「ヤツがヴィランの回し者だっていうのか?」
「そうかどうかまだ分からない。俺としてはその可能性は低いと思ってるぜ」
「……なら、なんであいつが要注意人物なんだ」
「よくぞ聞いてくれたリスナー! あいつはな、母親がヴィランなんだ」
「……はぁ?」
くだらな。だったらなんだ。
「あり? あまり驚かないのね」
「どうせあいつ、家族いねぇんだろ。救急車呼んだ時に来た保護者は施設の人間だった。母親が居たところで関係も薄そうだと思ってた」
「察しがいいねぇ」
「あれで気づかない方が馬鹿だ」
「ああ、そう」
「それで、んであいつが要注意人物なんだ」
話せることなのか知らねぇが、訊くくらいならいいだろう。しかし意外にも返ってきた答えは、予想していなかったものだった。
「あいつ自身が、犯罪者になるかもしれないからさ」
「……言い方が気になんな」
「気付いたか」
ニヤっと笑われたのが少し癪に障った。
ヴィランじゃなく、犯罪者。つまり、個性を使った犯罪ではない、前時代的な犯罪で捕まることになるかもしれない、と。
「なんで、そうなるって分かるんだよ」
「ここから先は流石に俺からは言えねぇな。本人から直接聞いたらどうだ」
肝心なことは何も答えなかったプレゼント・マイク。奴はじゃあな! と手を振って、ランニングコースから外れて走っていった。
本人、からか。
ちらりと公園内を覗く。クールダウンを終えたのだろう、ヘアバンが心配そうな顔して俺を見ていた。話を聞こうと、走るのを中止して入り口まで流していると、その入り口にヘアバンが待ち伏せしていた。両手にスポドリを持って。
「何見てんだゴラァ」
「だってバクゴー君、知らないおじさんに絡まれてなかった? 知ってる人だったら、ごめん」
「……知らねぇってワケじゃねぇ」
「よかった。不審者じゃないんだね」
あれは不審者と言えば不審者ではあるが。
ヘアバンは「はい、これコーチ料」といって、片方のスポドリを俺に差し出してきた。貧乏のくせに無駄遣いするなと言いたかったが、コーチ料と言われてしまうと流石に咎められなかった。
「160円は安いな。もっと出しやがれ」
「さ、サーセン……。これで」
「スポドリ2本もいらねぇ」
「何を払えば……!」
悲壮感を出すのやめろ。俺が強請ってるみてぇじゃねぇか。だがまぁ、良い機会だ。
水滴が滴り落ちる、よく冷えたスポドリを持って、荷物を置いている屋根付きベンチに向かう。
「お前……ヒーローにはならねぇのかよ」
「へ? 確かに災害救助専門のヒーローもいるけど、そんなヒーローだって時にはヴィランと戦わないといけないだろ? 俺やるとしたら個性関係なく肉弾戦しかないし、それが嫌だからならないつもりだよ」
「俺らの担任はバリバリの肉弾戦だぞ」
「あの人は個性消して相手も肉弾戦に持ち込めるからでしょ」
ベンチに腰を下ろした俺の隣に、「それに……」と言いながら、ヘアバンも座った。
「それにな、俺、なるべくヴィランに関わりたくないんだ」
スポドリを一口含んで、言葉の続きを待つ。
「ヴィランになりたくないから」
上空の風が公園の木々を、ざあざあ、ざあざあ揺らす。煩いほどに木の葉同士が擦れ合って音を出しているのが、却って俺らの沈黙を際立たせた。
奴がスポドリを仰ぐ。その喉の渇きは運動後だからか、緊張からか。
「……ごめんね!」
やっと絞り出したように震えた声で、ヘアバンは謝った。
「何がだよ」
「ヒーローを、それも最高のヒーローを目指しているバクゴー君に稽古つけてもらってるのに、ヒーローを目指さないなんて、そんな半端な奴だからさ、俺。……ありがとう! 稽古つけてもらって、助かったよ!」
まるで関係を終わらせたいような言い方だ。踏み込まれたくない話なんだろう。だからって終わらせはしねぇが。
