鉄血のオルフェンズ 二度と咲かない鉄の華   作:抹茶ほうじ

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情によって滅ぶ(2)

 鉄華団の悪名により経済圏アーブラウの情勢は揺れていたが、その影響は他の経済圏にも伝播する。特にSAUとアフリカユニオンはアーブラウのテロ幇助に関し徹底した責任追及と経済制裁の提言を行うに至る──無論口実である。

 SAUは紛争で受けた損害のより高い補償を勝ち取るべく、そしてアフリカユニオンは2年前のドルトコロニーでの企てを鉄華団とクーデリアに邪魔された労働者掣肘のツケを払わせるため、国益に沿ってアーブラウを締め付ける点で協力したのだ。

 残るひとつ、オセアニア連邦はマカナイの亡命を受け入れていた勢力。比較的マカナイ閥に友好的な政権だったが、他の経済圏を敵に回して擁護する程に強固な関係でもなく、マカナイに未来が無いことも理解していた。消極的ながらも経済制裁に同意し、アーブラウは国際情勢的にも劣勢を強いられることになる。

 

 だがこれらは経済圏間のパワーゲームに過ぎず。

 鉄華団、彼らの忌み名が本格的な動乱の火種となったのは遠く離れた世界。

 ──木星圏である。

 

 地球より遠く離れた高重力の世界ではギャラルホルンの手も簡単には及ばず、その場を支配するのは独自に暴力装置を備えた企業体だった。

 群雄割拠の態を為す木星圏を実質支配するのは『テイワズ』という巨大企業。

 その規模は構成員数でギャラルホルンを凌ぐと言われ、圏内に一大勢力を築いていた彼らは旧時代の島国に存在した『任侠』なる体制を敷き、盃事を交わしての義親子・義兄弟の契りを結び尊ぶことで上下関係を保っていた。

 力による支配、義理による体制。

 そんな彼らに件の炎が延焼したのだ。

 

******

 

 大型惑星間巡航船『歳星』。

 この移動するスペースコロニーとでも言うべき巨艦が企業複合体テイワズの本拠、木星に覇を為す母体である。都市機能を有した組織運営の中枢、下部組織の本部などが集中しているテイワズの頭脳にして心臓。

 この船の中で企業トップ同士の定期的な話し合いの場──『幹部会』が持たれる。巨大組織である以上、上下のみならず左右横の繋がりも非常に重視される以上、参列する人数は経済圏の議会にも引けを取らない数となっていた。

 巨体を腐らせぬよう頻繁にやり取りされる組織間のコミュニケーション。地球圏で鉄華団スキャンダルが燃え盛る頃にも、ちょうど幹部会が開かれた。

 

 幹部会。

 企業代表マクマード・バリストンをトップに各企業の重役が顔を合わせる議会場。前回までは人数の割にどこか空虚な雰囲気が漂っていた。理由は言うまでもない。

 ジャスレイ・ドノミコルス。

 名瀬・タービン。

 組織の実質的ナンバー2と若頭候補筆頭、金庫番と輸送部門の長、この両名がほぼ同時期に死亡したのだ。大企業とても本社を支える大黒柱を2本失う事態に動揺したのは当然なのだが、問題は2人が死んだ経緯も大きく関与していた。

 即ち“内紛”。

 ジャスレイと名瀬の関係が決して良好でなかったことは多少なりとも内情を知る立場なら把握していたことだ。

 元は輸送部門をも統括していたジャスレイのシノギを名瀬が取り仕切るようマクマードが差配した過去に由来する諍い。両者の価値観や人生観の違いからも水と油、距離を縮めるどころか差が広がるばかりの対立に暴発を危惧する者は組織内にも少なくなかった。

 事情を知らぬ者も、知る者──名瀬の死後、舎弟だった鉄華団がジャスレイを暗殺──も、そうなるまでに仲裁する等なんら手を打たなかったマクマードに不審の目を向けるのはやむを得ないことだった。

 そんな思いがどこか白けた、話し合いの場を設けたところで……という気の抜けた雰囲気を醸成していたのだが。

 今回は事情が異なり、異様な熱気が室内に渦巻いていた。

 

「オヤジ、これはどういう事なのか、納得いく説明をしてもらおうじゃねえか」

 

 上座に腰掛けたマクマード、マフィアのドンに叩き付けられたのは畏敬を欠いた罵声に近しい糾弾。

 糾弾者はニコール・ヘイルダム。JPTトラスト、亡きジャスレイが取り仕切っていた商社の幹部役員。彼が手にしたのは地球圏のニュース報道を映したタブレット記事。

 地球圏よりもたらされた報道、これが幹部会に不穏な空気を漂わせる根本的な原因。

 

