アーブラウ代表・蒔苗東護ノ介のスキャンダルは経済圏に衝撃を与えた。
マカナイとチャド・チャダーン、経済圏トップとテロ武装集団残党とのきな臭い関係が取り沙汰されて以降、マスメディアに攻勢を掛けられたのはマカナイ本人だけであるはずもなく、
「アレジ議員、答えてください!」
「マカナイ代表は再び亡命先を探しているとの噂ですが事実なんですか!?」
「恥を知らないんですか!!」
焚かれるフラッシュの間を掻き分け渋面を作っているのはラスカー・アレジ。
マカナイ派の有力議員で2年前の議会選挙でも積極的にマカナイ支持のロビー活動を手掛け、彼の後継者に目された初老の人物。そのまま順調な議会運営を続けていれば次期代表も夢ではなかった大物議員。
しかし今、浴びせられるのは憧憬の眼差しではなく彼らの悪事を照らす真実の光であり、闇を切り裂く報道の刃であった。
「アレジさん……」
「いや、大丈夫だよタカキ君。最後に協力を決めたのはマカナイ先生であり我々だからね」
事務所に戻り止まぬ追及が窓ガラスを震わせる勢いで続く中、憔悴した様子のアレジを気遣った少年はタカキ・ウノ。
アーブラウ防衛軍事件を契機に鉄華団を脱退、紆余曲折を経てマカナイの私設秘書となった若者だ。見聞を広げるべくマカナイの下で学び、ゆくゆくは政治家を目指すと将来を見据えた鋭気に溢れた少年。
そんな彼にもアレジ同様、表情に影が差していた。弱々しく、それでも微笑みを浮かべてタカキに頷いて見せるアレジに益々恐縮する。何しろ彼としても一連の騒動は無関係ではない。
「アレジ議員、テロ組織・鉄華団との関係を詳しく!」
鉄華団。
この単語が遠雷の如き怒声と共に吐かれる度、タカキは怯えたように身を震わせ縮み上がる。それは彼の古巣であり、かつては腐敗したギャラルホルンに肘鉄を食らわせた民間の英雄であり。
今では稀代のテロ集団として悪口雑言の限りを尽くされる“世界の敵”の忌み名扱いである。
いわゆる『マクギリス・ファリド事件』の余波。『火星の王』を目指して叛徒に加わった鉄華団は惨敗の末に敗走し、火星の掃討作戦で文字通り全滅の結末を迎えた彼らが未だ糾弾の矛先に掲げられるのは、敗死したマクギリス・ファリドと異なり生き残りがいるからだ。
チャド・チャダーン。
目下のところアーブラウはもとより全世界で指名手配されたタカキの元上司が地球圏に潜んでいる──彼ひとりの生存がもたらす関心の熱量はアーブラウ議会に限れば『マクギリス・ファリド事件』の比ではなかった。
マクギリス事件が蚊帳の外、対岸の火事だったとすれば、チャドの存在はまさしく火中の栗。自らの囲炉裏でいつ爆発するともしれぬ不発弾、そして与党の牙城を崩す最大の武器でもあった。
「野党は一致団結してマカナイ代表の証人喚問を要求します」
「議長、裁決を!」
加熱する国内問題に論議は収まる気配を見せず、メディアはさらなる情報を求めて現在を追いかけ過去を掘り返す。時にハゲタカ、ハイエナと揶揄される彼らはさらなるスクープを見つけるべく追及し続け、粗探しの態を見せた果てにひとつの真実に辿り着く。
マカナイの私設秘書のひとり、タカキ・ウノ。
少年の経歴が洗われ、彼が元鉄華団団員だったことがついに暴かれたのだ。
「アレジ議員、事務所に鉄華団団員を雇っているというのは事実ですか!?」
「いつ頃から、どういった経緯で彼を身内にしたのですか?」
「その元少年兵が鉄華団との仲介役だったというのは本当なんですか?」
「答えてくださいアレジ議員、アレジ議員!!」
蒔苗東護ノ介とテロ組織・鉄華団を繋ぐ確かな糸がさらに補強された形に世論は沸騰する。
「……タカキ君、君はしばらくこちらに顔を出さない方がいい」
「………………分かり、ました」
アレジ議員の配慮、或いは厄介払いによってタカキは職場への往来を禁じられた。元団員の彼を身近に置くことにマカナイ派内部からも異論があったことは想像に難くない。妹と離れ、単身赴任で身を寄せたエドモントンのアパートメントに帰宅した彼は行き先の見えない情勢にただ時が過ぎるのを待つしかなかった。
──確かに。
マカナイと鉄華団の間で密約が結ばれたことはあった。それは2年以上もの昔、エドモントン攻防戦の前。マカナイを復職させる手伝いをする見返りを与える、団長オルガ・イツカと結んだ契約がそもそもの始まり。その頃はタカキも団員だったのは紛れもなく事実である。
その後に鉄華団がアーブラウ軍事顧問に就任したのはマカナイと鉄華団、そして間を取り持つマクギリス・ファリドとの密月関係をさらに裏付けるものであった。当時、鉄華団の地球支部でタカキ自身がナンバー2を務めていたのも悪情報を継ぎ足した一因であろう。
ただし、より正確を期するならタカキが団を抜けたのは地球支部撤収時。
団長オルガ・イツカが団員たちの要望に応えて──或いは圧力に屈して──テイワズと縁切りした挙句に新たな支援母体を求めてマクギリス・ファリド陣営への参加を決めるずっと前の話。
この事実を以って語れば、タカキをクーデターの共同正犯かのように扱うのは全くの不当。行き過ぎたマスコミ報道の犠牲者、元団員に対する風評被害の極みであると言えた。
しかし。
鉄華団は結成から滅亡に至るまで数々の不法行為を行い、彼らに利用価値を見出したマクギリスやマカナイによって隠蔽された経緯がある。
揉み消された罪がある。
そして両者が失墜し、司法の盾を失った今、埋もれた罪は過去より這い出でて彼の足首を掴み上げるのだ。
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自宅待機を余儀なくされたタカキの元を訪ねて来たのはふたりの屈強な男たち。マスコミを警戒した彼の予想は外れる。
ひとりは厚手のコートに身を包み、もうひとりは見慣れた制服姿。タカキは思わず身を固くする、それほどに警戒すべき制服、見慣れた制服だった。
報道で、町中で──戦場で。
「ギャラルホルン……」
「私はエドモントン市警のノルド、こちらはギャラルホルン警務局のハウデン一尉です」
「は、はい」
丁寧に頭を下げる2人組に剥き出しの敵意は無い。それでも何故かタカキの胸の鼓動は収まらない、むしろ嫌な予感が増していく。
まるで誰かの訃報を告げられるような──もつれる舌でどうにか用件を聞こうとする、揺れる視界に抗って。
「そ、それで何の──」
「タカキ・ウノさん。我々は鉄華団地球支部におけるラディーチェ・リロト氏の不審死について捜査しています」
今回は任意という形ですが署に同行してもらえますか──刑事の言葉がタカキの耳をすり抜けていく。
ラディーチェ・リロト。
勿論覚えている、彼の中ではケジメをつけて終わった案件。終わらせたはずの案件だった。
それが今になって、どうしてこのタイミングでそんな名前が。
「な、何故……?」
「さて、それを立ち話で済ませるのもどうかと思いますが。ご同行願えますか?」