では。
宙に飛び散ったのは、鮮やかな血と肉片だった。
熊を撃つのに使われるような、大口径の猟銃が撃ち抜いたのは、狙われていた男を突き飛ばして転がし、銃口の前に立ちはだかった少女。
右目を中心に、頭の半ばを吹き飛ばされた少女の体は呆気なく宙に浮き、それから仰向けに倒れた。
銃弾によって深く抉り取られた頭から、脳の欠片と骨が溢れ、血が流れていく。
「ヒィッ!」
撃った男は、甲高い悲鳴を上げた。
至近距離で己の銃が抉った人間の脳の欠片と吹き出た血が、僅かに降り掛かったからだ。
或いは、幼さの残る少女を撃ち殺したことに戸惑ったか。
「幸!」
駆け寄ろうとし、獪岳は背後に殺気を感じて飛び退った。
振り下ろされた鍬で地面が抉られ、土が撥ねる。背中に当たれば、致命傷にもなりかねない勢いだった。
男が、鍬を地面から抜こうとする間に獪岳はその腹を蹴り飛ばした。
呼吸法を使った威力の蹴りを腹にくらい、男が吹き飛ぶ。
「あなたたちは何なんだ!」
「知るか!逃げるぞ!」
刀を抜くに抜けないまま、人々が振り翳す棒や鎌を避けていた田津に叫び返す。
刀はあれど、人を斬るためのものではないのだ。
やむを得ず鞘ごと刀を背中から外し、それで里人の棒を弾き返す。
幸はと見れば、まだ地面の上に、壊れた人形のように倒れていた。抉られた頭を中心に赤い光が瞬き、傷は徐々に塞がっているが、明らかに遅い。
思えば、幸が頭を吹き飛ばされたことはない。内臓が見えるほど深く胴を袈裟がけに斬られたり、腕を斬り落とされたときはあったが、あのときよりも血鬼術による治療が遅い。
鬼は、頚が無事なら、太陽さえなければ、死にはしない。
そうとわかっても、動かない体を見ると焦りが生まれる。だが、里人が邪魔で近づくことができない。
猟銃を撃った里人が、幸を覗き込んだ。
ぴくりと動いた幸の白い指が、その足首を掴む。再生しかけの、肉が欠け白い頭蓋骨が剥き出しの朱に染まった顔がのろのろと動き、男を見上げた。
あ、と何かの言葉の切れ端が喉の奥で鳴る。
「ば、化け物ぉ!」
男が引き攣った声で叫んだ。
引き金に、今一度指がかかる。
「やめろ!」
獪岳の手は、届かなかった。
二発目の銃弾が、治りかけていた幸の頭を吹き飛ばす。
生暖かい脳髄や肉や、骨の欠片が、金気臭い血が、獪岳の頬や髪にまで飛んだ。力を失くした手が、ぱたりと落ちる。
腹の中に、黒い炎が吹き上がった。
「退けぇぇ!」
鞘に収めた刀を、振りかぶる。
─────炎の呼吸
────肆ノ型、盛炎のうねり
怒りが起こした熱のない炎の壁が、獪岳の前にいた里人たちを薙ぎ払う。
一足で幸のところに跳び、胴を抱え上げると小さく欠けてしまった頭が、ぐらぐらと不安定に揺れた。
赤い光が剥き出しの肉と骨の上に、皮膚を、瞳を、形成しようとささやかに瞬いている。
それでも、再生が追いついていない。
抜けぬ刀を構え、片手で力の抜けた幸の体を持って獪岳はじりじりと下がった。
田津も同じように前にいる農具や武器を持つ里人たちを前に、下がるしかない。
「何のつもりだ!鬼は殺した!どうしてあなたたちは俺たちを襲うんだ!」
