クーデリア・藍那・バーンスタイン氏、テロ幇助の疑いで当局に拘束さる。
火星史に残る逮捕劇は鉄華団掃討戦の同日、メディア各位が報道した大規模軍事作戦の裏で密やかに行われた。
これは意図されたタイミングである。
ギャラルホルン火星支部は旧時代のケーブルを通じて鉄華団の拠点が通信を回復させている事実を知っていたため、掃討作戦が行われるまではクーデリアをあえて放置。異変を察知されぬよう彼女の周辺に手を出さないよう徹底していたのだ。
鉄華団掃討作戦が大過なく開始され、外部からの干渉を再び断った後。
ギャラルホルン火星支部の警務局員がアドモス商会に乗り込み、逮捕状を開示しつつ彼女の身柄を抑えたという。氏の逮捕は速やかに、そして密やかに行われたため連行される瞬間をカメラに収められることはなかった。
『クーデリア氏逮捕のニュース、にわかには信じられませんが──』
『こちらギャラルホルン火星支部前、報道官発表により氏逮捕の一報が事実であると確認されました。繰り返しお伝えします──』
火星に名立たる著名人、高名にして清廉潔白なイメージで知られた彼女が当局に逮捕されたニュースは夜半頃に報じられ、クリュセ市民に変わらぬ日常が戻る前に降り注いだ新たなる驚愕の内容は遠く離れた鉄華団掃討戦のそれよりも世間を騒がせることとなった。
人々が驚き震撼した原因は逮捕そのものも大きな一因を置くが、世間を最も驚愕させたのは逮捕理由だろう。
テロ幇助。
この罪状が何より彼女の清廉なるイメージにそぐわない、意外性に満ちた理由だったのが世間に衝撃を与えた度合いが大きかったのだろう。それにクーデリアと鉄華団の関係は誰もが知るところ、両者の躍進は2年前のエドモントンに至る旅路とその成果がもたらしたものだ。
よってクーデリア氏逮捕の第一報が飛んだ後、衝撃の後に生じた反応の多くは疑義と反発、『そんなことは有り得ない』『何かの間違いだろう』『冤罪だ』と当局を非難するものが大半を占めていた。
『過去の接点をして今の罪とするのは道理に合わない』というわけだ。
しかし。
彼女の逮捕理由が事実であることを宣伝するかのように、メディア各局は様々な形で当局の判断が誤りでない“証拠”を取り上げた。
クーデリアと鉄華団団員が接触している様子。地球圏決戦後に火星へと落ちのびた鉄華団団長がアドモス商会を訪れた映像。望遠で撮影されたものか、窓の向こうで彼女とオルガ・イツカが談笑している画像。
オルガ・イツカはエドモントン後の2年で急成長を遂げた火星企業の社長。代表たる彼もクーデリアに負けず劣らず火星市民は見知った顔。
日時入りの映像は彼らがクーデター後も親密な関係を維持していた事実を映した確かな記録であり、両者の表沙汰に出来ない良好な関係を万人に示した明白な証拠であった。
その上、クーデリアを告発する人物のインタビューが世間の関心と注目度に拍車をかけたのだ。
『──この度、私が弊社社長クーデリア・藍那・バーンスタインを告発した経緯についてお話させていただきます』
告発者、ククビータ・ウーグ。
アドモス商会でクーデリアの秘書をしていた彼女が語る鉄華団との関係。木星圏の大企業テイワズと裏で繋がりを持つ一方、ハーフメタル利権で交わしたリベートの存在。クーデター後も社の資産をテロ組織へと横流すに至り、告発を決意した旨を堂々と語ったのである。
福祉事業に尽力する顔は表向き。裏では反社勢力と癒着、火星に還元すべき金を甘い汁と吸いあげていた実態が暴かれた。
──本来は逆である。
火星を支配する経済圏に全て奪われる利権を一部でも火星の未来に役立てようと反社勢力と手を結び、得た黒い利益を福祉事業に還元する。これがドルトコロニーの悲劇を経て残酷な現実と向き合ったクーデリアの方針、綺麗ごとでは済まない政経姿勢であったのだ。
公共利益のために手を汚すことも厭わない政治的決断、そしてこの方針を秘書のククビータも承知した上で協力していたのだが。
私情に染まったクーデリアの選択が全てを破綻させた。
『氏の掲げた理想は我々アドモス商会に務める社員全ての目標であり希望の星でした。しかし自ら陣頭で旗を振った彼女自身が理想を隠れ蓑に私腹を肥やすただの野心家、不当な暴力を是とする革命家であったことは残念でなりません』
事実と誇張を巧みに組み合わせた報道内容はクーデリア逮捕の理由が誰の目に明らかな空気をメディアは醸成していった──無論そこには武器商人の意向が反映されていた。
そう、情報の出所はノブリス・ゴルドン。
