「そう言えば先輩、昨日の『ラブ×スク』観ました?」
とある平日の午後、相も変わらず僕は部室で越智先輩と最近見た作品の話で盛り上がっていた。
「ああ、観たぞ」
「原作読んでるからあの展開は分かってましたけど、やっぱり好きなキャラがこう負けヒロインだのなんだのって言われてるの見るとやっぱ複雑ですよ」
昨日見たアニメのヒロインの画像を探す中でとあるまとめサイトに辿り着いた僕はそこに並んでいるスレタイに何とも言えない表情を浮かべてしまっていた。
「まぁ、言いたいことは分かるぞ礼ちゃんはいい子だからな」
「礼ちゃんいいですよね、何てったって」
「ああ」
「おっぱいが大きい!」
「尻がデカい!」
「よぉし後輩戦争だっ!!!」
「先輩が相手でも負けませんよ!」
「騒がしいですわっ!」
一触即発。血で血を洗う戦争の口火がここに切って落とされようとするまさにその刹那、それを遮るようにそこには聞き慣れた声が響き渡った。
「さっきから聞いてれば……」
「ご、ごめん燦然寺さん」
「すまん」
そこに居たのは相も変わらずな綺麗な顔を若干歪めながら分厚い本を握りしめている燦然寺さんの姿だった。ちなみに手に握られている本とは来週までの付き合いになるらしい。レポート、早く終わるといいね。
「さっきから聞いてるとなんですの?尻だの胸だの……」
「ご、ごめん。女の子のいる前でする話ではなかったね」
先週の一件の後、その事を小耳に挟んだ花園先輩からこっぴどく叱られたのはここだけの話。
「礼さんのいい所はあのムチムチの太ももに決まってますわ!」
「いや、燦然寺さんもこっち側かよっ!」
まさかここに来て部活内性癖三国志が展開されることになるとは……。ムムム、ここに来て当家の根幹が揺るぎかねない新興勢力である。
「それにしても、まさか燦然寺さんがこちら側の話題に顔を出すとは」
「あら、意外でしたかしら?」
そりゃそうだ、先週の話題を思い出してみろ。顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしてたのは何処のお嬢様だったか。
「いや、その……エッチな奴は苦手なのかと思って」
先週の出来事を思い返しつつそう告げると彼女は意外にも平然とした表情を浮かべている。
「あれ、違った?」
「甘いですわ松野君。先週の会話を思い出してくださいまし」
「なんか変なこと言ってた?」
「会話中に私がえっちなことが嫌いだとは一言も述べてませんわよ?もし記憶があやふやなようであればこのページ内の前の話のところから第2話を」
「あああメタいメタい!」
この物語の方向性が揺らぎかねない事態だからそれはおやめくだされ。
まぁでも……。僕の脳裏をよぎったのは前回の彼女の投下。中々に濃厚なキスシーンを描き切った彼女が確かに苦手っていうのもおかしな話だ。
「意外っちゃ意外だったけどそうじゃないって言われるとそうじゃないのかも」
「はっきりしませんわね、えっちな私はお嫌いですか?」
「とんでもない、どんな燦然寺さんでも僕は素敵だと思うよ」
「そ、そうですか……」
顔を真っ赤にしながらそっぽを向いた彼女を見て気づく。あれ、僕今ものすごいことを言いましたよね……?
