「ゴガァァァァァァァァ!!!」
怒号のような雄叫びを上げ、ギガントマキアは勢いよく飛び出すと、こちらに接近してくる未元体の群れに照準を合わせた。眼下の木々を踏み砕き、大地を震わせながら未元体の群れに突進するギガントマキアはその巨大な右手を高く掲げると、眼前に迫る未元体目掛けて勢いよく振り抜いた。
ブォォォォォン!!!
轟音と共に膨大な風圧の塊が森の木々を吹き飛ばし、五指から長く伸びたかぎ爪が一瞬で何十体もの未元体を切り裂いた。
「垣根さん!」
「あああ大量の垣根軍団が一瞬でやられちまった…」
「デタラメすぎる…何なのよコイツは!?」
八百万達がギガントマキアの暴虐に圧倒される中、砂煙の中から生き残った未元体達が一斉に飛び出るとマキアの顔目掛けて一気に駆け昇っていく。そして背の翼を放とうとしたその時、
ボゥッッッッッッ!!!
突如視界を覆いつくさんばかりの蒼炎が未元体達に襲いかかる。あっという間に炎に呑まれた未元体達だったが、すぐに炎の渦から抜け出すとギガントマキアから距離を取り体勢を整えた。
『…そういやテメェらもいたんだったな。敵連合』
「無傷かよ。相変わらず気味の悪いガキだな」
ギガントマキアの首裏から敵連合の面々が姿を覗かせる。どうやらギガントマキアを止めるためには彼らも相手取る必要があるらしい。一人一人の戦闘力は未元体にとってみれば大した問題ではないが、何十体もの未元体を一瞬で壊滅させる怪物を相手しながらとなると少々厄介な存在だ。
「わざわざ援軍連れて駆けつけてきたってのに、あっという間に壊されちまったなァ。お前の兵隊。可哀想に」
『……』
「そういやお前、蛇腔の方から飛んできたよな。あいつは…エンデヴァーは元気だったか?」
『あ?エンデヴァー?』
「おっと、悪い悪い。つい先走っちまった。お前には関係ない話だ。忘れてくれヒーロー」
邪悪な笑みを浮かべる荼毘。一体何がそんなに愉快なのか未元体は僅かに疑問を抱きつつも、意識を彼らから逸らさない。
『これから俺達に殺されるってのに随分と余裕だな。他人の心配してる場合かよ』
「ヒーローとは思えないセリフだな。お前、本当は
『……』
「強がるのは勝手だがヒーロー、お前の分身はもう数体しかいない。他のヒーロー達も満身創痍。この絶望的な状況下でどうやって俺達を…」
荼毘の言葉が途中で途切れる。ギガントマキアや敵連合と相対している未元体の背後には先のギガントマキアの攻撃によってバラバラになった身体の破片が空中に漂っていた。すると、バラバラの破片が一斉に動き出しそれぞれが元の身体の下に集約していく。敵連合が目を見張りながら見つめる中、あっという間に人型を形成していき気が付けば先ほど葬ったはずの未元体の群れが復活していた。
『勝った気になってるところわりぃが…』
「!」
『あの程度じゃ俺達は殺れねぇよ。こっからが本番だぜ連合さんよ』
未元体がパチンッ!と指を鳴らすと、未元体達の前方に白い塊がいくつも形成される。白い塊はみるみる形を変え、数秒後には計十体もの巨大な白いカブトムシが出現した。甲高い音を響かせながら羽根を震わせ、気味悪く光る緑色の目が敵連合の姿を捉える。
『そういや荼毘、テメェには一度見せたっけな』
「…あの忌々しいカブトムシか」
『あぁ。テメェらはこいつらと遊んでな』
未元体が手で合図を出すと、白カブトムシたちが敵連合目掛けて一斉に飛び出す。荼毘が蒼炎を放ち牽制するが、素早い動きで炎の渦を躱すとそのまま角の砲身を敵連合へ照準を合わせる。そして、
ドォォォォォン!!!
