「その黒いキューブが“個性”として現れたのは、小2の頃だった。
最初からだとは思う。でもその黒いキューブが出るのはある程度大きな怪我からだったから、いじめがひどくなった小学2年生の頃に気付いた。
そいつは俺の中にしまいこむことが出来て、俺が取り出したいと思えば、どこからでも取り出せる。
キューブは壊すことで、いつか俺の受けた傷を出現させられる。
……説明忘れてた。俺の“個性”は、“息をするように自己回復、他者の傷を吸収出来る”んじゃなくて、“自己・他者の傷を自分の息を通じて黒いキューブに変換する”個性だ。そのキューブは俺の意思ひとつで破壊することが出来る。つまり、攻撃手段だ」
驚愕の事実だった。俺と同じ人種だと、自分の体しか攻撃手段が無いものだと思っていたのに。
だが、ならなぜ、入試や体育祭でそれを使わなかったんだ。それは十分強い“個性”だ。同じ事を思ったんだろう。上鳴が問うと、「バカだなぁ」と、吐移は心底バカにした声色で返した。
「えっ」
「あ、ああ、そうか。皆は知らないか。ごめん」
「い、いや。でも、何が?」
「俺、雄英から要注意人物として認識されてんの」
「な、なんで!?」
「俺の親がヴィランで、俺自身が度の過ぎた虐めを受けて、復讐心を持っていたのがバレてたからだろうね。一応奴らは少年院にぶち込んであるけど、いつか出てくる。その時が来たら、俺は運次第で見殺しにしようと思ってる。でも学校側は、もう少し深刻に考えてるんでしょ。それを入試の筆記の時、先生達の視線で感じ取った俺は、実技試験で黒いキューブを使うことを止めた。今まで誰にも見せたことはなかったから、雄英にもバレてないはずだった。ヒーロー科に落ちても、どうにか普通科に入学して、それから編入すれば良いと考えた。肉弾戦で強くなればヒーローになれるって、俺は自分を信じていたから!」
雄英から警戒されていたとしても、自分の目標達成の為に、自ら飛び込んでいったのか。自分を信じるこいつは、周りからの信頼を勝ち取って、学校からも協力を得るところまで来ていた。
「だから!」
落ち着いていた吐移が、また震えだした。
「バレたくなかった……! 体育祭で使ったことも後悔してる。あのタイミングしか、視界が悪いあのタイミングしか、カメラを誤魔化せないと思ったのに……。思っていたより、あのロボ、足元が弱くてびっくりしたよ。常闇くんにも怪しまれたし。……他人の傷も回復出来ると分かって、よりヒーローになる上で強みになる“個性”と分かったから、この黒いキューブは封印しようと思ってたのに……!」
「吐移くん……」
記見の手にはハンカチが。もしかして吐移、泣いてるのか?
「なんか分かんないけどキューブが俺から出て来ちゃうし、それで大好きな人が傷ついちゃうし! 俺のこんなのよりずっと酷い“個性”事故だよ! ごめんなさいっ! ごめんなさい!! ごめんなさい!!!」
「吐移くん!」
記見が吐移の顔を両手で包み、その後、目の辺りをハンカチで拭く。ああ、泣いているのか。
爆豪に目をやる。奴は顎で“外せ”と指示を出した。それに従い、俺は羽交い締めを止めて、吐移の体を支えた。上鳴も切島も、吐移から離れた。
「……てめぇの“個性”事故で負った傷は、てめぇの“個性”で治った。だから、それについては気にすんな」
「バクゴー君……」
「このキューブはつまり、てめぇの過去の傷ってことか」
「……うん」
「そうか」
爆豪はこの間、脈略もなく頭に大怪我を負って、それを吐移が治していた。それのことを言っているのなら、吐移は過去にその傷を負ったことがあるって事かよ。
黒いキューブを持って、爆豪が吐移の近くに来る。
「こいつを使わない、隠した理由は何だ」
「あらぬ疑いをかけられて、小・中学校の間にヴィラン扱いされたくなかったから。それに、ずっと隠し通してきて、今更言ったら更に警戒される。ただでさえ悪い意味で注目されてんのに、普通科も落ちる可能性があった。それに、もう使うつもりもなかった。だから、隠してた」
「なるほどな」
答えを聞いた爆豪は吐移にキューブを渡した。左手に乗ったキューブに、吐移は違和感を覚えたようだった。
「ま、そいつはただのサイコロを細工したもんだがな」
「だ、騙したのかよ! こっちは本音しか言えねぇってのに!」
「なんか関係あんのか?」
人が悪いな、こいつは。
爆豪は「それに」と、言葉を続けた。
「果たして雄英が本当に、お前のその“個性”を把握してなかったとは、言えねえけどな」
「え?」
気になることを言った爆豪。疑問の声を上げる吐移に、爆豪は左に寄って後ろを示した。吐移にとっての正面。教室のドアのところに立っているのは、プレゼント・マイク先生だった。あんな存在感たっぷりのヒーローを見落としてたのか。
「せ、先生……」
「HEY! 俺だぜ! さぁて吐移! どうやらお前は“個性”の攻撃性を隠してたつもりみたいだが、雄英は把握してたぜ!」
「……え?」
吐移がふらついた。
「い、いつ、知って……!?」
「お前さんは法律を守る良い国民だな。役所への“個性”届は正直に届けていただろ? 再届けの時も。だから雄英は把握してたし、それを使う様子がないことが、何か企んでいるんじゃないかと、お前を要注意人物に引き上げていたんだよ」
「そ、そんなぁ……」
「と、吐移!」
吐移がついに倒れこんだ。俺と切島で支えるが、それでも吐移はぺたんっと座り込む。
「怖くって、そこは正直に言ってたら……意味無かったのかよぉ!」
「杞憂だったな!」
HAHAHAと笑うプレゼント・マイク。う~う~泣く吐移。困惑するクラスメイトたち。カオスだ。
「お前の孤独な戦いはほとんど意味はなかったわけだが、その縛りプレイのおかげで得たものだって、あるだろ?」
「……ここにいる、皆、ですかね……」
吐移ははにかむ。まだあの“個性”の影響は残っているだろうか。
「それに、隠そうとしたから、俺は人にこの“個性”をぶつけずに済んでいた。……人権を得た」
「それは生まれた時からだな! まぁ、何はともあれ秘密はなくなった! これからは大手を振って歩いてけ!」
マイク先生に肩を叩かれたと吐移は、そこで初めて、にっこり笑った。
「はい!」
立ち上がれるようになった吐移に、今まで静観していたクラスメイトたちが集まり、「良かったな!」とか、「お前すごいやつだったんだな!」とか、「これからもっと活躍出来るじゃん!」と声をかけていた。それに答える吐移も、憑き物が落ちたように、穏やかに笑っていた。
忘れちゃいけないのは、吐移の唇には、まだ糸が貫通してるって事なんだよな。