4ヶ月の   作:めもちょう

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一話

 あの日の行動は、全部気まぐれだった。

 

 高校入学準備の為にあのショッピングモールに行っていたのも。

 きったねぇ笑い声を上げていた四人の野郎どもが目に付いたのも。

 奴らが出てきた道を辿ったのも。

 

 その先で見つけた血塗れの男に救急車を呼んでやったのは当然だとして、俺の焦った声に釣られてやって来た関係ねェモブたちを現場に入れないようにしてたのは、やっぱり気まぐれだった。

 

 救急車で搬送されていった後、あの男のことは何も聞いていない。赤の他人な上に、それ以前に興味ねェ。

 

 だから、礼を言われたところで顔を覚えちゃいねェし、まさかそいつが同級生だったとは思い付きもしなかった。

 

「爆豪くん! あの時助けてくれて、ありがとうございました! これ、お礼の品です!」

 

 そう言ったソイツの髪は、確かにあの時の男と同じ真っ黒の、キューティクルのキの字も無い痛みまくった短髪だった。

 覚えたヒデェ違和感の正体は、似合わなすぎる小豆色のヘアバンドと、貼り付けた無理な笑顔だった。

 

「キメェ」

「なんでっ!?」

 

 驚いて下がった口角を見て確信した。やっぱりコイツ、あの時の。

 

『いらない……意味ない……ケガは、もうないから!』

 

 “現状理解不能野郎”だ。

 

 

 

 

「朝から、えれェ目に遭った……」

「質問攻めにしたのは悪かったって!」

「正直に吐けばすぐに終わるってのに、いつまでも言わねーから悪いんだぜ」

「喋る筋合いはねぇ」

 

 昼休憩。大食堂でカレーのカウンターに並びながら、今朝のことを思い出して溜め息を吐いた。

 事件現場じゃあのヘアバンドは着けてなかったが、アイツは確かに少し前に俺が助けた……救急車を呼んでやった男。まさか、忘れた頃にやって来て、礼を言いに来るとはな。

 確かに同年代っぽい印象だったが、まさか同級生で、しかも同じ高校とは思わなかった。顔なんか血まみれだった事の方が印象強すぎて、覚えちゃいなかったが。

 

 辛口カレーを受け取って、先に席に着いていたアホ面の左斜め前に座る。俺の隣、アホ面の前にクソ髪が座るはずだからだ。

 俺の想定通りクソ髪はその席に着いた。にも関わらず、俺の目の前で席に着く影が見えた。

 

「あ゛? お前……」

「来ちゃいました」

 

 ソイツは、朝の騒動を起こしやがった張本人だった。

 

「助けてくれた恩を縁だと思って、友達になりに来ました!」

「おお! オメーは朝の!」

「初めまして! 俺はC組の吐移(とい)(しょう)。よろしく!」

 

 勝手に自己紹介をしやがったコイツは、馴染んでなさすぎる“爽やか”を意識した笑顔を見せてきた。ぶっさ。

 

「切島だ!」

「俺は上鳴!」

「よろしくね、切島くん、上鳴くん、爆豪くん!」

「勝手に加えてよろしくすんじゃねぇ」

 

 「いいじゃん!」と言って、弁当の包みを広げるソイツは、巨大な口をかなり無理して吊り上げた笑みを浮かべている。

 

「弁当? ここの学食安いのに」

「俺、貧乏なもんで。こっちの方が安上がりだからさ」

「そうなのか……。カツ、一個貰うか?」

「施しは受けぬ! 足りてるからさ!」

 

 でもありがとう切島くん。そう言いながら弁当の蓋を開けたヘアバン野郎。中身は鶏そぼろがのった白米と、野菜炒め、玉子焼き。パッとはしないが、量だけはある弁当だった。

 ヘアバン野郎が「いただきます」と挨拶したのをきっかけに、俺たちも食事を始める。具がゴロゴロと大きめに入ったカレーに足りないのは、辛さだけだった。辛口のくせに……。

 

「なあ吐移、爆豪に助けてもらったって、具体的には何してもらったんだ?」

「ん? 上鳴くん聞いてないの?」

「教えてくれなかったんだよ。代わりに教えてくれ!」

「爆豪くんもったいない! ヒーロー点稼げるのに!」

「ヒーロー点って何だ」

 

 くだらない概念を生み出すヘアバンに思わず口出ししてしまった。しかしこいつはそれに答えることなく、前の二人にあの日のことを話し出す。

 

「具体的ね……。俺が覚えているのは、救急車を呼んでくれたことと、体の血を拭ってくれたこと、かな。その後は気絶してたみたいで覚えてない。次に爆豪くんを見かけたのも昨日だったし」

 

 同じ学校の同級生ってもうこれ運命でしょ! と気持ちわりィことほざくヘアバン。ふざけんなとキレてやるが、目の前のこいつは下手な笑顔をして笑うだけで、堪えている様子はない。狼狽えているのは、隣の二人の方だった。

 

「病気で倒れたとかじゃなかったのか!?」

「血って、大怪我してんじゃねーか! 大丈夫かよ!?」

 

 俺がやった事よりもこいつの体調を気にかけ始めた。別にどーでもいいが、最初の興味から逸れてんぞ、オイ。

 勢いに圧されたらしいヘアバンは、顔を伏せ、張り付けた笑顔を少し崩して、また貼り付け直した。

 

「ちょっと俺の話をしてもいいかな。俺の個性は“超回復”。一瞬でどんな怪我も病気も、自分限定で治すことが出来るんだ。で、俺はあの日、入学準備の為にショッピングモールに来てたんだけど、俺の雄英合格を妬んだいじめっ子たちが俺をリンチしてきてさ。いくら一瞬で傷を治せると言っても、失った血は戻らないし、怪我した時の衝撃は体に残る。ろくに抵抗出来ないまま倒れていた所に颯爽と現れたのが、爆豪くんだったってわけさ!」

 

 ヘアバンが語り終わった後、一瞬静寂が訪れた。

 あれが虐め? そんなもので片付けていいのか。あれは、殺人未遂だっただろ。

 現場を見ていないアホ面が「なんつーか、お前の人生、壮絶そうだな」とか浅い感想を言っている。

 

「笑顔が下手な時点で察して」

「自覚あったのか」

「なので、笑顔満点計画実行中です!」

「今は(マイナス)一億点だな」

「そんな酷い!?」

「さっさと食いやがれクソども」

 

 時間は有限だし、食事中にグロいのを思い出したくもねェ。急かせば、思ったより時間が経っていることに気が付いた三人は食事をかき込みだした。

 

 

 

 

 暗い路地裏。生温かい血だまり。赤を吸った白かったはずの服。切り裂かれた裾。

 きっとあれはこいつだから生き残ったんだ。傷をすぐに塞げるコイツじゃなければ、6箇所も刺されておいて、今ここにいるわけがない。

 

 吊り上がった目に横に広い口。ヘアバンドをしているせいで見えるきつい目元は、こいつのヴィラン顔に拍車をかけている。

 

 リンチ、慣れていない笑顔。この二つだけでもコイツの今までが垣間見える。それでも、似合わないヘアバンドをしてまで顔を晒すのは、コイツの覚悟の表れだろう。大きな口で頬張って慣れたように急いで食ってんのも、今までの不遇さが窺い知れた。

 


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