感想、本当に励みになっているのです。
返信したいのですが、うっかりネタバレしてしまうのが怖いため、このままで行かせていただきます。
当方の不徳の致すところです。
では。
あれ、と任務帰りの我妻善逸は、目に入った光景につい蝶屋敷の門を潜ろうとする足を止めた。
蝶屋敷の中庭にいるのは、看護婦の三人の少女と兄弟子の獪岳だったのである。
反射的に、善逸は門の陰に飛び込んでから、そろそろと中を覗いた。
黒地に白い三角形が散った、善逸のものと同じ柄の色違いの羽織りは、よく目に入るのだ。
その羽織りを着た、しかめ面の兄弟子相手に、看護婦の女の子たちのほうがしきりと話しかけていた。
獪岳はあの子たちの名を、まともに覚えているかすら怪しいが、獪岳が常に一緒にいる幼馴染みの少女、幸はあの子たちと仲が良いのを善逸は知っていた。
看護婦の子たちも、最初は鬼というので禰豆子や幸を警戒していたが、禰豆子は幼子のように無垢で、幸は重いものを運んだりと面倒見が良い上に、しのぶの手伝いをしている内に薬の調合を片端から覚えてしまったらしいから、今ではすっかり馴染んでいる。あの子の記憶力は、ちょっと度合いがおかしい。
そんな幸がしばらく戻らない、と聞いて、なほときよとすみが悲しそうにしていたのだ。
だから多分、獪岳は幸がしばらく戻って来られない旨を、さらに詳しく説明するはめになったのだろう。
獪岳は、あの子たちくらいの小さい女の子に強く出られると、やや当たりがやわらかくなる。
少なくとも、善逸相手のように暴言や手が飛び出たりはしない。
きっと、幼い時分に守れなかったという幸と重なるからなのだろう。
本人に、その自覚は欠片もないだろうが。
大体獪岳は、他人を顧みることもしないが自分を顧みることも少ないのだ。
つまり、自分の行動を反省もしないが、自分の痛みや心の音も簡単に無視をする。気づけなくなる。
性格が根っから捩れて捻くれている、と言ってしまえばそれまでだが、他人に向ける優しさがまるで無いのかといえば、そういうわけでもないのだ。
だから、余計拗れている。
煉獄家の槇寿郎や千寿郎などを、獪岳はほとんど気に留めていないようだが、あちらからすると息子と兄の弟子で、しかも今の恋柱以外、長く続いた試しがほぼないという元炎柱のきつい稽古に、嫌な顔もせずに食らいついていく隊士なのだ。
昔から、稽古となるとひたむきに努力できるのが獪岳なのだ。善逸はどう逃げようかとつい考えてしまうけれど、獪岳にそれはない。
鬼に首の骨を折られるより、木刀で肋骨折られるほうがマシだろうが、などという言葉を冗談でなく本気で言うくらいだ。
獪岳さんとの稽古は、兄上が楽しそうなんです、とこちらにまで報告しに来てくれた千寿郎くんに、善逸は涙した。
なんていい子なんだろう、と。
いつも連れている鬼の少女は、血鬼術で杏寿郎の致命傷を治したことだってある。
そんな人間と鬼が、任務先で人間に撃たれ、帰りに血鬼術の気配だけ残して失踪したと知らされれば、心配をしないわけがない。
煉獄家焼き芋大会を止めに来た槇寿郎だって、
が、心配されていた本人は必要最低限くらいの挨拶しかしないのである。
そりゃ善逸のように、心が音として聞こえるような耳がないのはわかるが、もうちょっと何とかならないのかあの兄弟子は。
幸がいれば、一人でどこかへ突き進もうとする獪岳の手を握って引き止め、後ろを振り向かせることができるのだが。
その幸が、珠世という鬼のところに行ってもう四日である。
獪岳がいつも持っている箱は今はなく、よく聞くと不満と不安の音が、混ざるようになっていた。
かと言って、それを面に出したりせずに淡々と任務はこなす辺り、善逸はやはり冷たくされても獪岳を嫌い抜けない。