田津の鈍さに、獪岳は舌打ちした。
鬼に奪われたという鬼殺隊の刀がここに、家屋の中にあったことが、何よりの証拠だろう。
「……鬼に、山を通る余所者を差し出してたんだろ。そうすりゃ、テメェらが喰われることはねぇ」
「なっ……!」
山近くに住むなら、余所者を誘導して鬼がいる山に向かわせることもできたろう。
獪岳の言葉に、里人たちは目に見えて顔を歪め、動揺した。
「日輪刀がここにあるってことは、鬼と取引きでもしたか?餌にしたやつらの持ち物でも、売っ払ったか?鬼は人間の血と肉にしか、興味なんざないからなァ」
発見が遅れたのも当たり前だろう。
この付近で姿を消した余所者がいても、住人ならば嘘をついて誤魔化せる。
そんな人間は通らなかったと一言いえば、済む。鬼の食い残しを自分たちで片せば、痕跡も消せる。ついでに懐の金品を奪う程度のこと、朝飯前だろう。
嗚呼、なんてわかりやすいやつらか。
彼らは生き延びるためにそうした。他の生命を差し出した。
獪岳にそれを、あれこれ言う気はない。
そんなことは、どうでもいい。
「勘違いしてんなら言うけどよ。俺たちの仕事は、鬼を斬ることだ。あんたらをどうこうするつもりはない」
田津が驚いたようにこちらを見るのを感じたが、努めて無視し獪岳は続けた。
「鬼を狩れないテメェらがどうしようが、どうでもいいんだよ。俺たちはここで見たものも誰にも言わない。役人が来て、刀を咎められりゃ困るのはこっちだって同じだ。だからとっとと、そこを退け」
これだけ派手に立ち回れば、どのみち役人が来るかもしれないがそこまで知ったことではない。
どうせ彼らが来る前に隠が足止めし、隠蔽するだろうから。
だというのに、里人たちは引き下がらない。
その目つきの異様さに、獪岳は嫌な感じを覚えた。
同じだ。
泥水を啜って路上で生きていたころ、薄汚れた自分を見下ろして、袖で鼻を覆って目を背けた、大人たちの。
────こいつ、ら。
彼らは隠のことなど知るわけがないが、役人や警察が来るとは思っているだろう。
これだけ破壊された里を彼らが見れば、根掘り葉掘り調べられると思っているかもしれない。
そうなれば、余所者たちから奪っていた物を見られるかもしれない。鬼の死体という証拠は、今このときも崩壊し、塵になりつつある。
自分たちを脅す人喰いの化け物がいた証は、何も残らない。
後に残るのは、行方不明になっている山道の通行人から追い剥ぎしていたと思われる里。それだけだ。
だがもしここで、刀を持った身元もわからないような人間が二人、死んでいれば。
「ああ、なるほど。テメェら、俺たちに押し付ける気か。このままじゃあ、追い剥ぎを里から出すことになるもんなぁ」
「……そうだ。あんたたちは、遅すぎたんだ。あいつらがあんな化け物になっちまう前に来てくれりゃ、俺たちもこんなことは……」
人垣の一角から姿を見せたのは、先ほど蛇に喰われかけていた身なりのいい男だ。
里長か、と当たりをつける。
そいつの言葉は、途中で途切れる。
獪岳の腕に引っかけられていた、死体のように静かだった幸が、ゆらゆらと頭を持ち上げたからだ。