凄まじい轟音と共に砲撃が発射され、敵連合が位置する付近に直撃した。
「うおあああああ!!!」
コンプレスが悲鳴を上げながら吹っ飛ばされそうになるも、ギガントマキアの角張った皮膚を掴みなんとか落下をこらえる。
「チッ!あの野郎…」
「ちょ…どうするよこれ!このままじゃ蜂の巣だぞ!」
ドォォォン!ドォォォン!ドォォォン!
コンプレスの言葉通り、白カブトムシが次々と砲撃を撃ち込む。ギガントマキアの首裏に隠れて砲撃を躱す敵連合達だが、カブトムシ達の砲撃は止まらない。すると、首部分を集中的に爆撃されていたギガントマキアが右手を掲げ、カブトムシたちに狙いを定めた。しかし、
『待てよ』
「!」
巨大なかぎ爪を振り下ろそうとした直前、未元体の群れが一斉にギガントマキアとの距離を詰める。
ドンッッッ!!!
各未元体の六枚の翼が一瞬で巨大化し、その大きさは二十メートルを超える。全三百枚の白き翼がギガントマキアの眼前一帯に広がる。ギガントマキアが思わず動きを止めると、未元体の白い翼の先端が一斉に巨大な手へとその形を変えた。その大きさも相まってか、まるで未元体の背中から巨人の腕が生えているかのようだ。
『テメェの相手は…俺達だろうがよォ!!』
未元体の怒号と共に全ての白い腕が放たれる。三百もの巨人の腕が一斉にギガントマキアへと伸び、あっという間に上半身を『白』で埋め尽くした。
「ッ!?」
ギガントマキアがこの戦いで初めて目を見張る。さらに、
ズズズズッッッ
鈍い音を響かせ足下の木々をなぎ倒しながらギガントマキアの身体が後退していく。未元体から伸びた無数の巨腕がギガントマキアの身体を押し込んでいるのだ。
「オイオイオイ嘘だろこれ!何が起きてんだよ!」
「マキアが押されてんのか!?冗談だろ!?」
「ヒィ!」
Mt.レディでさえ歯が立たなかったギガントマキアが、
『このまま元いた場所まで戻してやるよ』
「ッッッ!!ウォォォォォァァァァァ!!!」
ギガントマキアの咆吼が戦場に轟くと同時に、その巨体が宙を舞う。後方まで跳躍し未元体の腕から距離を取り体勢を立て直すと、力強く大地を蹴り上げ再び正面から
ドパンッッッッッ!!!
大気が震え、大地に衝撃が走る。ギガントマキアの全力の突進を
グラッ…
ギガントマキアの上体が大きく揺れ、身体のバランスが崩れる。
「な、なんだ?マキアのバランスが…」
「一体何が……ってあれは!?」
声を上げたコンプレスの視線はギガントマキアの足下に向いていた。見ると、ギガントマキアの右足が地面の中にズブリと埋まり込んでいたのだ。あれは先ほど、敵連合とギガントマキアを迎え撃とうとしてきた雄英生の内の一人が使ってきた個性。地面を柔化させることでギガントマキアの動きを一時的に封じた技だ。未元体の押し込みによってさっきの地点付近まで戻されてしまったことに敵連合達は今気が付いた。さらに、
ググググッ…
身体のバランスを崩したことによってギガントマキアと未元体の力の均衡は一気に崩れ、ギガントマキアの巨体が後方へと傾きだした。
「ナ、ナ二ガ…!?」
低いうめき声を上げながら必死に堪えようとするギガントマキアだったが、柔化した地面に右足が捉えられている影響で十分に力を発揮できず、身体の重心がどんどん後ろへと傾いていく。もはやこの体勢から立て直すことはギガントマキアでさえ難しい。未元体達は決定打となる最後の一押しへ一斉に力を込めた。
『ハッ、どうやらアイツらに足下を掬われたようだな』
「……ッ!」
『倒れた先は底なし沼だ。さぁ、無様にぶっ倒れろォ!』
「主ヨォォォォォォォ!!!」
野太い雄叫びと共に、堪えの効かなくなった巨体が背後の地面へ落下を始め、ついに、
ズシィィィィィィィン!!!