人間に幸を撃たれてどろどろと怒りの音を響かせていても、鬼殺隊の分は守るのだから。
「善逸、こんなところでどうしたんだ?」
「お、炭治郎じゃん。おかえり」
後ろから声をかけてきたのは、別の任務から戻ったらしい炭治郎である。
いつものように禰豆子が入った箱を背負っている。
炭治郎も単独任務の帰りのようだが、怪我らしい怪我をしていないらしく、善逸は安堵した。
当の炭治郎は、善逸の肩越しに蝶屋敷の中を覗いたようだった。
「獪岳さんじゃないか。声、かけないのか?」
「とんでもねぇ炭治郎だ」
「ん?どうしてだ?」
いやいや無理でしょうよ、と善逸はぶんぶん手と頭を振った。
「だってあいつ俺のこと嫌いだし話続かねぇよ。幸ちゃんがいたらまだいけるけど」
「そうなのか?俺、昨日獪岳さんと話したけど」
「え゛」
「獪岳さんって、雷と炎の呼吸を混ぜて戦ってるじゃないか。俺も、それを聞いてヒノカミ神楽と水の呼吸を混ぜられないかって思ったんだ」
獪岳の戦い方を以前炭治郎に話したのは、幸だという。さもありなん。
それを聞いて、いつも通りに単刀直入に、真っ直ぐに話をしに行ったのだろうなぁ、とその光景が想像できて、善逸は引いた。
確かに、自分たちの間近にいる人間の中で、複数の呼吸を使う剣士は獪岳くらいだが。それにしても相談相手としてもう少しどうにかならなかったのか。
「雷の呼吸の動きに、炎の呼吸の技の威力を混ぜる、としか言われなかったけど、それを聞いて俺も、水の呼吸の動きをしながら、ヒノカミ神楽の技を出せないかって思えたんだ。まだ完成してないんだけどな」
「へ、へぇ……」
割とまともな答えを兄弟子が返していたことに、善逸は顎を外した。
思い返せばこの長男坊、以前幸と一緒になって、獪岳に善逸への『カス』呼びをやめさせたことがある。
炭治郎と幸の二人は、一緒にすると穏やかなのに押しが強く、めげない曲がらないへこたれないという、元々三拍子揃っている性格が、倍になってしまうのである。
あと、何気に二人とも純粋な善意で性格がしつこい。彼らは、所々が似ているのだ。
「蝶屋敷に入らないのか?善逸はどうしてこんなところで、ヤモリみたいにへばりついてるんだ?」
「いやわかってよぉ!あの空気には入ってけないでしょうが!俺がまた獪岳に舌打ちされたら、なほちゃんたちが悲しそうな顔するんだぜ!?」
ここに幸ちゃんがいたらいいのにぃ、と善逸は頭を抱える。
無邪気さと優しさと少しの計算高さが、絶妙な感じで混ざりあった、少し不思議な音がするあの子は、手をそっと掴んだり、羽織りの裾をくいくい引っ張ったりと、実に自然な方法で獪岳を止めることができる。
背丈は獪岳より幸のほうがかなり小さいし、歳も獪岳よりひとつ下だというが、端から見ると姉と弟である。
が、その少女はまだ戻らないのだ。
人喰いの衝動を抑える治療のためらしいが、獪岳も心配なのだろう。
だからこそ不満の音が大きくなってきているし、善逸の顔を見るとそれがさらに響くようになる。
「そういうわけだから俺はここにいるの!獪岳がいなくなったら入るよ!」
「お前は何ごちゃごちゃ抜かしてやがんだ」
「ひっぎゃぁぁぁ!」
ぬっ、と横から声をかけられ、善逸は文字通り跳び上がった。霹靂一閃ができる鬼殺隊員の脚力で跳んだものだから、結構な高さである。
着地して横を見れば、毎度の如く眉間に深いしわを穿った兄弟子が、腕組みをして突っ立っていた。
「か、獪岳!?なんで!?」
「なんでも何もあるか。門前でぴぃぴぃぎゃあぎゃあ騒ぎやがって」
ごちゃごちゃやってないで中に入りやがれ、と獪岳は善逸の襟首を掴んでずるずると引きずった。
獪岳の音がなんだかぼんやりしているなぁ、と仰向けに引っ張られながら善逸は考える。
