「松野君は、ショートケーキのイチゴは最初に食べる派ですか?それとも最後に食べる派ですか?」
とある平日の午後、部室で二人っきりの僕に向かって唐突に彼女はそんな言葉を投げかけてきた。三日後が期限の課題レポートに悪戦苦闘を強いられているところに、そんなことを突然尋ねられたものだから、僕の持ち込んだノートパソコンのディスプレイには中途半端なところまで書き殴られた文章がぴたりとその足を止めている。
「随分唐突だね」
「いえ、大した意味はないのですが」
そう言って彼女、燦然寺燈華は小さく小首をかしげながら部屋の隅からこちらに視線を飛ばしてきていた。この部屋は、ボロボロの癖に妙に日当たりだけは良いみたいで差し込んでくる西日に照らされて育ちの良さを感じさせるシルクのような綺麗な髪がキラキラと輝いて何というか、ちょっと幻想的な光景を僕へと見せる。
「そうだなぁ……強いて言うなら、僕は最後に食べちゃうかもしれないなぁ」
「そうですの」
僕の返答に少し寂しそうな表情を見せる燦然寺さん。あれ、これ答え方失敗した奴だったりするのでしょうか……?
露骨に落ち込んでる様子を見せる彼女が妙に心に来たせいか課題の方へと向き直ったものの手はキーボードを上手く叩いてくれない。
「そ、それがどうかしたの?」
一体どうしたというんだろうか。実は燦然寺さんは最初に食べる派で、最後に食べる派の僕とは一生分かり合えないと知ってしまった。燦然寺家ではケーキのイチゴは最初に食べる派の人間としか結婚することは許されなくて、その事実を知ってしまった燦然寺さんは結ばれないショックからそんな表情を思わず浮かべてしまって……ああああ今から改宗します!イチゴ、最初に食べる教に今すぐにでも―
「改宗しますっ!」
「急にどうしたんですのっ!?」
「い、いや、なんでもないっ。それで結局どうしたってのさ」
「その……実は今ここにシコシコと書き続けてきた90000字がありますの」
くるりと手元に持っていた小型のノートパソコンをこちらに向けると、燦然寺さんは恐る恐るこちらを見る。というか、そのノートパソコン、この前アメリカの某企業が今度発売するってプレスリリースで発表してた奴じゃ……。え、えっ、財閥のお嬢様になるとそんなものまで手に入るの?金持ちってスゲー!って、今はそんな話じゃなかったな。
「そ、それでその90000字がどうしたのさ」
「これをどう投下しようかと迷っておりまして。一括で投げちゃうほうがいいのか、小分けにして投げるという選択肢もありまして」
「久萬寺燈華になっちゃうね」
「余計なこと言うとBL本のネタにしてコミケで出しますわよ」
「それはいけない。で、それで迷ってるの?」
「そうなんですの」
だんだんと言葉尻が弱弱しくなっていくところを見るとこれは彼女にとっては大問題らしい。そんなもの、僕からしたらポンと投げてしまえばいいのに、と思ってしまうものだが。
「それで、それが最初のショートケーキの話題に繋がったりする感じ?」
「察しの良い松野君は好きですわ」
「そ、それはどうも」
急にダイレクトに来ると心臓に弱いのでやめてください。あと、西日に照らされた横顔が今日も綺麗です。
「SS書きたるもの、感想や読者の評価というものは欲しいものですわよね?」
「その辺の感情は読み専の僕でも分かるけれど……」
「新作を投げる度にSNSでエゴサの日々。もし感想を補足したものならサバンナで獲物を見つけた時の肉食獣のようにファボとリプライを飛ばす生き物がSS書きですの」 ※個人差があります
「ということはショートケーキのイチゴって言うのは読者の感想って言うことになるのかな?作品全部を読んだうえでの感想というのがすぐ欲しいから全部一気に投稿したい」
「そういうことですわね。でも、少しずつ投下することによって如何にも毎日書いてますよという体も見せたいという感情との板挟みですの」
ふぅと小さくため息を付く燦然寺さん。
「そういえば、あんまり気にしたことがなかったけど小分けにして投稿するメリットってあるものなの?一括で投げちゃって全部見て貰った方が読者的にもよかったりしない……?続きが今すぐ読みたい―!ってなる奴いっぱいあるよ?」
僕の言葉に彼女は小さくふむ、と声を上げるとそのまま手元のスマートフォンへと手を伸ばした。
「松野君、これを見てくださいまし」
そのまま燦然寺さんはその場を立ち上がると僕の隣へと腰を下ろす。ふわりと隣から甘い花のような香りが鼻腔をくすぐる。あれだよね、女の子ってすぐ良い匂いまき散らすよね。
「松野君、見てますの?」
「へ、あ、はい、見てます!」
「……変な松野君ですの。それで、ここに注目して欲しいのですが」
彼女は画面に表示されているとあるサイトの一部をガラス細工のような細い指で指さしながら、こちらへとディスプレイを傾けてくる。
「これは……”更新された連載小説”。これが重要なの?」
そこには、そのサイトに投稿された最新の作品の一覧が表示されていた。
「そうですの。意外とここに乗っている作品に注目している読者というのはいらっしゃいまして、ここにいかに沢山載せるかが閲覧数に直結することもありましてよ」
「ということは、小分けにして投げるとここに複数回表示されていろんな人に見て貰える可能性が高まるかもしれないってことだね」
「そういうことですわ」
「なるほど……これが、書き溜めのジレンマってやつなんだろうね」
「かもしれませんわね」
そう言いながら燦然寺さんは僕の隣を離れるとそのままいつもの定位置に戻ってしまった。お気に入りらしいボロボロのクッションも膝の上に健在である。
……べ、別に名残惜しいとかとっても思ってるんだからねっ!
「まぁでも、実際こういうのは書き手が勝手に気にしてるだけで大した問題ではないのかもしれませんわ」
「そんなものなのかなぁ」
「その辺になってくると一話当たりの文字数なんて問題も出てきますし……」
「確かに、どの辺で区切って投稿するの?とか考え出すとまたややこしいことになりそうだもんねぇ」
「そのあたりは、結局書き手が自分のスタイルややりたいことと相談しながらやるのがベストなのかもしれませんわね」
そういって燦然寺さんはふわりと笑うとそのまま懐から一冊の文庫本を取り出し、そのままそれに目を落とした。
それからどれくらいの時間が経っただろうか。僕の課題のレポートも気づけば終わりを迎えていて、今は彼女が規則正しくページをめくる音だけが部屋の中に響いていた。
「終わったぁー!」
「レポート、完成しましたの?」
「な、なんとかね。内容はお察しだけど」
「それはお疲れ様ですわ」
三日後提出のレポートを今書き上げる時点で、僕はどうやらイチゴは最後に食べる派ではないらしい。いや、違うな。苦手なものが乗っているケーキなら先に食べちゃうからこっちのほうで正しいのか?
「そ、そういえば松野君。ショートケーキのイチゴ、私がいつ食べるか気になったりしませんか?」
ふと、文庫本の向こう側からこちらを恐る恐るといった様子で伺う燦然寺さん。一瞬の沈黙が、部屋の中を通り過ぎて行く。僕等が共に過ごしてきた日々は、時折視線だけで言葉を交わすところまで関係を進めることが出来たようだ。
「そういえば、駅前に美味しいケーキ屋さんが出来たらしいんだよ」
「ふふっ、察しのいい男性は好きですわ」
「はいはい」
僕はイチゴのショートケーキはあんまり食べない派です