 『逃亡犯チャド・チャダーンの逃走ルートを辿る!』と大々的に銘打たれた記事が写した複数の画像は監視カメラから抜粋したのか、空港内に潜むチャドらしき人物の動向が幾つも捉えたものだった。

 その中の一枚。

 チャドが空港の玄関口ではなく、貨物輸送のカーゴに紛れて輸送船に乗り込む姿を捉えた一枚。

 彼が乗り込んだ輸送船は──

 

「これ、オヤジが直参に取り立てた輸送部門の、元タービンズの女どもが預かってる船じゃねえですかい!?」

 

 マクマードの沈黙に反して場内がざわめきに揺らぐ。常ならばマクマードを恐れ、敬い、余計な私語などはまず起こり得ない議会場に走った衝撃の大きさが伝わる指摘だった。

 ニコールの舌鋒は止まらない。

 

「答えられねえんですかい、オヤジ。女どもが勝手したのか、それともオヤジが指示したことなのか。大物ぶって黙ってねえで口を開いたらどうなんだ!!」

 

 ──念のため確認しておくが、テイワズは企業体を繕った反社会勢力である。

 MSを始めとする兵器の密造、自ら開発した武器の売買とそれに伴う密輸、警備とは名ばかりの傭兵派遣、そういった違法行為は茶飯事のマフィアだ。

 そんな彼らにとっては犯罪者の輸送、逃亡補助などは別段おかしな業務ではない。金になるなら請け負う、当たり前の仕事と認識するだろう。

 故に男は犯罪幇助と受け取られるテロ集団の逃亡に組織の輸送船を動かした点、そんなつまらないことを追及しているのではない。

 

 鉄華団を手助けした、その一点こそニコールが激しく糾弾する点である。

 

「盃を返した奴らを手助けするなんざあっちゃいけねえ事だ。確認するまでもねえ、あんたが日頃口にしてた絶対の規律じゃねえか、なあオヤジ。それを黙ってるのは後ろめたいからなのか、それともボケて耄碌しちまったのか」

 

 支配体制に『任侠』なる制度を取り入れたテイワズにとって『盃事』は組織の内と外を隔てる絶対的な儀式だった。

 盃を交わした者は身内、以後は親兄弟と等しく仁義に悖らず便宜を図り、または親身に互いを敬い慕う、血の繋がりよりも濃い水の関係を結ぶ誓い──実際にそこまでいかずとも、単なる企業間の信頼関係を超えて築く契約と重視され、強固な関係構築が他の企業体を圧倒する勢力と成長した基盤でもあった。

 鉄華団もタービンズ主導でテイワズと盃を交わし、身内入りした企業だったのだが。

 彼らは盃を返した。

 ──この行為、任侠ではこれ以上ない最悪の縁切り手段。

 『お前/あなたを見限る』との意思表明を体現した証。

 

 盃を返す真意は問題にならない。

 それがたとえ親に迷惑をかけないために行う配慮であったとしても、二度と関わらない、交わらない、接触しない──そういった態度を示す形式。

 ダインスレイヴ違法所持でギャラルホルンの捜査対象となった名瀬・タービンが盃を返すことでテイワズに捜査が及ぶことを阻止したように、本当に後の無い縁切り手段なのだ。

 鉄華団はマクマードの命令に背いてジャスレイ達を皆殺すため、組織と無関係の行為であると示すために盃を返した。

 にもかかわらず。

 マクマードは最悪の縁切りをした鉄華団を支援、直参の輸送部門を動かしてまで逃亡を幇助していた事実が暴露された。

 彼の行いは企業トップによる背任行為、規律を守れという側が為した規律の無視。

 強固なテイワズ体制を築いた秩序を、よりにもよって代表のマクマード自身が蔑ろにしたと糾弾されて当然の行為だったのだ。

 これが親父に対する無礼を他の幹部や参列者が咎めずに見守る理由。報道が事実なら、組織のトップが組織を形作る最大の規律を破ったことを意味するが故に。

 

「オヤジ、答えろ。これは女どもの独断か、それともあんたの指示なのか、いつもみたく偉そうに答えてみせろ、マクマード・バリストン!!」

 

 ニコールは仇を見据えるような殺気溢れる視線でマクマードを睨みつけ、父親と敬うべき男を呼び捨て叫ぶ。

 彼はジャスレイ・ドノミコルスと盃を交わした義理の弟のひとりなのだ。巨大組織のナンバー2ともなれば単純な暴力だけで務まるはずもない。やや強引な手法を取りがちだったジャスレイを嫌う人間がいた反面、頼もしい兄貴分だと慕う人間も等しく居たのである。

