※直接的な描写はありませんが、残酷な結末を含みます
※本編の設定を踏まえると、この二次創作作品の性質上避けられない出来事だと判断しました
ある日の朝。
同じ制服を着た少年少女たちが明るく挨拶を交わし、量を出て学校に足を向ける中、髪をおさげに束ねた顔立ちの似た少女2人は寮内で荷物整理に勤しんでいた。
2人の動作はどこか緩慢で生気に欠けている。それも仕方ないかもしれない、とても元気を出せる状況にないのだから。
クッキー・グリフォン、クラッカ・グリフォン。
鉄華団初期メンバー、ビスケット・グリフォンの実妹で双子の姉妹は校内でも名を知られた有名人だった。
鉄華団。
『革命の乙女』を守り抜き、いけ好かないギャラルホルンに一泡吹かせた火星の英雄。彼らの親族として有名になった双子達が意気なく背中を丸めて荷造りをしている理由は至極単純、寮を引き払うため。
何故寮を引き払うかはもっと単純、2人は学校を退校するからである。
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決して裕福ではない家庭に生まれたクッキーとクラッカが学校に通うようになった経緯は2年前のエドモントン以前、鉄華団設立前まで遡る。
2人の兄、ビスケット・グリフォンが可愛い妹たちにしっかりした勉強をさせたいと外に働きに出たのが始まり。彼の勤め先が民間軍事会社だったCGS、鉄華団の前身だった会社。
ビスケット自身はエドモントン行の道半ばで斃れるも、彼の願いを知る団長によって望みは叶えられた。彼女たちは鉄華団の厚意と支援の下、裕福な家庭の子女が通う幼年寄宿学校に入学することが出来たのである。
「こいつらの兄ちゃんって火星のために死んだ鉄華団の英雄だぜ!」
「名誉の戦死だ!」
「かっこいい!」
火星のメディアが必要以上に持ち上げた鉄華団の報道は度が過ぎた面も強く、当人たち以外に関係者各位のプライベートをも世間に開示した結果、彼女達の素性は筒抜けとなり本人たちの意思に関係なく持て囃された。
そんな評価は『マクギリス・ファリド事件』で一転する。
クーデターに参加した賊徒の一員に成り下がり、挙句に大敗して火星に落ち延びた鉄華団の評価は今や正反対の酷評一色。
粗にして卑、理性なき暴力集団、ヤクザに飼われた狂犬、強欲で易々と殺しに手を染める血に飢えたケダモノ達──火星圏の大物ノブリスの暗躍もあり、もはや鉄華団に好意的視線を向ける者は個人的な親交ある人間以外に有り得ない状況だった。
いや、それだけならまだ良かったのかもしれない。
英雄の家族だと持て囃されたのと同様、彼らの悪評もまた当人たち以外に及ぶ。
「あの鉄華団の家族の……」
「あいつらの兄ちゃんも英雄とか言われてたけどさ、違うんだよな」
「人殺しの金で学校に通ってるんだ」
校内で、寮内で、敷地の至るところで。
鉄華団の名声が地に堕ちた後は全ての人間が手のひらを返した。
クラスメートが、生徒たちが、教師や寮長たちが、大人たちまで。
少女たちに突き刺さったのは好奇、白眼、嘲笑、侮蔑、忌避、罵声、雑言。
あらゆる非難の感情が視線で、声でビスケットの妹たちを叩いた。
クッキーとクラッカ、ふたりの名誉のために断言しておくが。
彼女達は亡き兄のことを他人にひけらかし、あの名立たる鉄華団の一員だったのだ──などと一度たりとも自慢したことは無かった。
周囲が勝手に持ち上げ、火星の誇りと持て囃し、英雄の家族だと喧伝し、まるで我が事のように吹聴していたのだ。その頃ですら慎ましやかな双子は居心地悪く、兄のことを他人が触れ回るのを心苦しく思っていたのに。
彼女たちには何ひとつ負うべき責任はなかった、それは間違いようのない事実なのに。
2人を覆った無数の悪意は肌刺し痛みを錯覚する程に。
姉妹は互いが互いを庇い、抱き合い、励まし合い。
自身の分身ともいえる双子を支えに2人は過ごしていた、悪意に満ちた毎日を耐え忍んでいた。
そんな日々も終わる。ただし亡き兄が望んだ未来を叶えられない形で。
「寮長さん、お世話になりました」
「お世話になりました」
「ん、ああ、いいからさっさと行ってくれ」
去り際の挨拶も迷惑そうに冷たく振り払われる。彼女達を見やる寮長の視線に宿るのは、とても教育機関に携わる者が子供に向けてよいものではない。
クラッカは唇を噛み締め、クッキーが諦めに染まった顔で首を横に振る。
