『お前らの歩いた道は、どっぷり大人の力で舗装されてたんだよ、気付けよ』
まあ悪い大人も確かに存在するがな、トドはいつもの笑顔に似た表情で言葉を足す。モニター向こうに話しかける。
『ひとつ疑問なんだがよ。テロ組織認定されたはずのお前らが、どうやって物資の購入資金を用立てたんだ?』
「そ、それは──」
「デクスターさんが用意してくれたんだよ、お前と違ってちゃんとした大人のあの人がな」
何も打つ手が無く悩んでいたオルガの元に財務担当のデクスターとメリビットが駆け込んで朗報を伝えたのだ、オルガの秘策や隠し玉でなかったのは間違いない。
『ふぅん? それは団長の指示か、それともデクスターの独断か?』
「や、やめ」
「デクスターさんが用意してくれたんだよ、何度も言わせんな」
何故トドが繰り言をしたのか、そしてデクスターが問答を遮ろうとしたのか。
ユージンや鉄華団の子供達はまるで分かっていなかった。
『だろうと思った、あのオルガに資産隠しの脱税なんざ迂遠な真似が出来るわけねえからな。だから教えてやるよガキども』
こともなげに、軽い口調でトドは爆弾を投下する。
『会社の金を勝手に別口座に移してしておく、それを世間一般では横領っていうんだぜ。横領、無学なお前らには“ちょろまかし”って言った方が伝わるか? 団長命令ってわけじゃねえんならまず確実だ』
「な」
『デクスターはな、お前らの金をちょろまかして逃げる算段だったんだろうよ。欲をかいて逃げ損ね、仕方なく親切顔で逃亡資金にございと供出したみたいだがな、違うかいデクスター?』
「ち、違っ」
『ほう、お前らの団長サマに命令されたわけでもなく、事後報告もせず黙ったまま会社の金を独断で別口座に移した正当な理由があるってんなら是非ともお聞きしたいもんですなあ』
「そ、それはっ」
『古参のガキどもは全員都合よく忘れてるんだろうが、デクスターは元々CGSが参番隊に乗っ取られた時、他の連中と同じ退職希望組だったのに経理の仕事がサッパリなオルガ達から脅されて嫌々残留させられたんだ。そいつらを恨んで当然だろうよ、分かるぞ、やられた側が忘れねえのはガキも大人も変わらずってな』
デクスターの冷や汗は止まらない、何故ならトドの発言は事実だったからだ。
オルガは自分が大人とは違うところを見せようと退職希望のCGS社員たちに退職金の熨斗付けて追い出したのだが、デクスターだけは本人の意向を却下され、脅される形で否応なしに少年たちの無謀な挑戦に巻き込まれ無理矢理付き合わされたのだ。
そんな経緯を忘れて面倒な雑務、嫌な仕事を押し付け悪びれる様子もない子供達に、どうして心から仲良くなろうと思えるだろうか?
