鉄血のオルフェンズ 二度と咲かない鉄の華   作:抹茶ほうじ

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確かに道は違えていた

 火星圏に名高い『革命の乙女』クーデリア・藍那・バーンスタインの見張りに出していた部下からの報告は少々意外なものだった。

 アドモス商会に姿を現した鉄華団団長オルガ・イツカを射殺せり。

 

「……確かに、逃げおおせられでもしたら面倒だしな」

 

 火星に本拠を置く武器商人ノブリス・ゴルドンは経緯を聞いた後、軽く頷いただけで部下を叱責したりはしなかった。

 部下の報告はこれより鉄華団を追い込み、メディアを使って大々的に喧伝し、ギャラルホルン地上部隊を翻弄した悪魔の軍団を完膚なきまで叩き潰す『抑止』に利用するつもりのエリオン公ラスタルには伝えなければなるまいが、彼にとっては左程重要な意味を持たない。

 むしろ彼が今の報告で着目したのはクーデリアのことだった。

 ノブリスは理解している、武器商人と知られ巨額の富を蓄えた己のイメージが世間の目から如何によろしくないかを。

 武器とは必要とされるから売れる、平時に売れるものではない。よって時には煽動と火付けを併用し、欲しがる先を生み出すマッチポンプにも手を出す。コロニーの独立運動などは彼が仕掛けた世論誘導や匿名の支援がどれほどの種火となっているか、彼自身も完全には覚えていない。

 

 元はといえばクーデリアもそんな駒、種火のひとつであった。

 

 火星の独立運動家が行った『ノアキスの七月会議』と呼ばれる集会。

 活動家団体テラ・リベリオニス代表アリウム・ギョウジャンの推挙により登壇、注目された若き才媛に目をつけたノブリスは彼女を手厚く援助、適度に有名になったところで運動の最中に暗殺し、悲劇のヒロインとして独立運動の火を煽る予定であったのだが。

 紆余曲折を経てお互いの利益足りえるパートナーと認めたのが2年前。

 クーデリアは多額の支援先を得て火星の未来図を描き、ノブリスは彼女を支援することで火星の発展に貢献するスポンサーの顔を手に入れた。炎と血、そしてクーデリアの協力で得た名声とハーフメタル利権で賄われる資金力の高さは彼を名実ともに火星で有数の名士にまで祀り上げたといっても過言ではないだろう。

 理想を実現する金を欲しがるクーデリアと商売を円滑に進める名誉を必要としたノブリス、両者の関係は非常に上手くいっていた──つい半月ほど前までは。

 

 関係が破綻したのはクーデリアと深く関係する民間軍事会社、鉄華団が原因だった。

 木星圏の雄・テイワズ直参の組織、新進気鋭の急成長会社と注目されていた彼らは、よりにもよってギャラルホルンのクーデターに加担、自らテロリスト集団に成り下がったのだ。

 ノブリスにとってクーデリアの利用価値とは高い名声、清廉潔白なイメージが大半を占めている。そこに血生臭いテロ集団、敗走した大罪人との関係など冗談ではない。

 己の利を何よりも優先するノブリスだが、それでもクーデリアの利用価値には相当の重きを置いていたのか、彼女には彼らしからぬ忠告をしていた。

 

「鉄華団と縁を切れ、そうすればこれからも融資を約束する」

 

 政界に進まず商会を立ち上げ、福祉事業に力を入れていたクーデリアにとってノブリスの援助融資は会社を支える屋台骨に等しい存在だった。

 商会の事業はすぐに芽を出す代物ではなく、育っても火星全体のプラスにこそ繋がっても商会にそのまま多額の利益をもたらすものではない。彼の援助打ち切りはそのまま彼女の掲げた理想の終焉を意味していたのだ。

 クーデリアのブラックイメージを厭い、一方的な援助打ち切り判断をせずに警告の形で軽挙をたしなめる形を取ったノブリスの『親切心』は、残念ながら功を奏さなかった。

 

 それが部下の報告でノブリスが着目した事実。

 クーデリア・藍那・バーンスタインは彼の言葉を無視し、テロ組織・鉄華団と未だ密接な関係を維持している。

 ノブリスのため息には珍しく落胆の響きが含まれた。彼の予想を覆し頭角を現した若き野心家、己が目的のために邁進し、それ以外は理性で切り捨てる判断を下せる傑物──であることを期待したのだが、眼鏡違いだったと認めざるを得ない。

 彼は知っている、鉄華団には彼女が特に懇意にしている男がいることを。彼女は掲げる理想と引き換えに、それを捨てることは出来なかったのだろう。

 

「所詮は女か」

 

 落胆の欠片を廃棄し、ノブリスは次善の手を打つ。

 こうなる可能性は考慮していた。女が理想より情欲に転ぶ可能性、理想を捨てて愛に生きる三文芝居な可能性。だからこそ用意はしていた、クーデリアを切り捨てる準備、そして影響力は劣るが次の駒足りえる人材。

