七十七話
キュッ!!
白く、だだっ広い屋内トレーニング場の床を、シューズが擦る音が鳴り響く。甲高い音を響かせながら、トレーニング場には二つの人影が激しく動き回っていた。一人はバニー姿とその筋肉質な肉体が特徴的な、No.5ヒーロー・ミルコ。そしてもう一人は、そのミルコの下にインターン生として参加している雄英高校ヒーロー科一年A組・垣根帝督である。二人は今、組み手の最中だ。ミルコは楽しそうな表情を浮かべながら絶え間なく鋭い蹴りを放っていき、一方の垣根は顔を目一杯しかめながらミルコの攻撃をすんでのところで躱していた。
「オラァァ!!」
「くっ!」
風圧とともに迫り来るミルコの左足を顔を逸らすことでなんとか躱した垣根は、そのままカウンター気味に自身の左足をミルコに繰り出す。しかし、
ヒュルンッ!!
ミルコは猫のように素早く身体をひねると、垣根の蹴りを難なく躱し、その勢いのまま今度は自身の右足を垣根の身体に叩き込んだ。
「ぐっ…!?」
重い衝撃が垣根を襲う。咄嗟に腕でガードした垣根だったが、当然受けきれるはずもなく垣根の身体は数メートル先へと吹っ飛ばされた。
「チッ!」
地面に叩きつけられながらも素早く受け身を取った垣根はすぐさま体勢を立て直し、かがみながら目の前を見据えると、こちらに迫り来るミルコを視認した。
「いくぜェェ!!」
走りながら声を上げたミルコは一瞬その場でかがむと、ビュンッ!!と力強く跳躍しあっという間に最高到達点にたどり着く。自身の右足を天高く振りかざすと、ミルコは地上の垣根目掛けて勢いよく落下していった。
「オラァァァァァァァ!!!」
ガシャンッッッ!!!
振り下ろされたミルコの踵は派手な音をたてながらトレーニング場の床を破壊する。常人がまともに喰らったら間違いなく大怪我程度では済まない威力。しかし、
「くらうかよ」
ミルコが踵を振り下ろす瞬間、垣根は前方へと身を投げ出すことでミルコの攻撃を回避し、同時にミルコの背後を取る。そして間髪入れずに起き上がると、そのままミルコの背中目掛けて右足を勢いよく振り抜いた。まだ攻撃態勢から戻れていないミルコに対し、攻撃の直撃を確信した次の瞬間、
シュッ!
突如ミルコの身体が視界から消え、垣根の蹴りは空を切る。
「?」
一瞬呆気にとられた垣根だが、すぐに視線を下に向ける。するとそこには、180度前後開脚しながら身を沈めることで垣根の蹴りを躱していたミルコの姿があった。ミルコを視認した垣根はすぐにミルコから距離を取ろうとしたが、先に動いたのはミルコの方だった。
ヒュン!
「!」
地を這うような回し蹴りを放ち垣根の足を絡め取ると、垣根の身体はバランスを崩し背から地面に倒れ込んだ。そしてミルコは素早く垣根に馬乗りになると、自身の右手を垣根の首に添えた。厳めしい表情でこちらを睨み付ける垣根を、ミルコはニヤリと笑いながら見返した。
「これで私の50勝目だな」
「…うるせぇ。さっさとそこどけ」
「へっ」
ミルコが立ち上がり垣根から離れると、垣根もゆっくりと起き上がった。不機嫌そうに服を手で払う垣根を見ながらミルコはからかうように言った。
「どうだ?参ったか?」
「あぁ参った参った。頼むから金輪際俺に近づかねぇでくれると助かる」
「ハハハ!まぁそういじけんなって。最初の頃に比べりゃ大分動けるようになってきてる。実戦でもそこそこヤれると思うぜ?」
「んなことどうでもいい。近接戦闘なんざ俺のスタイルじゃねぇんだよ。面倒くせぇ」
言葉通り、面倒くさそうな様子で呟く垣根。すると、
「ハッ、そんなザマじゃお前、次の戦いに生き残れねぇぜ」
ミルコが鼻を鳴らしながら言った。ミルこの言葉に垣根は眉をひそめる。
「あ?次の戦い?」
「あ、やべ。まだ秘密だったなコレ」
