鉄血のオルフェンズ 二度と咲かない鉄の華   作:抹茶ほうじ

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鉄の華は散らず、されど(後)

『こちらギャラルホルン火星支部所属、ワーカー三尉だ。テロ組織・鉄華団の諸君、君たちは完全に包囲されている。無駄な抵抗はやめて投降せよ。これは慈悲による警告である』

 

 拡声器からは無感動な音が灰色の一帯に響く。

 音が告げるのは彼らの失敗。

 屹立する鉄の戦闘車輛が生み出すのは自由と不自由を隔てる絶対の壁。

 投降勧告によってメリビット・ステープルトンは今更ながら気付いた。自分達の脱出計画はとっくの昔に当局へと察知され、一網打尽の計画に逆利用されていたのだと。

 厄祭戦時代の坑道、記録に残ったデータなら当然ギャラルホルンにも探知できる。掃討戦を行うなら地形情報は入念に調査する、当たり前のことだ。それを彼女達は自分達だけに特別に舞い降りた幸運だと錯覚した。

 トンネルの存在、アーブラウの助力、古巣テイワズの支援。

 いずれも降ってわいた希望、楽観に目が眩み最悪の可能性を論じなかったのが誤りだった。無気力に支配され自発的な思考を捨てた仕儀。外部アドバイザーとしての立場を捨て、子供達と視点を同じくした故の末路。

 第三者で無くなった彼女が迎えた当然の帰結、それを後悔しても時は戻らない。

 もはや彼らの細い道は断たれ、逃げ出すことは敵わない──メリビットは放棄していた大人の責任を奮い立たせ、臆病の不名誉を受け入れ真っ先に降伏勧告に応じる構えを見せた。

 

 ……のだが。

 この場には幾つかの不幸があった。

 

「うるせえぞ、このジジイども!」

「役立たずの大人なんざ怖くねえ!」

「そうだ、俺達はこんなのに負けたりしねえ!」

「エドモントンの奇跡を見せてやる!」

 

 銃口に囲まれた団員たちの中で、年若い団員。

 気勢を上げ、懐の武器に手を伸ばし、四方に散らばるように走り出す。トンネルに向かう者、拳銃片手に正面へと突進する者、遮蔽物を求めて駆け出す者、ヒトの群れに紛れようとする者。

 ──年少組がこの状況で膝を屈さず蜂起したのだ。

 

「なッ、あなた達、やめなさい!」

 

 ひとつは鉄華団側の統率者の欠如。

 もし、この場に団長オルガ・イツカがいれば。

 そうでなくともユージンや亡きノルバ・シノ、昭弘やダンテといった古参の年長者がいれば絶対的なトップダウンの命令で事態は紛糾せず降伏の形で済んだかもしれない。

 しかしこの場にいる団員たちは全て“亡きオルガの命令に従い”彼の主導した計画に沿って動いていた。自発的に一致団結し、指図されずとも一丸となって、現場の指揮官を置かずとも機能していたのだ。

 逆説的に言えば、この場に立つ団員の群れを率いる命令権を有したリーダーは存在しない。脱出計画が失敗したと認め、諦め、最悪を避ける判断を下し命令できるトップがいなかったことが暴走を許した。

 

 ひとつは年少組の傾向。

 鉄華団は2年前のエドモントンでギャラルホルンを出し抜き、社会的な成功を収めた。マクギリス・ファリドの尽力で不法違法行為は見逃され、勝利した事実だけが喧伝されたのだが。

 彼の宣伝工作にも負けないくらい、エドモントンを生き残った少年たちは増長した。そして大人からの一方的命令に激しく反発する性質をも併せ持っていた。

 地球支部の失敗は顕著な例だろう。

 アーブラウ防衛軍の軍人を“使えないジジイども”と見下し、自分達の方が上手く戦えると心から信じ込み、その実ガラン・モッサなる大人にいいように使われて死んでいった子供達。

 年少組の多く、特にエドモントン戦で生還した子供達は強烈な成功体験に酔いしれ、囚われ、ギャラルホルンをも見下していた。過去には出来た、だから今も出来ると根拠なく思い込んでいたのだ。

 その大人に大敗したばかりであるにもかかわらず、大人から今まさに逃げ出している最中だというのに、彼らの本質は変わらず。

 命令する大人に従う気はない──無謀さと反骨心が包囲された状態での暴走を招いた。無論優れたリーダーが率先して場を収めていれば起きなかった事態だが、現場の指揮官すら不在の現状で、そのような行動を取れる人材は居るはずもなかった。

 ──彼らの行動は、或いは亡き団長の命令を守るべく全力で示した抵抗の形だったのかもしれないが、余人が敵対勢力の事情を汲むはずもなく。

 

 最後のひとつはギャラルホルンの方針の差異だ。

 鉄華団掃討戦の絵図面を引いたラスタル・エリオンが彼らの降伏を許さなかったのは『アリアンロッドが悪魔の組織と恐れられた鉄華団を力で制圧した事実』が必要だったからだ。バルバトスの破壊などはその代表的な例、象徴的行為と言えた。

 この要件は既に戦場で叶いつつあり、もうひとつの腹案はチャド・チャダーンひとりの逃走で賄える。その他非戦闘員をひとまずの身柄確保で穏便に済ませてもラスタルは咎めなかっただろう。彼の立場では木っ端団員の生死などまるで興味ない事柄なのだから。

 しかし。

 火星支部隊員が直接の上長、新江・プロトには別の思惑があった。

 即ち“三度目”の逃亡阻止。

 逮捕できれば問題はなかった、されど逃亡を図るならば──生死を問わず。

 

