「商工会?」
「そうだ、表向きはクリュセの再開発計画に関係した企業の集まり。その実カルテルの事前協議──要は談合だと理解してくれ」
広い室内に集められた団の主要メンバーを前でグランが披露したのは火星の未来を話し合う場の開催情報。表立った煌びやかな式典に隠れて行われる利権の分配会議。
「グラン、ダンゴウってのは何だ?」
「まだ若いレッドには馴染みのない言葉か。簡単に言えば公平に競り合う建前の儲けや取り分を競わず、企業の偉いさん同士で事前に決めておくことさ」
「なんだそりゃ、ズルじゃねえか」
これを健全な経済活動を妨げる悪と断じるか、一刻も早い火星独立に向け実績ある大企業の信頼性を買った必要悪だと黙認するかは個々人の価値観によるが、彼らが着目したのはそんな是々非々論ではない。
「この事前会議に、ノブリスが参加する」
ざわりと驚き、動揺、興奮のどよめきが起きる。
再開発の実務者協議は別途、段階的に担当者が喧々囂々行うだろうだが、火星の未来を作る官民の団体が顔合わせする会議。火星随一の名士ノブリス・ゴルドンは必ず出席する。
それが顔役を自認する者の役目であり責務だからだ。
「知っての通りノブリスの拠点はクリュセだが、奴の邸宅は厳重な警備とシステムに守られた、火星で一番の難攻不落な要塞だろう」
彼も自身が多くの個人や団体、組織から恨まれる立場なのは承知しているのだ。枕を高くして眠れるよう身の安全には万全の態勢を敷いている。
しかし、ノブリスは根っからの商人だ。いと高き名声と唸る程の財を有しながらも満足できずに金儲けをし続ける。
自ら安全圏を離れて商売に勤しむ亡者。
「商工会の会場はクリュセの最高級ホテル『ネルガル・ハイレッド』。最高級に恥じないサービスとセキュリティを売りにしているが、奴の邸宅に比べれば他人を迎え入れる施設、攻略の仕様はある。それにこれは公的な会議じゃない、警察権を有する連中が最初から出張って来ることもない」
商人同士の談合会議。火星連合の官僚や政治家の参加しない私的な会議ゆえにギャラルホルンも自警団も最初から周辺警備に就く理由がない。
「私はこれが最大の好機だと考える──しかし、二度目は無い」
寄せ集め組織のリーダー、グランがそう断言する。かつてない絶好の機会は失敗を許されない背水であることも告げる。
元が何の後ろ盾もなく盗賊に身を堕とし、社会の闇に紛れて他人の糧を奪い、時には命まで奪い取っての舵取りを続けた組織運営。一度全力を尽くしての作戦に出れば成否を問わず犠牲は出る上に、火星きっての企業家たちが集まる場を襲撃したとなれば軽んじられた強盗団から政治犯、テロ集団と認識されるのは避けられない。
今度こそ執拗な追及を受け、彼らは破滅するだろう。
「異論があれば聞こう、遠慮なく言ってくれ」
沈黙が場を満たす。
矢面には立たないが、グランの方針や手腕で寄せ集めの集団がどうにか力を蓄え、当局の捜査からも逃れ、こうしてノブリスの喉元に手を伸ばせるまでの距離に来たのだ。
ならば最後まで彼を信じて走り続ける、様々な立場の人間が揃う廃墟の中、彼らは同じ方向を向いていた。
「……礼を言う。では我々はスケジュールに従ってクリュセに潜伏。それぞれの役目を果たしつつ商工会の当日を待つ。火星の未来について談合が執り行われるその日──ノブリス・ゴルドンを討つ」
******
一同の信任を受けたグランは大きく息を付き、顔を上げて計画の詳細について語り始める。
「手順を確認しておこう」
いわゆる“強盗団”、ノブルス暗殺を真の目的に集まった犯罪集団のリーダー・グランは立案した計画の役割を実行メンバーに振り分けていく。
計画は単純なもの。商工会の日時と会場のホテルは分かっているのだ、それを基点に行動を詰めている。
即ち「陽動班」「工作班」「実働班」だ。
