鉄血のオルフェンズ 二度と咲かない鉄の華   作:抹茶ほうじ

4 / 28
ちょび髭問答(前)

 一大決戦に大敗し、どうにか火星に逃げのびることが出来た鉄華団。

 しかしギャラルホルンの政治的工作により、彼らはあらゆる社会的立場を封殺された。銀行口座の凍結、取引先の断絶、社会的信用を重視するツテの全てを“テロ組織”の一言で奪われたのだ。

 消耗し、いつ攻めてくるともしれぬギャラルホルン相手に防戦するどころか自力で立つことすら儘ならない彼らに差した希望の光はふたつ。

 ひとつはクーデリアが提案したID改変による生贄のリストから外れる作戦。

 もうひとつは凍結された口座とは別に資金調達の目途が立ったこと。

 

「いざという時のために別口座に資金の一部をプールしておいたんです!」

 

 デクスター・キュラスター。

 鉄華団に所属する数少ない大人のひとり、眼鏡をかけた気弱そうな中年男性が別口に囲っていた団の資産をなんとか用立てたのだ。

 その額は全体の2割。ついぞ前まで新進気鋭の成長株だった企業の資産である、決して小金ではない。逃げ切りの脱出劇に装備を整えるなら充分すぎる額だろう。

 ギャラルホルンにより切断された通信回線も厄祭戦時代の旧ケーブルを利用することで外部との連絡手段を確保、希望の道は真っすぐ続いているように見えた。

 

 しかし問題も残る。

 脱出の目途はたった、しかしこのままでは脱出作戦の実行前にギャラルホルンからの攻撃で磨り潰されるかもしれない。

 時間稼ぎに耐え忍ぶため少しでも戦力を回復させたいところなのだが、今や天下のテロリスト・鉄華団との取引に応ずる企業など存在するか──という根本的な問題が影を残す。特にバルバトスとグシオン、鉄華団MSの両主力はカスタマイズの繰り返しが徒となり、汎用パーツの互換性も低く現状での性能維持は不可能な域にあった。

 苛だたしげに頭を掻きむしりつつグシオンのパイロット、昭弘・アルトランドが声を荒げる。この難局には彼自慢の筋肉も役立たない。

 

「金の当ては出来たんだ、どうにかならないのか」

「それが、どこの取引先もこちらからの通信に出てもくれないの」

 

 まあ当然なのだけど、との言葉をメリビット・ステープルトンは飲み込んだ。

 彼女も数少ない大人のひとり。元はテイワズから派遣された財務アドバイザー兼監査役だったのだが、故あって鉄華団に転属した変わり者。

 元は外部の人間だからこそ、他所の会社が鉄華団からの連絡に応じないのはまともな危機意識があれば当然の措置だと思っている。思っているが、それを口にすることは諦めている。

 彼女もエドモントンまでは鉄華団の子供達に常識を説いていた、しかし今では進んで諫言をすることもない。

 

「──いや、ひとつあるじゃねえか」

 

 停滞した空気を打破するように、己の閃きを称えるように副団長ユージン・セブンスタークは素晴らしい思い付きを開陳した。

 

「モンターク商会、あそこなら便宜を図ってくれそうじゃねえか?」

「そうか、マクギリスの野郎の!」

 

 モンターク商会。

 2年前に鉄華団がクーデリアを護衛してエドモントンを目指す旅路の途中で彼らと接触、様々な手助けをしてくれた老舗の商会。

 その正体はマクギリス・ファリドが旧姓を用いて設立した貿易会社。

 鉄華団を懇意にし、また今回も同盟を組んだ彼の会社なら──繋ぐ希望の架け橋として頼れる可能性は高い。

 ギャラルホルン、特にラスタル・エリオンを警戒したマクギリスの意向で鉄華団が企業的に急成長する間もモンターク商会との取引は可能な限り行わない取り決めだったのだが、もはやそんな事を気にする場合ではないだろう。

 

「メリビットさん、至急モンターク商会に連絡を取ってくれ」

「分かったわ」

 

