ギャラルホルンによる鉄華団掃討戦の決行日。
その日は鉄華団にとっても重要な作戦の日、大脱出作戦実行日をも意味した。
クリュセ自治区のビジネス街、アドモス商会から離れた空きビルの一部屋では3人の男女が別れを惜しみ、握手を交わしていた。
「みなさんのご無事をお祈り致します」
女の名はクーデリア・藍那・バーンスタイン。
男たちは鉄華団団員チャド・チャダーンとライド・マッス、護衛として団長オルガ・イツカと随行し、不甲斐なく彼の最期を看取った団員たちである。
先んじてギャラルホルンの包囲網から抜けていた団員2人はアドモス商会から距離を置き、町中に潜伏していた。火星内外のメディアで連日叩かれ、クリュセでも悪行を知られた立場であるにもかかわらず団印を背負ったジャケットを平然と着用する程に緊張感を欠いた彼らでも、団長の死に直面して多少は警戒感を抱いた。
クーデリアの提案に従い、何者かに見張られていた商会には留まらず人気の少ない空きビルに潜伏を選んだのである。公共の宿泊施設利用が難しい立場が為せる未発覚の不法占拠行為だが彼らが今更その程度の犯罪を気にすることはない。
「アトラさんも来られれば良かったのですが、ククビータさんが彼女向けの日用品も必要だろうと買い物に連れ立ってしまって」
アトラ・ミクスタ。
元は雑貨屋店員で、鉄華団の地球行を契機に鉄華団の炊事係となった少女。彼女も一応は鉄華団の一員に名を連ねていたのだが、大脱出計画には随伴せずクーデリアの元に身を留める予定となっている。
あくまで彼ら基準では荒事に参加しなかった飯炊き女が団員として追われることはない──そう楽観していたからの措置。
当局や第三者がどう判断するかとは全くの別問題であるが。
「なに、彼女のことはこれからも面倒見てやってくれ。三日月に代わって頼んでおく」
「それにアトラが会いたいのは俺達じゃねえだろうしな」
「まあ、ライドさん」
これから鉄華団は火星から地球に赴く。クリュセ自治区を収める経済圏アーブラウで個人IDを書き換え、追及される罪の数々を無かったことにするために。
こうして羅列すると実にとんでもない計画である。罪人を野に解き放つため、火星と地球を股にかけての逃避行、そして圏外圏の大物と経済圏の中枢が関わる隠蔽工作。
ただの民間武装組織を救済するには大掛かりで大物が絡み過ぎる計画だ。
──もっとも。
その程度でより謀略に長けた商人や組織の目を騙せると思ったのは人の良さが原因か、世間知らずの甘さ故か。
彼女と鉄華団の立てた作戦を下敷きに、さらなる遠大な権謀術策がめぐらされているなど予想もできず。掴んだ糸が希望に続くと信じて犠牲の羊たちは罠を手繰り寄せる。
「また火星に来れるかは分からんが世話になった。達者でな」
「はい、お二人もお元気で」
チャドとライドは別れを告げ、鉄華団脱出組との合流地点に向かう。
基地から乗って来た装甲車は目立ちすぎるために使えず、そもそも脱出組の兵員を全て空港まで輸送するのには不向き。
そのためアドモス商会名義で借りた大型トラック2台をそれぞれが駆り、合流ポイントに乗り付けて仲間を回収。後はテイワズが工作により詳しい検査を省き『荷物』扱いしてくれるルートを使って衛星ダイモスの共同宇宙港まで上がる計画だった。
総勢数十名、追われる立場の彼らが堂々と町中を闊歩して宇宙港に向かえるわけもなく仕方ないのだが、
「荷台にギュウギュウ詰めってのも悪いですけどね」
「そこは我慢してもらうしかないな」
今日この日、ギャラルホルンが一大掃討作戦を決行しているとは思えないほど町中は平和だった。チャドやライドには仲間の命が掛かった戦いだが、大半の市民にとっては現実の出来事ではあってもメディアが取り上げる強盗の立てこもり事件と左程変わらない、画面の向こう側で起きているイベントに過ぎないのだ。
二人はハンドルを握り、郊外へと車を飛ばす。各メディアが伝えるに、そろそろ鉄華団本拠地に対する掃討戦が開始される時刻だ。文字通りの鉄火場からは逃れた2人とても手に震えが走る。
