鉄血のオルフェンズ 二度と咲かない鉄の華   作:抹茶ほうじ

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赤き道は仇に至り(4)

 クリュセ商工会議。

 “火星の企業が一堂に会する”といえば大々的な開かれたイベントを想起するだろうが、実態は企業同士の談合を行う会議。

 内々で済ませるべき不正取引の会だ、故にホテルの警備にはノブリス・ゴルドンをはじめとする歴々の雇った護衛が詰めるも、公的機関の自警団やギャラルホルンの姿はない。

 よって人数は居てもそれぞれが雇い主を守る小集団の集まり、横の連携なくまとまって動かない烏合だけに全員を相手取る必要はないとは強盗団リーダー、グランの言。

 

『こちらグラン、監視カメラのハッキングは問題なし』

 

 ノブリスが企業家達の群れから離れ、孤立した時を狙えばいい──言うは易し為すは難し、そうなる瞬間を作り出すべく先んじてホテルの潜入したグランは指示を出し続ける。

 会議フロアを監視し、ホテルの従業員や何も知らない客の動きを監視し、企業家達の位置取りを監視する。

 ノブリスを監視する。

 

『標的の到着を確認、第2フェイズに移行せよ』

 

 第2フェイズ。

 陽動班はクリュセで騒ぎを起こし、実行班のうちホテルマンと客に扮した2隊がホテルに潜伏することを示す。自警団を他に引き寄せつつホテル内の邪魔者を遠ざける手筈。

 

『レッドよりグラン、こっちはまだか』

『こちらグラン、全体の警護員が予想より多い。標的が孤立するのを待て』

『レッド了解』

 

 貨物搬送用エレベータの前に駐車したワゴン内で息をひそめた実働隊、レッド率いる武装隊が来たるべき時を待つ。彼らは突撃のタイミングを事前に聞いていたが、それでも気が急くことを抑えきれずにいた。

 強行突入は最後の手段、成功率が最も低い選択だと言い含められている。

 その上で彼らのリーダーは「商工会議にノブリスは必ず顔を出す、そして“会議には参加しない”だろう」と告げていた。実務者の協議と異なる顔合わせの場、既に火星経済界随一の大物たるノブリスにとって他者に名前を売る必要は薄い。出席した事実と顔見せで充分なはずだった。

 よって会議が始まればノブリスは中座する、それが最大の好機であると。

 

『ノブリスが壇上で挨拶を始めた。私の予想が正しければ、もうまもなく──』

 

 待機するレッド達からすれば1分が10分にも100分にも感じる焦れた時間。

 

『──よし、ノブリスが壇上から退場した。潜伏隊はJ4方面を封鎖、人が入るのを阻止してくれ。そしてレッド、頼む』

『突入隊行くぞ!』

 

 待ちに待った時にライドの掛け声は僅かに上ずった。搬入用のエレベータに銃器を携えた男たちが足を踏み入れる。

 目指すは会議フロア、仇敵が巣食う戦場に。

 

******

 

 “貧乏暇なし”なる格言は半ば誤りである。

 金儲けの機会を際限なく求め世界を股に掛ければ休む時間など存在しない。ノブリス・ゴルドンの生き方はまさにそういった時間刻みの多忙さに尽きた。

 

「ふう、まったくギャラルホルン様々だな。忙しくて便所に行く暇もない」

 

 商工会での挨拶を終えたノブリスは余韻もそこそこに壇上を後にし、次なるスケジュールに頭を巡らせていた。

 ギャラルホルンの段階的支部縮小に際して自警団に装備一式を卸す打ち合わせ。遠くない将来に火星自衛軍設立を視野に入れた制式軍備の調達役、ラスタル・エリオンを通じて得られたコネクションにより、ノブリスは今後数十年を超える大規模な取引を目前に控えていた。

 今日はその取引に関する会合があるのだ。ただの顔見せに時間を割くなど最低限、文字通り国家規模の商いに視野を広げていた。

 足元などはまるで意にも留めず。

 

