貞操逆転世界の日常 作:貞操崩壊太郎
今から一週間前、季節は本格的な夏への準備をしている中、俺はというと病院のベットの上でうなされていた。熱は40℃を超え本格的な暑さこそないものの、肌にまとわりつく暑さが非常に不快感を煽る。にもかかわらず発汗はさほどないためとにかく体が熱く、頭が回らない。30分おきに先生がきては水分補給と汗を拭いてくれているがまるで改善する気配がなく、このまま死ぬのではなかろうかという思いで一杯だったのがはっきりと覚えている記憶である。
「……なにこれ」
あの地獄のような日々から解放され、なんとか歩けるようになった俺は、久々に風呂に入れてもらい一週間分の垢をこそげ落とし、気持ちよくベットに戻っり牛乳を飲みながらテレビをつけた。テレビに映し出されるマッチョがポージングしながらビールを飲むCMや、37歳無職女性が男子校に侵入して体操服を盗んだというニュースに俺は困惑した。
「そういえば、なんかいろいろおかしいな」
思い返せば先生だと思っていた男性は看護師だったし、入院着のままで休憩スペースに行けばやたらと女性に見られた気がする。外の看板は先ほどテレビでやっていたCMと同じようにマッチョがビキニの海パン一丁でビールを飲んでいる。どうやらあの地獄のような高熱で俺の頭はおかしくなってしまったらしい。
「葛城さん、検温の時間ですよ」
「あ、はい」
部屋の扉を開けて入ってきた看護師の男性から体温計を受け取り脇に挟む。大多数の意見が普通であり少数の意見は排他されるのが世の常である。父親の連れ子である俺は、家庭という社会の中でそれを嫌というほどに味わってきた。そして、世間一般で言うところの家族はこの一週間面会にすらきていない。俺という存在は邪魔というのが大多数の意見なのだろう。それでも
「病院に入れてくれるだけマシか」
「? どうかしましたか?」
「あぁ、いえ、家族のことを考えてまして……」
「ああ、ご家族の方、毎日受付に来ては面会謝絶がいつまでなのか聞いてますよ。だいぶ回復してきていますし、そろそろ面会も許可が下りそうですよ」
「……親が? 僕の面会に?」
「えぇ、とっても心配なさっていて……愛されていますね。葛城さん」
「そんなわけが……すみません、まだ、すこし混乱しているみたいです」
「えぇ、えぇ、今はゆっくり休んでいてください。まだ熱も38℃はありますし」
「すみません……」
「ここでのあなたの仕事はゆっくりと休むことです。早く元気な姿をご家族に見せることができるように」
そういって看護師の男性は俺の頭をなでるとサラサラとカルテに記載をして病室から出て行った。俺の胸にはそんなことはあり得ないという思いと、俺と同じく、家族もおかしくなっているのではないかという考えが頭にこびりついていた。そして、それを望んでいる自分がいることに戸惑っていた。
「……父さん」
病室の窓に反射して写る自分の表情はまるで自分ではないみたいで、どこか捨てられた子犬のような顔だなと他人事のように思った。
*
次の日の朝、まるで眠ることができなかった俺は重い足を引きずりながら休憩所に向かった。周りにはご老人がテレビを見ていて、お見舞いに来たのか女の子がその周りを走って遊んでいる。元気だなぁと思いながら自販機でモモのジュースを買い、備え付けのラックから週刊誌を手に取り少し離れたところに腰掛ける。
「(あのイケメンアイドルにスキャンダル……カリスマAV男優が語るモテる女の身だしなみ……男性100人にアンケート、初体験はいつ?……ゴシップ雑誌も軒並みおかしなことになってる)」