里人たちが一斉に、怯えた顔で後退った。
「だ、大体!そっちこそ鬼の餓鬼を連れてるじゃないか!そんな化け物を連れてるお前らのことなんて、信じられるか!」
「……どっちが化け物だよ、クソ野郎共」
低い声で呟けば、男は打たれたように身を強張らせる。
幸をゆっくりと地面の上に降ろし、刀を両手で構え直す。
刃を振るうわけにはいかない。鬼殺隊が殺すのは、人でなくて鬼だ。人でなしだろうが、彼らは人間。
鬼に脅されていた、糞ったれな守るべき人間なのだ。
殺さず、殺されずに逃げる以外に、ない。
「おい、あんた。田津。俺があいつら吹き飛ばせば、霹靂一閃の踏み込みで、どうにか逃げられるか?」
「こ、呼吸を人に向けて使うのか?」
「使わなきゃ殺されるぞ。死にたきゃ勝手に死ねよ」
小声で言えば、田津は青褪めながらも頷き、構えを取った。正直、こいつに構っている余裕がない。
炎の呼吸の肆ノ型、盛炎のうねりで、吹き飛ばして人垣を崩す以外ない。それも、殺さないように威力を抑えて。
「幸、走れるか」
頭を再生したせいで意識が混濁しているのか、幸は立っても人形のように静かだった。
俯いていた頭が、かくり、と持ち上がって、獪岳を見上げる。
その金色の瞳には───理性が無かった。
膝ががくりと折れる。頭を抑え、幸はその場で蹲った。
「おい!」
「っ!さわ、るなぁっ!」
幸の手が、獪岳の手を払いのける。
異様に熱い手だった。小さく小さく丸まり、何かに怯えるようにして、幸は全身をがたがたと震わせている。
これでは、連れて逃げるどころではない。
「う、撃てッ!撃ち殺せッ!」
上擦った声に顔を上げれば、またあの猟銃がこちらを向いていた。
銃口が真っ直ぐに狙っているのは、獪岳。
背筋を悪寒が這い登る。弾丸より速くは動けない。
だが引き金が引かれる刹那、銃口は空を向いた。
「あ、ヒィッ!」
起き上がり、獣のように飛び掛かった幸の手が、銃身を掴んで上にねじり上げたのだ。
無理矢理に標的を逸らされた男は、銃から手を離し、腰を抜かしたのか無様に尻もちをついた。
その前に、幽鬼のような危うい足取りで、幸が立ちはだかる。
「ニン……ゲ、ん、おま、エ……かいが、く、ヲ、うっ……た?」
細い手が握りしめた鉄の筒が、ぐにゃりと飴のように曲げられる。解けてもつれた髪から、血で汚れた蝶の飾りが落ちた。
銃が手からずるりと抜け、幸は爪を振り上げた。白く鋭い凶器が、火を照り返して赤く輝く。
「やめろ!」
咄嗟に獪岳は、後ろから幸を羽交い締めにした。
牙が伸びている。目が血走っている。
これまで何度も見て、何度も斬って来た人喰い鬼の形相が、そこにあった。
「ァア゛、ア、ァァァァぁ゛!」
「止まれ!こッの!馬鹿!しっかりしろ!」
刀の鞘を口に噛ませた。みしりと、漆塗りの鞘が噛みつかれて軋む。
獪岳の腕の中で、恐ろしい力で幸は暴れていた。ぎらぎらと光る瞳が捉えているのは、獪岳に猟銃を向けた男である。
獪岳のほうがかなり上背があるから抑え込めるが、折れた肋が痛み、それも危うい。
「幸!喰うんじゃねぇ!
