「風邪か?」
話しかけると手を振ってきてくれたが、何も言わなかった。代わりにまっさらなノートを取り出し、マジックペンで何かを書き込んでいく。書き終えると、それを俺に見せてきた。
「『喉風邪お休みで引いて声が出ない』? 休めよ」
吐移は左手で額に触れ、その手を横に振った。
「熱はないってことか」
吐移は嬉しそうに頷いた。通じたからか?
「吐移くん、風邪引いちゃったの? 私が看病するから、お家帰ろ!」
吐移は手を横に振って、記見の提案を断った。せっかく来てるんだから、そりゃそうだよな。
昼休み。吐移は弁当箱を持って、教室を飛び出した。振り返って手を振るのを忘れずに。
「アイドルしてるなぁ……」
「でも、今日くらいこっちにいとけばいいのに。大好きな爆豪に感染るかもしれないのに」
「お前、ついに……!」
「認めてないわよ! でも、事実は正しく認識するべき、受け止めるべきだと思ってんの。いいから、私たちも大食堂に行くわよ。今日は鯖煮定食の気分なの」
「はいはい」
そして大食堂にやってきた俺達。一応吐移を探してみた。だが、あのダサい小豆色のヘアバンドが、見つからない。
「ねぇ、居なくない?」
「……爆豪んとこにもいないぞ」
爆豪にも直接聞いてみたが、今日はまだ来ていないとのことだった。……あいつ、どこに行った?
「また“個性”事故かぁ。何人か“本音しか言えない個性”の事故に巻き込まれたみたいよ、昨日」
記見が見せてきたスマホの画面に写っているのは、今日の日付のネットニュース。
「本音しか言えないから色々喧嘩だったり、仕事にならなくて大変みたい。……皆しゃべらないように、口にガムテしたりしてる、って……」
「……」
教室に戻ると、吐移は既に帰ってきていて、自分の席に着いていた。
「どこに行ってたんだよ。ちゃんと食べたか?」
吐移が見せてきたノートには、『途中で気分が悪くなって、保健室に行った。弁当はそこで食べさせてもらった』と書かれていて、弁当も空なことを確認出来た。だが、どうも怪しい。
「吐移くーん、今日の笑顔見せてー?」
吐移は『ごめんね』と紙に書いて、見せた。
どうして、口を見せてくれない。
「ねぇ、やるの、本当に。違ったらどうすんの」
「当たってたら、あいつはずっとあのままだぞ」
「それは、そうだけど……」
「外れてたら、その時はその時だ。放課後。何があろうと、決行だ」
「……うん」
6限前の休み時間。吐移がトイレに行ってる間、記見と上記の会話をした。
吐移の行動があまりにも怪しくて、“個性”事故を疑った。少ない休み時間で隠れて検索をかければ、この“個性”は潜伏期間である6時間以内に被害者に接触すると、接触者に感染する特徴があることが分かった。これが被害拡大の原因らしい。あのおかしい様子とこの事件。もう、決まりだろう。
そして、その時はやってきた。
「吐移、 爆豪が教室で待ってろって。さっき言ってたの忘れてたわ」
放課後。帰り支度をしている吐移にそう伝えると吐移は当然、「なんで?」と言いたげに首を傾げた。続けて「演習が長引くかもしれないから待っとけってさ。宿題して待ってこうぜ」と言うと、優しく頷いた。信じてくれたな。
帰り支度をした鞄の中から、課題のプリントが入ったクリアファイルを取り出した吐移。俺も緊張が伝わらないよう、早く同じプリントを持ってこよう。30分、待てばいいんだ。
「オイ」
は?
「ヘアバン、こっち来い」
嘘だろ、爆豪。時間指定しただろうが。
吐移は無邪気に、手に持っていたものを机に置いて、爆豪の元へ駆け寄る。
待て、待て! まだ、クラスの連中帰ってねぇ!!
「爆豪。今日の放課後、C組の教室に来て、吐移のマスクを引っぺがしてくれないか?」
「ああ? マスクぅ?」
「ああ。風邪で声が出ないとは言っているが、どうも怪しい。俺たちは、吐移が昨日の“個性”事故に巻き込まれたと考えている」
昼休みも終わりに近づいた頃、俺たちは爆豪に依頼した。爆豪は、まぁ当然だが意味が分からねえと、元々顰めっ面なのを更に顰めていた。
「テメェらでやれよ」
「あいつの警戒心が高いのは知ってるだろ。C組の奴らじゃダメだ。チャンスは一回。一番自然に、警戒されずに出来るのは、マスク姿を見てないお前なんだ」
「ほーん、で、マスクを外す必要性は何だ」
「あ、もしかしてその“個性”事故の治し方が関係してるのか?」
話に割り込んできた上鳴の手には、スマホが握られている。
「“個性”を解くには、一つ秘密を晒け出すこと、らしいじゃん。で、吐移は声が出ないって言って喋らないようにしてるんだろ? それじゃあいつまでも解けねぇもん」
「解いてやりたいから、マスクひっぺがして秘密を言わせたいってことか! ダチ思いだな!」
「言い出すまで待てばいいじゃねぇか」
「そりゃ正論だが、バイトに影響するだろ」
「あいつが言えない秘密を持ってんのが悪ぃんだろ」
「だから、ムリにでも言わせるんだよ。待っていたらまたあいつは、笑顔を忘れちまう。自分が何の為に吐移に付き合ってんのか、忘れたわけじゃないよな?」
「……チッ」
「協力、ありがとな」
時間を指定して、吐移の隙をついてマスクを引っぺがしてほしいと言ったはずだ。あんまり人がいる前でやるのも可哀想だから、ある程度教室から人が居なくなった後に。だから、時間を置くと言っただろ。
言った時間よりもずっと前に来た爆豪は、無警戒で近寄ってきた吐移のマスクを、乱暴に引き剥がした。
「っ!!?」
マスクの下から現れた口は、糸で縫い付けられていた。開かないように、何重にも、黒と赤の糸で、人よりも少しだけ厚い唇を縫い付けていた。
今更両手で隠しても遅い。もう教室にいたほとんどの奴らがお前のその口を見たはずだ。
「俺相手に秘密を作ろうなんざ、甘ぇんだよ! 晒しやがれ。全部な!」
悪人面の爆豪の前には、膝をついて俯く、吐移の姿。俺は、あんなに怯える吐移の姿を見たことが無い。あんなに震えた、小さい吐移を。