鉄血のオルフェンズ 二度と咲かない鉄の華   作:抹茶ほうじ

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鉄の箱で彼はひとり

「くっそが、俺達を焼き殺そうってのか!」

 

 MSのコックピット内。

 爆発と悪路の振動に揺られ、炎に巻かれる“彼らの家”を前に鉄華団副団長ユージン・セブンスタークは意味のない雑言を口にする。

 彼はCGS時代に阿頼耶識の術式を施され、艦船の操舵に関しては一流、謙遜を抜かせば超一流の腕前を有しているがMSの操縦は不得手の部類だ。素人に毛が生えた程度の微妙さは年少組に軽んじられ慰められる程である。

 そんな彼がオルガ・イツカの乗機──結局彼がそのMSに乗ることは一度もなかったのだが──『王様の椅子』と名付けられた角付きMS獅電で出撃したのは団長の遺志を継ぐ心根の表れだったのだろう。

 敗走し、物資を欠いて碌に補給も受けられず、整備も修理もままならなかった鉄華団に唯一存在した無傷のMS。そんな状態のMSがどうして操縦不得手な彼に任されたかというと。

 

 団長専用機という神輿であり、尚且つ型落ちの機体なのだ。

 『王様の椅子』獅電はテイワズ製MSでも旧タイプ、鉄華団がエドモントンで一旗上げ、企業の規模を拡大した際に量産機を大量購入したオマケで譲り受けた予備パーツもどきの記念品。

 本来の乗り手を失い、さりとて団長専用機という出自ゆえにパーツとしてバラすのも躊躇われた死蔵MSを操縦不得手な彼に使わせる。実質戦力として当てにされていないに等しいが、彼らの目的が時間稼ぎである以上は有用な使い道もあった。

 

 そう、鉄華団の戦略目的は徹底抗戦によるギャラルホルン撃退ではない。せいぜい空しい抵抗を演出し、奮戦の果てに全滅を装う。

 その隙に坑道を利用したトンネルを通じて外部に脱出、テイワズの手引きで用意された輸送船に乗り込み火星圏を離脱、地球で個人識別IDを書き換える。これにてテロ武装組織・鉄華団の団員たちは過去を洗い流して無罪放免、晴れて新しい人生に踏み出せるというわけだ。

 ──この筋書きを『革命の乙女』が提案したというのが火星史のミステリー。

 理想実現のために清濁併せ呑む。実に政治家らしい決意をしたはずの彼女にとって、この私情に塗れた悪事は何の理想に繋がるものだったのか。

 元より鉄華団と一蓮托生の癒着説、後に火星で独裁を築くための私兵利用説、掲げた理想そのものが私腹を肥やす擬態説──後の歴史家が火星史を取り上げる際にぶつかる壁にして面白おかしく語られる定番の議題である。

 

 ともあれ、強力ならざる旧型MSでも銃は撃てる。

 物資弾薬を欠き満足に戦えない鉄華団戦力の中で派手に振る舞い、当たらない銃撃と音だけの空砲を撒き散らす役割をユージンは存分に果たしていた。深追いしないギャラルホルンの戦術方針に助けられた面があるにせよ、始めから的確な攻撃は諦めて回避と牽制、囮に専念するなら『王様の椅子』は役立ったのだ。

 それでも他の団員、年少組が操る整備不良MSに比べても被弾率が高いのは彼の腕前のせいなのだろう。ところどころ破損し、白い装甲を煤に染めた機体は間接部から火花を噴き、今にも爆発しかねない有様だった。

 

『もういい、副団長は撤収して!』

『そうだそうだ、後は俺達に任せて!』

『そのままじゃ死んじまうぞ、副団長!』

 

 肩を並べる年少組のMSから次々と撤退指示が飛んでくる。

 ユージンは己の不甲斐なさを噛み締める。年少組からすれば副団長はよくやった方だとの評価になるのだが、本人には何の慰めにはならなかった。団長なら、オルガならもっと上手くやれたに違いないのにとの憤りをどうにか抑え込む。

 どうにか言い返そうと言葉を発する前、機先を制される。

 通信相手は三日月・オーガス。鉄華団のエース。

 

『言う通り、ユージンは下がって』

「ンだと!? 俺だけが逃げ出すわけにゃ」

『みんながクリュセに着いたって終わりじゃない。オルガに代わって役目を果たせ、副団長』

「ッッッ、分かった、お前らも死ぬなよ!!」

 

