「あのカップル中々別れてくれやがりませんわぁ~~~~~!!!!!」
とある平日の午後、我が現代文化文学研究会の部室に燦然寺さんのひたすらに悲痛な叫びが響き渡っていた。
「いきなり随分なことを言うね!」
事の発端はほんの数分前の事。講義終わりに偶然部室で居合わせた僕と燦然寺さんは平凡な日常会話に華を咲かせていた。変化が起きたのは昨日見た某魔法少女アニメの最新話の感想が佳境に差し掛かったところ。
ふと、燦然寺さんのポケットから聞き慣れた通知音が鳴り響いた。その音に気づいた彼女は徐にポケットからスマホを取り出すとつらつらと画面をタッチしていく。
冒頭の叫びが響いたのはその直後のことだった。
「だって……すぐ別れると思ってましたの!」
開いた画面をこちらに押し付けんばかりに見せつけてくる燦然寺さん。
「ち、近い近い!!」
僕の警告にすぐ気づいた彼女はそのまま見やすい位置までスマホを移動させた。
「これは……あ、そういう……」
彼女の携帯に映し出されていたのはとある人物のSNSのページだった。
『付き合って三か月記念!♡』
快活そうな女性と、これまた爽やかな男性のツーショット写真。そこにあったのはまごうことなきとあるカップルの記念写真だった。
「そういえば、女の子の方は燦然寺さんの知り合いだっけ」
「ええ、美優さんですわ。入学当初から親しくしてますの」
「へぇ」
聞けば彼女は入学して最初のとある授業で燦然寺さんの隣に座った女性らしい。明るく誰にでも優しい彼女は、燦然寺さんの実家のことも把握していながら隔てなく接してくれる素敵な人だそうな。そういえば、僕も一度だけ校内で挨拶したことがあったっけ。燦然寺さんを見かけたから声を掛けたらたまたま彼女も一緒だったということがあったのだ。
「友達ならなんでそんな言葉がでてくるのさ。幸せそうならいいことじゃないか」
親しい友人のはずなのに、どうして冒頭みたいな台詞をこのお嬢様は吐けるのか。見れば彼女は現在進行形で先ほどのスマホの画面に何やら熱心に打ち込んでいるようだった。
「美優さんが幸せなのはいいことなのです」
「じゃあなんだってそんなことが言えるんだよ。流石にさっきのは感じ悪いとおもうよ?」
「そ、そんなこと……」
僕の言葉が思ったより刺さったのか、燦然寺さんは部室の隅っこで小さくなっていた。う~む、流石に言い過ぎただろうか。
「でも……」
もっといい宥め方があったんじゃなかろうか。なんて一人で脳内反省会を開催しているところに、小さな声で反論の声が届く。
「でも?」
「あのカップルは観察対象だったんですもの……」
おおう、観察対象ときましたか。……何となく読めてきたぞ。
「普通のカップルがどんなふうな理由で別れるのか、私は知りたかったんですもの」
「これまた随分な言い様だね!」
「でもその……昨今の読み手はリアリティに拘るところがあるじゃないですか」
「それは……その……、うん、あるかも」
あー、これは僕の予想が当たってるみたいだな。この人、他人の恋愛を作品のネタにする気だ。
「この前、百の妄想は時にたった一つの真実をも超越する、なんて話をしたのは覚えてらっしゃいます?」
あれは確か数週間前のことだったか。妄想が経験をカバーしていく、だったけか。
「宇宙で音が出てもいいじゃないか、って話の時だっけ?」
「ええ、その時ですわ」
「それが一体今回の叫びとどう繋がるってのさ」
「その時にリアリティはエンターテイメントを装飾するパーツでしかない、って口にしたことは覚えてますでしょうか?」
「ああ、覚えてるよ。考えたこともなかったから随分と興味深いというか、面白い話ではあったね」
「あれは、あくまでも物語の根幹に関わる部分や要素にしか当てはまらないと思ってますの」