もう一度、今度は無言で頭を下げ、2人の少女はトランクを提げて校外への道を踏み締めて歩き始めた。
──この仕打ちには一応の理由がある。
2人は鉄華団の援助で通学が叶ったのだ、故に鉄華団が犯罪者集団として挙げられた今となっては、反社会組織からの入学資金・学費を喜んで受け取る態度は学校法人には有り得ない。
むしろ公益を重視し、他の生徒に悪い影響をもたらさないため進んで関係性を断ち切る姿勢は大多数が賛同するだろう。
公的立場か、私的偏見によるものか。
いずれにせよ鉄華団の尽力で学校に通えるようになった少女たちは鉄華団の蛮行により儚くも放校処分、事実上の追放を受けたのだった。
******
クリュセ自治区の外縁、赤い土の広がる郊外の一角にポツリと佇む農園がある。農地面積はほどほどで、とても農業コロニーの規模には達しない家族経営のトウモロコシ農場。
桜ファーム。
ビスケット・グリフォンやクッキー、クラッカ姉妹の祖母、桜・プレッツェルが経営しているする農場だ。団員だったビスケットを介して鉄華団とも個人的親交のあった農場は2年前に鉄華団の援助を受けて農地規模を拡大、さらにアドモス商会の委託で孤児院の運営を任される程に人も金も潤沢になっていた。
鉄華団の躍進とクーデリアの設立した商会の恩恵を受け、赤字経営から健全な農場兼孤児院に生まれ変わったのも束の間。
鉄華団掃討戦より数か月、ひとときの繁栄が嘘のように、今では見る影もなく寂れていた。
拡張された農地では碌に刈り取りもされなかったトウモロコシが朽ち、新造された事務所に人員も居ない。隣接する孤児院には子供達も職員のひとりも在籍していない。
全てが引き潮のように立ち去った、残されたのは負債と墓場めいた農地のみ。元々が孫2人の仕送りと旧参番隊メンバーの手助け無くして運営が困難だった農場だ、鉄華団が犯罪者として散り、クーデリアがテロ支援者として逮捕された今では
「寂しくなったもんだねえ」
腐りゆく農作物を呆然と眺め、枯れた朽木のように佇む桜・プレッツェル。声には怒りも悲しみもなく諦観だけが虚しく残る。彼女はひとり、荒れた農場で孫の帰りを待っていた。
サクラにとっては気のいい若者たちが居なくなり、彼らが厚意で手を入れてくれた経営の見直しは全て裏返った。鉄華団は既に亡く、旧アドモス商会も手を引いて維持できる見込みのない拡張方針はただの借金と化した。
成功を収めた企業が事業拡大に手を出し、失敗から破産に至るケースは特別珍しくもない。ちゃんとした計画無しの無理な投資などにありふれた話だ。彼らの場合は社会的な害悪と見做されたのが原因だったが。
眼前の危機に対しサクラは誰も恨んではいなかった。そもそもが自転車操業で火の車だった農場、彼らもよかれと思って手を貸してくれたのだから。
目下のところ、ここを売って返済分に足るだろうか──老婆の関心はそれに尽きる。せめて残された孫娘が自立し、立派に巣立つ日まではどうにかしなければならない。
老いた表情により深い皺を刻みつつ、老婆は孫の未来を思案していた。
「おばあちゃん」
「ただいま、おばあちゃん」
「……ああ、お帰り」
ついぞ前までならば、学校の長期休暇の帰省に「おばあちゃんの手伝いをするんだ!」と笑顔で帰って来た2人。
そんな孫たちが壊れそうな笑顔を向けてくる。放校に至る事情は知っている、相手方の言い分に利があるのも分かっている、だからこれ以上詳しく聞く必要もない。
桜・プレッツェルは両手を広げて孫娘を出迎えた。
「おいで」
クッキー・クラッカは表情を崩し、ただ祖母にしがみついて泣く。これまで我慢していた分だけ泣き続ける。
彼女たちは悪くない、何も悪くない。
あえて悪いかった点を挙げるなら運が悪かった。時代が悪かった。
そして──身内が悪かった。
******
団長オルガ・イツカを筆頭に、鉄華団のメンバー達は気にも留めていなかった。
自分達の行動が世にもたらした影響、自分達の評判。
自分達の関係者に向けられる視線の種類。
彼らの姿勢は無関心、無責任と言い換えても良いだろう。
だからこそテイワズという寄る辺を失った後、クーデターに参加する危険性や意味を考慮せず破滅に向かっていったのだ。
その過程で自分達の行動がどれほどの悪行か、悪を為した者に向けられる一般市民の悪感情にまるで意識を向けていなかった。気にもせず、いや、気にしようとする意思すら最初から持ち合わせていなかった。
そして何より。