里人に喰いつかんばかりの幸を、無理矢理に後ろへ引きずる。一人でも喰ったら、傷つけたら、すべてが終わる。
が、どうすればいいのだ。
こんなふうに暴れることなど、一度たりともなかったのに。
幸の狂乱ぶりに脅えたのか、村人たちは手を出してこないが、逃げ去りもしない。
どうすればいい、と臍を噛んだときだ。
視界の外から、丸い玉が投げ込まれる。直後にその玉は空中で破裂し、煙が広場に立ち込めた。
紫色がかったその煙を吸った途端、幸の力が弱まる。喉を抑え、しゅるしゅると体を縮ませる。
「お前!勾玉のお前だよ!こっちだ!」
声がする方を向けば、黒装束に覆面の男が、建物の陰から獪岳を手招いていた。
「とっととずらかるぞ!刀とその子持ってついてこい!」
辛うじて刀を拾い、頭を低くして煙を吸わないようにしながら、獪岳は隠が手招きする方へ駆け出した。
広場には次から次へと煙幕が押し寄せ、村人たちはそこで右往左往しているらしい。
「お前ら……」
「話は後だ!逃げるぞ!」
声に聞き覚えがあるような、無いような隠の後について走り、山へ飛び込む。
幼子のように小さくなった幸は、気絶でもしたのか動かない。口の前に手をやれば、微かに風は感じた。
木や草をかき分けて走り続け、里の灯りが見えなくなってから、ようやく隠の男は足を止めた。
「ここまで来りゃ平気だろ。大丈夫か?」
「俺はな」
抱えていた幸を、草の上に下ろす。
爪も牙も元の通りに引っ込められ、瞳は閉じられて眠っているようにしか見えない。着物は血で汚れ、赤黒い斑模様のものと化している。
頬に触れても、あのときのように異常な熱さはない。
思えば、入れてきた箱は最初に田津と話した小屋に置いてきてしまったのだ。
と、獪岳の横にあの箱が置かれた。隠の男が、腰に手を当ててこちらを見下ろしていた。
「それな、この山の反対側の小屋ンところに置いてただろ。俺たちが通ったときに回収したんだぜ」
「そうかよ」
箱を開いて、眠ったままの幸を入れる。もつれて頬に乱れかかる黒髪を、少しだけ指で梳ってやる。
こいつが大事にしていたあの髪飾りも拾えなかったのだと、そう思うと疲れがのしかかって来る。
蓋を閉じると、大きく息が漏れた。
「あんた、前にどっかで会ったか?」
隠の男を振り返って尋ねれば、そいつは驚いたように目を瞬いていた。顔の半分以上が覆面で隠れているから、端から目しか見えないのだが。
「おう。覚えてたのか。俺は後藤だよ。柱様がたの裁判のときに、お前らを蝶屋敷まで送ったことがある」
「思い出した。悲鳴嶼さんにびびってたやつか」
「嫌みな覚え方してるやつだな!その通りだよ!」
くわっ、と目をかっぴらいて叫んだ隠の男、後藤は、すぐに眉を下げた。
「あー、その、な、大変だったな。お前も、その子も。もう一人の剣士は俺の仲間が誘導してるから、心配しなくても大丈夫だぜ」
途中から、田津のことなど完全に忘れていたのだが、一応頷いておく。
それだけ、気分は最悪だった。
肋が今更のように痛むのを、回復の呼吸で抑え込む。
獪岳が箱を担いで立ち上がると、後藤も立ち上がった。
「さっきの煙幕はなんだったんだ?」
「ああ。藤の花の毒が混ざってるんだよ。弱い鬼が吸い込めば怯むからな。目くらまし程度にしかならねぇけど。けどそれで気絶するってこたぁ、お前の連れてる子、かなり弱ってたんだなぁ」
「……こんなこと、今までなかったんだ」
人間の銃で頭を吹き飛ばされることも、理性を失って暴れることも。
次に目覚めたときに幸がまだあのままだったら、頚を斬らなければならないのだ。
箱の肩紐をきつく握り締める。
「あー……うん、その子なら大丈夫だろ。寝て起きたら戻ってるさ。柱会議のときもさ、柱様がたに詰め寄られても、耐えられた子なんだから」
「当たり前だろ」
そういう以外に何も返せない。
刀と箱を背に負い、後藤と山を歩く。