「お前らは車を回しておけ」

 

 僅かばかりの暇に用を足す。ノブリスは正しく悪人だが、その勤勉さに関しては誰も異を唱えないだろう。

 便座に腰掛け生理的作用がもたらす心身の緩和がドアのノックに阻まれる。

 鉄華団団員ライド・マッスが2人を隔てる扉を叩いたのだ。

 

「なんだ? 入っとるぞ」

『オルガ・イツカを覚えてますか?』

「あ? 誰だそれは?」

 

 この時、ライドはドア向こうにどのような返事を期待したのか。

 ノブリスの気のない返事を聞いてどのように感じたのか、おそらくは激しい失望とそれ以上の怒りを覚えたことだろう。

 彼の尊敬する団長の名前を、命を奪った側の記憶に留めた気配が微塵も無かったのだ。無為に切り捨てられ一顧だにしない態度に憤りを禁じえなかっただろう事は想像に難くない。

 

 ──しかし。

 ライドにそのことを非難する資格は無かったとも言える。何しろ彼もまた団長の仇と記憶する前、ノブリス・ゴルドンの名前を憶えていなかった。

 ノブリスは。

 鉄華団の危機を救ったスポンサーだったにもかかわらず。

 

 鉄華団決起時の事だ。

 オルガは自分が大人たちとは違うところを団員に示すべく見栄を張り、退職希望者に退職金を支払って追い出した結果、団の台所事情は火の車、そのままでは2か月と保たない財政危機に陥った。

 先を見据えない突発的な考え無しの行動に第一歩から窮状を迎えた零細企業に対し、クーデリアは自身のスポンサーに資金援助を嘆願したのだが、そのスポンサーこそがノブリス・ゴルドン。

 そう、つまり鉄華団は設立時にノブリスの援助を受けてどうにか歩き出す事が許された企業だったのである──それが例えクーデリアをコロニー内で死なせるためであったとしても。

 ライドはそんなことも知らず、ただノブリスを仇だと思った。彼らが生き永らえたのはノブリスの資金あっての結果だったというのに。

 

 青年は知らず、知ることもなく、知ろうともせず。

 受けた恩義は顧みず、受けた仕打ちを恨みに抱き。

 義憤と憤怒の区別なく、ただ妄執めいた故人の言葉を飾り立て、ケジメという暴力で恩人に徒為すべく鉄爪を引いた。

 

******

 

「レッド、こっちは片づいたぞ」

「ああ。こっちも終わった」

 

 満足のため息を漏らし、ライドは敵討ちを終えた。鉄華団の定めたケジメ、落とし前は正しく果たされたのだ、きっとオルガ団長も俺の行動を褒めてくれるだろう──死者は何も語らないがライドに満ちていた心情は追憶と後悔の昇華だったことだろう。

 長年の懸案が終わった、ではこれからどうするか……そこまで意識を回せないままライドは通信機を手にする。

 

『こちらレッド、ノブリスの始末は成功した。これより撤』

 

 勝利の報告は警報音に切り裂かれる。

 耳を穿つ大音量はホテルの内外で聴く者全てに身構えさせる質のもの。しかしベルを思わせる音、火災発生を知らせる警音とは異なるサイレン。

 人々に本能的な注意を喚起させる、唸り声のような赤い音。

 

『緊急事態発生! 緊急事態発生!』

 

 続くのは強盗団リーダーのグランが通信機越しにがなり立てる声。

 彼は前置きも詳しい説明もすっ飛ばして一言を伝えた。

 

『ギャラルホルンだ!!』

 

 ライドと仲間たちに緊張が走る。事を為した充実感が一瞬で喪失した。

 ギャラルホルン、地球圏火星圏を経て“木星圏の守護者”なる呼び名を新たに冠する治安組織。火星圏の警察権は自警団に段階的委託を進めるも未だ部隊を駐留させる治安維持部隊。

 何故、どうして、そのような問答をする時間もなく

 

