鉄血のオルフェンズ 二度と咲かない鉄の華   作:抹茶ほうじ

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赤き道は仇に至り(1)

 ノブリス・ゴルドン。

 火星を代表する名士のひとりにして圏外圏にも名を轟かせる大富豪。

 彼の活動は火星経済を力強く支え、また『火星の聖母』ククビータ・ウーグの福祉事業を全面的にバックアップする篤志家としても知られている。

 ──その一方で強欲な武器商人との陰口も尽きない人物。

 

 無辜の市民は与り知らぬことであるが。

 地球圏のコロニーで多発したテロや労働者の武力蜂起、その大半はノブリスの息が掛かった“失敗前提の”反乱劇だった。適度に武器や資金を流し、後に引けなくなった労働者により高い武装、重火器、モビルワーカーすら売り払う。

 その裏で鎮圧に動いたギャラルホルンに銃弾砲弾を手早く用立て売り捌き、二重の儲けを得る。双方から利潤を受け取るマッチポンプを仕掛けた回数は、もはやノブリス本人も把握しきれていないだろう。

 争いあるところに金の匂いあり。自ら需要を作り出すべく積極的に騒乱の種を撒き、水をやり、出た芽を育てて刈り取るノブリスはまさに死の商人そのものだった。

 

 そんな多くの反乱を演出し、死を撒き散らしたからこそ、地球圏には彼を恨む者も少なくない。独立運動を唆すカラクリを知って彼を憎み、仇と狙う人間も圏内外に存在し得た。

 無論、彼のお膝元である火星も例外でなく。

 

******

 

 火星の小都市レイドラプト。

 クリュセ自治区を中心に衛星都市群が発足させた組織『火星連合』に属する都市の一角、市街地より離れた倉庫街に輸送トラックが滑り込む。荷台から降りた複数の男女が倉庫のひとつに駆け寄り、搬送口をロックする個別認証用のカードリーダーに端末を近づける。

 

『こちらグラン、ロックは解除した。あとは任せる』

「こちらレッド、了解した。行くぞ」

 

 通信機器のやり取りと同時にゆっくりと開いていくシャッターの完全開放を待たず、屯する男たちは倉庫へと駆け込む。中に積まれたコンテナを手あたり次第開け放ち、中身を確認していく。彼らの挙動はとても正規の搬送者ではない──勿論違う。

 やがて左程の時間も取らず、ひとりの男が喝采を挙げる。

 

「あったぞ、これだ!」

 

 男が手にしていたのは自動小銃。同じコンテナには横長の木箱にずらりと詰められた小銃と弾薬。送付元の企業名は別名義が使われているが、彼らは知っていた。これら武器がノブリス・ゴルドン配下の企業を通じ、コロニーの独立派を支援すると称して各地に送られる物資であることを。

 

「よし、情報通りだ。運べるだけ運ぶぞ」

「了解だ、レッド」

 

 最初に武器の詰まった木箱を運び込んだ後は他のコンテナも開け放ち、手あたり次第にトラックへと積み込んでいく。衣料品、食料品、医薬品……文字通り種類選ばずだ。

 作業に勤しむ集団は年嵩の大人が中心だった。そんな中にひとり、若者らしい軽装に赤いストールを首に巻いた、面差しに少年らしさを残した赤毛の青年が属していた。出自も分からない偽造IDを有し、半年ほども前に蛇の道は蛇とばかりにグループへと参加してきた青年。

 仲間にも名乗らず、ストールと髪の色から“レッド”と呼ばれた彼は決して愛想の良い青年ではなかったが、荒事に際しては誰よりも腕が立った。

 

『拙いぞレッド、6時の方向から警備員が2名』

「了解、始末する」

 

 急を告げる通信に長々と問答することもなくレッドは拳銃を片手に駆け出す。反応できない大人たちを置き去りに、俊敏に遮蔽物へと身を隠す。

 通信の主が指示した方向からの死角で獲物を待つように。

 

「ってわけでよ、すっかり財布が軽くなっちまった」

「お前給料日前はいつもそんなこと言ってるじゃねえか」

「いいんだよ、俺は夢を買ってるんだ」

 

 普段は危険のない巡回なのだろう、雑談に興じながら足音立てる2人の警備員は物陰に控えた銃口に気付くこともなく。

 サイレンサー付きの拳銃が火を放つ。ポスポスと軽やかな音に反して失われるのは命の重さ。手際よく、迷いなく、たまたま現場に足を向けた警備員は呆気なく声も音も発せない物体と化した。

 

「排除完了した」

『了解、監視を続行する』

 

 元は雑多な人間の集まり、多くの者が戦うことにも殺すことにも慣れない集団の中でレッドは荒事に手慣れ、必要があれば手を汚すことにも躊躇いが無かったのだ。

 レッドの非人道とも取れる行動は、しかし争いを避けられない集団の中では酷く頼り甲斐のあるものとされ、みるみる頭角を現した青年が戦闘班のリーダーに就くのに時間はかからなかった。