彼がクーデリアを見張っていた際に撮影した数々の“証拠”である。そこには明確な悪意はあれど、映像自体は本物である。彼女が彼の警告を無視して鉄華団の援助を続けたのも全くの事実。
ノブリスの黒い思惑は“理由”に過ぎない。クーデリアがテロ幇助を問われる一点に限れば撮影記録を提出するだけで済んだ。メディア操作と工作を得意とする彼をして、虚偽を重ねる必要はなかったのである。
かくしてクーデリア・藍那・バーンスタインの名声は地に堕ち、血と泥に塗れ。
火星史に長らく残る汚点となった。
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鉄華団掃討戦より数か月。
ギャラルホルン火星支部の段階的規模縮小と並行してクリュセ自治区内の治安を取り仕切る自警団の結成が発表され、火星が名実ともに独立独歩への道を歩み出すきっかけが興った頃。
『革命の乙女』を裁く法廷の開催日時が決定した。
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裁判当日。
クリュセの中央地区に置かれた裁判所は、ちょっとしたお祭り騒ぎの様相だった。この表現は大袈裟ではなく、道の脇には屋台が置かれ見物人相手の商売に逞しい根性を見せる者も少なくない。
それほどまでにこの裁判は、いや、裁判に連れられる彼女への関心度が未だ高いことを示している。
ただし、場の雰囲気は決してポジティブなものではない。
「うわっ、すげえ人だかりじゃねえか?」
「そりゃ“あの”クーデリアの裁判だ、野次馬の数も歴史に残るかもってもんだろ」
「別にありがたいもんでもねえだろ、罪人だろ?」
「“悪魔の組織”鉄華団の協力者だかスポンサーだか黒幕だか、ロクな奴じゃないのは確かだな」
裁判所の門前に立つ自警団員が押し寄せる野次馬に警戒しつつも談笑を続けていた。集まったメディアや群衆が本格的に騒ぎ出すのは護送車が着いてからなのを承知しているからだ。
「恥を知れ、この売国奴!」
「テロリストの手先め!」
「お前のせいで何人が死んだと思ってる!!」
「……おっと、おいでなすったか」
護送車を目にするよりも早く、立て続けに起こり始めた罵声にて自警団員は被疑者の到着を知った。
人は一方的にかけた期待でも裏切られれば失望し、感情的攻撃的になり易い。メディアが果たした誘導のせいもあるが、クリュセの一般市民は大半が自警団員が語ったようなイメージでクーデリアのことを色眼鏡で見ていた。
ここまでメディアが取り上げた意見はほぼクーデリアを非難する内容に染まっていた。『悪女』『堕ちた偶像』『血塗れの魔女』『ヤクザの情婦』などセンセーショナルな表現で悪意もって叩かれていたことからも窺える。
しかしその一方で。
ドルトコロニー、アーブラウ議会選挙で語り草とされ『その弁舌、経済圏すら動かす』と謳われる彼女側の言い分、法廷で彼女が何をどう訴えるのか──それこそ民衆は娯楽を楽しむように注目もしていた。
果たして結果は悪女の断罪か、それとも華麗なる逆転劇か。この先にどのような悲喜劇が待ち受けているのか、と。
報道のカメラが待ち受けるど真ん中に停車したのは一台の護送車と前後に並ぶ警備の車輛。
周囲の注目を浴びる中、護送車より出されたのは両手を拘束され無地の衣装に身を包んだ女性。かつては火星の希望と称えられた革命家。
今では悪魔を従えた魔女と詰られる女性。
降り注ぐ罵声に、焚かれるフラッシュに、向けられた視線に。
被告人クーデリアは振り返りもせず、ただ背筋を伸ばし傲然と前を向いたまま裁判所への道を踏み締め歩いていた。
その彼女を潔いと見るか、開き直った態度と見るかは第三者の判断に任せるべきことだろう。
──ただし。
もし彼女が少しでも周囲に気を配っていれば、そこに知った顔を見いだせたかもしれない……とはとある識者の感想である。
識者が指摘した箇所、即ち報道陣の前をも変わらぬ姿勢で歩き進めた時。
その事件が起きた。
「クーデリア・藍那・バーンスタイン!!」
報道陣の人垣から飛び出した小太りの女性がひときわ大きな声で叫ぶ。
両手にはくすんだ鉄色の拳銃を握り締め、
「何が『革命の乙女』だ、魔女め!」
多くの野次馬が、メディア関係者が、警備担当者が聞いたと記録される怒声を先に。
銃声が轟き、鮮血と怒号を呼び起こした。
騒ぎ立てたのは外野とマスコミ、血を流したのはひとりの女性。