本人たちでなく、当事者以外に降り注ぐ可能性など想像もしなかったのだ。
亡き彼らが無闇に敵を作った姿勢。
積み重ねた罪業は回り回って。
*****
鉄華団掃討戦より数か月。
もはや誰も顧みない腫れ物の土地に雪崩れ込んだのは無数の駆動音。
車よりも荒々しいエンジン音をかき鳴らし、荒れた道路を難なく走破する複数の車体はギャラルホルンのものでも、自警団のものでもない。
薄汚れたモビルワーカー。
MSの一般所持が禁じられた中で民間軍事会社にも行き渡る兵装、戦うための車輛が桜ファームを踏み荒らす。モビルワーカーを乗り回すのは無頼の群れ、そういって差し支えない連中が寂れた農場へと無遠慮に足を踏み入れた。
「ンだよ、思った以上にしけた場所じゃねえか。まぁ構いやしねェ、お前ら、金目のもン根こそぎ漁ってこいや」
「オッケー、ボス」
突如現れた無頼に対し、強面の若者に耐性があったからか、それとも大事な農場を守るためか、いかにもな荒くれ者達に怯みを見せず、桜・プレッツェルはリーダーらしき男を押し留めるように前へ出た。
「な、なんだいあんた達は!」
「ああン? 鉄華団の奴らがおっ死んだってのに、まだヒトがいやがったのか」
サクラの誰何にボスと呼ばれた男は老婆の剣幕を鼻で笑いまともな返事も寄越さない。対話の意思など最初から持っていないのだから当然だ。
仮にサクラが表のモビルワーカーを注視すれば機体の側面に『アーレス・ディフェンス・エグゼクティブ』のとの企業名を見出すことが出来ただろう。
鉄華団の前身CGSの社長マルバ・アーケイが名瀬・タービンと昔馴染みだったように、火星の民間軍事会社は大小を問わず反社勢力との繋がりを有するものが少なくない。彼らもそんな会社のひとつ。
そして火星の反社組織に属する会社であり、木星の組織テイワズ直参となり火星で大きな顔をしていた鉄華団を目障りに思っていた勢力のひとつだった。
組織力と暴力で周囲の不満を抑えつけていた集団が力を失えばどうなるか、その答えがここにある。恨み辛みは例え当人が死に絶えても消え去るとは限らない凡例が。
報復の形を借りた、弱者から何もかも奪い取る獣の理論が。
「ボス、金目の物の他にこんなの見つけましたぜ!」
「いやっ、放して! 放して!」
敷地内に散った荒くれ者の数名がクッキー・クラッカの姉妹を誇らしげに引っ立てる。少女たちの怯えた姿などは気にもしない、彼らは彼らなりに子供の扱いに慣れていたからだ。怯えようと泣き叫ぼうと、取り扱い方は変わらない。
「女かよ。ま、ガキの需要はどこにでも転がってるからな、連れてけ」
「おやめ! その子たちから手を離すんだよ!!」
サクラは抵抗した。枯れ木のような体で、暴力を商売にする男に正面から立ち向かった。可愛い孫のために出来得る努力を惜しまなかった。
……ただし。
力が物を言う世界では、全てが無為だった。
「うっせえぞ、婆さん」
それが男がサクラにかけた最後の言葉。
手にした拳銃が抗う老女に向けられて──
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火星ではクーデリアの射殺事件が世を賑わした頃。
借金の返済が滞り、連絡の取れない桜ファームを不審に思った銀行の職員がクリュセ自警団に通報、出向いた自警団員によって農場の荒らされ具合が明らかになった。
施設内では桜・プレッツェルの遺体が発見、射殺体だったことから殺人事件と断定。捜査がようやく開始される。
構内に残された複数のタイヤ痕がモビルワーカーのものらしい点から何らかの組織が関与、被害者が鉄華団の肉親だったこともあり怨恨と金銭目的双方の疑いが向けられた。
サクラに残された身内、共に暮らしていたとされるクッキー・グリフォン、クラッカ・グリフォンの行方については目下捜索中である──と報道されるも、すぐに世間からは忘れられる。
鉄華団すら存在を顧みず、脱出作戦の員数外だった彼女達のことなどを無縁な世間がいつまでも気に留めておくはずもなかったからだ。
これがマクギリス・ファリドの目指した理想の世界、強者が思うがまま振る舞う世界で有り得た日常の光景だと気づくものもなく。
消え去った誰かのことは忘却の彼方に、そうして火星は明日を数えていく。
鉄華団を敵視している組織・団体の存在は2期の宇宙海賊のボスが語っていた通り。
そして敵を作らない努力もしていなかった結果のシミュレートです。