歩きながら、そいつはぽつぽつと語った。
獪岳たちが鬼を殺したことがわかったから、役人が来る前に暴れた跡を片付けようと辿り着けば、里自体があの有り様。
どう止めればいいかと迷う間に、幸が撃たれて暴れ出し、藤の毒入りの煙玉を投げ込んで引っ掻き回すしかなくなったという。
「鬼に脅されてたってんなら、俺たちには後始末をつけるしかできねぇからな。あの里も、多分熊に襲われたとでも言うしかねぇだろうな。お前には腹立たしい話だろうし、正直俺もむかつくけどな」
「……」
では、失踪した人々は誰に殺されたことになるのだろうか。それも無理くり熊の仕業にするのか。
あの里から、人殺しの名を着せられて処刑されるやつがいるかもしれないと思っても、どこも心がざわつかない。いい気味だとも思えない。
ああそういえば、幸を撃って鬼の血を間近で浴びたやつもいたのだと、冷めた頭で考える。
あの程度で鬼になどならないだろうが、精々己が撃った
鬼がおらずとも、どうせ人は人を殺すし、踏みつけにし、喰いものにする。
幸が撃たれて倒れたときは確かに怒りがあったのに、荒れ狂って理性をなくした姿を見た衝撃が、怒りの炎を消してしまっていた。
触るなと、のばした手を叩き落とされた。そんなことは、初めてだった。
「グエッ!グエェエエ!獪岳、幸!任務完了!完了、カァ!」
木々が途切れるころ、空から鎹鴉が舞い降りる。
いつもならばやかましいと思うその鳴き声は、どこか遠くから聞こえてくるようだった。
毎度のように獪岳を嘴で突き回すこともなく、鴉は羽をたたみ、肩に止まる。
隠の男はそれを見て、どこか安堵したらしい。
「おし、じゃ、俺はまだ仕事があるからここまでだ。ちゃんと傷の手当しろよ。見えてねぇだろうけど、お前、ひどい顔してんぞ」
「ああ」
獪岳の肩を軽く叩き、隠は去って行った。
鴉と自分と、箱の中の幸。
それだけが夜が開ける直前の、暗い夜道に取り残される。生温い風が、山の方へと吹きすぎていく。
何もない草原を挟んだ遠くのほうに、小さく街の明かりが見えていた。
あそこまで歩き、列車に乗って戻らなければならない。
やらなければならないことがわかってはいても、体が重かった。
鎹鴉もさすがに何かを感じ取っているのか、常のように騒ぎ立てることもない。
「おぉい!君!」
背後から声がかけられ、獪岳は振り返った。
近づいてくる気配があるのはわかっていたが、敵意も殺気も感じ取れず放置していたのだ。
駆け寄ってくるのは、あの田津という隊士だった。
「君も無事だったのか、良かった……」
どこがどういいのか、と獪岳は無表情に田津を見上げた。
田津に目立つ怪我はない。最初から負っていた頬の傷以外、五体満足である。
「すまない!」
突如、がばと彼は頭を下げた。
獪岳は目を瞬いた。
「すまない!最初から君を信じていれば、あんなことにはならなかったかもしれないのに、俺が……」
「……」
言い募ろうとする田津を、獪岳は遮るようにして見ることもなく歩き出した。
こいつが初めから獪岳と幸を信じていようがいまいが、どうせあの人でなしの里はもう手遅れだったのだ。
謝罪を受け取ったところで、こいつの心が楽になるだけ。そんな何の意味もない言葉など、これ以上聞きたくもなかった。
その半端な善人面も、二度と見たくない。
謝るならば、自分を庇って二度も撃たれたほうにしろ。むざむざ二回も撃たれるのを見せつけられたやつにではなく。
それともやはり、こいつは鬼に頭など下げられないのだろうか。
「あんた、善良な鬼と、悪人の区別くらいはしろよ」
足を緩めることもなく、それだけを言う。
追い縋ってくるような足音が止まったから肩越しに振り返ると、田津は雷にでも打たれたように、その場で凍りついていた。
こいつは鬼になった実の弟に、身内を殺されたやつだったか、と幸が言っていたことを思い出す。