凄まじい轟音と衝撃を轟かせながら、ギガントマキアが仰向けに地面に倒れ込んだ。
◆
「す、すげぇ…!本当にあの怪物を倒しちまった…!」
「信じらんねぇ…やっぱすげぇよアイツ!」
「ええ!」
未元体とギガントマキアの戦いを見守っていた八百万達は歓喜の声を上げ、皆が安堵に包まれる。相手はプロですらその一薙ぎで蹂躙する規格外の怪物だったが、未元体は顔色一つ変えずに制圧してみせた。その圧倒的な力は
彼と同期である生徒達を勇気づけるには十分なものだった。その場にいた他のプロヒーローまでもが賞賛の声を上げて上空の未元体を見上げる中、当の未元体は眼下のギガントマキアを静かに見下ろしていた。
(あれは骨抜の個性か。意図的にこの場所に追い込んだわけじゃなかったが、ツイてたな)
未元体がここに到着する前、ギガントマキアを迎撃するために八百万達が張った防衛戦。恐らくあれはその名残だろうと未元体は推測する。彼らの抗いが結果的にギガントマキアを崩す決定打となったのだ。
(骨抜もよくやったが、作戦立案は八百万のはず。あいつ…中々出来るようになってきたじゃねぇか)
口元に小さく笑みを浮かべると、他の空中の未元体がギガントマキアの下へ降下していく。あとは麻酔が効くまでギガントマキアを拘束しここに留めておくだけだ。一緒に地に落ちた敵連合の確保がまだ残っているが、それは他のプロヒーロー辺りに任せればいい。早速そのことを伝えようと、未元体が耳のインカムに手を伸ばしたその時、
バシュッッ!!
突然、空中に黒いモヤが発生する。そしてまた一つ、また一つと連鎖的にその数を増やしていき、気付けば目の前一体に黒いモヤがいくつも展開されていた。未元体が目を見張る中、その黒いモヤの中から見覚えのる異形の姿が現れる。
(あれは黒霧のワープゲート!?まさか……!)
未元体の考えに呼応するかのように、黒いワープゲートの中から多数の脳無達が飛び出した。蛇腔の時のような
「「「GYAAAAAAAA!!!」」」
甲高く醜い絶叫が響き渡り、脳無が一斉に未元体を襲い始めた。まるでギガントマキアに未元体が接触するのを防ぐかのように、脳無達は未元体を集中的に狙っている。
「あれは脳無!?なんでこんなとこに!?」
「いきなり現れた!一体誰が!?」
「分かんない!けど垣根が襲われてる!」
「とにかく俺達も加勢して垣根助けるぞ!」
「「「おお!!」」」
ヒーローが脳無迎撃に動こうとする中、未元体はこの脳無の登場にどこか違和感を感じていた。
(タイミングが良すぎる…目的はギガントマキアを俺達から引き離すことか?骨抜の個性でそう簡単に身動きは出来ねぇはずだが、戦闘不能にしたわけじゃねぇ。早々にマキアと敵連合の身柄を……ッ!)
ふと未元体が何かに気が付いたかのように思考を止めると、ギガントマキアが倒れている付近を見渡した。しかしどこにも敵連合の姿が見当たらない。未元体は急いで耳のインカムに手を当て、全体通信を入れる。
『おい誰でもいい!聞こえるか!』
「垣根さん?」
『誰でもいい!敵連合の奴らを探せ!マキアと一緒に落ちたはずだ』
「了解した!至急探そう。だが脳無達は…」
『脳無のことはいい。俺が何とかする。とにかくアンタらは敵連合の確保とギガントマキアの拘束を―――――』
そこまで言いかけて未元体の言葉が止まる。未元体の視線は今、ギガントマキアに注がれていた。柔化された地面に背中から埋まり込んでいる状態だが、ギガントマキアの頭部を見ると耳のすぐ側に小さな黒いモヤが見えたのだ。
(あれはワープゲートか?なぜあんな所に?まさかあのゲートでマキアを逃がすつもりか?いや、流石にあの大きさを転移させることは不可能なはず…チッ!考えてても仕方ねぇ)
バサッ!