「こんにちは、獪岳さん!任務が終わったんですね?」
「……ああ」
その真横では、はきはきと獪岳に話しかけている炭治郎である。
獪岳からは露骨に鬱陶しがる音がしているのだが、一応、炭治郎には応えているのだ。これが善逸だと、こうはゆかない。
予想はしていたが、こいつ本気で俺のことは嫌いなんだな、という事実に善逸はちょっと泣きそうになった。
ずずずずず、と後ろ向きに引きずられながら、何気なく門を見たときだ。
門前に、でかい男がひょいと現れたのである。
布をぐるぐると巻いた頭に、光る石がいくつも嵌め込まれた派手な額当てと、石を綴り合せて作られた飾り。左目にはよくわからない意匠の化粧が施され、背中にはやたらでかそうな刀の柄が見えている。
そして何より、筋肉が凄い。
袖無しに改造された鬼殺隊の隊服を着ているが、筋肉で覆われた両腕が丸太のように太いのだ。
─────え、誰こいつ。
こんな派手派手しい男、一度見たら忘れない。が、まったく覚えがなかった。
蝶屋敷門前に立った男は、訪いを告げるためか大きく息を吸い込む。
何かを察知した獪岳が振り返り、一瞬で善逸の襟首から手を離し、自分の耳をふさいだ。
どしゃ、と善逸は尻から地面に落ちる。
「派手に邪魔するぞぉ!」
びりびり震えるような大声に、善逸はとりあえず大急ぎで自分の両耳を覆ったのだった。
#####
─────さっさと寝ておけばよかった。
現在の獪岳の心情は、大体これに尽きた。
傷ついた隊士たちの休息所であり、一部の隊士の拠点ともなっている蝶屋敷では騒ぎが持ち上がっていた。
突然来襲した派手柱もとい、音柱が、要件もろくに告げずに屋敷内にずかずか入り込むや、看護婦役の神崎という隊士と、三人娘の一人を俵担ぎにして連れ出そうとしたのだ。
曰く、任務に女の隊員が必要だから連れて行くのだという。
連れて行くなら勝手にどうぞ、と獪岳は思ったのだが、蟲柱の継子の、
「かっ、獪岳さぁん!助けてください!」
音柱に取りすがっているきよとすみに涙目で名前を叫ばれ、ここまで任務帰りの眠気を堪えつつ、面倒で成り行き任せに黙っていた獪岳は小さく舌打ちをした。
「音柱様。隊員の神崎はともかく、そっちの小さいのは放してやれませんか」
「あ?」
ぎろり、と音柱の視線が獪岳に向いた。
煉獄の炎のような視線に慣れたとはいえ、かなりの眼光の鋭さである。
「お前、煉獄の弟子か」
「そうです。そいつ……なほは隊員じゃないんで。任務に連れてくのは無理ですよ」
「なに?」
「ほっ、本当です!なほちゃんは隊服着てないでしょう!?」
「じゃ、こいつはいらねぇわ」
至極あっさりなほを放した音柱は、神崎アオイのほうは解放しようとしなかった。
「その人を放せ!」
堪忍袋の緒が切れた炭治郎の頭突きをあっさり躱し、音柱は門の上に軽々跳び乗る。
使いものにならないかもしれないが、こんなやつでも隊員なのだから任務には連れて行くのだと告げる音柱の言葉に、抱えられた神崎が凍りついていた。
隊服を着ている神崎アオイの身のこなしが、戦う訓練を受けた人間のものであるのに、刀を振るう様子が無いのはそういうわけか、と獪岳は納得した。
藤襲山の最終選別を生き残っても、鬼への恐怖で心が折れ、隊士にならない者もいる。
隠にもそういうのが混ざっているとは聞いていたが、神崎もその手合いだったらしい。
神崎の事情は獪岳にはどうでもいのだが、そんな隊士になれなかった者、連れて行ったところで無駄死にである。最悪、鬼に喰われて養分にされるのが落ちだ。
「人には色々事情があるんだから突き回さないでもらいたい!」
堂々と宣言したのは、やはり炭治郎だった。こいつは初対面の柱全員に喧嘩を売る気かと。
眠気で半ばぼぅっとしつつ、獪岳は音柱と炭治郎のやり取りを見ていた。