 団長の名前を出され、もはや反論の余地を奪われたユージンは忸怩たる思いで機体を翻し、基地の地下格納庫に真っすぐ戻る。

 僚機を後に残し撤退する途中で爆散したモビルワーカーを見かけた。

 MSが入り乱れる戦場でMWを出す無謀さは鉄華団の悪しき象徴、囮と散ったのは誰だろうか。アラタ、イーサン、ウタ、トロウ、ヒルメ……共に武装船でブリッジに詰めた年少組だろうか。

 自分達でもMWなら動かせる、そう張り切って出撃した誰か、もはや顔を合わすことも出来ない誰か。

 散らばる棺桶の群れは確認できただけで数個分、MWに記された型番を確認することも許されずにユージンはMSを後退させ続ける。

 目の前の惨状から顔を背けた彼の思考は、ふとオルガの演説を脳裏に呼び起こす。

 あれはエドモントン、鉄華団が迎えた天下分け目の一戦にいちかばちかを仕掛ける時のものだったか。

 

 今に近しい犠牲の山を築く中、団長オルガ・イツカは全力で啖呵を切ったのだ。

 

『ここまでの道で死んでいった奴らがいる。あいつらの命は無駄になんてなってねえ』

『あいつらの命もチップとしてこの戦いに賭ける』

『幾つもの命を賭けるごとに、俺達が手に入れられる報酬……未来がでかくなってく』

『俺らひとりひとりの命が、残った他の奴らの未来のために使われるんだ!』

 

 ならば彼らの死も、こうして鉄の棺桶で屍を晒す彼らの命も、生き残った俺達のために使われたのだ。

 決して無駄なんかじゃない。輝かしい明日のため、でっかい未来のために。

 

「……無理だ」

 

 弱弱しく首を振る。

 あの啖呵が、あの台詞が、エドモントンで無残に散っていった団員の死を目の当たりにした上で吐けた言葉なら。

 やはり俺はオルガ・イツカには敵わない、かないっこないと今更ながらユージンは納得していた。彼には眼前の絶望を見ながら夢を語る真似など出来そうもなく。

 

「俺には無理だ、こんな光景、こんな光景を見てあいつは……ッ!!」

 

 今にも壊れそうな狭い棺桶の中で絶叫する。

 賭けた命の分、報酬や未来は大きくなるとオルガは言った。

 成る程、確かに2年前からの急成長は勝った俺達の得たでかい報酬だったのだろう。

 

(だが、負ければ?)

 

 賭け事は掛け金が高ければリターンも大きい、事実だ。

 だが敗者には何も残らない。

 今まさに俺達は負けているのではないのか?

 あいつはこの光景を目の当たりにしながら、どうしてもっとひどい負け方を想像せずにいられたのか。

 

「進み続ければ、道は開ける、道は、開ける」

 

 口を開けば弱音が零れる、周囲を見渡せば弱気が漏れる。

 コックピット内に赤く点るレッドアラートだらけの計器を見つめ、ユージンはオルガの言葉に縋って後退を続けた。

 生き延びれば勝ち、生き延びれば未来に通じる。

 

 ──本当に?

 

******

 

 炎と黒煙、家族の残骸に舗装された撤退路を渡り切り、ユージンは『王様の椅子』を地下格納庫に滑り込ませる。例のトンネルはここからクリュセに通じているのだ。

 慣れない手つきでMSのジェネレータを落とし、コックピットを転がり出る。これで誘爆はしないはずだが残り少ない推進剤に火がつけばその保証はない。そうならないためにも未だ外で戦っているMS隊が一刻も早く戻ってくるよう彼は祈る。

 年少組、筋肉隊、ラフタの形見分けとなった辟邪、そしてバルバトスとグシオン。

 不甲斐ない副団長を差し置いて、彼らは未だ戦っている。

 格納庫から外の戦況を確認する手段はないが、優勢であるはずもない。数と質で劣り、僅かな経験に勝るだけの敗残兵は何れ押し負け、焼かれ、撃たれて潰される。

 

 賢明ならざるユージンの頭でも本能的に理解できていた。戦って食い繋ぐ生き方をしてきた彼らだが、この戦場に彼らが生き残れる目が無いことは。

 だから祈り、待ち続けた。

 彼と共に未来へと逃げ出す共連れを。

 トンネルに向こうで待つ仲間たちの苦笑いを一緒に見に行くために待ち続ける。

 

 それでも誰も戻ってこない。

 戻ってこない。

 

『今ここに!』

『アリアンロッド艦隊司令ラスタル・エリオンの威光の下に!!』

『悪魔は討ち取られた!!!』

 

 やがて勝利宣言が轟く。

 砲撃の音が鳴り収まり、鉄打ち鳴らす音も途絶え。

 戦場で兵士たちの喝采が響いた後も。

 

 誰も戻ってこなかった。

 

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