「さて、それを立ち話で済ませるのもどうかと思いますが。ご同行願えますか?」
任意同行は拒否も出来る要請だが、刑事の口にした名前が聞き捨てならずタカキ・ウノは連れられるがままに市警へと足を運んだ。
場所は市警の取調室、壁にもたれかかるギャラルホルン隊員を尻目に正面に座るノルド刑事は淡々とした語り口で話を始めた。
ラディーチェ・リロトの不審死。
それは1年ほども経過しない出来事、鉄華団地球支部での不明事件。
アーブラウ防衛軍事件が終焉を迎えた頃、地球支部のナンバー1が爆弾テロにより入院の憂き目にあっていた頃、支部内で不審な死亡事案が発生していた。
木星圏の大企業テイワズからの出向社員、ラディーチェ・リロト監査が“なんらかの理由”で死亡し、当局が碌に捜査しないままで放置されていたことが反マカナイ派のリークからスクープされたのだ。
紛争状態であれば関係者の死亡事故は珍しくもないだろう、しかし氏は戦闘員ではなく内勤の監査。とても戦場に出る立場ではなく、また地球支部も攻撃を受けた報告は為されていない。
ならば何故、監査なる役職の人物が紛争末期に戦場から遠く離れた安全地帯で死亡したのか。そして捜査も為されぬままに処理されていたのか。マスコミ報道が過熱する中、とても見過ごせない一件だとして司法の手が今更ながらメスを入れたのだ。
──無論タカキは知っている、ラディーチェ・リロトの死の真相を。
「マクギリス・ファリドとマカナイ派閥の議員たちの癒着を辿る中、警務局との合同捜査で明らかになったのが防衛軍事件での隠蔽工作。ラディーチェ・リロト氏の殺害隠蔽というわけです」
当時のギャラルホルン地球外縁軌道統制統合艦隊はマクギリス・ファリドの支配下。地球方面で専横を振るった彼はガラン・モッサなる傭兵とラスタル・エリオンの関係追及には熱心だった一方で傭兵と繋がりあったラディーチェ周辺の動きは調査するどころか一切の捜査をしないよう警務局に指示していたのだ。マカナイ代表も市警に対して同様の指示を出したのだが、此度のスキャンダルに乗じた反マカナイ派のリークによって明らかにされていた。
ギャラルホルンとアーブラウの権力者に庇護された者の横暴が、権力者の失墜によって陽の下に晒されただけの話である。
「ギャラルホルンの政治介入を厭うて再選したマカナイ氏がその実ギャラルホルンのクーデター派と共犯関係だった──実に衝撃的な事実ですが、今我々が問うべきは別の話です」
市警の取調室で刑事ノルドは淡々と因果関係と現状を照らし合わせていく。
事件当時、重体だったチャドに代わって地球支部の実質ナンバー1だったのはタカキ・ウノ。
被害者ラディーチェ・リロトは親企業テイワズより派遣された監査、団内部で不正行為が行われていないかチェックする地位の人物であった。
「そもそも監査という役職がどのような務めを任されているのか。支社のナンバー2であり政治家秘書のタカキさんはご存知ですよね?」
「……ええ」
「言ってみれば社内のお目付け役、警察のようなものです」
監査とは監視と査察を行う者である。
具体的には社内の業務や会計、環境が健全であるかを調査、不正──法令違反や契約違反──がないかを検める。特に親会社の派遣した外部監査ともなれば経営状態を派遣元に報告する役目があり、派遣先の“都合”とやらに配慮しない第三者視点でもって測る。
故に派遣先の社員からは疎まれることも珍しくはない。
「監査が社内で不審死を遂げる、こういったケースの場合真っ先に疑うのは謀殺です。分かりますか、謀殺」
「……」
「ええ、会社内で行っていた不正、後ろ暗いことが発覚しないよう隠蔽のために殺すわけです。監査ってのは我々警察に似て悪いことをした奴から憎まれる因果な商売ですよ」
ほとんど口を開かず、ただ聞き手に回っているタカキを急かすでもなく、刑事ノルドは机をコツコツと叩きながら話を続ける。
むしろこれからが語って聞かせる本番だと言わんばかりに。
「被害者であるリロト氏の身辺を洗う途中で色々と興味深いことが分かりました。氏は監査役、派遣先の内情を調べるのが仕事だった。しかしここで複数の奇妙な証言が取れています。曰く『鉄華団との折衝を行う際、前面に出て交渉を行っていたのは彼だった』と。軍関係の幹部や担当官が口を揃えてそう証言してくれました」
「……」
「ええ、分かりますかタカキさん。こんなことは普通有り得ないのです」
外部監査の役目は見張り。決して出向先の仕事を手助けすることではないし、手助けしてはならない。むしろ職務違反と責められてもおかしくない行為だ。
にもかかわらず、ラディーチェは違反を行っている。それも一度や二度ではない、むしろ常態化していたというべき頻度で。
これは異常事態だ、今まで発覚しなかったことが有り得ない程に。