会話が乗りに乗ってきたのか端っこで縮こまっていた彼女はいつの間にか僕の隣へと移動してきていた。
「と言うと?」
「それ以外の所謂要素と要素、そういうものを繋ぐ部分に関してのものや、物語の重要部分に関わってこないところというのはああ見えて意外と粗末に作るとダメなんですの」
「そりゃそうだろうけどさ……イマイチ言いたいことが見えてこないんだけど」
「例えば、未来に行ける車が出てくる映画があるとするじゃないですか」
「ああ、とある有名な映画だね」
「この場合、物語の重要な要素というのが未来に行ける車に当たりますわ。これがこの映画の一番の面白さの部分になりますわよね?ここに関してはいくらでも妄想や夢を盛り込んでもいい部分ですわ」
「う~ん、なるほど?」
「そうなると今度は逆。そうじゃない部分にスポットを当ててみましょう。あの映画の舞台は1980年代のアメリカ。それなのにAIで動くお掃除ロボットが背景をうろついていたり、待ちゆく人々がりんごのマークの薄い携帯端末を使っていたら変でしょう?」
「ん~まぁ、そうかも。あの時代らしさって言うのが見えてこないね」
「そこがそれ以外の部分に当たりますわ」
「なるほど、そこまで近未来感を出しちゃうと逆に未来に行ける車という異質なもののエンターテイメント性が薄れちゃうってことなのかな?」
「そう理解してもらえればいいですわ。まぁ、私もその辺上手く言葉にできているかは分かりませんが……」
先ほどこちらに差し出してきた携帯を改めて自分のポケットへとしまい込みながら燦然寺さんは窓の外へと視線を向けた。
「大切なところを強調させたいのならば、大切でないところまで気を配らねばならない。そこが、エンターテイメントとは真逆にリアルを作り込むこと、だったりするのではないでしょうか」
「なるほど……で、結局燦然寺さんはそのカップルにどんなリアルを求めていたのさ」
問題はここだ。あんな台詞を吐いといてただ人の不幸の味が知りたかったなんてことは無いだろう。
「まぁ……それはその……単純に世の中のカップルがどんな理由で別れるのか知りたかっただけですわ。その、お話のネタとして」
「…………やっぱり予想通りじゃねぇか!」
前言撤回。この物書き中毒のお嬢様は他人の不幸の味を自分の作品の隠し味にしたかっただけだったようだ。
と、まぁここまで見ればただの悪徳令嬢染みたお嬢様だというイメージしか見えないが……。
「なんて言いながら、結局燦然寺さんは優しいよね」
「な、何がですの!?」
彼女が画面を消してしまう直前、僕の目にははっきりと映っていた。美優さんの投稿の返信欄に僕の見慣れたアイコンが祝福のコメントを残しているのを。
根っからの創作沼の住人にも、幸せの味は美味らしい。
「おう、どうしたんだお前たち」
気づけば僕等は随分と話し込んでいたようで、遅れてくるはずだった越智先輩の姿が部室に見えた。
「ああ、実はかくかくしかじかで……」
事の次第を簡単に話すと、越智先輩は何やら意味深な笑みを浮かべている。
「いっそもうお前たちが付き合えばいいじゃねぇか」
「な、なんてこと言うんですか!」
「わ、私が松野君と!?」
「ん……嫌なのか?」
「い、嫌とかじゃないんですけど、こういうのは本人の意思とかあれこれとか……」
慌ててその場を取り繕いながらそっと隣の燦然寺さんの様子を伺う。
その顔は窓から差し込む西日に赤く照らされ、どんな表情なのか読み取れそうにない。
「……そんな事では、不幸な話の参考にはならないじゃありませんか」
こういう時だけ、難聴系主人公がちょっとだけ羨ましくなるね。
3000字以上書いた物書きをボコボコにする作業に戻ります。