鉄血のオルフェンズ 二度と咲かない鉄の華   作:抹茶ほうじ

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鉄咲かぬ大地に祈る(前)

 後の世に『マクギリス・ファリド事件』と呼ばれた一連の騒動はマクギリス・ファリド本人の死によって幕を下ろした。一時は社会的信用を失いかけたギャラルホルンだが、この内紛を早期に解決し、失墜の一因たる違法武装組織“鉄華団”を撃滅したことで改めてその力を世界に示した。

 

 代わって信用を失ったのはアーブラウだった。

 鉄華団の名を知らしめたエドモントンの攻防、その経緯で議長の座に返り咲いた蒔苗東護ノ介は事件後に逃亡を図った鉄華団団員の幇助が発覚。また『防衛軍事件』と呼ばれるSAUとの紛争においてもマクギリス・ファリドとの癒着が追及されて議会は紛糾、信用を損なったマカナイ派閥の議員は政界を追われ、対外的には他の経済圏から経済的な圧力を受けることとなる。

 

 一方、信用を回復したギャラルホルン内部でも明暗が分かたれた。

 直系の跡取りを失ったイシュー家、前代未聞の逆賊を生んだファリド家は七家の威光を喪失、傍流より新たな当主を輩出するも今しばらくは他家の風下に立たされることとなる。

 また、先の内紛で不本意な傍観を貫いたバクラザン家、ファルク家は発言権が低下。事の解決に確たる実績を示したボードウィン家、クジャン家当主の推薦を得たラスタル・エリオンが七家首座に就くことを認めざるを得なかった。

 

 ラスタル・エリオン主導の下、ギャラルホルンは七家の合議制を維持しつつも緩やかに民主的な制度を導入し始める。

 地球圏出身者が中心だった士官制度にコロニーや火星生まれにも広く門戸を開き、“地球圏の守護者”から“人類圏の守護者”となるべく改革を進めた一方、セブンスターズによる合議制の廃止に言及することは無かった。

 とある機会、ラスタルはメディアからギャラルホルンの意思決定機関を民主化する可能性について問われた際、

 

「旧時代の国連軍が示すように、対立し合う経済圏の思惑で“身動きできない治安部隊”になるのは避けたいのでな」

 

 民主的な集団でありながら決してひとつになれない経済圏を引き合いに出し、経済圏との距離は今まで通りとする方針を示してやんわりと可能性を否定している。

 また、ラスタル・エリオンはマクギリス・ファリド事件を契機にギャラルホルン火星支部を段階的に縮小、警察権を火星自治区に担保させることを決定。

 これを受けて実質的に間接統治を任せていた各経済圏は火星の植民地経営を断念し、国家運営から企業による経済支配の構図に移行することになる。

 地球圏の企業とコロニー・火星圏に根を張る企業の綱引きが始まる中、火星の各都市は意思統一を図るための議会『火星連合』を設立。

 連合の初代議長として、クリュセ自治区で名高い『聖母』ククビータ・ウーグが就任する。これには彼女自身の実績や知名度の他、独立運動や福祉事業に熱心な支援を続けた火星の実業家ノブリス・ゴルドンとの良き関係が少なからず影響したと言われている。

 

 火星圏の未来は火星の人々に託される一方、駐留していた火星軍は次なる大事業、木星圏の安定を目指して艦隊を進めることとなる。

 木星圏遠征艦隊の司令はガエリオ・ボードウィン。

 悪逆の徒マクギリス・ファリドを討った彼は英雄と称えられる中で退役を考えるも“戦乙女”ジュリエッタ・ジュリスの言を受け、より重責を担う立場に志願するに至る──尚、戦場の雄たる彼女がどのようにしてガエリオを説得したかについての記録は残されていない。

 木星圏の平定は思いのほか抵抗少なく、また一部企業が初めからギャラルホルンへの恭順を示したことで武装勢力の鎮圧には左程の手間を取らずに済むこととなる。

 地球圏の手が届かないが故に力ある者の支配が罷り通った木星圏が、力の支配を是としたマクギリスのクーデターが遠因となり崩壊、終わりを告げたのは歴史の皮肉と言うべきだろう。

