通信モニターの向こう側とこちら側。
しばらく静寂が続いた後、爆発したのは鉄華団の側だった。
「ふ、ふざけんなおっさん!! そんなこと出来るわけ」
『なら俺の方も出来ないってこった、ギャラルホルンの包囲を突破して往復するなんて現実的じゃねえしな。なら商談はこれで終わり、お互いご縁が無かったってことで』
「ちょ、ちょっと待ってください!」
炸裂した怒号に対し、トドは面白くもなさそうな色抜けた表情で商談を終わらせようとした。慌ててメリビットが割り込まなければそのまま通信を切られたのは間違いない。
「ど、どうにかできませんか、その、何かに偽装するとか」
『完全に封鎖されてる現場にどんな誤魔化しが効くってんだ嬢ちゃん。普段ならともかく今の火星支部に取りつく島なんざねえよ』
マクギリスの場合とは状況が違い過ぎる。
そもそも地表と軌道上の行き来は封鎖されていない。チェックが厳しい箇所があるものの一般利用者が通常に運航できているのだ。故に偽装のやり甲斐、通行する余地があった。
しかし鉄華団本拠周辺は完全にギャラルホルンの監視下にある。文字通りに宇宙ネズミ一匹通さない布陣に誤魔化しが効く隙間などない。
「で、でもどうにか販路を確保しないと物資の搬入なんて不可能です!」
『それをどうにかするのはお前さんらの役目だろう。現にマクギリスの旦那は自力で包囲網を突破して望みを叶えた。次はお前さんらの番だ、違うか』
トドの声には必死さも熱意もない。当然だ、それらを必要としているのは鉄華団であって通信先の彼ではない。
彼はただ話に付き合ってやっているだけの傍観者、積極的に加担する理由のない商人に過ぎないのだ。条件が折り合わなければご破算で済むだけのこと。
『で、どうしやす? 無理なら無理でこっちは構いやしないんですがね』
「そんな! 待ってください、どうにか」
「ふざけんなよトドのおっさんよ! こっちが下出に出てりゃ好き勝手言いやがって!!」
「そうだ、金は払うって言ってんだ、そっちが持ってこいよ!!」
「あ、あなた達……!?」
ここで通信を一方的に切ってもよかったのだが、トド・ミルコネンは通話を続ける道を選んだ。
ほとんど無関心だった鉄華団とのやり取り、会話の途中から胸に宿る何かがあったのだ。
それに名前をつけるなら後悔だろうか、或いは八つ当たりが妥当かもしれない。いずれにせよ彼らにぶつけるのが一番相応しいのだろうと考えた。
『──いい加減、身の程を弁えろよガキども』
分かり易い少年たちの怒声に対し、トドの発した言葉は静かなトーン。しかし胸に点った熾火の性質は同じ。
彼が向けたものの正体も感情に任せた怒りだ、されど別なる成分も含んでいたため激情よりも冷たさが勝る。
いつもと違う語り口、軽薄さを消したトドに驚いたのか、それとも気圧されたのか。次々に罵り口を叩く少年たちが一斉に静まり返った。
CGS時代、鉄華団発足以来を通じて少年たちにバカにされていたトドの偉業。常の彼ならいつものように勝ち誇るかせせら笑うか、いずれにせよ上からの自慢げな態度を示しただろうが、この日のトドはただつまらなさそうに溜息をついただけだった。
それはそれは、深い深い溜息を。
『お前ら、本当に変わらねえな。いや違う、何も学んでねえな』
「何をっ」
『商売人がどうして客に低姿勢なのか、頭下げて媚びへつらうか分かるか? 同業他社に客を取られないようにするためだ。余所でなくこっちと取引してもらいたいからだ』
本来ならわざわざ細かく解説するほどの必要もない当たり前の話。
ただし、物知らぬ子供に話しかけるなら分かり易く、丁寧に、難しい喩えでは伝わらない。
そして鉄華団の大半は凡そが愚か者なのだ、彼我の関係が見えない程に。
『だが今のお前らはどうだ? モンターク商会以外に頼れる商社があるのか、物を売って貰える当てがあるのか、答えてみろや副団長のユージンサマよ』