テレビといい、広告の看板といい、これまでの自分の認識と差異が発生しているように感じる。いうなれば、男性と女性の価値が逆転したような……そこまで考えて、ふと視線を感じる。視線を週刊誌から前へ向けると、先ほどの女の子がじぃーとこちらを見ていた。何事かと思ったがとりあえず手を振ってみる。
「(こんにちはー……なんちゃって)」
「!」
心の中であいさつをしつつ、手を振ると女の子は花が咲いたように笑ってこちらに駆け寄ってきた。
「おにーさん、おにーさん! お歳はいくつ? 私はね! 6歳!」
「俺は16歳。おじいちゃんはいいの?」
「テレビ見てたら寝ちゃった」
ふとご老人のほうを見ると、確かに寝ている。座ったまま寝ると腰に響きそうだが大丈夫なのだろうか。
「走ってたら喉が渇いちゃって、おにーさんのジュース一口ちょうだい! 私、そのジュースすきなのー」
「ああ、それでこっち見てたんだね。それなら新しいの買ってあげるよ。そんなに残ってないし」
「えーっとね、そんなに飲めないからそれがいい」
「でもほんとにそんなに残ってないよ?」
「じゃあ、それ全部ちょうだい! ……だめ?」
残念そうにこちらを上目づかいで見てくる女の子に、子供に気を使わせちゃったのかなと思いつつ、初対面の人にジュースをくれって言えることが子供の特権だなとジュースを手渡す。
「わぁ、ありがと! じゃーね! おにーさん!」
「はい、またねー」
なぜかジュースを飲まずそのまま持って休憩所を出ていく女の子。おじいちゃんはそのままでいいのだろうか。
「あー、アレは完全にクロ」
「絶対戻ってから飲み口舐め回してるわ。とんだエロガキね。うらやまけしからん」
いつの間にか休憩所に来ていた女子高生が今のやり取りを見ていたのか、走り去った女の子を見ながらそんなことを言っていた。純粋な子どもに対してそんな見方しかできないのかと内心あきれてしまう。
「って葛城じゃん。よーっす!」
「なんだ、市川と同じ病院だったのね」
「……えっと、川島さんと神崎さん……? 桃奈もここに入院してるんだ」
同じ高校のクラスメイトの二人が親しげに声をかけてくる。そんなに話したことなかったよなと疑問に思いながらも幼馴染の市川桃奈の親友?だからこちらを知っていも不思議ではないかと返答する。
「くぅ! 幼馴染とその友達へのこの温度の差! イイネ!」
「お前、そんなんだから男子から距離とられるんだぞ」
なにやらよくわからないことでテンションが上がる川島さんをジト目で神崎さんが見る。前から思っていたが川島さんは独特な雰囲気というか個性がある。
「で、私たちはなにか飲み物買って市川の病室行こうかなって思ってたところね」
「おい、無視か。まぁ、もう2週間だしなー市川の顔ぐらい見てやろうかと」
「ああ、きっと桃奈も喜ぶよ。俺ももう少し動けるようになったらのぞいてみようかな。その前に退院しちゃうかもだけど。まだ少し動くだけで汗かいちゃって……体力落ちたなぁ」
「「……ゴクリ」」
患者衣は比較的通気性がよく涼しいのだが、少し動いただけで、先ほどからうっすらと汗をかいている。一週間も寝たきりだと体力の低下が否めない。患者衣の前をつかんでパタパタと風を送っていると、なぜか二人がこちらをガン見していた。
「あれ、どうかした?」
「あぁ! いやいや!? 何でもないよ!?」
「そーそーお気になさらず! うん、うん!」
「?」
こちらを見てくる理由がないし、そんなに慌てる意味も分からない。虫でも飛んでたかなと周囲を見渡すが何もいない。特に気にすることなく二人に向き直す。
「あー、うん。私ちょっとトイレ行ってくる」
「あ、私もトイレ行くね」
「え、あ、うん。またねー」
そそくさと休憩所を出ていく二人を見て、自分の体臭が気になった。
*
休憩所から戻ると、自分の病室に家族が来ていた。こちらを見るなり泣きながら抱き着いてくる義妹と父親。そんな二人と俺を慈しむように義母がやさしく微笑んだ。