さっきも言っただろ。コーチ料にしては160円は安すぎんだよ。
「話、終わってねーだろ」
「え?」
「ヴィランになりたくない理由はなんだ」
話題を明確にすれば、奴は息を呑んで俺から目を逸らした。それから観念したように、小さく口を開いた。
「……誰だって、最初からなりたいと思っていないだろ」
「きっかけぐらい、あんだろ」
「……まあ、ね」
動揺していたヘアバンは、またスポドリを口に含んだ。ごきゅっと喉を鳴らしながら飲み干したヘアバンは視線をあちらこちらと飛ばすが、やがて視線を下に落とし、ペットボトルを持っていない手で握り拳を作った。
「C組の皆には言ってるし、俺と関わってるから先生から君も聞いてるとは思うけど、そうだよなぁ。俺から話さなくちゃなぁ」
「……」
思っているよりこいつ頭悪かねぇ。予想してやがった。警戒されていることに気づいてやがる。
「バクゴー君。俺はね。母親がヴィランだ」
知っている。知らされた。俺は黙って頷く。驚かない俺の反応も予想済みなんだろう。ヘアバンも落ち着いて話を続ける。
「でもね、俺はヴィランから生まれた訳じゃない。……分かるよな?」
「……てめェを産んだ後に、母親はヴィランになった。そう言いたいんだな」
「そう。そして、その順番は俺にとってとても重要だ」
ヘアバンが一息つき、話す決意を固めたように拳を握った。
「……俺の母親は、レイプ被害にあって、俺を孕んだ。憎たらしかったろうに、は……母さんは、俺に虐待なんか一切せず、文句を言わず、育ててくれた。金を稼ぐ為に、母さんは水商売を始めた。男に触れられるの、怖かったはずなのに。俺の為に。
……だからだったんだろうな」
話を続ける為に、隣の奴はスポドリで唇を湿らせる。
「俺が三歳の頃、母さんはまた、レイプ被害に遭いそうになった。店の客だった男に、路地裏に連れ込まれて。きっと、最初のレイプ被害がトラウマだったんだ。それからの生活でも、きっとストレスがすごかったんだ。
母さんは、男を殺した。正当防衛とはとても言えない位、個性で、しつこく、切り刻んだ。……当然、母親は有罪。十五年の禁固刑さ。そして、俺は三歳で養護施設に入った」
おかしいだろ。コイツの話を聞く限り、母親は被害者でもあるはずだ。
「情状酌量の余地はなかったのか」
「殺した相手がなんか偉い人だったみたいだよ。最初の男も。加害者に優しいよなぁ、世の中って」
「それはヒーローのことも含むのか」と口に出そうとして、なんでそう思ったのか分からず、やめた。
「どれだけ被害を受けても、理不尽を受けても、母さんみたいな被害者は法律一本で戦えって言われるんだよ? それに背いて個性で反撃したらヴィラン呼ばわり。酷い話だと思わない? なりたくてなってるワケないのにさ」
「……」
主張から、言葉の端々から伺える、こいつの生まれの不幸さ、こいつの母親の受けた理不尽。どう言葉をかければいいか、分からない。
「ヴィランの大半が自分の個性に酔ってるんだろうけどさ。そうじゃない、前時代的な感じで、被害者から加害者になってしまったヴィランだっている。そんなヴィランに、なりたいと思える?」
「……まあ、無理だな」
「だろ?」
「きっかけは分かった」
「!」
「じゃあ、今はどうなんだよ。同級生からリンチを喰らうようなお前が、ヴィランになりたくないと、本気で思う理由を話せ」
ヘアバンは同情を誘うような悲しい表情から、泣きそうな、苦々しい顔に変えた。
「誤魔化されてくれよ、バクゴー君」
「生憎、お前の呪詛を聞いたんでな」
初めてこいつと出会った時、近寄る俺に気付かないこいつは、ずっと呟いていた。
『やる……してやる……! いつか、絶対……傷ついた分だけ、返してやる……!』