──そしてもし有り得たとすれば常識を超えた事情を孕む。
「例えば──派遣先による買収」
「……え?」
思いもよらぬ単語にタカキの表情が揺れる。何を言われたのか理解できない、そんな顔で刑事を見返す。
「これは私の推測ですが。タカキさん、あなた方はリロト氏を買収し、地球支部を健全経営に見せかける工作の協力をさせましたね?」
「え」
「そうとでも考えなければ辻褄が合わないのですよ。例えば鉄華団がアーブラウとの交渉を上手く進められなかった場合、リロト氏が行うべきなのは親会社テイワズへの現状報告であって交渉をまとめることではありません」
しかし実態はどうか。ラディーチェは地球支部の交渉下手を上に報告するどころか彼自身が窓口に立って折衝を纏め上げる尽力を行っていたことになる。
これは明らかに監査に求められる役割と真逆だ。
そして道理の合わない行動には必ず理由が存在する、刑事ノルドはそれを金銭だと解釈した。事情を知らない人間には最も納得がいくであろう打算的な関係を。
真実とは掛け離れた答えを。
「鉄華団は氏を買収、親会社のテイワズに良い報告を出来るよう交渉内容をまとめさせていた。成程、調べる本人が嘘を付き易くする形で妥結する方が楽といえば楽だったでしょうなあ」
「ち、違います」
「しかし共犯関係にも限界は訪れた。虚偽報告で誤魔化せなくなったのか、それとも金額面で折り合いが付かなくなったか。いずれにせよ共犯関係が破綻しあなた方は保身を図ってリロト氏を裏切り、撤収に乗じこれ幸いと口を封じた──違いますか?」
刑事ノルドの推理は的外れである。むしろ両者の埋めがたい溝と対立より生まれた真実からもっとも遠い、正反対の可能性を編んだ妄想だった。
それでも彼の説は筋が通っていた。中立的な監査が好意で手助けした、そんな説明よりはずっと有り得る可能性。
ただし真実はもっと複雑怪奇なものである。
融通が利かないとは言われたものの、生真面目なラディーチェは極めて公平に監査としての職務を全うし、着任早々テイワズに地球支部の火星事大な情実経営と事務作業の怠慢を報告、改善命令が下るよう求めた。
しかし彼の熱意は無視され、改善を指示するどころか企業代表マクマード・バリストンから優遇的に配慮するよう命令を受ける。忸怩たる思いで監査の身ながら地球支部の事務方を取り仕切る羽目となる──このような流れ、テイワズの鉄華団贔屓な内情を知らなければ辿り着けないだろう。
企業トップによる極度な贔屓が引き起こした荒唐無稽な真実と比べ、第三者からすれば刑事ノルドの金銭トラブル説はまだ有り得る事象に留められた内容だったのだ。
当事者のタカキにすれば見当違いの羅列。
しかしラディーチェは鉄華団の甘言に惑わされ、利用された挙句に殺されたのだという内容がタカキを刺激した。激昂させた。
タカキ・ウノは自らの意思で鉄華団を離れた立場だった。
“家族”の安定を願いながらも無軌道さに歯止めかからない団長の姿勢に危機感を覚え、本当の家族である妹フウカを選んで脱退した身。
それでも団員を嫌悪しての離脱ではなく、彼らへの愛着も多分に抱え。
『英雄』から『悪魔の組織』と手のひらを返され、悪し様に罵られ。
元団員の経歴で腫物のように扱われ。
末にあらぬ容疑で加害者扱いされた少年の理性はタガが外れた。
「違う! 裏切ったのはラディーチェさんの方です!! だから」
「だからリロト氏を殺害した、と?」
所詮は子供である。政治家に師事し勉学に励み始めたと言っても子供。
ラディーチェが彼らの何を嫌い、厭うて裏切ったかを未だ心から理解していない子供。
激した台詞の上げ足を取られ言葉に詰まったタカキの代わりに綴ったのは、それまで成り行きを見守っていたギャラルホルン隊員。
「我々警務局が火星の活動家団体テラ・リベリオニスのガサ入れを行った時、何故か代表の人間が捜査中に死亡した事案がありましてね」
「ほう、実に興味深い」
「その事件にも鉄華団が絡んでいたんですよ。そしてギャラルホルン火星支部はマクギリス・ファリドとの関係が強かった──今回の一件と似ているとは思いませんか?」
既に知悉した情報の説明に対し、白々しく感じ入り深く頷く刑事ノルド。
有り得ざるタイミングで有り得ざる死亡事件、見過ごされ行われるべき捜査が行われない案件。何れも鉄華団が関わり、鉄華団にとって邪魔な存在が都合よく死んでいるのだ。怪しむなというのが無理というもの。
「さて、あなたに尋ねましょう。先例に倣い、全ての責任をラディーチェ・リロト氏に押し付け、殺害を命令したのはあなたですか? 元鉄華団地球支部代表代理タカキ・ウノさん?」
「……っ」
タカキ・ウノは苦境の極みにあった。