なにやら言ってはいけないことを思わず口を滑らせてしまった様子のミルコ。そんなミルコに対し垣根は言及を続ける。
「おい、次の戦いってどういう意味だ?」
「あー…ま、いいかァ!どうせ後で知ることになるしな!いいぜ。話してやるよ。ついてこい」
「は?どこ行くんだよ?」
「メシだメシ。話は食いながらだ」
そう言うとミルコはくるりと身を翻し、トレーニング場の出口へと歩き出した。垣根はミルこの相変わらずの奔放ぶりに小さくため息をつきながらも、その後を追った。
◆
「で、次の戦いってなんのことだ?」
「ああ。それはな….」
カリッ!とにんじんを噛み切りながらミルコが口を開く。垣根もコンビニで買ってきたサンドウィッチの封を切りながらミルコの話を待った。
「私もこの前知らされたばかりなんだが、とうとう警察の野郎共が敵連合の拠点らしきものを突き止めたらしい」
「へぇ。まじか」
「あぁ。詳しいことは忘れたが、どうやら拠点は二つ。一つは病院でもう一つは山ん中」
「病院?」
ミルコの言葉に思わず聞き返す垣根。山の中はまだしも、敵のアジトが病院というのは中々聞かない話だ。怪訝そうな表情を浮かべる垣根にミルコは頷きながら話を続ける。
「その病院、殻木ってジジイが創設者らしいんだがな、警察の調べじゃどうやらソイツがAFOの懐刀なんだとよ」
「ほぉ。医者か…」
ミルコの話を聞いた垣根はふと、神野での出来事が想起された。
「そういや以前AFOと会ったとき、顔面にえらくイカついマスクつけてたな。昔オールマイトと戦って敗れたそうだが、恐らくあれはその時の傷を癒すためのもの。だったらその治療の協力者がいたと考えれば辻褄は合う」
「へぇ。そんなことあったのか。ならやっぱクロ確定かもな」
「だが証拠はあんのか?そのジジイがAFOの仲間だっつう確かな裏付けは」
「さぁな。詳しいことは知らん。警察に聞け」
「……」
「そんで、敵のアジトが分かった以上、手を打たねぇ道理はねぇ。今度その病院と山中のアジトに私らで殴り込みをかけるって作戦が今動いてるってことだ」
「なるほどな」
ミルコの話に納得の意を示す垣根だったが、一方でまだ疑問に思っていることもあった。
「次の戦いってのは理解したがミルコ、アンタが言ってた『どうせ後で知ることになる』ってのはどういう意味だ?」
「あァそれはな、今回私らヒーロー達が敵連合に殴り込みかける間、お前らガキ共には後方で住民の避難誘導を手伝ってもらうことになってんだ」
「あァ?俺らが避難誘導?」
垣根はまたもやミルコに聞き返す。後方支援とはいえ、それはつまり敵連合とヒーローの戦争に学生が参加するということだ。仮免を取っているとはいえ、流石に急な話だと感じる。
「…おいおい、大丈夫なのかそれ。いくら後方支援とはいえこれは奴らとの戦争なわけだろ?そんなもんに学徒動員とか流石に世間が黙っちゃいねぇだろ」
「んなこと私に言われても知らねぇよ。上がなんとかすんだろ…あ、そういや何人かの奴らは前線にも送られるっつってたな」
「は?」
「私ら病院カチ込み組にはいなかったが、山の方には何人かガキ共も配置されるらしいぜ。もしかしたらお前も送られるかもな」
「…まじかよ」
垣根が短く呟くと、それを聞いたミルコがニヤリと笑いながらからかうように垣根に言った。
「なんだよ?もしかしてビビったかァ?」
「そうじゃねぇよ。学生を前線にまで送らなきゃいけない程余裕がねぇプロヒーロー様達に俺は驚いてんだよ」
「カカッ!そう言われちゃ返す言葉もねぇ。ま、猫の手も借りてぇ状況なのは確かだろうな!」
楽しそうに笑いながら言うミルコに対し、垣根はさらに一つ質問をぶつけた。
「病院の方には学生は配置されねぇのか?」
「あ?あァ。院内には脳無関連の施設があるらしいからな。流石に危険すぎる」