クーデリア・藍那・バーンスタインは凶弾に斃れ、裁判の場に立つことなく生涯を終えた。当局者によると複数の銃弾を浴びた彼女はほぼ即死、遺言の類はなかったとされる。
犯人の女性もその場で射殺され、事件の背景や因果関係の解明にはしばらくの時を置く。
かつて『革命の乙女』と持て囃され、後にテロ武装組織・鉄華団との黒い癒着が取りざたされた火星史最大の悪女が主役だった裁判にしては警護が緩かった──そう指摘する識者は少なからず存在した。
当局は件の自警団との連携を欠いての不備を認め、また合同警備の隙を突かれたのだと主張するも万人が納得できる理由ではなかったと当時の記録には残される。
この一連の事件にエリオン公ラスタル、ノブリス・ゴルドンが関わったとされる陰謀論を取り立てるマスコミや書籍も散見されたが、やがて判明した事実は予想を超えるものだった。
「それで、誰がクーデリアを殺させたのだ?」
ノブリス・ゴルドンの執務室では部屋の主が部下からの報告に耳を傾けていた。
結論からいえば衆人環視の下、白昼堂々とクーデリアの暗殺が為された件は彼にとっても寝耳に水。何故そのような事件が起きたのか関心事であった。
理由はひとつ、彼女の裁判は彼にとっても利あるものだったからだ。
此度の裁判でクーデリアの悪名はより注目度を浴び、それに比例して彼女を告発した『真なる革命の母』ククビータ・ウーグの評判もより高まりが期待できたのだ。
裁判に合わせてメディアに干渉し、クーデリアの悪行を必要以上に書き殴らせ、間接的に糾弾者ククビータの名をより喧伝する──そんな予定が事前に潰れてしまった。
(まさかエリオン公の仕掛けというわけでもあるまいに)
あまりにも不可解な結末に誰が何の目的で彼の計画を壊したのか、真相だけは知っておこうと思ったノブリスである。
『当局からの正式発表はまだですが、抜き出した情報によれば犯人の名前はモーリー・ギョウジャン。運動家アリウム・ギョウジャンの妻だったようです』
「……なに?」
『家宅捜索の結果、遺書が見つかりました。内容は夫の不審死が捜査もされず握りつぶされたのはクーデリアの圧力によるものだと──』
部下の報告を聞き流し、ノブリスは意外な名前の登場に心底驚いていた。
アリウム・ギョウジャン。
活動家団体テラ・リベリオニス代表であり、クーデリアを最初に表舞台に引き立てた恩師。しかしクーデリアの台頭で影響力を失墜、逆恨みで暗殺を狙うも鉄華団に返り討たれた愚かな男。
そんな小物の妻がクーデリアを暗殺したというのか。
『夫のコネで報道陣に紛れ込んだようです。それでやり遂げたのですから、執念というべきでしょうかね』
「……ふん、もういい。ご苦労だった」
組織的犯行、何者かの陰謀でなければ彼にとって関知するところではない。しかしモーリーなる女の予想は一部なりとも正解を掴んでいた。
アリウム・ギョウジャンの死は自業自得の類だが、彼を殺したのはクーデリアの護衛を務めた鉄華団の連中だと聞いている。無論彼らに誰かを私刑する権利などは無いのだから捜査案件のはずだが、警務局が殺人事件の捜査に動いた事実はない。
つまるところ警務局が動かなかったのは鉄華団とクーデリアに火星支部が配慮したからに他ならない。或いは自発的忖度でなくマクギリス・ファリドの意向だったのかもしれないが、そこまで事件の真相に興味を向けることはない。
しかし、とノブリスは呟く。
アリウム・ギョウジャンに見出された女はアリウム・ギョウジャンの妻により仇と討たれてこの世を去った。
自らの裡にあった“女”によって道を外したクーデリアは、他人の女によってその命を失った。なんともよくできた三文芝居の結末ではないか。
「因果は巡り巡って、か」
その不吉さにノブリス・ゴルドンは身を震わせる。
明日は我が身、狙われる心当たりはそれこそ星の数ほどにもある。彼自身に覚えのない過去の不始末がいつ何時降りかかるともしれないのだ。
身辺警護は怠るまい、ノブリスは必要経費をケチらない男であった。
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偽りの聖女、稀代の魔女が遂げた急なる死。されど執念の為した復讐劇もすぐさま日常の中に埋もれていった。火星は未だ発展途上にあり、死者の風聞にいつまでも付き合う余裕はなかったのだ。
クーデリアの劇的な転落と死の顛末が再び取り沙汰されるのは数十年後、とある作家の書いた歴史小説で注目を集めるのだが。
それはもう当事者たちの想いや人生とは関わりない、歴史を題材にした只の娯楽である。