どう誤魔化したものかと頭を抱えそうになった刹那「ゴホン」と小さく横から咳払いが聞こえた。
「お前ら、ラブコメならよそでやってくれ」
「違いますっ!」
「そんなんじゃありませんわっ!」
ありがとう越智先輩……。お陰様で気まずい空気が和らぎました。やっぱり彼女持ちってすげぇ。
「それにしても、やっぱり負けヒロインっていう肩書はちょっといただけないですね。物語上ではそうだったかもしれないけど、やっぱり彼女達には彼女たちの魅力がしっかりあるわけですし」
「松野君のそういう考え方は好感が持てますわ。それに、そのために私たちがいるのですわ!」
僕の言葉に同調するように燦然寺さんはぽんとその胸を右手で小さく叩く。
「そうだな、同じ思いを抱いてる人間ってのは案外多いもんだ。SS書きってのはその代弁者でもあるのかもしれないな」
「どういうことです越智先輩」
”代弁者”という先輩の言葉に思わず僕は声を上げてしまう。
「複数ヒロイン物の作品って多いだろ?さっき話題に上がった『ラブ×スク』もそうだ。その中でどうしても物語上主人公に選ばれなかったヒロインってのが存在する。そんな彼女の幸せを代わりに叶えてあげようと努力してる者たちってことだな」
「要は原作ではくっつくことのないキャラクター同士のカップリングってことですか?」
「簡単にまとめるとそうだな。これに関しては別に主人公とヒロインってだけじゃなく全ての登場キャラに言えることだけどな。それに公式じゃどうしてもできないことをやっていったりな」
「というと?」
「まぁあれだ。具体例を出すと某アイドルゲームのプロデューサーとアイドルの関係や第三話で死んでしまうヒロインが死ぬことが無かった世界」
「確かに……公式じゃできませんね」
「でも、作品のファンである俺達ははそういう世界も見てみたい訳だ」
そういうファンたちの声を”代弁”して二次創作として書き残していきたいってことだから”代弁者”ってことか。
「まぁ、ほとんどがあくまで作者の妄想だけどな。あくまでもこういう世界があったらいいなってだけの話だ。でも、皆が皆そういう原作キャラたちへの愛を持って作品を書き上げている」
「ペンは剣より強し、と言いますわ。これは作品のファンだからこそ出来る愛あるが故の公式へのささやかな抵抗ですの」
なるほど、確かに僕が読んできた作品はどれも原作キャラへの愛に溢れていた。公式で結ばれなかったヒロインが笑っているとそれだけで嬉しい気持ちになったりもした。
「だから、そんな負けヒロインの烙印を消したかったら松野君も礼さんのSSを書けばいいんですの」
「気軽に言ってくれるねっ!」
納得はしたけど、それとこれとは話が別だ。
「まぁ、愛が歪み過ぎた故にヒロインが悲惨な目にあったりするやつもあるけど」
「愛の形は人それぞれですので」
それについては言及しないのな、この人たちは。
「それに、そういう作品は宣伝効果もありますわ」
「宣伝効果?」
「はい、先ほど公式へのささやかな抵抗と述べましたが、どうしても原作やアニメ中ではわかりにくい彼女たちの魅力というのは存在しますわ」
「確かに。皆が皆同じ出番って訳でもないしね」
「そうですわ。だからこそSS書きの中にはこういう方々もいらっしゃいますわ。”俺の○○はこんなに魅力的なんだぞ”と」
「そういう作品のおかげでキャラたちの魅力を多くの人に知って貰おうって訳だね」
「そういうことだな」
確かに、そういう作品のおかげで改めて原作を見た時に見方が変わったキャラは少なくない。あのキャラの言動には実はこういう裏があったとか、あの性格にはこんな理由があったとか。妄想も多分にあるんだろうけどキャラを想った故に出てきたオリジナル設定なのであればそれはもうそのキャラたちへの考察であり愛であるといえるだろう。
「なるほど、そうなると礼ちゃんが幸せそうに主人公に手作りのお弁当を作ってそれを持ってデートに行く、なんて作品も見られるかもしれない訳だね」
「いいですわね、手を絆創膏だらけしながら不格好なお弁当を差し出す礼さん」
「いいな、綺麗にそろえられた彩り豊かな弁当を自信ありげに差し出す礼ちゃん」
「……」
「……」
「解釈違いですわ!」
「解釈違いだ!」
いや、なんで最後にそうなるのさ。
みんなも妄想を垂れ流していけ。