんとなく、背は少し縮んだように思えた。まぁそんなことはどうでも良い。垣根は自分のベッドに腰掛け、これからどうすべきかについて考えた。具体的にはヒーロー科に進むかどうかだ。垣根としてはヒーローなんて薄ら寒いことやってられないという気持ちが強かった。しかし、先ほどの話し合いの中で一つの可能性を思いついたのだ。ずっと考えていた。どうすれば元の世界に帰れるのか、もしこれが科学者どもの実験なら何かゴールがあるはずだ、と。ではそのゴールとは一体何だ?その疑問とさっきの話し合いを照らし合わせたとき、一つの解が思い浮かんでしまった、垣根が元の世界に戻るためのゴール、それは
垣根がヒーローになること。
この考えを思いついたとき、最初は我ながら安直すぎるなと心の中で笑ったが、現に他の可能性が全く思いつかない今、この考えが最有力な説となっている。これが正しいとすると事情が変わってくる。死ぬほど乗り気ではないがやらないわけにはいかなくなる。それに垣根の心を揺らしているものはもう一つ。
(あのジジイ・・・)
グラントリノが語った彼の夢。いつもの垣根なら鼻で笑い飛ばして一蹴しているところだが、なぜか頭に残っている。あんな話で絆されるほどおめでたい人間ではないという自覚はあるのだが、一体なぜだ?
(…もしかしたらあいつが俺の「親」っつう設定が関係してんのかもな)
グラントリノの「息子」という設定が思いのほか垣根自身の考え方に影響を及ぼしているのかもしれないと垣根は考えた。だがいいのだろうか。垣根は思った。グラントリノはヒーローを目指すのに資格などいらないと言っていたが、それでも人殺しのクソ野郎がヒーローを目指しても良いって意味ではないだろう、と。
(だが、もし、もし許されるならば…)
◆
その後、その日は夕食を二人で食べ、特に話すことも無く二人はそれぞれの部屋で床についた。
◆
翌朝、垣根が目覚め居間に向かうとグラントリノが朝食の準備をしていた。そして垣根の方を見るなり不機嫌そうに言った。
「まったく、遅いぞ。おかげで俺が朝食の準備をしなきゃならんかったろうが。いいか、朝食の準備はお前の役目だ。明日からはしっかりやれよ」
「…」
いや知らねぇよクソジジイと心の中で毒づくきながらも、垣根はグラントリノに話しかける。
「おいジジイ。」
「ん?なんだ?」
「決めたぜ。俺は雄英に行く」
「ユー…エイ…?」
グラントリノは一瞬、垣根が何を言ったのか分からないといった様子で垣根が発した言葉を反芻する。そんなグラントリノに構わず、さらに垣根は言った。
「ヒーローになってやるって言ってんだよ」
そろそろ導入終わりますかね