その日、鉄華団掃討作戦が開始された。
先陣を切ったのはMS部隊に非ず、後方に並べられた迫撃砲の嵐。幾百幾千に放たれた砲弾は高く弧を描き、遮るものなく鉄華団本拠地に突き刺さる。
激しい爆発が地を揺らし、炎が取り巻き、煙が視界を埋め尽くす。四方八方から降り注ぐ雨霰の焼夷弾は容赦なく敷地を赤く染め上げる。
先触れの砲撃は何も無駄に施設を破壊するためのものではない、MSの装甲もナノラミネートアーマーの例に漏れず高熱に弱い性質を持つ。
補給ままならず応急処置の不完全で戦わざるを得ない鉄華団にさらなる負担をかける。皮の一枚一枚を剥ぐように。
それはもはや狩りの域ですらない。決められた手順で進められる実弾演習の態をも醸し出す。
既に勝利の決まった作戦、掃討戦とはそういうものだ。戦うのではない、残存兵力をすり潰すように戦力を配置展開する詰めの作業。
圧倒的物量を背景に取りこぼしのないよう、丁寧に丁寧に。
『敵MSを確認』
炎の雨にたまらず飛び出した数機のMS、鉄華団が所有する量産機の幾つかは装甲を燃やしている。飽和攻撃で撃ち込まれた砲弾に仕込まれた粘性の高い可燃物が付着し燃焼しているのだ。
対艦ナパームと理屈は同じだ、ああなれば炎は燃焼物を燃やし尽くすまで消えることはなく、炙る炎熱は装甲に施されたナノラミネートアーマーのコーティングを加速度的に崩壊させていく。そうなれば、
『燃えている箇所を狙えよ。第一射、撃て!』
ギャラルホルンの汎用MSグレイズ隊の一派が構えた銃器で斉射する。MS戦闘のセオリーは近接戦、なおかつ装甲頼みの戦いはパイロットに回避運動を疎かにさせる傾向が高い。三次元機動の出来ない地上戦なら尚の事だが。
ボボボッ、撃ち込まれた弾丸は標的、炎に包まれた鉄華団MSに吸い込まれ。
そのまま爆発した。
『敵1機、大破』
『その調子だ、撃てる奴、火の付いた奴から撃て』
MS戦闘で銃撃が軽視されるのは堅固な装甲あっての話。炎に焼かれ恩恵を失ったMSはその限りでなく、地上戦においては避けることも難しく一方的な的と化す。
如何に凶暴な獣相手であろうと人は知恵と道具で対抗してきた。その構図が此度の戦場でも活かされた、ただそれだけの話だ。
『敵MS、接近』
『第1小隊、任された』
『第2小隊、ヨーソロー』
火器支援部隊に迫る鉄華団MSを待ち受けたのは数に勝るグレイズの群れ。支援部隊後退の壁になりつつ、手負いの獣を前に完璧な整備と近接装備を構えた万全のMS部隊が立ちはだかる。
ギャラルホルン部隊は攻め込まない。
鉄華団の基地施設に執拗な砲撃を繰り返し、炎と爆撃を以って追い立てる。そのまま焼かれて爆ぜて朽ちるなら良し、そうでなければモグラのように顔を出す。
灼熱から逃れた獲物を迎撃する、対処戦法を徹底していた。
やがて飛び出すのは炎に焼かれ、武装を欠き、推進剤を欠き、装甲すらも欠いて、ただ勢いのまま保身を忘れたように突撃する鉄華団のMS。
半壊した1機に対し、ギャラルホルン部隊は砲弾を浴びせながら3機以上で迎え撃つ。
多少の実戦慣れ云々で覆せる戦況ではなかった。
******
どこまでも淡々と進む鉄華団掃討作戦。
しかしながら例外は存在した。
『ガンダムフレーム確認、タイプ・バルバトス』
観測班が黒く煤けたMSのリアクターが発する固有周波数を計測、そう断定する。
バルバトス。
鉄華団が持て囃された様々な要因のうち、メディアが取り上げ持ち上げ一方的に英雄視した代表格のMS。
人と獣を融合させたようなフォルムは成る程、グレイズなどと比較して人ならざる印象を強めるかもしれない。改装に改装を重ね、尾のようなマニュピレータを付属させるに至るともはや獣に近しい形状となった。
禍しき爪持ち尾を持つ異形の悪魔。
しかしその威容は見る影もなく薄汚れ、悪魔の正体はただの機械だと真実を晒していた。
「特異な機体だからこそ、物資の欠如は致命的になりましたか」
未だ出撃せず、後方の仮設司令部にて来るべき時に備え待機していたジュリエッタ・ジュリスはモニター越しに前線の情報を、かつて己を死の淵へと追い詰めた恐怖と羨望の体現者に冷徹な目を向けていた。
彼女の指摘通りバルバトスの状態は万全に程遠く、継ぎ接ぎの急場凌ぎが節々に見て取れた。
全身は煤け、両腕はサイズが異なり、左肩は異なるMSの部品を流用したのだろう不恰好さを晒し、手にした矛は決戦時よりも一回り小さい。
戦闘機械は被弾しなくとも破損していく消耗品なのだ。動作すればそれだけで各動作部・関節部位は金属疲労を起こし、ノズルやバーニアは常に稼働し高温に晒されている。稼働による損耗率は通常の作業機械や乗用車などとは比較にならないからこそ出撃毎の整備、メンテナンスが性能維持に欠かせないのだ。
そしてバルバトスは彼女自身が両者全力の艦隊戦、地球圏決戦において最新鋭試作機レギンレイズジュリアで相手取った。