皆は無事に脱出できるだろうか──不安を抑えて任務の遂行に集中する。皆の脱出後に備える、それが自分達の使命であり団長に報いることだと信じて。
火星の名士クーデリアの協力の下、クリュセ内部で調達したトラックは全く怪しまれることなく町中を走行する。その様子は自治区より離れた場所で火星最大規模の地上戦が行われる日だと思えない程に平穏そのものだった。
町の雰囲気に馴染み、脱走者たちにも弛緩した空気が流れていた。皆が助かるという楽観論も後押ししていた。
故に目的地に向かうにつれ、道路の混み具合が増すことにすぐさま不審に気付かなかった。スムーズだった車輛の行き来が澱み、渋滞を作る頃に違和感を覚え。
違和感の正体を道路の先に見出した。
車の流れを遮る堰き止め。ギャラルホルンの特殊車輛を脇に、隊員たちが手旗を振っている光景が待ち構えていた。
2人の間に緊張が走る。
『ギャラルホルンの検問……!? まさかっ』
「いや、通行止めのようだ。誘導の指示が出てる」
切羽詰まったライドに応えるチャドの声にも安堵の響きが混じる。検問であれば運転手のIDをチェックするのが通例だ。IDの書き換えで生存を図ろうとする彼らにとっては精神を尖らせるのも無理らしからぬ話だが、どうやら検問所の類は設置されておらず誰某の区別なくこの先での折り返しを誘導されている。
『……工事か何かですかね、ったく脅かすなってんだ』
「まあ検問じゃなくて幸運だったと思うしかないな」
検問であれば彼らが鉄華団の団員であることの発覚は避けられなかっただろう。ドルトコロニーのような遠隔地ならともかく、クリュセ自治区は彼らのホーム。団印入りジャケットの着用有無にかかわらずIDチェックで所属や姓名が発覚しないはずもない。
そうなれば普通のトラックでギャラルホルン相手に追走劇。最悪モビルワーカーを敵にしての立ち回り──想像に背筋を寒くしたチャドは身震いする。
「遠回りになるが迂回路を探すぞ、着いてこい」
『了解っす』
気を取り直し、2台のトラックは巨体を器用に取り回して別の通りに向かう。火星の都市でも開発が進み他に比べて区画が整備されたクリュセである、網目状に四方を走る道路は一本でも道を違えれば同じ方向に進むのは難しくない。
──はずだった。
『また行き止まり!? どうなってんだ』
ライドの声には驚きから焦りの成分が増加する。
車載ナビに従い通行ルートを変えること4度目、その先でも詳しい説明もなくただ封鎖され、引き返すよう指示された車の群れが並び弧を描く。
そう、検問ではない、封鎖だ。
この先には何人たりとも通行を許可しない、確固たる意思の下に行われた妨げ。
『チャドさん、これって』
「ああ、流石におかしいぞ」
5度目でようやく異変、只事でない事態に気付いた。
一定方向、一定区画に通じるルートが完全に封鎖されている状況。2人が向かおうとするC12区域、町外れの旧開発地区へ抜ける道路が悉く、完全に遮断されているのだ。
一区画丸ごとの工事という線も考えられなくもないが、これほど市民生活に影響を及ぼす規模なら事前に何らかの通達、周知の徹底が為されていたはずである。しかし町中に潜伏していた彼らは耳にせず、彼らの作戦概要を知るクーデリアも何ら言及しなかった。
ならば急遽決まったことなのだろうか、市民への通達が間に合わない程に。
「これじゃあまるで──」
そうだ、この封鎖状況はまるで、まるで。
彼らが脱出する前の、鉄華団本部のようだ。
「そんな、まさかな」
嫌な予感に押されてチャドは携帯端末を取り出す、クーデリアの事務所に連絡を取ろうとする。
──出ない。
誰も通話に出ない。発信はされているはずだ、にもかかわらず誰も応答しない。
「くっそ、どうなってやがる!」
大脱出計画の決行日。
身動きも取れず、状況も分からず。
チャド・チャダーンは土壇場で仲間を出迎える道筋と互いの連絡手段を失っていた。