『逃走ルートはE2からG7だ、急げ、いそ──ザザッ』

「とにかく逃げるぞ、こんなところで殺されてたまるか!」

 

 通信が雑音まじりに途絶える。レッドの叱咤に他のメンバーも我に返り、グランの指示に従って撤退を始める。ホテルの見取り図と逃走ルートを照らし合わせて走り抜ける。

 

「いたぞ、奴らだ!」

「ギャラルホルン!?」

 

 制止の確認すらなく銃弾が放たれた。見慣れた制服に銃を構えた隊員たちは最初からテロリストたちを生かして捕らえる気はなかったのだ。

 出会い頭、容赦のない一斉射はあの日の悪夢めいて仲間たちを射抜いていく。

 

「くそったれがァ!」

 

 連れ立った仲間の幾人かが怒りの声を挙げて応酬する。だが多勢に無勢、戦闘練度の違い、携えた装備の差──あらゆる面でギャラルホルンが勝る。

 慣れない銃撃戦、無闇矢鱈に銃弾を撒き散らし早々に弾を使い切った強盗団のひとりが根を上げて仲間を頼る。

 

「ちっくしょお! レッド、こういう鉄火場はお前さんの……レッド?」

 

 撃ち合いに夢中だった男はようやく気付く。

 戦闘リーダーを務めていたレッドの姿がどこにも無いことを。

 鉄火場で頼りになった青年は撃ち合いなどに付き合わず我先にと逃げ去っていたことを、今更。

 

「レッド!?」

 

 ホテルの広い廊下を走りながら、ライドは己の偽名が遠くで呼ばれたような気がするも無視して見せた。

 彼の後には誰も続いていない。ギャラルホルンに捕捉されたか、それとも仲間を見捨てられず留まったのか、誰よりも先に逃走を選んだライドには知る由もない。

 ──それまで仲間だった皆を見捨てたことをライドは苦にも思わない。

 何故なら彼は団長の命と引き換えに生き残った、団長の死を踏み越えて助かったのだ。今更名前も知らない、顔も覚えていない、家族でもない誰かを見捨てても何ら呵責もない。

 良心に代わり、ライド・マッスの心にあったのはふたつの信念だった。

 ひとつは団長を殺した犯人に復讐すること。

 そしてもうひとつは──進み続けること。

 

 ライドの命を守ってくれた団長が言ったのだ。

 “進み続ければ道は続く”と。だからこんな処で、家族でもない誰かのために足を止めるなど出来ない。してはならない。

 足を止めた皆のために歩き続けなければならない、俺ひとりでも走り続けなれけばならない。

 止まらない限り道は続く、鉄華団の道は続くのだ。

 

(E2からG7、この角を曲がれば外に!)

 

 ホテルを脱し、その後の逃走経路はどうするか──妄執の命ずるままにひとり撤退路を完走したライドを待ち受けたのは。

 防火シャッターの降りた行き止まり、袋小路だった。

 

「──な」

『流石だなレッド、君なら足手まといの仲間を見捨てれば包囲を突破すると思っていた』

 

 音声の途切れていた通信機から声がする。

 声の主は無論聞き覚えのある、彼らが頂いたリーダーのグラン。しかし彼の奏でる結論はライドに救いをもたらさない。

 

『念を入れて、こうして行き止まりに誘導した甲斐があったというものだ』

「ど、どういうことだ、グラン!?」

『聞いての通りだ。君たちを逃がさないために誘導したんだよ』

 

 リーダーの口調は今までと変わらない。真剣で、どこか気弱そうで、それでいて耳障りの良い静謐さを孕む声。

 にもかかわらず言葉には希望が無い。彼らを率いた頼もしい未来図が無い。

 ライドには何が起きているのか細かい事情は一切掴めなかったが、それでもリーダーを名乗った男が仕掛けたひとつの事実だけは理解できた。

 

「裏切ったのか、グラン!」

『それは心外だなレッド。君の報告に嘘がなければ作戦通りに首尾よくノブリスは始末できたんだろう?』

 

