鉄華団掃討作戦を明日に控えたギャラルホルン火星支部。
準備に奔走し変わらぬ喧騒に気勢吐く隊員たちの合間を縫って、ひとりの士官が本部長に報告をもたらした。彼は鉄華団の基地周辺に張り巡らされた地下道の存在を突き止めた人物で、上司直々に人員割いて調査を命じられた士官だった。
「本部長、C12区域の旧時代坑道跡に不審な掘削音を感知。おそらく向こう側から遮蔽物をどかし、トンネルを掘る音ではないかと報告がありました」
「なんだと!?」
「また脱出口付近の古い端末が最近操作された跡も発見。ここから鉄華団のアジトに通信回線を敷いているのではないかと思われます」
「よし、よくやった!!」
火星支部本部長、新江・プロトは喝采を挙げて部下をねぎらった。二度も逆賊マクギリスを取り逃がした上長は三度目の失態、クーデターの共謀組織・鉄華団にすら逃亡される企てを阻止した士官を手放しで褒め称える。
この掃討戦、彼にとっては『本』の文字が『支』に化けるか『本部長』の文字が残らず消し飛ぶかの瀬戸際なのだから無理もない。
「これで敵本拠地を孤立させるべく寸断した通信網ですが、旧時代のケーブルを利用して復旧させた裏が二重に取れた形となります」
「ふん、小癪な真似を」
善意の通報者なる一般市民から得た情報で連中が通信手段を手に入れた裏付けは取れている。
しかしマクギリス亡き今、軍事情報入手のツテなどは失われたはず。せいぜいがメディアの放送を受信するのが関の山だろう。それでもメディアで流れる作戦決行時間は知られた形であり、追い込まれた鉄華団がこのまま黙って滅びるつもりのないことは窺える。
往生際の悪い、悪態を吐いて落ち着いた彼は手持ちの情報を鑑みて新たな命令を下す。ここを潰して他の手段を練られるよりもこのまま連中の計画を利用する方が効率良い。
「トンネルの出口を監視せよ、だが慎重に、奴らに気取られることなくだ」
「通信は如何致しましょう?」
「ギリギリまでは放置だ、気付かぬふりをしておけ」
表の掃討戦と並行して行う作戦は察知されないことが重要なのだ。
この期に及んで逃亡を図る鉄華団にも。
内部告発により当局から既に影を踏まれている愚昧な女運動家にも。
実力主義者だったマクギリスが推挙した人材は確かに明晰であり、皮肉にも的確な判断を下せる標準以上の能力を有していた。
そもそもギャラルホルンの本分は艦隊戦などの大規模戦闘ではなく、暴徒の鎮圧や海賊退治といった中小規模組織相手の荒事だ。ゲリラがトンネルを掘って逃走を図る対処などは古くよりマニュアル化されている。あとは現地に合わせた運用を心掛ければいい──先人の例に則り、彼もまた適切な処方を指示する。
テロ組織と彼らを支援するフィクサー、双方を一網打尽にする作戦の指示。
「おそらく連中がこぞって逃げ出すのは明日、掃討作戦が始まってからが妥当だろう。事前に姿を消し、全く抵抗がなければ不審から逃走を疑われるからな」
「ですな。連中からすればこの場で死んだことにして追及を避けたいでしょう」
「だが絶対に逃がすな、ひとりの逃亡も許すな。明日はモビルワーカー部隊も引き連れて出口を包囲、確実性をもってネズミどもの頭を抑え込め」
三佐の両眼には苛烈な火が灯っていた。
彼にとって重要なのはテロリストどもを逃がさないことだ、それ以上に優先すべき課題は存在しなかった。
「いいか、連中の生死は問わん。絶対に逃がすな、それを厳しく徹底せよ!」
「はっ!!」
新江・プロトの執念は正しく報われる。
それは大脱走劇に全てを託した鉄華団にとって、希望に続くはずの道が完全に断たれたのと同義でもあった。
待ち受ける者と何も知らぬ者。
この時点で両者の見る明日の夢には天と地ほどの差があった。