大方、幸が田津を恨んだふうに見えなかったのはそれが原因だろう。
自分に向けられた言葉と態度に、真っ当に傷ついて、諦めてこそいたが、それだけだ。
挙げ句、苦労して守った里人はあれである。
お前たちは遅すぎた、と身勝手をほざいた村長の顔と、己が傷つけられたような、呆然とした顔の田津の姿とが被って、一緒に思い出された。
死にたくないと思って、里の人間たちは他人を犠牲にしたのだろう。
呼吸も知らず刀も使えないころ、獪岳も同じことをした。
幸が鬼に喰われている間に逃げて、生き延びた。過程はどうであれ、結果はそういうことだ。
だから自分には、里人の所業をどうこういう資格は、きっとない。
苛立ちが爆発し、足元の小石を蹴り飛ばした。
ぺし、と鴉の翼に頭を撫でるように叩かれる。
「カァ!獪岳、蝶屋敷ヘ戻ル、戻ルゥ!休メ、休メェ!」
「は?」
てっきり、怪我が浅いならば任務を告げられると思っていたのだ。
起きたことはともかく、怪我だけ見れば獪岳は直に治るだろう肋の怪我だけだ。
一番に重傷だったのは猟銃で撃たれた幸だが、鬼なのだから傷はもう癒えている。
「いいのかよ?」
「鬼殺隊ハ、ソコマデ鬼デハ、ナァイ!ナァイ!」
いや、無限列車とかいう前代未聞の糞のような死地があっただろうが、とばたばたと飛び回る鴉に、つい白い目をむけた。
「無限列車ハ別、別ゥ!当方モ、アレハ肝ガ冷エタ!冷エテイタァ!」
「心を読むんじゃねぇ」
「カァ!ショボクレ獪岳ゥ!シミッタレズ、顔ヲ上ゲンカァ!カァ!」
「なんだと」
「銃デ撃タレタノハ、オマエデハナァイ!抉ラレタノハ、オマエノ体デハナァイ!最モ痛イ想イヲシタノハ、オマエデハナァイ!」
ばさばさと飛び回りながら、鴉はそんなことを宣う。
言い返せず、獪岳は言葉に詰まる。その頭を、鴉の鉤爪が蹴っ飛ばした。
「オマエガ信ジズ、誰ガ幸ノ正気ヲ信ジルノダ!信ジルノダ!カァ!」
「って!テメェ、蹴るな!」
羽を掴もうとした手は空を切る。
鴉は翼を翻して、日が昇り始めた空へと上がって行った。
何も掴めなかった空っぽの手で、頭を乱暴にかく。
「ッとに、どいつもこいつも、好き勝手言いやがって……畜生が!」
胸に蟠る黒いものを吐き出す勢いで、最後の一言を叫ぶ。
悔しさと腹立たしさと怒りが、どろどろに溶けた叫びは、草原に響いて消える。
「……帰る、か」
戦いがこれで終わったわけでもなんでもなく、仕事を一つ片付けただけだ。
蝶屋敷に蟲柱がいれば、やはり幸のことも相談しなければならないのだろう。獪岳には、鬼や人の体に関する知識はほとんどないから。
うだうだと考えながら歩く間に、獪岳は列車が走る街にまで辿り着いていた。
人々が目覚め始めた通りを、足早に俯き加減に通り過ぎる。
田津の姿は辺りには見えない。見えないほうがよかった。
あの毒の柱が屋敷にいるといいのだが、とやや眠気で重たくなりだした頭で考えたときだ。
一匹の猫が足元を通り過ぎて、獪岳の目の前に躍り出た。
胸のところに目玉のような模様が描かれた紙を貼り付けられた、茶色い猫の口がくわえているのは、所々が血で汚れてこそいたが、翡翠色の翅を広げた蝶の髪飾りである。
猫は髪飾りを獪岳に見せつけるように頭を振ってから、裏路地へと走って行く。
「ま、待てっ!」
尻尾を揺らす猫を追って、思わず獪岳も裏路地へと飛び込んのだった。
自分から手を払い除けたことはあっても、払い除けられたことがなかった話。
尚、鬼娘の理性がトンだ理由は次回で。
感想欄にて、違う呼吸の技を使うのは不可能では?というご指摘がありましたが原作でも呼吸を変えること、型を新たに派生させることは珍しくないという発言があり、また四ヶ月間元柱に稽古をつけられながら、自分に合った技が全く生み出せず強くなれないならば、恐らくこの先で命を落とすと思いますので、ご理解下さい。