アオイさんの代わりに俺たちがゆくと言うのはいいが、任務にいるのは女の隊員だろうが、と獪岳は内心ぼやいた。
「そっちの呆けたお前も文句があんのかよ。煉獄の弟子にしちゃあ、覇気のねぇ目ェしやがって」
「は?」
ぼんやりなのは眠いからで、目つきが悪いのは元からなのだが、覇気が無いと言われれば腹も立つ。かちんと来て、獪岳も音柱を睨んだ。
「なんだァ?一体なんの騒ぎだよ」
そのとき、門から新たに入って来た猪頭が目に入った。
─────そういえば。
伊之助君の素顔って、とっても綺麗なんだよ、と幸の言葉が頭を過った。
後から思い返せば、このときの獪岳は、疲れていた。
ニ徹明けに三人娘に捕まって、いつ幸が帰って来るのかと不安そうな彼女らに聞かれて答えていたから、単純に眠かった。
そうでなければ、あんなことは思いつかない。言い出さない。
「あれ、獪岳?」
善逸の疑問の声を無視し、ゆらりと伊之助の方を見て、無造作に踏み出す。
瞬きの間に、獪岳は伊之助の後ろに回っていた。
そのまま、両手で猪の被り物を掴むと、大根か何かのように引っこ抜く。
「んなっ!?」
反応し損ね、叫ぶ伊之助の素顔を改めて間近で見て、獪岳は無言で驚いた。
確かに、そこらのびらびらと着飾った少女よりよほど整った、色白の顔をしている。
筋肉質な体の上に、そんな可憐な顔面が乗っているのは不自然ですらあるのだが。
「こいつ、女みたいな顔してるから、連れてくならこっちでいいんじゃないですか。女装させればなんとかなるでしょう」
「何ボケたこと抜かしてやがんだテメェ!それ返せよ!」
返すに決まってんだろ、と猪の皮を乱暴におっ被せ、獪岳は音柱を見上げた。
柱は、門の上で獪岳たちを見下ろして、にやりと笑った。
「ほぉ。そこまで言うなら、お前らに手伝ってもらうとするかねェ」
あとから断言できる。
このときの己は、疲れていたのだ。
絶対に。
#####
善逸は、獪岳の笑顔を見たことがない。
基本的に、兄弟子は四六時中しかめ面をしているのだ。
修行時代、師に褒められたときは少し顔が緩んでいたし、蝶屋敷で、無邪気に黒猫と戯れている幸を見ているときは眉間のしわが消えていたりするが、満面の笑顔ではない。
そして善逸を見る獪岳の目にはいつも険があり、表情も硬いのだ。
いつかはもう少し眉間のしわを浅くして喋ってくれないかなぁ、とそんなことを願ったりする。
翻って、現在。
「………」
「………なんとか言ってくれる?」
慣れぬ女物の格好でよたよたと街を歩く善逸の隣には、口元を抑えている兄弟子がいた。
吐き気や吐血を堪えているのではないのは、小刻みに震えている肩を見ればわかるだろう。
くつくつと喉奥でうめき声のような音を出しながら、獪岳は指の隙間から一言だけ漏らした。
「………ブス」
「誰の!せいだと!思ってんのぉぉぉぉ!」
ぶち、と善逸は自分の血管のどっかが切れる音を聞いた。
思わず殴りかかるが、あっさり躱されてついでに足払いまでかけられる始末。転ぶ寸前で踏み止まって、善逸は仕返しに、げしんと獪岳の足を踏んだ。流れるように、脇腹にどすっと獪岳の肘が入る。
「おい、そこの兄弟弟子共。お前ら騒ぐんじゃねェよ。化粧が剥げたらどうすんだ」
「すみません」
秒で謝った獪岳だが、相変わらず顔がどこか歪んでいるというか、笑いを堪えている。
普段聞けば嫌な顔をする兄弟弟子という言葉も、聞き逃しているくらいだ。
「おかしくないですか!?なんで言い出しっぺの獪岳は女装してないわけ!?」
「こいつじゃでか過ぎて女に見えねえんだよ。向こう傷が深ェし、目つきが悪ィし、こいつには無理だ」
ぐぎぎぎ、と善逸は歯がみして、鬼殺隊の隊服でなく、着流しに身を包んで遊び人ふうに変装した音柱・宇髄天元を睨む。