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作戦開始を明日に控え、鉄華団本拠地を包囲する前線部隊にも緊張感が漂い始めていた。これほどの規模で行う掃討戦は大半の火星支部隊員も始めてのこと、無理もない話しかもしれない。
そんな中、独特の雰囲気と装備のカラーリングで火星支部隊員の注目を浴びていた部隊がある。
アリアンロッド先遣部隊。
その名の通り、地球圏の精鋭アリアンロッド艦隊より先んじて派遣されたMS部隊である。政治的意図を持ち、賊徒にも降伏の猶予を与えるポーズのため平時の速度で航行するラスタル・エリオンの旗艦とは別に高速艦で運ばれた隊員たち。
荒事に慣れた彼らは落ち着きをもってその時を待っていたのだが、ごく一部に例外要素を含んでいた。
いや、騒いでいるのはひとりだけというべきか。
「なっ、私は出撃禁止だと!?」
「ラスタル様直々のお達しです。聞きましたよクジャン公、なんでもマクギリスのバエルに無手で単機特攻を仕掛けたとか」
声を荒げたのは褐色肌の貴公子然した若者、イオク・クジャン。
セブンスターズの一翼クジャン家の若き当主であり、家訓として前線に出ることを進んで行う悪癖がある。一種のカリスマ性はあるもののMS操縦の腕は一流と言い難く、最新機を駆りながらも戦場ではお荷物となりがちだった。
そんな天上人の彼をたしなめた小柄な少女はジュリエッタ・ジュリス。
孤児出身で英傑ラスタル・エリオンに取り立てられた子飼いの部下、そして精鋭アリアンロッドが誇るエースパイロットの一角と華麗なる転身人生を歩んでいる波乱万丈な女兵士。
物怖じせずクジャン家当主に手厳しい意見を並べ立てることでも知られた彼女は、今回も遠慮なく彼の行動を制限してみせた。
「力に固執したものの末路を見届けたい、そうラスタル様に許可をもらった貴方が率先して特攻仕掛けてどうするのです。死にたいのですか」
「だ、だがなジュリエッタ、あれは膠着した状況を揺り動かすための」
「膠着状態でいいのですよ。こちらは準備が整い次第、彼らを巣穴から炙り出す役割。わざわざ噛まれる危険を冒して手を突っ込む必要はありません」
言い訳がましい公子にジュリエッタは素っ気無く容赦ない。
とても戦場の雄とは言えず血気に逸る新兵に等しいお坊ちゃまだが、手厳しい彼女にしても彼にイラつくことは数あれど心から忌み嫌っているわけではない。どこか独特の空気感を常に漂わせる彼は他人の毒を中和する性質でもあるのか後にしこりを残さない。
彼らは知る由もないことだが、テイワズで謀略を巡らせ名瀬・タービンを蹴落とした奸臣ジャスレイ・ドノミコルスすらイオク・クジャンの振る舞いに毒気を抜かれ、呆れ半分にせよ感心させられた経緯がある。
イオク・クジャン、彼の本質は戦場向きではないのだろう。
しかし当人は先祖に倣い先陣を切りたがる、これは悪癖を正す良い機会。
「新たに用立てたMSも半壊させたのでしょう、ならばおとなしく後方で待機してください」
「だ、だがクジャン家当主として」
「そして見なさい、クジャン公。マクギリス・ファリドと同様、力のみを揮った人間の愚かな末路を、武器を手にしないままの貴方で」
彼のような人間は戦後にこそ役立てるのかもしれない、そう言外に滲ませて戦場から突き放す。
しかし──ジュリエッタはため息をつく。こういった役目はラスタル様か、話術にも長けたボードウィン家の次期当主に任せたいものなのだが。
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『マクギリス・ファリド事件』より数年後。
ジュリエッタ・ジュリスはギャラルホルン次代の担い手と呼ばれ、パイロットより民間推挙の高級士官として“そういった”立ち居振る舞いを求められる地位に就くのだが、それはまた後の話。
次回よりようやく鉄華団掃討戦。