「脳無、か…」
ミルコの話を聞きながら垣根は顎に手を当て考える。警察が掴んだその二つのアジト、間違いなくどちらかに木原はいる。問題はどちらにいるか。ここで垣根はこの前の脳無襲来事件を思い浮かべる。垣根と戦った脳無は間違いなく木原の手によって改造を施された個体。なら木原は今、脳無の改造に従事していると考えてもおかしくはないだろう。それはつまり、病院で殻木と呼ばれる医者と共にいる可能性が高いということになる。
「…いる。いるな。間違いなく病院の方にいやがる」
「?」
垣根がボソリと呟くと、再び顔を上げ怪訝そうな顔でこちらを見つめるミルコに言葉を投げた。
「なぁミルコ」
「あァ?」
「一つ頼みがあるんだが…」
「?なんだよ、頼みって」
ミルコが聞き返すと、垣根はゆっくりとその内容を口にした。
◆
――――3月中旬。
ここはとある警察署内の会議室。中はかなり広く、100人以上人が集まっても収容可能なのではないかと思う程だ。部屋の北側には大型モニターが映像を映し出しており、その映像を多くのヒーロー並びに警官達が見上げていた。部屋にいる全員がモニターを見つめる中、刑事である塚内が口を開いた。
「殻木球大。個性なし。蛇腔総合病院創設者にして現理事長。個性に根ざした地域医療を掲げ、病院設立後すぐ慈善事業に精を出し始める。全国各地に児童養護施設や介護施設の開設、個人病院との提携。気まぐれにも見える沿革だが人々からは敬意と共に受け入れられている」
「殻木球大…コイツがAFOの懐刀」
「改人脳無を作ったマッドサイエンティストってわけね」
ロックロックとマンダレイがモニターに映し出された殻木の映像を見ながら、苦々しげに呟く。するとここでエンデヴァーが塚内に尋ねた。
「なぜその男だと分かった?」
「公安からの情報を受け部下を潜入させた。この病院には関係者も用途を知らない立入禁止の空間がある。霊安室からのみ通行可能な空間。出入りするのは殻木のみ。潜入を続け証拠も掴んだ。これがその写真だ」
塚内がそこまで言うと、モニターに新たな映像が映し出され、それを見たピクシーボブは小さく声を上げた。
「ちっちゃい脳無!」
「殻木球大の逮捕自体は難しくない。しかし先走れば超常解放戦線のメンバーに感付かれる。我々には保須や神野でのトラウマがある。都市に壊滅的な被害を受け、多くの市民やヒーローに犠牲を出してしまった。AFOの逮捕拘束ができたもののNo.1ヒーロー オールマイトは実質的な引退に追い込まれた。ゆえに最大戦力を持ってこの事案に臨むこととする」
塚内の発言を神妙な面持ちで聞き入るヒーロー達。この場にいる全員が皆、今作戦の重要度について改めて実感していた。すると再びモニターに新たな映像が映し出され、塚内が説明を再開した。
「まずはヒーローたちを2つの班に分ける。エンデヴァー班は蛇腔病院にいる殻木球大の身柄の確保。エッジショット班は超常解放戦線の隠れ家と目される郡訝山荘への突入。これら2つの事案を同時に行う。またそれぞれの班には後方支援としてヒーロー科の学生たちを配置。事態の拡大時における住民の避難や救助活動を担ってもらう」
塚内が今作戦の概要について一気に説明すると、ここでロックロックが口を挟んだ。
「要は山荘と病院を同時に攻め込み、後方支援を学生にやらせるって事だよな?」
「そうだ」
「それは分かったがよ、俺にはまだ一つ疑問がある。その後方支援担当であるガキが何でこの作戦会議に参加してんだ?」
ロックロックはそこまで言うと、この場に学生ながら唯一参加している垣根帝督に目を向けた。他のヒーロー達も同様に垣根に視線を注ぐ。すると塚内がロックロックの質問に答える。
「彼は今作戦において蛇腔病院班に参加することとなった。ミルコの推薦でな」