 義弟ニコールが義兄を殺した鉄華団を恨むのは当然だが、盃を返した彼らに律を守るべきトップが肩入れした、この関連がニコールの怒りと憎悪をさらに煽った。

 元々ジャスレイはマクマードが鉄華団を必要以上に贔屓する傾向を批判していた。名瀬やマクマード自身はどこ吹く風と受け流していたのだが、今回の一件はジャスレイの非難が的を射た指摘だったことを裏付けてしまったのだ。

 マクマードは成果よりも依怙贔屓に傾倒し組織の屋台骨を揺るがした、と。

 それでもギリギリのラインで彼は踏み止まっていた。元タービンズの女たちが独断で助力した、そうであればまだ。

 

「答えろ、マクマード!!」

「……そうがなり立てるなよ、若造」

 

 一挙に空気が張り詰める。

 マクマードが無為な返事したからではない。ニコールが銃を抜いたからだ。

 元より不穏が満ちていた会議場が鉄火場寸前の気配に塗り替えられる。親に銃を突きつける、盃を返すに等しい行為はもはやこの場を冗談では済ませる気が無い決意の証。

 やや震える声のニコールに対し威風堂々、落ち着いた態度で若者を見下すマクマード。他者から舐められないようにする姿勢が常態化した佇まいは誰もが風格を感じさせるに相応しい振る舞いだっただろう。

 彼は巨大組織の長として本音を隠したまま面倒事をやり過ごして来た。今回の窮状もそれで乗り切る腹だった。本音を返せばマクマードが律を犯して鉄華団を依怙贔屓した事実を認める、他人を仕切る立場としてそれは避けねばならなかった。

 マクマードは悪びれず、ふてぶてしく、変わらぬ大樹として子分を睥睨し君臨するつもりであった。今まで通りに、これからも。

 

 ──されど。

 やはり彼の目は曇っていたのかもしれない。頂点に座する全能感、危機感を欠いた日々で心が鈍っていたのかもしれない。

 銃握る男の手に震えが一切走っていたなかったのは見過ごしたのだから。

 名瀬のために盃を返した鉄華団は高く評価しながらも。

 ジャスレイのため義侠を示す男がいるとは微塵も思わなかったのだから。

 

「答えろ!」

「ふん、冗談はよしておけ」

 

 それがマクマード・バリストン最期の言葉だった。

 銃声は3発。たゆまず上座を貫き、血のシャワーが室内を赤く染め上げて。

 古豪の曇った瞳から光が失われ、立て続けに上がる悲鳴、怒号、新たな銃声。

 これが木星圏の雄、テイワズ崩壊の号砲となる。

 

******

 

 テイワズは組織の基盤となる規律を失って空中分解を起こす。

 任侠を土台にした上下関係、盃の誓いを組織のトップが無碍にしたのだ、今更誰がありがたがるというのか──後は身内企業同士で他者を取り込もうとする泥沼の同士討ちが始まった。

 元は力頼みで支配権を争ったヤクザ者、荒くれ者の集まりだ。最低限の規律を失った彼らの撒き散らす暴力は容赦なく他者を排斥し、弱い者を犠牲にする非道さは火星をも遥かに凌駕する凄惨さで木星圏全体に燃え広がっていく事になるが、これは全体的に測れば木星圏の経済と保有する武力に著しい消耗を強いる結果となった。

 

 そして、まるでこの事態を予期していたかのように。

 ギャラルホルン新体制のトップ、ラスタル・エリオンによって火星支部の段階的縮小と並行して木星圏へのギャラルホルン進出が発表された。

 内紛状態で身内同士の流血を招いていたテイワズはこれによりJPTトラストを中心としたギャラルホルン恭順派とマクマード直参企業体を中心に据えた徹底抗戦派に分かれて激しい対立を繰り返すことになる。

 結果的に漁夫の利を得たギャラルホルンは数年後、比較的容易に木星圏に巣食った反社勢力を撃滅。協力的な圏内企業と共に秩序構築の地歩を固めることとなる。

 

 厄祭戦より300余年、長年の懸念だった木星圏の安定に目途が立ったことについてラスタル・エリオンは特に功績を誇ることもなく「運が良かったのだろう」とのコメントを残している。

 この一言は様々な権謀術数と緻密に計算された意図を含んでいたのだが、全容を理解できる者は当人以外に存在し得なかった。

 

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