 後に置かれるギャラルホルン木星圏支部の支部長には元火星支部本部長代理だった新江・プロトが着任。これを栄転と見るか左遷と取るかは本人の気分によるだろうが、彼は在任期間の職分をまっとうしたと内部資料に評価されている。

 

 外なる矛をボードウィン家の嫡子が執り行う中、内政に置いて目覚ましい活躍を示したのはクジャン家の若き当主イオクである。若き日の失敗を失敗と認めたイオクは部下や市井の意見に耳を傾け、驕らぬ姿勢で中興を為したギャラルホルンを善く支えた。

 マクギリス・ファリド事件の後、二度と戦場の雄になることなく生涯を終えたイオク・クジャンは正しくラスタル・エリオンの補佐に回り、彼の代理に任じられ地球圏から木星圏までを手広く駆け巡り、名代としてその手腕を発揮。

 彼の役割は決して名君たるものではなかったけれど、「ラスタル・エリオンの改革を広く知らしめたのはイオク・クジャンである」との評価は本人を喜ばせる内容だったと伝えらえる。

 

 力の有無にかかわらず、誰にも等しく権利を与えられる世界。

 マクギリス・ファリドの目指した『純粋な力のみが成立させる真実の世界』が彼の信奉した武力によって否定された後、その抑止力を行使したラスタル・エリオンの手によって成し遂げられようとしているのは当然の帰結と言えるのかもしれない。

 

******

 

 火星の独立に向けた第一歩はアーブラウの植民地、クリュセ自治区から始まった。後に『火星連合』と呼ばれる議会の置かれた中央より高まった機運は周辺域にも伝播する。活気と喧噪、秩序と混沌が交じり合うクリュセから離れた小自治都市もそれは変わらず。

 やがて成長を遂げれば火星有数の都市となるだろうと言われた衛星都市レイドラプト、植民地時代は開発の手が遅れた町の一角で。

 私は比較的平穏な生活を送っていた。

 

「アトラさん、いい野菜が入ったよ。ちょっと手伝ってくれる?」

「はい、今行きます」

 

 アトラ・ミクスタ。

 クリュセ自治区で生まれ育った私は、今こうして辺境の小都市で暮らしている。鉄華団掃討戦から数年が経ち、様々な事件が地球圏や火星圏、木星圏で起こったのを目の当たりにしながらも。

 鉄華団の台所を預かっていたこの身は、こうして生きていた。

 

「かーちゃん、ルッくん達と遊んできていい?」

「夕飯までに帰って来るのよ、暁」

「はーい!」

 

 三日月の忘れ形見と一緒に、私はこの大地で生きていた。

 

******

 

 せわしない日常の中、昔を思い出したのは地球圏のニュースを見たせいだろう。聞き覚えある名前を聞いたからに違いない。

 立派な建物の中、眩いフラッシュに包まれ笑顔で握手する年嵩の男女。

 男の名はラスタル・エリオン、女の名はククビータ・ウーグ。

 前者は地球圏火星圏、そして今や木星圏にまで名を轟かす守護の化身。平和の旗手、ギャラルホルン中興の祖、公明正大なる改革者──彼を称える言葉はあまりにも多く、悪党には恐怖の代名詞とされる人物。

 そして後者は。

 ここ火星に生まれた自治都市群の形成する『火星連合』初代議長。いわば民主的に生まれた“火星の王”──と言えば理解され易いかもしれない。

 

『現在ここ防衛軍慰霊記念講堂では、ギャラルホルン代表ラスタル・エリオン氏と火星連合議長ククビータ・ウーグ氏によるヒューマンデブリ廃止条約の調印式が行われています。これは先だって各経済圏が認可したヒューマンデブリ廃止法案に基づく取り締まりの強化と──』

 

 懐かしの風景、鉄華団躍進の地エドモントンで行われている式典。

 私はラスタル・エリオンに会ったことは無い。鉄華団を追い込み、追い詰め、そして全滅させた張本人だが、あまりにも遠い人であるため実感の湧かない偉人に過ぎない。

 一方のククビータさんには何度も会ったことがある。

 クーデリアさんのアドモス商会で秘書をしていた、豪快な笑顔を見せる人だった。クーデリアさんの掲げた理想に心から共感し、活動に参加した人で。

 クーデリアさんを裏切った人。

 ──そしてクーデリアさんに裏切られた人。

 