 そう、彼らは目的のため暴力を辞さない集団だった。故に世間からは強盗団の汚名で知られているが、真なる志は異なる。

 

『監視カメラの復旧まで5分を切った、急いでくれ』

「了解、撤収だ」

 

 一糸乱れずと称するには無駄の多い集団は、それでも所定の強奪作業を終えてトラックに戻る。その場に死者の2名を転がしたまま、電子の目を眩ませた状態で。

 火星市民は姿なき彼らを“レイドラプトの強盗団”と呼ぶ。しかし強奪は彼らの目的に至る手段に過ぎない。強盗に身をやつし、私掠を尽くす悪党と成り果てて遂げるべき本懐を覆い隠していた。

 真なる目的、それは争いの火種を撒き散らす悪党ノブリス・ゴルドンの抹殺。

 

******

 

 小都市レイドラプトの郊外。

 区画の開発時に利用された資材置き場の廃屋に、件の倉庫襲撃に使われたトラックが横付けされている。

 この荒れ果てた廃屋が強盗団の仮アジト。

 仮、と付くのは強盗団が生業ではないため。目的と遂げるための手段であるためで永劫にこの場に住まうつもりはないからだ。何の後ろ盾もない彼らには人から物を奪う以外に生き延びる術もなく。

 

「今のところ、自警団が動く気配はない……か」

 

 奪った荷を運び込む列を余所に、眼鏡をかけた男がモニターと格闘しながら考え事をしている。

 よれた作業着に少し伸びた無精ひげの壮年男性、彼の名はグラン。

 通信でレッド達に指示を送っていた人物であり、“レイドラプトの強盗団”と呼ばれている組織をまとめているリーダー。

 荒事の現場には出向かないがシステムを介してセキュリティの解除などを行う技術者。彼の力なくして強盗団は自警団の追及を逃れ続けるのは困難だったに違いない。

 今日も現場から離れたアジトでニュース報道とシステム画面を交互に睨んでいたリーダーに近寄ったのは現場リーダー、戦闘リーダーのレッド。

 

「悪いグラン、警備を黙らせるには殺すしかなかった」

「現場の判断に文句は言わんよレッド。それにノブリスも大事にはしないつもりのようだ。捜査されてる様子が無い」

「どうしてだ? あっちは荷をやられて兵隊まで死んでるってのに」

「コンテナの中身が表沙汰にしたくない荷物だったからさ」

 

 ノブリス・ゴルドンは体面を気にする、そういう立場だ。

 例えば木星圏の雄テイワズなどと比較すれば分かり易いだろうか。テイワズは表向きに見せる企業の顔が取り繕いでしかなかった。彼らの実態がマフィアであることは火星圏でも常識といって良い程に知られていた。

 一方のノブリスは火星の名士たる顔が表側。武器で商いをしていることは承知されつつも、現在のみならず過去より火星圏の独立運動家に多額の支援をしていた篤志家の面がこの事実を強く上書きする。だからこそエドモントンを目指す前の、鉄華団と知り合う前のクーデリアも嬉々として彼の援助を受けていられたのだ。

 テイワズなどに比べれば、ノブリスの会社はあくまで合法的な範疇で扱われている。それ故に己の評判を考慮し、裏の顔で企業の看板に傷がつく行為はなるべく避ける傾向が高い。

 

「あれはコロニー向けの密輸武器。叛徒に売り捌いて独立運動を煽るための撒き餌だよ」

「……ッ」

「火星の名士がそんなものを扱ってると捜査機関に自分から明かしたくないんだろう。たとえ関係者には気付かれるにしてもな」

 

 コロニー向けの密輸武器、この文言にレッドの表情が揺れるがグランは気にせず説明を続けた。

 訳ありの荷物なら強奪されても後ろ暗い事情で通報され難い他、今回のように武器も手に入る。モビルワーカーのような大物を奪ったりしない限り、自警団に捜査権限を委譲しつつあるギャラルホルンも介入しない。

 

「とはいえノブリスは火星連合の議長ククビータ・ウーグとも太いパイプを持っている。自警団にそれとなく忖度させる程度の働きかけはするだろう。今後も慎重な行動を心掛けてくれ、いずれ“その時”が来るまで」

 

 違法活動のラインを見定め、火星で自立を目指す自警団と小競り合いするギャング、その程度の認識で存続を狙う綱渡り。いつ足を踏み外してギャラルホルンの介入を招き掃討されるか怯えながらチャンスを待つ。

 他の反社勢力、反ノブリスを掲げる運動家や傭兵、自警団とも衝突し、幾度かの離合集散を繰り返しながら。

 

 彼らはついに“その日”を迎える。

 

 

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