「はァ!?」
ロックロックが驚きながらミルコの方をミルと、ミルコはニヤッと笑みを浮かべる。するとそこへ13号が口を挟んだ。
「いやしかし、病院は脳無の巣窟かもしれないんですよ。そんなところに学生を参加させるのは危険すぎると思います」
「私も同意見。彼が優秀なのは知ってるけど流石に今回は…」
「まったくだ。連合との全面戦争だってのにガキのお守りしながら戦えってか?冗談じゃねぇ!おい刑事さん、本当にコイツいれんのよ!?」
13号やマンダレイが難所を示し、ロックロックが異議を唱える中、さらに今度はエンデヴァーが垣根の下へゆっくりと歩み寄ってきた。
「垣根帝督、だったかな。焦凍と同じクラスの」
「…あぁ」
「体育祭で見ていたよ。とても優秀だ。だが今回は彼らの言うとおり危険すぎる。同じ前線でも山荘の方へ回って欲しい。君の力が大いに役に立つはずだ」
「……」
エンデヴァーの言葉にしばらく黙りこくる垣根、しかし、やがて顔をあげエンデヴァーの方を見上げると、垣根は静かに告げた。
「……学生だろうがコスチューム着て街出りゃ立派なヒーロー。俺はそう習ったぜ」
「!」
「ヒーローにガキもクソもあんのかよ。それに…」
「……」
「エンデヴァー、アンタが九州でやり合ったのと同じタイプの脳無と俺はこの前戦った」
「なにっ!?」
垣根の言葉に驚くエンデヴァー。それは他のヒーロー達も同様で、一同目を見開いて垣根を見つめる中垣根が続けた。
「病院が脳無の巣窟だってんなら尚更脳無との戦闘経験者は必要なハズだろ。それをガキだからっつう理由で退けるのは合理的じゃねぇと思うが?」
「し、しかし…」
「コイツが脳無仕留めたってのは本当だぜ。私が証人だ」
「!ミルコ…」
ミルコは垣根達の方に近づきながらそう言うと、垣根に肩を回しながらニヤリと笑った。
「心配いらねぇよエンデヴァー。コイツは生意気だがかなり使える。それに、何が起きても私が死なせねぇ!」
「…だから一々肩組んでくんじゃねぇ」
鬱陶しそうにミルコの手を払いのけようする垣根。すると、
「ま、ミルコがそこまで言うならいいんじゃない?私も彼と仕事したことあるけど、実力は充分プロクラスだと思うわ」
「リューキュウ…!」
リューキュウが垣根の参加に賛同の意を示した。とここで、それまで黙って話を聞いていた塚内が再び口を開いた。
「イレイザーヘッド、垣根君はアナタの生徒だ。アナタはどう思う?」
そう言いながら、塚内は相澤の方へ視線を向ける。塚内から話を振られた相澤は一瞬僅かに目を見開くも、いつもの気怠げな様子で答えた。
「どう思うって、そりゃ担任としては反対です。ただ、一プロヒーローとして見た場合、リューキュウの言うとおり実力は申し分ないかと」
「ふむ…」
「まぁどの道、俺が言って聞く奴じゃないんでね。それに、実際に現場に出て垣根と仕事してるのは俺じゃなくミルコの方だ。俺の判断よりミルコの判断の方が信頼に値するかと思います」
「…なるほど」
相澤の話を聞いた塚内は少し考えていたが、やがて結論が出たのか垣根の方へと向き直った。
「予定通り君には病院の方の班に参加してもらう。ただし、あくまでプロヒーロー達のサポートがメインだ。あまり前に出すぎることはないように」
「了解」
垣根の返事を聞いた塚内はよしっ!と頷いた後、再び全体へ向けて声を張った。
「では改めて。今回の作戦、一度状況が開始されれば当然戦線のメンバーや脳無による抵抗が予想される。それでもやらなければならない。殻木、脳無、死柄木、そして連合…いや超常解放戦線の一斉掃討が我々の命題だ!」
ヒーロー達の眼差しに灯がともる。そして、
(待ってろよ木原ァ…)
垣根もまた、来る決戦の日に向けて静かに闘志を燃やしていた。