部外者のトドは与り知らぬことだが、横領の額は会社資産の2割。比率的に尋常ではない数値、魔が差して甘い汁を吸ったと言い訳するにも高すぎる額。
これほどの金額を横領し、その事にも気付かない社長気取りの団長や事務方の重要性を一瞥すらしない愚かな子供達にデクスターがどのような思いを向けていたことか。
『疑うなら口座の入出金記録でも確かめてみろや、小心者のデクスターが一挙に大金を横領するなんてこたぁねえ。徐々に金額を増やして複数回、数十回の少額横領を繰り返した上で積み上げていってるだろうよ』
大人を信じない頼らないと意気込んだ少年たちは要所要所を大人の世話になり、自覚も呵責もなく大人に面倒を押し付ける体質が常態化して信用を失い、結果大人から見限られ裏切られていた。
地球支部で起きた内紛と性質は変わらない、相互不信のもたらした関係性の致命的な悪化──いや、最初から改善の見込みがないものを悪化と呼んでいいものか。
卵が先か鶏が先か、その滑稽さを面白げもなくトドは暴き立て、
『おっと、つい無駄話に力が入っちまったな。そのお陰で色々考える時間は出来ただろ。どうだ、品物を取りに来る方法は思いついたか?』
「そ、それは」
『無理か、じゃあ取引はご破算ってことでいいな。また次のご利用……も無理か。ま、達者でな』
もはや反芻の余地も与えずトドは通信を切った。
生き延びる計画の補強を見込んだ蜘蛛の糸は断ち切られ、代わりに残ったのは幾つもの不信を孕んだ視線。
そして青ざめた顔で怯える男がひとり。
「メリビットさん、口座の入出金記録を確認してくれ。トドの野郎が言ったことが本当かどうか」
「……わかったわ」
ユージンの要求にメリビットは頷くしかなかった。
社長を通していない隠し口座の存在をデクスターが口にした時点で彼女も遅まきながら同僚の背任、横領行為に気付いた。今回はそれが役に立ったと見逃すつもりだったものを部外者のトドに暴かれてしまった。
こうなれば真相を明らかにするしかない。この澱のように溜まった猜疑心を祓うために、一縷の望みをかけてデクスターが潔白であることを祈った。
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この日、鉄華団内でひとりの男が私刑に処された。
追い詰められた自称革命集団が疑心暗鬼で内部粛清に走るのは珍しいことではない。
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「ええ、鉄華団の連中が通信入れて来たんですがね。ええ、勿論即座に切ってやりましたが、一応ご連絡をしておこうかと、ええ、ええ、はい」
ごく普通で善良なる一般市民、皆に愛されるモンターク商会の代表としてトドは鉄華団が協力しろと妄言を吐いたこと、それを即座に断ったことをギャラルホルンに一報入れて如才なく恭順の意を示した。
これにて連中とは縁切り、連中を懇意にしたマクギリスの旦那への義理も果たしたと区切りをつけた。
「……しかし」
らしくないことをした、トドにもそんな自覚があった。
交渉決裂した瞬間に通話を切らず、今更あのガキどもに正論での説教など無意味にも程がある。そしておそらく連中には今の教訓を活かす機会も時間も訪れないだろう。
それでもらしくないご高説をかました理由は当の昔に放り投げた大人としての責任感などでは断じてなく。
一種の八つ当たり、胸にあった後悔をぶつけるのにちょうどいい相手を見つけただけのことだ。
彼にとってマクギリス・ファリドは気前のいい雇い主だった。
鉄華団への裏切りを失敗した彼は身ぐるみ剥がされ放り出され、生殺与奪をギャラルホルンに委ねられた。
そんな彼を拾ったのがマクギリスであり、命を救うだけでなく裏方仕事に重宝してくれた。彼の築いたコネクションを活用し、様々な工作を行った。
その成果を認め、彼はモンターク商会の番頭、取締役にまで抜擢された。
恩義というには少々異なる感情かもしれない、それでも働きを正当に認められることに喜びを覚えないものはいない。
世間は言うだろう、マクギリス・ファリドは稀代の愚者であると。
しかし彼にとっては大恩ある──やはり恩義なのか、似合わなさにトドは苦く笑う──立派な人物だったのだ。
そんなマクギリスに対し、トドは注進できなかったことがある。
夢を見る表情の雇い主に、どうしても言えなかったことがある。
鉄華団の有り様に憧れた夢の欠片を見出した主人に、
「旦那はあのガキどもを過大評価しすぎですぜ」
「連中は潔いんじゃなくてですね、考える頭も知恵もないから他に腹を満たす手段を知らないだけのケダモノと同じですぜ」
彼の知る真実を伝えられなかったのだ。
その結果、主が夢と妄想を混同し、あの結末を迎える引き鉄、一因になったのだとすると。
「どうにもやりきれねえなあ」
主が満足げに往く死出の旅路を見送った複雑さと後悔を胸に収め。
トド・ミルコネンは比較的真っ当な商売でモンターク商会を次代に繋ぎ、火星の発展に小さくない貢献と影響を残すことになる。
だがそれは悪魔の行く末と何の関係もない話である。