そりゃ確かに、善逸はいつか獪岳が笑ってくれないかとは思っていた。だがいくら何でも、女装した自分を見て笑われるのはあんまりである。
何でこんなことになったんだっけ、と遠い目にもなろうというものだ。
蝶屋敷での騒動は、アオイやなほの代わりに善逸たち三人と獪岳が任務に行くことで決着した。
それはいいのだが、それ以外は問題しかなかったのだ。
任務の行き先は、東京の吉原。要するに遊郭である。
その夜の街たる吉原に、鬼が紛れているかもしれないというのだ。
それを聞き、遊郭が何をするところであるか、そもそも知らないらしい炭治郎と伊之助は首を捻るだけだったが、意味がわかった善逸と獪岳は、片や顔を赤らめ、片や露骨に舌打ちをした。
調査のため吉原の遊郭に女郎として潜入した宇髄の三人の嫁が、三人とも消息を絶ったため、音柱本人が赴くことになったのである。
嫁が三人と聞いた時点で、善逸は羨ましさで発狂かつ絶叫しかけたが、獪岳に頭を叩かれた。
女と手を繋いだことすらねぇやつがガタガタ抜かすな、という御説御尤もな暴言に、善逸は、諸々の説明がなされた藤の花屋敷の畳に突っ伏し、さらに獪岳のほうは幼馴染みの女の子によく手を握ってもらっていることを思い出し、畳の染みになった。
そのまま話は進み、気づけば善逸、炭治郎、伊之助の三人は何故か女装して店に潜入することになった。
元忍びで音柱の宇髄は既に怪しい店を三つに絞っており、潜入するのは三人でよいのだ。
結果、伊之助を女装させればいい、と普段の彼からすると頓珍漢なことを言い出した獪岳は、女装は無しで普通に遊郭街の調査に回されていた。
今も隊服ではなく、いつもの羽織りに胸元をくつろげた紺の着流し。鼠色の帯を緩く締めた格好をしている。首の勾玉飾りも相まって、音柱と同じく遊び人か何かのように吉原の空気に溶け込んでいる。
まぁ、やはり目つきが悪いのだが。
「煉獄の弟子で、上弦から逃げれたってんなら多少は使えんだろ。お前、特に任務も入ってなかったよなぁ?」
「……入ってません」
任務が入っていなかったからこそ、蝶屋敷で珠世の連絡を待っていたかったらしい獪岳は、上官である柱の命令には、しかめ面ながらも割合素直に頷いていた。
というか、柱に直接命令でもされない限り、獪岳は善逸たちとの合同任務になど来ないだろう。
「じゃ、俺はここで別れるんで」
四ツ辻に出たとき街を巡って鬼の気配を探って来ます、と言い残して獪岳はあっさり人混みに消える。
宇髄もおう、と軽く答えただけであっさり見送り、一人残った善逸のほうにじとりと白い目を向けた。
「それにしても、お前全然売れねェのな」
「だから誰のせいだと思ってんのぉぉぉぉ!」
炭治郎が女装した炭子、伊之助が女装した猪子が、それぞれの潜入先に買い取ってもらいいなくなった現在、一人残った善逸もとい善子は、有り体に言って売れ残りである。
甲高い絶叫が、飾り立てられた不夜街の空に轟いて消えた。
遊郭編開始の話。かなり明るい話。
一人増えていますが、味方の戦力が増えるということは敵の油断が減るということなので、地獄に変わりはないと思われます。
以下、思いつき与太+コソコソ裏話。
炭治郎「鬼は、人間だったんだから」
獪岳 「鬼は、人間だったんだから」
同じ言葉を違う人物が言った場合の温度の違いたるや。
【コソコソ裏話】
柱合裁判官の際、幸が風柱の稀血の匂いに耐えられたのは、悲鳴嶼に哀れな子どもは一刻も早く死んだほうがいい、と告げられたためです。
当人に自覚はほぼありませんが、精神的ショックで呆然としており、外界からの刺激に一時的とはいえ極端に鈍くなっていました。
なので、現在風柱の血の匂いを嗅ぐと普通に酔うので、彼には近づきません。