 あらかじめ教えられた取締役社長の直接通話番号を使った通信は、今までの無反応と異なり数度のコールで回線が開かれる。

 モニターに映ったのは鉄華団のメンバーには見知った顔。

 ちょび髭でやや小柄な中年男性、元を辿れば鉄華団の旧メンバーとも同じ釜の飯を食った間柄。

 トド・ミルコネン。

 鉄華団の前身、CGSに所属していた彼らの元教育役である。もっとも肩書に反して子供達の誰からも信用されない大人だったのだが。

 

『おや、見知った顔がお揃いで。ただいつもなら真っ先に顔を出しそうなオルガの奴がいないようだが』

「──ッ!!」

「団長は大事な所用で席を外しています、ミスター・ミルコネン」

 

 不真面目そうな態度での第一声に団員たちは色めき立つ。

 これはただの偶然、いつもの憎まれ口だ。彼がオルガの死を知っているはずもなく、彼と鉄華団に色々あった事情を加味した軽い皮肉。

 メリビットがフォローしなければどんな怒号が飛び交ったか。長い通話は抑えた爆弾がいつ破裂するともしれない、彼女は早々に用件を切り出すことにした。

 

「ミスター、率直に申し上げます。武器や弾薬、物資を売っていただきたいのです」

『まあそうだろうよ、あんだけ大敗すりゃあな』

 

 対するトドも驚いた様子ひとつ見せず普段通りに人を食った、そして団員たちを見下すような口調で応じて見せた。

 ニュースのひとつも見ていればギャラルホルンのクーデター騒ぎについて目にする。そして決着がどうなったかも。

 追い詰められ、巣に籠り、包囲され社会から断絶された武装組織の状態など語るまでもない。

 

(それに、似たような仕事をしたばかりだからなぁ)

 

 トドは先日までの影働きを思い起こす。

 戦いに敗れ火星に辿り着いた上司マクギリスのために奔走した日々。

 戒厳令状態でMSの部品を入手、修理工を手配、推進剤や弾薬を補給、シャトルを用意し警戒網を裏ルートで潜り抜けて彼とMSを衛星軌道上まで運ぶ。

 モンターク商会の資金力あっての荒業だったが、火星に根付かせたトドの人脈もなければ実現は不可能だったウルトラC、そう何度もやりたいことではなかったと述懐する。

 その大仕事の後でのこのこ連絡してきた鉄華団、かつては裏切り放り出され、マクギリスの下で連絡係を務める奇縁の間柄。

 この連中には何の貸し借りもない、よって力を貸す理由は何ひとつ存在しないのだが、

 

『……まあよござんす。他ならぬ旦那の誼だからな』

「本当ですか!?」

 

 歓喜に湧きたつメリビットと団員たち。

 しかし、トドはどこか無感動な表情で彼らに冷や水を浴びせかける。

 

『だがひとつ条件がある』

「……分かっています、こちらが無理を言っている立場ですから、相場よりも」

『いや、そういう足元は見たりしねえ。言ったろ、旦那の誼だって』

「えっ?」

 

 値段交渉だと察したメリビットが相当の高値を覚悟して商談を続けようとしたを否定され、思わず戸惑いを漏らす。

 彼女の知る限り、トドなる人物は典型的な小物だった。

 下を見下し、上に媚びへつらう小人物。今は圧倒的に彼が優位な立場であるため値段交渉も白旗覚悟で応じるつもりだったのだが。

 驚き抜けきらず少し上ずる声で先を促す。

 

「で、ではどのような条件を?」

『簡単なこった。お前さん達の基地はギャラルホルンに包囲されてんだろ、そんな場所にウチの輸送トラック1台も寄越すわけにいかねえ。だからよ』

 

 揶揄る気配も見下す口調もなく、ただ淡々とトド・ミルコネンは少年たちに条件をつきつけた。

 

『だから商品を取りに来てくれや。そうすりゃ定価で売ってやる』

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。