 クーデリアは気付いていないのだろうか、彼女が失ったのはノブリスとの利害関係だけではないことを。

 

「……私だ、彼女を呼んでくれたまえ。無論内密に、だ」

 

 オルガ・イツカの死より4時間ほど後、雑務を終えた彼女が姿を現した。

 クーデリアに鉄華団と縁を切れと言い渡したのと同じ部屋、同じ執務室でノブリスは恰幅のよい黒人女性と対面していた。

 

 ククビータ・ウーグ。

 クーデリアが設立したアドモス商会の秘書であり、社会経験の少ない彼女を補佐する年かさの女性である。よって実際の折衝などは彼女が担当することも少なくなかった実務畑の顔役。

 彼女がひとりで大手スポンサーのノブリスに呼び出されることは珍しく、また交渉窓口と認識されていた事実に落ち着かない様子で口を開く。

 

「それで、あの、ミスター、私だけに話とは……?」

「なに、単純な用件だ、ミズ・ウーグ」

 

 ノブリスは対照的な落ち着きでこともなげに、

 

「クーデリア・藍那・バーンスタインをギャラルホルン当局に告発、弾劾し、君がアドモス商会の代表になってもらいたい」

「……えっ」

「罪状はテロ組織・鉄華団との密通、協力、資金や情報の提供諸々で充分だろう。証拠はこちらで用意している、君はただ告発してくれるだけでいい」

「わ、私に社長を裏切れとっ」

 

 うろたえるククビータにノブリスは柔らかな口調のまま、しかしクーデリアの軽挙を断罪する。

 

「私は彼女に忠告したのだがね、鉄華団と縁を切れと。マクギリス・ファリドと誼を結びクーデターに参加した彼らは紛れも無い賊徒、彼らの罪状は誰の目にも明らかというものだ」

 

 その点を突かれるとククビータはぐうの音も出ない。

 個人的な親交や個々人の性格などは関係ない、少なくとも鉄華団の行状は彼の言う通りでしかなかったからだ。経済圏より治安維持を委託されたギャラルホルンの本部にMSで乗り込み多大なる被害を出し、地球圏決戦でクーデター軍に参加。これをテロの実行犯、違法武装組織の悪行と言わずしてどう表現しろというのか。

 

「そして彼女が鉄華団との関係を維持するというのなら、それは君たちアドモス商会の社員に対する裏切りだとも言える」

「……ッ、それは」

「そうだろう? 私の忠告は鉄華団を選ぶか、アドモス商会を選ぶかの選択でもあった。明晰なるクーデリアが気付かなかったとは思えない」

 

 首肯する。せざるを得ない。

 ノブリスの忠告を受けてもアドモス商会は鉄華団を援助する、商会本体の資産などたかが知れているけれど──クーデリアはククビータの前で自身の方針を断言し、彼らの元に協力を確約すべく赴いたことを思い出したのだ。

 しかしその資産は火星の未来を担う子供たちを支えるお金であって、犯罪集団の活動を支援するためのものではなかったはずなのに。あれはクーデリアの公私混同だった、ククビータの理性はそう結論付ける。

 

「その上で鉄華団を選んだのなら、それは君たちを、君たちの理想を見捨てたことと同義だ。違うかねミズ・ウーグ」

 

 違う、もはやそう否定することすら出来ない。

 確かにあの時あの瞬間、クーデリアは間違えた。

 

 いや、道を違えたのだ。

 

 『革命の乙女』なら仲間の遺骸を打ち捨てても前に進むべきであった。かつての恩師アリウム・ギョウジャンを害悪と、不要無用と切り捨てたように。

 未来図を描く責任の下、ためらいや罪悪感を抱いたままでもやりきったように。

 

 なのに彼女は鉄華団を切り捨てなかった、切り捨てられなかった。

 彼らとの関係がどれほどの反感を呼び、禍根を生み出すのか分からぬ彼女ではないだろうに。

 おそらくクーデリアという女性は理性よりも感性を。

 理想を体現すべく多くの見知らぬ子供たちを支えるより、見知った鉄華団を私情で助ける道を選んだのだ。

 

 ククビータ・ウーグは思案する。

 自分が共感したのはクーデリアという女性個人か、それともクーデリアの掲げた火星の未来だったのか。

 

「……社長」

「君が代表となった暁には、これまで以上の支援を約束しよう。君はどちらを選ぶかね、ミズ・ウーグ?」

 

 その一言がククビータの決断を後押しした。

 ノブリス・ゴルドンは悪党だが利益をもたらす相手には誠実だ、利益となる代価が続く限り。

 

******

 

 後に。

 クーデリア・藍那・バーンスタインがギャラルホルン火星支部に身柄を拘束された事実は火星内外のメディアを大いに騒がせた。

 

 容疑はテロ幇助罪。

 高名である彼女に対し、この勇気ある告発を行ったのはアドモス商会秘書の──

 




ここ一か月でアリウム・ギョウジャンのことを考えていた時間選手権があれば。
国内大会優勝を狙えるかもしれません。
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