敵わずとも食らいつき、バルバトスが苦手とする高機動戦闘で振り回し、長引かせ、小さなダメージを与え続けた成果は不揃いのパーツで組まれた敵機の姿が効果を証明していた。飢えて痩せ細り、傷すら癒えぬ悪魔は既に十全の能力を発揮できないのだと。
MSの運用には1機で合計3機分を組み立てられるほどのパーツが必要だとされる。これは特に戦闘中は部品より部位ごと、腕毎足毎などの交換も視野に入れられるためだが、旧パーツや他MSの流用を見るに鉄華団の窮状が体現されたようである。
真実、彼らには最早戦う力は残っていなかった。目の前の光景は残光、寄せ集めのスクラップに過ぎないのだろう。
それでも、とジュリエッタは理解している。
「それでも彼らは戦いを止めないのでしょうね」
『戦闘開始。相手は悪魔のMSだ、ぬかるなよ』
『了解!』
全身を軋ませるように戦闘行動を開始したバルバトスは、その状態でも並のMSと一線を画する戦闘力を示す。支援MSの一斉射をどうにかやり過ごして乱戦に持ち込む。1対3の不利、横位置や背後を取られた近接戦でも拮抗する、むしろ押し勝っている。
されども往時の勢いはまるで無く、かつてなら瞬時に薙ぎ払っただろうグレイズ達を撃破できず振り払えずにいた。零落ぶりは明らかだが、それを責めるのは酷というものだろう。そうなるべく彼らが戦略レベルで追い詰めたのだから。
そして消耗を強いた側からすれば全て想定内の出来事である。悪魔を討ち取る作法、下準備は整った。
「私も出ます。務めを果たすために」
「ジュリエッタ!」
MSデッキに足を運ぼうとした彼女にイオク・クジャンが声をかける。
繰り返しの待機を命じられた彼はきちんとラスタル様の指示を守ったらしい。MSを失えば当然かとの思いと、それでも部下のMSを奪って出撃しかねないとの不安もあったのだがそれは杞憂に終わる。
「決着に行くのか、ジュリエッタ」
「ええ。全てはラスタル様のおっしゃる通りに」
「そうか……ジュリエッタ、私はお前が羨ましい」
「……は?」
「ラスタル様に信任され、ラスタル様の剣となれるお前が羨ましい、ジュリエッタ・ジュリス」
二、三度まばたきを繰り返す。あまりの言葉に虚を突かれたのを否定できない。セブンスターズ、ギャラルホルンの七名家の一翼、クジャン家当主から羨望の言葉を投げかけられたのだ、ただの孤児に過ぎなかった彼女が。
ふと衝動的に湧き上がる笑いの波動をどうにか噛み殺す。イオク・クジャンは色々と抜けたお人であるが、悪口をこのような形で使う人間ではない。
ならば真実なのだ、前線に立つべしと頑なだった武家当主の心からの言葉。
そして気持ちも分かる。
かつて彼女も、悪魔のMSが示す力を欲したことがある故に。
「ええ、この身はラスタル様の剣。そうあれかしと望み得た力です」
ただし、と付け加える。
この先ギャラルホルンは変わる。
当主を喪ったイシュー家、実質的に廃嫡となったファリド家の二つ星を欠いたセブンスターズは『マクギリス・ファリド事件』を機に勢力図が大きく書き換えられる。どちらも傍流の血筋を据えての再興を図るだろうが、しばし五星の風下に置かれるのが妥当な措置だ。特にファリド家などは当主二代続いてのスキャンダルを重ね、五星の判断で実質取り潰しの憂き目を見る可能性も決して低くないだろう。
これまで月艦隊の司令、七星の武を代表するも年齢的には若造とされたラスタル・エリオンは発言力を増大させ、兼ねてより月艦隊でのみ導入されていた内部改革の着手を全体に広げるに違いない。
ただしそれでも、バクラザン家やファルク家の長老を向こうに回しての舵取りに骨が折れるのは想像に難くない。
しかし、他の七星家当主の協力があれば。
「貴方には貴方なりのやり方があるのではないですか」
それがおそらくラスタル様が彼に望んだ役割、戦場の蛮勇よりも余程。
呆気に取られた顔で立ち尽くすクジャン公を置き去りにジュリエッタはMSに乗り込む。
──もし、誰かがその時の彼女を見ていれば、やや頬を赤く染めていたことに気付けたかもしれない。
「……やはりこういうのはガエリオ・ボードウィンにでも任せるべきですね」
らしからぬ弁を揮ったことに一時の恥じらいを覚え、愚痴を零し改めて気を引き締め直す。これから向かう戦場は朽ちたとはいえ悪魔が争う忌み地。
ジュリエッタ・ジュリスの任務は高らかに悪魔を討ち、アリアンロッドの月明かりを万人に示す道化。
堕ちた『革命の乙女』に役割が似ている、そう思うと心境がより複雑怪奇なものに成り下がるのだが必要性は理解している。
悪魔には鉄槌を、戦いには終結を、経済圏には警告を、そして民衆には慰撫と安堵を。
「ジュリエッタ・ジュリス、出ます」
孤児たちの始めた一連の騒乱を孤児であるこの身が打ち倒す、奇妙な因縁を感じつつラスタル・エリオンの剣は戦いに赴き。
槍先に悪魔の首を掲げることで戦乙女はヘイムダルの角笛ではなく終焉の鐘を鳴らした。