 それはその通りだった。数年の間を火星のスラムでひとり燻っていたライドは彼のグループに参加した結果、1年未満で団長の仇を討てたのだ。

 到底彼が単身で為し得た業ではなく、不揃いのアウトロー達を束ね率いたグランの尽力が大きかったのは間違いない。

 

「な、ならどういうつもりで──」

『ノブリス・ゴルドンは表向き火星の大実業家、火星の発展に多大な貢献を果たしている経済界の大物だ』

 

 通信機越しに喘ぐライドに対しグランは嘲笑うでもなく、侮蔑する風でもなく、ごく生真面目に理解できない回答を示す。

 

『彼を手にかけたテロリストは紛れもなく火星市民の敵と見做される。そんな連中が当局の追跡を振り切って逃げ延び、市中に潜んでいるなんてことになれば火星市民たちが安心して暮らせない。そうだろう?』

「な──」

『次いで火星の大物を殺したテロリストをギャラルホルンが討ったとなれば、独立機運が先行しすぎるあまり、ギャラルホルンを見る目の厳しい市民たちの視線も多少は和らぐだろう。そうは思わないか?』

 

 ライドには分からない。

 グランが何を言ってるのか、ノブリスを殺すことで世の中がどう変化するのか、ただ家族の仇を討っただけの彼にはグランの言い分が何ひとつ理解できなかった。

 ただ憎い仇を殺す以外の視野狭窄に陥っていた青年にはそれ以上の利は想像の外にある。憎しみ以外でノブリスを始末したい人間の思惑などはまるで。

 

『君たちはその手でノブリスを討って本懐を遂げたんだ、おめでとう』

「グラン」

『そして私は君たちを利用して任務を完了できた。彼の死でコロニーの武装テロは収まり多少平和になるだろう……私はそろそろ行くよ、さようならレッド』

「グランッ!」

 

 もはや通信機は何の音も立てない。

 代わりに響くのは靴音、方々で鳴っていた銃声が止んで殺到する軍靴のリズムと多数の気配。素人仲間が追いついてきたのではない、烏合の仲間を蹴散らした屈強な兵士たちが迫り来るのは明らかだった。

 行く手を阻まれ、来た道を戻ることも出来ず、進み続けろと言い遺した団長の命令を遂行することも叶わず。

 

 彼は学ばなかった。

 自身の視野を広げず、他者の価値観や思惑を察せず、誰かに使われ身を委ね。

 ひたすらに仇を憎み続けて成長を止め、頭を撫でられ褒められるがままに過ごした結果がこれだった。

 おそらく彼は気付かなかっただろう、この顛末は鉄華団地球支部が迎えた末路に近しいことを。

 

 ライド・マッスは閉ざされた未来を認められずに叫ぶ。

 自分達を騙した悪い大人の名前を。

 

「グラン・メッサー!!」

 

 騙された己が未熟を省みることなく。

 赤き道は仇に至り、本懐と死を遂げた。

 

******

 

 ノブリス・ゴルドン氏暗殺のニュースは火星全土に広がる。

 彼の篤志家の面しか知らない多くの火星市民は嘆き、火星の発展に多大なる貢献を残した氏の死を悲しみ、悪行を為したテロリストたちを憎んだ。

 自警団とギャラルホルンの共同作戦により実行犯たちは全員射殺、別途に陽動で騒ぎを起こしていたメンバーとアジトに籠る構成員たちも残らず射殺或いは捕縛され、火星の名士にして議長ククビータ・ウーグの友、多額の支援を以って火星に恩恵をもたらした氏を害した重犯罪者たちに極刑が与えられることは必至だった。

 

 火星史の黎明期、篤志家と名を刻んだノブリス・ゴルドンの非業の死。

 だが彼の死と時を置かず、コロニー圏で武装テロの起こる頻度が著しく低下したことの関連性を知る者はごく僅かである。

 

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