「ご、ごべんね゛ぇ゛! 私が料理なんかしだがらぁ゛」
「心配したんだぞぉ、悠ぅ!」
「え、えっと……」
「ほら、パパ。悠が困っているじゃない。少し落ち着きましょう? 悠も元気みたいでお母さんうれしいわ」
泣きじゃくる二人に姿も、こちらを気にかけてくれる義母も自分の記憶にはないものだった。義妹が生まれてからは俺のことなど関心がなくなった父親と、最初から俺を疎ましく思っていた義母、そんな二人から愛されて育った義妹は明らかに扱いの違う、両親から愛されていない俺を下に見ていて嫌っていた。悪い夢でも見ているようだ。視界が定まらなく頭痛がする。その一方で、ちゃんとこちらを見てくれているのだと感じる。自分は家族にとって、視界にすらも入らない石ころのような存在ではないのだ。それがうれしく、そしてたまらなく怖い。ここは自分のいる世界ではない。高熱で狂ったのではなく、違う世界に来たのだとしか考えられない。そうでなければ、こんなことはありえない。
「ご、ごめん。体調が、まだ……」
「ああ、すごく顔色が悪いぞ。何かあったら父さんに言いなさい」
「お、お兄ちゃん、死なないよね?」
「悠、ひどい顔色よ。まるで、初めて会ったときみたい。大丈夫、あなたは私たちの子よ。そして、この子のお兄ちゃん」
「……うん。ありがとう」
そうでなければ、こんなにも焦がれた。求めてやまなかった言葉をこの人たちが俺にかけてくれることはない。こんなものを見せられて、与えられてしまったら……すべてが元に戻った時、俺は……
ただただ、父親と義母と義妹に抱かれたぬくもりを噛みしめ、俺はここにいていいのだろうかと考えていた。
*
あれから毎日家族が面会に来ている。朝に義母と義妹が来て昼に帰り、夜に父親を含めて3人で来る。体調もだいぶ落ち着き、そろそろ退院もできると先生に言われているのだが……
「おにーちゃーん……ぐへへ」
「……ナツ。そろそろ……」
「やだぁ! ナツここに住む!」
「もう、2時間は俺に抱き着いてるよ? さすがに暑い」
義妹のスキンシップが激しすぎる。というか誰この子?という状態だ。あまりにも自分の記憶と乖離しすぎていて同一人物としてみることができない。義母も同様である。
「さぁ、悠。汗を拭きましょうね。リンゴ剥いたから、着替えたら食べましょうね? あーんしてあげる」
義母も同様である(2度目)。というかなんか、息子に対しての扱いではない気がする特に目つきが時折やばい。高熱で精神的にもまいっていたのか、回復してきたらすんなりと受け入れることはできた。できたのだが、これでは身が持たない。とにかくべったりで離してくれない。なんだこの人たち、0か10しか存在しないのか。
「ふへへ……兄の生肌……ペロリ」
「はぅあ!? 今舐めたか、ナツ!?」
「はーい、悠ちゃん、ばんざーい。脱ぎ脱ぎしましょうねー」
「悠ちゃん!? あ、いや、自分で脱げるから! ナツを何とかして!」
義妹がすこし、いや、かなり変になっていて、義母の俺への扱いが3歳児のそれだ。俺の望んでいたものはこんなものではない。こんなものではないが、だからこそ受け入れることができているのかもしれない。
「悠ちゃん。私は何でも自分で解決できる強い子に育ってほしいの。だからナツのことも何とかしてくれるって信じてるわ!」
「やばいっていう自覚はあるんだね」
「はい、フォークは危ないからウサさんリンゴは私が食べさせてあげるわね」
「一秒前と言ってること違くない?」
「ぐぐふへへ……」
「……ナツ、もう笑い方がわけわからなくなってるよ」
家族が変態すぎてつらい。俺は、やっていけるのだろうか。なぜか無性に桃奈に会いたくなった。