刑事の語った推測は全て間違い、彼は鉄華団のルールに従って裏切者を処断したに過ぎない──ただそれは団内でのみ通じる規則、外の世界ではただの犯罪だったというのだ。
当時の彼は監査なる役職の理解も足りていなかった。ただの事務方だと思っていたのだ。だからこそ他の団員──自分やチャドも含む──が不得手な仕事を手伝わせるのも家族なら当然と悪びれず、また当たり前だと考えていた。
団員は家族……この思考こそ年少の団員たちがラディーチェを“むかつくおっさん”と排斥する一方、事務職を厭う上層部からは“家族だから”と職務外のことを平気で押し付けられた理由。
「もっ……黙秘権を行使します」
「ええ、構いません。勾留期間はまだまだ充分にあります。一度は捜査自体を否定された市警の面子にかけて、君の口を割らせてみせますよ」
それはタカキが師事した先で得た知識。
黙秘権、供述したくない事柄に対する沈黙を許される権利。
しかし同時に供述自体が己の不利益に繋がると認めているに等しいことまで少年は理解しきれていない。
黙秘とは、強引な自白を迫るような状況を除けば直接間接問わずの関与を肯定したのとほぼ同義なのである。そのことを知る刑事ノルドはタカキの尻尾を掴んだ満足の表情を押し殺し、
「ですがね、ひとつだけ言っておきましょう」
「……」
「トカゲの尻尾切り。代表代行であったあなたがやらかしたのはそういう行為です。組織のトップとして責任を負わず、誰かに押し付けて無かったことにする。知らぬ顔で組織から足抜けする──警察組織の一員として見過ごせない、卑劣な犯罪です」
ぐい、とタカキの顔を覗き込む刑事ノルドは声を低くして言い切る。
「恥を知れ、この卑劣漢」
上からの圧力で職務を蔑ろにされた市警の人間として、今度こそ全うしてみせると静かな意気込みを以って相対した。既にスキャンダルの火薬庫と化した元団員たる彼に改めて救いの手を差し伸べる議員はいない──。
******
拘置所でひとりタカキは自問する。
自身があの時、ケジメとして断行した事は何だったのか。
ケジメ。
オルガ団長がよく口にした、敵対者に責任を取らせる行為。そのほとんどは法外な金額請求か、命の取り立てだったことを覚えている。
団長の前例に則り、彼が裏切りを行ったラディーチェに責任を取らせた
──直前の問答を思い出す。
タカキはラディーチェに問うた、何故嘘を付いたのか。
ラディーチェは答えた、地球支部を守るために合理的な判断をした結果だと。
返答を聞き、彼はラディーチェを射殺した。
自分も選ぶ、自分自身の判断で選択し行動を選ぶと裏切者を射殺した。
けれど。
何を選び、何を守ろうとしたのか。
(あの刑事さんは言った、俺のしたことはトカゲの尻尾切りだと)
家族を裏切り、無為な損害を出したことの責任はラディーチェにあった。
しかし、その他の責任は。
代表代行が何ら責任を負わず、地球支部内の全ての問題──折衝や帳簿管理、各関係機関の調整に至るまでをラディーチェに押し付けていた、事務仕事を他人任せで過ごしていた問題すらを彼に押し付けて。
地球支部撤収の残務処理を行っていた時、あらゆる帳簿の行方を知らぬ存ぜぬと答えた彼に副団長ユージンは「事務方は随分前からラディーチェに牛耳られていたんだな」との感想を述べた。
それに彼はなんと返事をしたか──無言を通し、ラディーチェの責任に転化した。
彼やチャドが何もしていなかった過去は伏せて。
自分達の怠慢を棚に上げ、彼が不当に内情を牛耳っていた態で処断して。
退職金を受け取り、次の就職先まで世話になって。
彼自身はどんな責任を負ったのだろうか。
『恥を知れ、この卑劣漢』
刑事の言葉が胸に突き刺さる。
他人には命で贖わせ、己は傷ひとつ負わず、丸腰の人ひとり殺しながら呵責を覚えることすらなく終わったことと日々を過ごしていた。
政治家を夢と目指し、旧悪からは目を背け、意識にすら置かず。
だが皮肉にも鉄華団を離れ、団の規律・団の正義以外の物の見方がある事を知った彼には刑事の一言が痛みを伴う疵となった。
痛痒も感じなかった自身の行為を罪と理解し、狭い世界の中で当然の義務と権利だと執行した過去の愚かしさが彼の足首に絡みついて解けない。
ほどけない。
******
かくして、狡い大人たちの庇護を失った少年の心を揺さぶり、熟練の刑事が本人から自供を引き出すのに左程の時間はかからず。
タカキ・ウノはラディーチェ・リロト殺害の容疑で逮捕、起訴されるに至り、逃亡犯チャド・チャダーンの地球潜伏幇助と併せてマカナイ派勢力を大きく減ずる一因となった。
己が罪を自覚せず、歪んだ価値観の世界に棲んでいた少年の身柄は未成年ということもあり少年院送致の保護観察処分となる。
マカナイ閥の消滅を待つまでもなく、大人たちに守られた無責任な少年の甘い夢はこうして終わりを告げた。