「……はぁ」

 

 溜息と共に思い出す、あの時は本当に驚いた。

 あれほどクーデリアさんに心酔していた彼女がクーデリアさんをギャラルホルンに売り飛ばした、告発し逮捕させたのだという事実を飲み込めなかった。

 でも、もっと飲み込めなかったのはあの日。

 ギャラルホルンの鉄華団掃討戦が開始されたあの日、私は。

 ククビータさんの手引きでクリュセから追放されていたのだ。

 

******

 

 鉄華団掃討戦の朝。

 「日用品を揃える」との名目でアドモス商会から連れ出された私はそのまま市街に出る車内で眠らされ、目が覚めた時には全てが終わっていた。

 掃討作戦の無残な結末も。

 クーデリアさんの逮捕劇も、全て。

 それらの顛末を知ったのはクリュセを離れた衛星都市レイドラプト、今もなお私が暮らしているこの小都市の一角だった──そのことに気付いたのもしばらく後のことだったのだが。

 意思と関係なくクリュセからレイドラプトに移動させられた私は幾許かの生活費と簡素な集合住宅の一室を与えられ、そのまま放置されたのだ。

 

「お腹の子が大事なら、二度とクリュセには近づかないことです」

 

 私の投げかけたあらゆる問いかけや非難を無視し、一方的にそう告げたククビータさんとはあれ以来顔を合わせたこともない。

 ──当時はククビータさんを恨んだ。

 その後の報道を見て、知って、クーデリアさんを訴えギャラルホルンに突き出し会社を乗っ取ったあの人を恨んだ。私をクリュセから追い出し、顔見知りの皆からも突き放し、たった一人で伝手もない他の町へと追いやったあの人を。

 酷いと思った、憎いと思った、こんな事ってないと思った。

 

 でも、今なら分かる。

 あの人は、私から可能な限り『鉄華団』の匂いを消そうとしてくれたのだ。

 私が鉄華団の非正規員だったと気づかれる可能性をゼロにしてくれたのだ。

 そして過去よりを今を、未来を生きられるよう逃がしてくれたのだ、と。

 

 世間知らずで極端に視野の狭かった私がそう思うようになったのは、ひとつの事件報道がきっかけにある。

 クリュセ郊外で起きた、桜ファームの襲撃事件。

 

 鉄華団のみんなと農作業を手伝ったあの農園に起きた出来事を知った。

 鉄華団の元団員の家族が経営していた、その縁で鉄華団が農作業を手伝った過去があった、鉄華団とクーデリアさんが社長だった頃のアドモス商会が業務提携をしていた時期があった。

 ただそれだけで、あの農場は襲撃を受けたというのだ。

 犯行グループは何某言う民間警備会社、つまり鉄華団の同業者だったとメディアは語っていた。

 

 惨い話だと思う。こんなことがあっていいのかとも思う。

 でもこれがあの頃の鉄華団が為した影響だった。

 力で物事を解決してきた者、力に固執し過ぎた団員たち、力があれば邪魔を跳ね除け自分達の居場所を作れると錯覚した集団。

 その在り方が、振る舞いが、独善がどれほど自分達以外との価値観の差を作り、社会と距離を置き、反発を生み──異端視されるか。

 全て力で押し通していた小集団が頼みとした力を失った時。

 反発する力がもっとも弱い人々に降りかかった。

 

 鉄華団は──いや、戒めのためにあえてこう表現する。

 私達は。

 己が生きることだけを考え、外に敵を作り過ぎ、寄り添ってくれた人たちの安全は担保しなかった。

 

(私も、そうだったから)

 

 凄惨なる襲撃事件を知るまで、私は忘れていた。

 桜ファームの存在自体を。

 鉄華団の風評を浴びる家族の存在をどのように救済すべきか、そんな必要性すらも意識出来ていなかった。

 団員のみんなはIDを書き換えられれば新たな人生を歩み出せたのかもしれない。でも残された家族は、団員の家族だと烙印を押される人たちにはその恩恵が無かった。

 当事者でもない彼女達が不当な非難を浴び、暴力を揮われたのが悲惨な事件の真相だろう。

 

 そう、あの頃の私たちは。

 自分のことしか見えていなかった。

 

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