「……変わっちゃいないよ。なりたくない理由は。まあ、いくらか人より人生ハードモードだけど、それでも幸せになりたいし、幸せを目標にするならヴィランは向いてないって思うだけ。特別救助隊を目標にしてるのは、命を奪った母親に代わってって思いもあるからかな。単純にヒーローに一番近いと思ったからだけど……」
今日一疲れた顔でそう話すヘアバン。溜め息混じりで、うっかりこちらまで不幸になりそうだ。
「確かに、あいつらは憎い。憎いさ。でもね、バクゴー君。俺は母親とは違うんだよ。話を聞いてくれる人も、守ってくれる人も、いたんだよ」
続けられた言葉の声色は、明るくなっていた。少しだけ口角を上げた下手な笑顔で、ヘアバンは俺の方を向いて言う。
「もちろん、バクゴー君もだよ」
こいつを守った覚えはねぇ。だから何も返事を返さない。こいつの考えてることが分かんねェ。
「だから俺は、ヴィランにならない。救けてくれた人たちを、悲しませたくないから。」
言い切ったヘアバンは俺から視線を逸らして、公園の景色をその小さい黒い瞳に映した。穏やかで、凪いだ表情。
ああ、納得いかねぇ。
「そうかよ」
それだけなら、誤魔化す必要ねーだろーがよ。
その後はプロテインを飲みながら、昨日のヴィラン襲撃の様子を聞かれるまま答えていった。あまり飲んだことがなかったらしいヘアバンはプロテインの味にしかめっ面を晒しながら、気になるらしいことを俺に尋ね、話を聞いていた。
翌日。登校すれば満身創痍のくせに復帰してやがる相澤センセーから、雄英体育祭が二週間後に迫っていると告げられた。
雄英体育祭はプロヒーローや関連企業へのアピールの場だ。その後のインターンにも大きく影響を及ぼし、結果、所属先が決定するといっても過言ではない。つまりだ。トップヒーローとなる俺にとって、この体育祭で一位を取る選択肢しかないわけだ。
昼休みになったってのに、あいつは来なかった。
食器を片付ける際になんとなく食堂を見渡すと、直ぐに小豆色のダセェヘアバンが目に入った。奴は俺たちとは中途半端に離れたとこに居た。あいつは俺に背を向ける形で席に着き、目が合うことはない。
食器を返した後にもう一度視線を送れば、目が合った。ヘアバンの対面に座る、青髪の、死んだ目と。
その目はすぐに別の目標を捉え、気持ち柔らかくなった。そうさせたのは、ヘアバン……。青髪の奴はクラスメイトか何かか。呼ばれた俺もそいつから目を逸らし、呼んできたクソ髪の場所に行く。
誰なんだ、あいつは。
『何ごとだぁ!!!?』
放課後。A組の教室の前には人だかりが出来ていた。クラスの奴らはこの異様な光景に情けなく狼狽えてやがる。情けねぇな。
「出れねーじゃん! 何しに来たんだよ」
「敵情視察だろ、ザコ」
チビに至っては何が目的かも分かっていないらしい。ちったァ頭働かせてみろ。てめェも、モブ共も。
「ヴィランの襲撃を耐え抜いた連中だもんな。
見るだけで強くなれるとでも思ってんのか。弱点勝手に晒してくれるとでも思ってんのか。こんなところにつっ立って、何か得られるものがあるとでも思ってんのか。
「意味ねェから、どけモブ共」
「知らない人の事とりあえずモブっていうのやめないか!!」
委員長様が何か言ってんな。
んな前後のざわめきの中、一つ声が通ってきた。
「どんなもんかと見に来たが、随分偉そうだなあ。ヒーロー科に在籍する奴はみんなこんななのかい?」
「ああ!?」
人だかりの中から出てきたのは、青髪の、死んだ目の野郎。こいつ、昼休みの……。
「こういうの見ちゃうと、ちょっと幻滅するなぁ」
昼休みに目があったこいつは、俺の目の前に立って、嘗めくさった態度を取ってやがる。
「普通科とか他の科って、ヒーロー科落ちたから入ったってやつ、結構いるんだ。知ってた?」
「?」
「体育祭のリザルトに寄っちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆も、また然りらしいよ……」
……あいつが言っていたヒーロー科編入の話は、これか。
「敵情視察? 少なくとも
ハンッ! 威勢だけはいいみてぇだなぁ。関係ねぇ。蹴散らしてやる。
宣言する青髪と睨み合っていると、人だかりの後ろの方からまた大声が上がる。
「隣りのB組のもんだけどよぅ!!」
なんか硬そうなヤツだな。この距離なのに声でけぇよ、うるせェ。
「ヴィランと戦ったつーから話を聞こうと思ってたんだがよぅ!! エラく調子づいちゃってんなオイ!! 本番で恥ずかしい事んなっぞ!!」
本番で、恥ずかしい、なぁ?
構わずモブの壁を押しのけて外に出ようとする俺に「待てコラどうしてくれんだ!」とクソ髪が喚いてきた。
「おめーのせいでヘイト集まりまくっちまってんじゃねぇか!!」
「関係ねぇよ……」
『はぁーーーー!?』
ヘイトも、宣戦布告も、何もかも。
「上に上がりゃ、関係ねぇ」
一瞬訪れた静寂。息を呑むってことは、お前らはこんなことも分かってなかったってことか?
夢、目標のモンになれないと諦めた奴等から受けるのは、羨望だけじゃねぇ。むしろ大半が嫉妬だ。そんな奴等が俺らの足を引っ張ろうとやっかみ、誹謗中傷を浴びせてくる。そんな悪意をマトモに受け止めてたら、身体がいくつあっても足らねェよ。
後ろから「シンプルで男らしいじゃねぇか」とか、「一理ある」とか、理解の声が挙がっている。理解出来ねぇ奴は、このヒーロー飽和社会で一番には絶対になれねぇだろうよ。
玄関に着けば、昼休みには来なかったヘアバンが待ち構えてやがった。A組の靴箱に凭れるように立っているから絶対に俺を待ってやがった。てめぇ、正気か。
「いい趣味してんな、ストーカー」
「何ひっど!? 昨日、放課後稽古付けてくれるって言ってくれたのに、集合場所教えてくれなかったからだろ?」
「昼休みに俺んとこ来ねぇからだろ」
「それについては、ごめん。別の友達に誘われちゃって……。でも、メール入れたよ?」
「メール?」
言われてスマホを確認してみれば、確かに連絡が入っていた。だからって、関係ねぇ。だからてめェも、この先のトレーニングルームの入口じゃなく、玄関で待ち伏せしてたんだろ?
「てめェへの稽古は中止だ」
ほら、やっぱりな。
てめェは驚くフリすらしねぇじゃねぇか。
「残念。君のトレーニングを真似すれば、少しは君対策が出来ると思ったのに」
微妙に自然に笑えるようになった奴の笑みは、元々のヴィラン顔に磨きがかかっていた。