 ギャラルホルンの隊員たちは血に飢えた殺戮者ではない。

 それでも仲間たちを幾人も殺害せしめた武装テロ組織、火星に巣食い秩序に害為す宇宙ネズミに掛ける情も持ち合わせてはいなかったのだ。

 少年兵の何れかが放った拳銃の弾が装甲車の表面を叩いた時。

 銃口を構えた隊員たちは上長の命令を遵守し、また指揮官は一片の容赦もなく遂行の判断を下した。

 

『撃て』

 

 砲火が郊外の一角に鳴り響いた。

 数十を超える鉄華団団員に降り注いだのは無慈悲な火線、誰ひとり逃がさない鉛の意思の具現。

 取り囲むモビルワーカー隊による一斉射撃であった。

 口径と威力が自動小銃を遥かに凌駕する、掠めるだけで肉抉れ当たれば人の体を引き裂く銃弾が毎秒数十数百の速度で連射される。

 銃器を片手に抵抗を図った者もいる、背を向けて逃走に賭けた者もいる。巨体を盾に誰かを守ろうとした者、ただ呆気に取られて棒立ちだった者もいた。

 混迷の彼らに銃弾は差別をしない。

 機知も勇気も無謀も献身も後悔も、振るわれた弾雨は何もかも全てを平等に飲み込んだ。

 

******

 

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」

 

 ユージン・セブンスタークは薄暗いトンネルの中を走っていた。

 既に先行した脱出班を追いかけて闇の中をひたすら出口を目指す。隣を走る者はいない、後ろに続く者もいない。

 囮を務めて逃げ延びた者は彼ひとり。

 数知れぬ爆撃砲撃によるものか、復旧したケーブルの通信も繋がらない、誰とも連絡が取れない状態。

 ──気が付けば頬が濡れている、酷い汗だ、それともトンネルに滴る水流でも浴びたのだろうか──彼は自身の涙だと決して認めることはなかった。

 それを認めてしまえば意気が砕ける、自分ひとりで逃げている今に膝が折れる。

 それだけはしてはならない、オルガは言ったのだ、止まるなと。

 進み続ければ道は続くと言い遺したのだ、この長いトンネルのように。

 

 鉄華団の本拠地からクリュセまで続くトンネルだ、人の足では相当に時間がかかる。孤独に走り続けるには辛い道行。

 それでも敵から逃げるように──実際逃げているのだが──誰かに追われるように彼は走る。狭く昏い道の先に明るい未来が待つと信じて。

 囮を務めた最後の生き残り。

 絶望に屈せず暗闇を走り続け、歯を食いしばって出口の光に辿り着く。

 仲間たちと合流する。

 オルガの命令を守る。

 

 ひたすら念じ、ただ一心に足を進めていた彼は気付けなかった。

 トンネルに伝わる地響き、揺れ、激しい戦闘を示す音と振動の全て。

 それらが後ろ、置いてきた基地方向からでなく目指す出口から伝わるものがあったことを。

 家族の誰も地獄から逃れ出た歓声を表さず、出口の前で、脇口で後続を待つ仲間ひとり居らず気配すらなかったことを。

 だから彼が最初に気付いたのは──

 

 ──強烈な血の匂いがした。

 彼も職業柄、幾つもの鉄火場を潜り抜けた経験上、そして阿頼耶識システムを用いた操艦に、流血の現場は手慣れたものだった。

 そして何より、彼の人生で血の匂いは命に関わる大事に直結していたのだ。

 故に出口の先から吹き付ける風、空気の流れから猛烈な血臭に意識が覚醒した。

 させられた。

 

「……なんだよ、おい」

 

 知れず独白する。嫌な予感が口を付く。

 走る速度は失われ、よたつく足取りでどうにか光の先へと辿り着く。

 だがそこは未来に繋がる外界などではなく。

 血まみれの断崖だった。

 

 副団長ユージン・セブンスタークの視界は極端に狭まった。

 彼の目に映るのは火星の大地にもどこか似た赤い世界。

 流れ過ぎ、コンクリート上で飽和した赤黒い液体がペンキのような質感で水たまりを作っている。

 地面に転がるのは風雨に晒された岩石──違う、滴る赤い液体を塗した物体は不規則に並び、横たわり、地に伏して。

 多くが損壊しながらも、それらが身に付けた衣服は彼のよく知るもので。

 緑地に赤い花の印章を背負った団服、家族の証明、若い新人たちが憧れをもって袖を通した──

 

「なんだよ、これ」

 

 鉄錆と硝煙の匂いがむせかえる広場で不規則に並ぶ岩塊たち──違う。

 破損し、引き千切れ、ズタズタに裂かれ、朽ちた石のように転がる彼らは。

 岩のように物言わぬ物体と成り果てた彼らは。

 決して散らないはずの

 

「なん、だよ、これはああああ!!!」

 

 怒りか、悲しみか、発した当人すら判然としない慟哭が血染めの廃場に轟いて。

 ズドン。

 一発の銃声が上書き呆気なく幕を引いた。

 

「お前、何撃ってんだよ」

「いやいや、トンネル近くにいたから逃げられるかと」

「あー、それはしょうがないな」

「逃亡決められるよりはいい判断じゃね。あんな危ねー奴らに近付きたくもねえ」

「しっかし死体処理班の連中は気の毒すぎる、後始末大変だろ」

 

 それが鉄華団掃討戦で放たれた最後の銃弾。

 元より勝敗の決まっていた戦いは、世間の誰もが予想した通りの順当な結果にて終結宣言が出される。

 その報道が火星全土に流れたのは夕刻前。

 地上が闇に閉ざされるより早く、世界には秩序が示され火星には安堵がもたらされる。

 

 鉄の華は散らず。

 されど血を浴び、錆れ、ただ廃墟に朽ち果てた。

 

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