「……っ」
『普通ならこうして通信繋いでやってるだけでありがたく思わなきゃならねえ、そんなことすら分かってねえから何も学んでねえって言ったんだ』
鉄華団古参メンバーの中では未だトドの評価は信用できない元教育係、薄汚い元裏切者だ。彼らの薫陶を受けた新人の印象もそう違わないだろう。
過去は過去、今の彼が唯一縋れる商会の人間で機嫌を損なうなど以ての外との認識が皆無なのは呆れる他はない。
遅まきながらどちらが優位か、鉄華団のメンバーたちも気付いたのか怒号は鳴りを潜める。黙り込んで反論に口を挟むことも出来ないでいる。
だから話し続けるのはトドひとりとなる。
『どうせお前らは今でも大人嫌いの態度を改めてないんだろ。だが考えてみろ、そもそもお前ら鉄華団はどうやって成長した?』
「……?」
『子供好きのタービンズがお前らを気に入ってくれたから取り立てられて、政争に加わる頭の無いお前らを気に入ったテイワズのボスが取り立ててくれたからだろうが、違うか』
タービンズ、テイワズ。
何故か必要以上に鉄華団に優しい大人の集団が手を尽くして彼らの面倒を見てくれたから、彼らはエドモントン後も順調すぎる程に成長を続けられた。
『成り上がりのガキどもが! お前達を目障りに思っているのは俺達だけではない、それを忘れるな!!』──海賊『夜明けの地平線団』頭目が言い残した捨て台詞は決して大袈裟ではない。
鉄華団が他からの横槍を受けず、同業他社や反社勢力から嫉妬や羨望、恨み辛みを投げかけられるだけで済んだのは。
大人がケツ持ちをしてくれていたからだ。
『聞いてるぞ、地球支部の一件。あの一件もどうせ汚い大人が悪いとか考えてるんだろうよ。ただし原因は大人じゃねえ、お前らの怠慢だ。エドモントンから2年だ、2年も時間があったのに、お前らひとりでも経営や経理、書類仕事を学んだのか?』
鉄華団地球支部の設立と閉鎖の顛末はマクギリスから凡そ聞いていた。
外部監査が書類仕事や裏方を全て賄い託されていたいう馬鹿馬鹿しい話だった。有り得ない話と笑うには大事すぎたが。
『大人に頼りたくなきゃどうすればいいのか簡単だ、お前らが学つけて大人に押し付けてた仕事をやりゃあいい。地味で面倒で、しかし会社経営で絶対に必要で重要な役職をどうして誰も引き受けなかった? やろうともしなかったんだ?』
トドの指摘は完全に正しい、メリビットだけはそれを理解していた。
エドモントンの勝利から2年。鉄華団は急成長を遂げて企業規模を拡大したものの、設立時メンバーで経営陣入りした者はオルガ以外に皆無。
外部監査でアドバイザーに過ぎなかった彼女が裏方の中核を担っている体質から如何に鉄華団メンバーが事務方の仕事をする気がないのかが見て取れる。
彼らの内情を補足するなら、オルガの他にユージンは多少の学習をしていた。地球支部で後始末をしていた様子を見る限り、事務仕事も少しなら手伝えるレベルに達しているようだったが、結局は彼も前線志向で本腰を入れることはなかった。
上記の悪癖は地球支部も変わらず、責任者のチャドや年少組を率いたタカキすら机上の仕事や相手方との折衝を全て外部監査のラディーチェ・リヒトに押し付けていたのだから救いがない。
これら無責任さが地球支部の閉鎖に繋がったのだが、メリビットは鉄華団が抱える根本的な問題を理解しながらも改善を促さなかったのだから彼女の罪も決して軽くはない。
力押しじゃどうにもならねぇこともある──彼らの兄貴分、名瀬・タービンも同様だった。彼らの欠陥を把握しながらも強くは指摘せず、自分が前に出ることで甘やかす選択をした。彼の面倒見は当人たちが成長する機会、変わる機会を与えなかった。
子供と大人、それぞれ異なる形の責任放棄が今の鉄華団を作り、突き進み、追い詰められる状況に導いた。
『お前らの歩いた道は、どっぷり大人の力で舗装されてたんだよ、気付けよ』