「陽動班は自警団の目を引き付ける囮役だ。よって会場のホテルから離れた場所で“強盗団らしい”騒ぎを起こしてもらう」
ただしいつものように「風のように去る」のではない。尻尾を掴まれて慌てて逃げる、もうひと踏ん張りで薄汚い強盗団を捕らえることが出来ると思わせる──雛鳥を守るために怪我を装い、飛べないフリで外敵を引き付ける疑似餌の役割。
「そして工作班。会場のシステムを乗っ取り、実行犯の活動をフォローする役割……これは私が先んじてホテルの逗留し担当する」
一同にざわめきが走る。
グランは今の今まで一度も本部を離れて作戦に加わったことが無い。あくまで後方支援で指示と攪乱を行うに留まっていた彼が現地に赴くと告げたのだ。
「グ、グラン、何もあんたが直接出向かなくとも」
「会場はクリュセの最高級ホテル、とてもじゃないが遠隔でシステムを乗っ取るのは無理だ。セキュリティ掌握のためには私が現場に行くしかないんだよ」
不器用に笑って見せるグラン。荒事に出向いたことのないリーダーの選択は本当に後のない作戦なのだと皆に理解させるに充分だった。成功しても失敗してもこれが最後。強盗団の名はテロの汚名に上書きされる。
「言っただろう、これは背水の陣、後を考えない作戦だと。ならポーンの駒でもキングの駒でも動かして勝負に出る。そういうことだ」
リーダーの断言に反論の余地はなく、2名の随伴を選んだ後で最後の人員割り振りを続ける。作戦の締めくくりを行う、文字通りの実行部隊。
「後は実働班。現場のリーダーはレッド、君に任せる」
「分かった」
誰もが納得の人選だった。ここまで“強盗団”はグランの指揮とレッドの実働の2枚看板でどうにかやってこれたのだ。
ならば最後もその通りに。
******
作戦決行の前日。
強盗団のアジトには既にグランの姿はない。先にホテル『ネルガル・ハイレッド』への潜入を行っているからだ。潜入といっても宿泊の形で逗留しているのだからIDを誤魔化す手段さえあれば入ること自体は難しくない。
しかし彼のハッキング技術が会場のセキュリティを突破できなければ計画は破綻する。極めて重要な役目を組織のリーダーが背負い、それを為したとの連絡に彼らは走り続ける。
「で、俺達は明日に備えて鋭気を養え、と……」
レッドの前では白い服に袖を通した仲間が着心地悪そうに身を動かしている。ノブリス暗殺の計画を発動させた後でクリーニング屋を襲撃して手に入れた『ネルガル・ハイレッド』の従業員制服。
実働班は三部隊、一部隊はこの制服を着込み、同じく客を装った部隊の仲間と共にホテルへと潜入する手筈となっている。役割は会場での攪乱。本物のホテルマンを足止め、または無関係な客や企業関係者を誘導してノブリス一派を孤立させる役回り。
一部隊は従業員、一部隊は客、残りの一部隊は本命の執行部隊。
広いホテルの中でグランのナビゲートに従い、ノブリスの元に向かってこれを討つ。
「レッド、美味しいとこを譲るんだからしっかり頼むぜ」
「ああ、分かってる」
古びた拳銃を整備していた青年、レッドがその手を止める。重要な仕事を前に万全の期するべく集中する彼をして、何気なく点けられていたテレビの報道が無視できず彼の耳に刺さったからだ。
『──マクギリス・ファリド事件に関与し、当時未成年ながらテロ犯罪者として当局に身柄を拘束されていた鉄華団幹部チャド・チャダーンに対し、アーブラウ最高裁判所は高裁の死刑判決を支持、控訴を棄却したとしてチャダーン被告の死刑が確定されました──』
「どうしたレッド?」
「……いや、なんでもない」
名前も覚えていない同志に不愛想な返事をした後、レッドは顔を伏せて整備に没頭するフリをした。元々愛想を捨てた性格である上、決着をつけるべき“過去”が別の形で舞い降りた偶然に触れて感傷的になったのだ。
レッドと呼ばれる青年──鉄華団最後の団員、ライド・マッス。
彼はチャド・チャダーンとの別れを思い出していた。