旧坑道を利用したトンネルは鉄華団にとって命の道だ。
絶望の迫る彼らの家、鉄華団本部には苛烈な攻撃が仕掛けられている。地続きのトンネルにも戦闘の激しさを教えるように振動や爆発音が伝わって来る。
具体的な戦況は分からない、それでも物資尽きて碌な戦力も整えられなかった決死の囮部隊が戦線を長らく維持できないのは明らかだ。
彼らの奮戦に応えるべく、基地に留まっていた団員たちは行動を開始する。トンネルはそれなりの広さがあるが、例えばモビルワーカーを通せるほどの幅はない。踏破には掘削機を持ち込めないため人力で進まざるを得ず、埋もれて掘り返した土の道はでこぼこで平坦には程遠い。
「古い坑道だからな、万一にも崩れるといけねえ。静かに、速やかに出口へ急ぐぞ」
行軍中のトラブルに備え、ショベルを持った年長者たちが先を行く。
続いて年若い年少組が続き、半ばに屈強な黒人男性が前後を注視して異常がないよう周囲を気遣う役割を負っていた。
ナディ・雪之丞・カッサパ。
鉄華団で数少ない大人のひとり。同じく大人組のメリビットとは恋人関係にあり、デクスターが粛清で私刑に処された今では団で最年長の中年男性となる。両足が義足の彼はトンネルの悪路に苦労しながらも子供達の足を急かし、自らも基地に背を向けて歩く。
整備班のリーダーだった彼には囮部隊の機体がどれほど酷い状態だったのか、一番理解できる立場にいた。
(とてもじゃねえが、普段なら出撃を許可しねえんだがな)
どうにか動けるようにと有り合わせや共食い整備、無理矢理な機構の簡略化で辻褄合わせた継ぎ接ぎ機体で囮を務めると飛び出した子供達。武器弾薬も碌になく、火薬を減らして弾数を水増しした豆鉄砲装備の張子の虎が幾機も進んで出て行った。
その多くが片道切符の出撃となるだろう彼らの機体を見送り、既に出来ることを無くした雪之丞は脱出組の一員として行動していた。
──送り出した大人の責任として囮部隊の帰りを待つ、などという殊勝な考えは最初から存在しない。
何故なら鉄華団の中で大人に求められるのはそのような意思表明や立場ではなかったのだ。
そのことは避難中の雪之丞の行動からも見て取れる。
狭く薄暗いトンネルの中、彼はちょっとした手助けは行う、気遣いを示したりもする。
だがそこまで。
彼は率先して子供達を動かしたり先導したり、まして窘めたり行動を咎めたり浅慮を諫めたりはしない。
決して、大人の立場で子供達を導こうとはしないのだ。
彼の消極的・受動的な振る舞いは逃げ遅れた団員がいないかを最後尾で確認しながら逃走を後押しするメリビットも似たようなものだった。促し、励まし、注意を喚起するが口調に厳しさや命令型の叱咤は含まれない。
これは彼ら、鉄華団に参加する大人には“大人の役割”が求められていないからだ。団員を導くのはオルガ団長や古参のメンバー、この強烈なトップダウンは見解の正否や契約の優先順、道理や専門知識云々では覆らない。道理より情動、理性より感性に基づく判断を本人たちに言わせれば“家族の絆”が何より大事という説明に落ち着くだろうか。
その一方で会社の運営、他者との付き合いや数字の論理といった“絆”が通用しない世界では大人の知識や能力を必要としていた歪さはトドが指摘した通り。
大人としての能力は求められながら大人の視点での見解や意見は団内で必要とされない者同士。子供の集団を見捨てるほど非情になれず、さりとて嫌われ疎まれる覚悟で諫言も口に出来ず、諦めに沈んだ2人。
雪之丞とメリビットが結ばれたのは、そういった連帯感や共感性が強く働いたのかもしれない。
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長いトンネルを抜けた先は灰色の大地だった。
朽ちたコンクリートが敷き詰められ、周囲には荒れた姿で立ち並ぶ雑居ビルやマンション跡。
おそらくクリュセの再開発で取り残されたのか、後々に回された廃地だった。ほとんど着の身着のままで脱出した団員の多くが鉄華団のジャケットを着た状態、人通りの多い町中ならばさぞかし悪目立ちしたことだろう。
──人気のない場所にトンネルが続いていたのは誰にとっての幸運か。
出口に辿り着いた団員たちは誰ひとりその場から逃げ出そうとせずに後続を待ち続ける。彼らは家族であり、家族を見捨てる発想がそもそも無いのだ。その行為を雰囲気に酔ったと責めるのは少々酷だろう。鉄華団の往生際の悪さに失望、団からの脱退を決めるも逃げ遅れ、結局一蓮托生の身となったザック・ロウすら囮部隊に残った同期ハッシュ・ミディを心配してその場に留まっていたのだから。
基地へと続くトンネルからは未だ大小の轟音が響き向こう側で続く戦闘の激しさを伝えている。その音は囮部隊の生存を証明している音なのだが、敵を振り切っての逃走に転じることも出来ていない裏付けでもある。
既にトンネルから這い出す団員は途絶え、待てども新たな人影は現れず。
やがて戦闘音は弱った心音のように消えていった。
「……どうして誰も来ないんだよ、三日月は、ユージンは、昭弘は」
誰かの呟きに誰も答えられない。脳裏に浮かんだ答えを誰も舌に乗せることが出来なかった。
鉄華団の中で誰よりも強かった精鋭の未帰還に足を縛られ、誰も動けない。ただただ立ち尽くして呆然とする団員の姿に雪之丞は腹をくくる。
今まで避けていた嫌われ役を演じよう──彼が途方に暮れた団員たちに現実と未来を見るよう言葉を紡ごうとして。
爆音が激励を掻き消した。
爆発音ではない、整備士の雪之丞には赤ん坊の鳴き声に等しい音、そして職場で嫌になる程聞き覚えのある音。
戦闘車輛モビルワーカーの駆動音だ。それも1台や2台ではない大群の音。
彼らが何かをするように早く、団員たちが自失から覚めて身構えるよりも速く。
10台を超える数のモビルワーカーが団員たちを取り囲み、自動小銃を抱えた兵士たちが整然と車輛の隙間を埋めるように配置されていく。
兵士の制服は団員たちにも見覚えがあった──ギャラルホルン。
数多の銃口を向けられ、装甲車に囲まれ、逃げ道を塞がれた状態でスピーカーから発せられた勧告が逃亡犯たちに投げられる。
『こちらギャラルホルン火星支部所属、ワーカー三尉だ。テロ組織・鉄華団の諸君、君たちは完全に包囲されている。無駄な抵抗はやめて投降せよ。これは慈悲による警告である』