白翼を力強くはためかせ、未元体は一気にギガントマキアの下へ急降下していく。胸中を支配する嫌な予感を無視し、未元体が新たなワープゲートに狙いを定めると、
「ウォォォォォォォォ!!!主ヨォォォォォォォ!!」
突然、今日何度目かのギガントマキアの咆吼が森中に轟き渡る。
『クッ……!』
激しい音圧に思わず空中で静止する未元体。すると仰向けに倒れていたギガントマキアが寝返りをうち、うつ伏せに体勢を変える。柔化の沼から抜け出そうとしているのかと考えたが、ギガントマキアは立ち上がる素振りを見せない。
(あのデカブツ、一体何を考えてやがる…)
未元体がギガントマキアの様子を訝しんでいると、一瞬フワッとギガントマキアの上体が浮き上がり次の瞬間、顔から地面に潜り込んだ。
「!?」
未元体の顔に驚愕の色が浮かぶ。その選択肢は確かに未元体の頭から抜けていた。だがそれは考慮していなかったわけではない。敵連合を背中に搭乗させている以上、
(例えマキアが地中で行動可能だとしても、敵連合はそうはいかねぇはず。まさか奴らを見捨てて……)
ふと未元体の頭に先ほどの疑念が再び浮上する。ギガントマキアと一緒に地上に叩きつけられたはずの敵連合の姿がどこにも見当たらなかった。彼らはどこへ消えたのか。そこまで考えた時に未元体は一つの推論が思い浮かんだ。
『まさか、飛ばしたのか。マキアが倒れる直前に。敵連合だけ』
恐らくギガントマキアが倒れる際のいざこざに紛れ、神野の時に垣根の身体をワープさせたあの泥のような個性で敵連合だけを違う場所へ飛ばしたのだ。そうすることでギガントマキアの行動の縛りを解き、この状況を打開することが目的だろう。そして同時に脳無の大群を送り込むことによってギガントマキアが地中に潜り込む時間を確保する。こう考えれば全てのことに辻褄が合う。
(まるで俺がマキアを止めに来ることが分かっていたかのようなこの動き…奴か。だが今は…!)
未元体が背中の白翼に力を込め、目一杯はためかせようとするも、
ガシッ!
未元体の足が突然何かに掴まれる。振り返ると、一体の脳無が未元体の足にしがみついていた。咄嗟に左足で脳無の頭を蹴飛ばし、再び前を向くとすでに複数の脳無が未元体の行く手を塞ぐかのように立ち塞がっている。
『チッ!雑魚共が』
思わず悪態をつきながら未元体はその白翼を放つ。一瞬で道を塞ぐ脳無を絶命させた未元体だったが、すでにギガントマキアは完全に地中に潜り込んでいた。そして、
ゴゴゴゴッッッ
地ならしのような音を轟かせ、地面を隆起させながらとてつもない速さで進んでいく。
「な、なんだ!?あいつ、地面に潜り込みやがった!」
「逃げるぞ!急いで捕らえないと…!」
「でもどうやって!」
地鳴りに耐えながら突然の事に戸惑う地上のヒーロー達。それもそのはず。まず地中に潜られた時点で手出しできる手段はかなり限られる。ギガントマキアはヒーロー達が混乱している間にどんどん先へ進んでいく。そのスピードは地上を走っていたときのスピードとなんら遜色がない。このままでは誰も追いつけなくなってしまう。そうなる前に未元体がギガントマキアを止めようと、後を追おうとするのだが、
バサッ!
何体もの脳無が未元体の行く手を塞ぐように立ちはだかる。どうやらなんとしても未元体をギガントマキアに近づけないつもりらしい
『雑魚共がぞろぞろと。上等だコラ。ぶっ潰してやるよ!』
脳無の群れと未元体が激突する。その光景を離れた所から微笑と共に眺める人物が一人。
「あの脳無達では数分と保たないでしょうが、それだけ足止め出来れば十分です。これでマキアに追いつくことは出来なくなる。もう少し未元体の数が多かったら危なかったですが」
「困るんですよねぇ邪魔してもらっては。ヒーロー社会はここで完全に崩壊してもらう必要があるので。そのためにマキアは必要不可欠なのです。ですので垣根帝督、あなたにはここで諦めてもらいます」
木原病理の呟きは誰に聞かれることもなく、戦場の喧噪にかき消されていった。
イメージ的には某サッカーアニメの某GK技のアレです。